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第四章其の二 名を呼ぶかがみについて
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名を呼ぶかがみについて
鍵、鍵・・・・・・。
自分の持っている、宝物庫の鍵は、そこには入らなかった。この扉の鍵は、どうやら別の鍵の扉らしかった。
鍵、鍵・・・・・・。
ふと、おもった。そういえば、さっきぶつかりそうになった柱に。・・・・・・
即座にもどった。
柱。
そこに、さっき、なにやら光るものがかかっているのが見えた。
はたして何か。
鍵である。
柱に、金色をした、まばゆいばかりの鍵が、かけられていたのである。
背を伸ばして、とどくだろうか?
無理だった。
仕方がないのでまた、さっき電気をつけたのにつかった木箱を持ってきて、踏み台にした。
取ると。
鍵はずしりと重く、本物の純金であることを思わせた。
これかしら。
アーテ王女はおもった。
『金の鍵』。
しかし、思うよりもはやく、アーテ王女は行動が先行した。
扉に、鍵を差し込んだ。
すると、鍵穴は、鍵を容易に受け入れ、まわすと小気味よく、回転した。
扉が開く。
開いた扉の中からは、不思議な光景が目撃された。
あけたとたん、ぱーと、光が前の空間から漏れて、アーテ王女にいっぱいの光を与えた。
目が、まばゆいひかりによって、その機能を妨害された。
しばらくたってそれに慣れると、そこにはお城、外部の光景が広がっていることに気がついた。
外である。
扉の向こうは、長橋国の東側になっていて、そうして絶壁の外の谷底につながっていた。
アーテ王女はがっかりした。
扉の向こうは、外だったのである。
がっかりすると同時に、期待はずれの思いをした。
しかし、そうもいってはいられなかった。
扉が開いたために、谷を流れる風が、一挙に部屋の中に流れこんだからである。
風はアーテ王女のスカートをまきあげたし、また、部屋の中にはいってきて、室内の埃に一挙に影響した(ちなみにいっておこう。アーテ王女の服装である。)。
そのためアーテ王女は、扉をすぐに閉めなければならなかった。
葉短。
扉を閉め、鍵をかけると、扉は、部屋は、何事もなかったように、静まりかえっていた。
扉の中は、外。
もしかしたら、増築の可能性が扉のそとにあり、それが、この、金の鍵の扉に影響していたのかも知れなかった。
しかし、それは今のアーテ王女にはどうでもいいことである。
この部屋は、ひとつなぎの、大部屋なのだろうか、ことが、今のアーテ王女にとっては重要な関心事項であった。
どうにかして、部屋を見つけなければならない。かがみの間。
アーテ王女は再び部屋の中に戻った。
すると。
部屋のなかに、さっきとはことなる事象が、確認された。
いままで何もないと思われた場所に、カーテンがはだけて、そのおくに何かがあるらしいことが伺えた。
真っ暗で、何もないと思っていた方向は、実は真っ黒いカーテンがかけられていて、その奥の、部屋を、こちら側の部屋から隔絶していたのである。
さっき吹いた風で、カーテンが移動し、そうして、その奥が開いた。
アーテ王女は『金の鍵』を、ポケットにしまうと、開いたカーテンをももう少し引いてみた(アーテ王女は、あいた扉の鍵を、ポケットにしまって私物化した。これは、あくまで倫理の問題ではあるけれど、新たな旅立ちの機会を与えることにもなった。すなわち、これはこれより後の話になるが、アーテ王女はこの鍵を使って、不思議な、本にあるような、ファンタージェンのような世界へと旅立つのである)。
カーテンは移動し、その奥の、なにやらいわくありげな空間をかたちづくっていた。
その空間への扉は、決して直接ではなかったけれども、金の鍵が、それを開けたといっても過言ではなかった。扉を開けて、そうしてそれが起こした風のために、扉はひらいたのである。
カーテンは、決して強く外部から、内部を隔絶するものではなかったけれど、扉であった。このときのアーテ王女にとっては特に、緊張を誘う瞬間だった。見たこともないよう場所への挑戦。
内部の空間はどうなっているのだろう。
それを開くのには、もう少し、カーテンを引かなければならなかった。
それは。
それを、カーテンを引こうとしたときである。
アーテ王女・・・・・・
「!」
呼ぶ声が聞こえた。
どこから聞こえた声なのだろうか。
アーテ王女は一瞬、カーテンを開けるのをためらった。
しかし、声が、いったいどこから響いたのかを知るには、確かめるためには、それを開かなくてならないのではないだろうか、アーテ王女には何の根拠もなく推測された。
アーテ王女はためらいながらも、恐怖に、『扉』のノブに手を伸ばした。
再び、カーテンに手をかけ、それを引いた。
アーテ王女・・・・・・
また、呼ぶ声が聞こえた。
怖かった。
その奥に、何年も何も食べてはいない、恐ろしい妖怪でもいるかもしれない。
しかし、何がいるにしても、それを明らかにするには、何度もいうように、やはり扉をひらかなくてはならない。いや、カーテンである。
アーテ王女・・・・・・
アーテ王女は思い切って、カーテンをひいた。
前方が明らかになった。
薄ぼんやりとした、電灯の光の届かない中に。
するとそこには、何もない、思いのほか、片付けられた空間が広がっていた。
ただ、その一番奥に、何やら四角い石碑のような物体が乗っかった台座が、置かれていたに過ぎない。
それはなんだろう。
アーテ王女のことを呼んだのは、その台座だろうか。
まさか、台座が。
しかし。
ほかに、アーテ王女の名前を呼びそうなものはなかったので、どうやらそうらしかった。
しかし、暗くてよくわからない。カーテンを引いても、それは同じであった。
しょうがないので王女はランプを持ってきて、再びそれに灯をともした。
そうして、カーテンの中にはいる。
かさっ。
「!」
アーテ王女が驚いたのは、カーテンのなかに入ると、どういう原理か、カーテンが己ずより閉まったからである。
「・・・・・・・・・・・・」
灯かりはかくしてランプ頼りである。
カーテンと、外壁に囲まれた中に、アーテ王女はいる。
アーテ王女・・・・・・
なに?
どうしてわたしの名前を呼んでいるの?
アーテ王女・・・・・・
台座に、アーテ王女は近づいた。
近づくと、アーテ王女を呼ぶ声は、しきりと多くなった。
アーテ王女、アーテ王女、アーテ王女、アーテ王女、アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女
アーテ王女!。#。$。%。
台座には、絹状の布がかけられていて、しかしそれは。
アーテ王女にあけられるのを待っているようだった。
アーテ王女は、台座に近づくと、そのまん前にたって、その布を凝視した。
そうして、布をはずす。
そこには四角い、長方形のかがみがあって、ランプを持ったアーテ王女の姿を写していた。
アーテ王女・・・・・・
わたしの名前を呼んでいるのはかがみ?
かがみよ、かがみ、あなたはわたしを呼んでいるの?
アーテ王女はおもった。
アーテ王女・・・・・・
しかし、かがみは答えず、ただひたすら、王女の名前を呼び続けるだけだった。
呼んでいる。
いや、しかし、それはアーテ王女の心の中に響いた声であったのかもしれない。
アーテ王女はおもった。
これが、今までわたしが探し求めていたかがみ?
わたしはこのかがみに出会うために、ここにきたの?
おもむろに。
アーテ王女はかがみに手を差し入れた。
かがみの表面に、指先が触れられる。
かがみは、まるで水に溶けたように、するりと、アーテ王女の指を、そうして手を受け入れた。
一瞬、アーテ王女は手をはずした。
まるで、何か、触れてはいけないものに触れているような気分であった。アーテ王女はそれに触れるのを躊躇した。
アーテ王女・・・・・・
しかし、かがみはアーテ王女の名前を呼び続けた。
アーテ王女・・・・・・
かがみが呼んでいる。
それは、アーテ王女にその先に来いと、そのようにいっているのだろうか。
もしもそうであるのなら、それに応えなくてはならない。
触れる。いや、触れない。
しばらく時間が経過した。
最後に勝ったのは、アーテ王女の知的好奇心だった。
自分は今まで何をしてきた。
その中へ、入り、そうして自身を異次元へつれていく、かがみを探していたのではないか。
それを今見つけ、そうしてそれに入ることを躊躇して、自分の部屋に逃げ帰るのか。
本を読む。
ばかな。
アーテ王女は意を決した。
入る。
アーテ王女は手を、かがみの中に差し入れた。
アーテ王女はかがみとともに、水になったように、その中へと入り始めた。はじめは手に腕、頭、次は肩、胴に、次は足、そうして最後につま先まで、入っていった。
決していやな感覚はなかった。
かがみの中にはいったアーテ王女は、まるで中空へと舞ったように、深い深い、井戸の中へでも、落ちていくように、そうしてふわふわした綿に、包まれたようだった。
感覚はある、しかし、それは心地よい、何者も真似のできない感覚を、アーテ王女に残した。
アーテ王女はかがみの中にはいっていった。
跡に残されたのは灯のともされたランプと、アーテ王女の足跡だけだった。
これらは、アーテ王女がこの世にいた証拠であり、アーテ王女が不思議なかがみを発見した証拠だった。しかし、もしもこれを見つけたものがあったとしても、それを、アーテ王女が不思議なかがみを見つけた証拠とすることはできなかっただろう。
なぜならかがみは、それを信じるものにのみ、かがみは扉を開くのであり、呼びかけるのであり、決してその存在を信じないものには、反応しない『扉』だったからである。
暗闇の中のかがみ
暗闇である。
何者のもその中に包み隠す、暗闇である。
その中に、アーテ王女は立っていた。
いや。
横たわり、何もない虚空を見上げていた。
下にはふわふわとしたクッションがある。ベッドだろうか。
しかし、アーテ王女にはそれが、わからなかった。
暗くて、とても暗くて、一寸先も闇である。
この、暗闇の中にいて、アーテ王女が思うのは、自分は本当に、暗闇の中にいるのだろうか、ということだった。
もしかしたら、何かの夢なのかも知れない。
あるいは、目を、閉じているために、周囲が暗闇に見えるのかも知れない。
しかし、何度かアーテ王女は目を、ぱちぱちしてみても、その結果は同じであった。
暗闇。
夢でもない。
ただ暗闇があり。ただ、暗闇が目の前に迫っていた。
横に顔を振ろうと、見えるのは同じである。
暗闇。
その中に、響いていたのは、アーテ王女を呼ぶ声である。
アーテ王女・・・・・・
不思議であった。
どこから響いたのかわからない声。
それが、アーテ王女の名前を呼んでいた。
誰、誰なの?
わたしを呼んでいるのは?
アーテ王女はおもった。
アーテ王女・・・・・・
しかし、声はそれには答えない。
ただただ、アーテ王女の名前を呼び続けるだけである。
アーテ王女・・・・・・
アーテ王女は立ち上がった。
いつまでも横たわっていてもしょうがないからである。
そうしておいて、声のするほうを探した。
こっちだろうか?
その、自ずと定めた方向へ、アーテ王女は歩んでいった。
やがて、なにやら灯かりが見えた。
暗闇の中に、まるで、スポットライトを浴びせたような、光である。
光の中に、何かがある。
なんだろう。
アーテ王女はおもった。
近づくと、明かりはよりはっきりしてきたし、また、その、光の下にあるものを、鮮明に映し出した。
光の下にあるものは、何かの台座である。
その上に、何かがのっかっている。
それは、反射鏡のような、大きな大きな器であった。
その中に、水が、中くらい程度、満たされていた。
水は、かがみとなり、見るものにその望むべき姿をみせる。
水のかがみが映したのは、アーテ王女のいつもの姿である。
もしも、お前が・・・・・・
「!」
アーテ王女が驚いたのは、かがみがしゃべったからである。
もしもお前が。
お前?
もしもお前と、かがみはいった?
お前とは、アーテ王女のことなのだろうか。
かがみよ、かがみ、あなたはわたしのことを言っているの。
アーテ王女は思った。
もしもお前が・・・・・・
しかし、水のかがみは答えず、ただ、自己の理論を展開するだけだった。
アーテ王女は、黙った。心をも、沈黙にした。
聴くことにしたのである。かがみの話を。
もしもお前が、真の王女であるなら、お前はその運命に翻弄されれることになるだろう。
アーテ王女は、黙ってその言葉を聴いた。
しかし、もしもお前が真の王女でないのならば、お前はその運命には翻弄されることはないだろう。
アーテ王女は黙って聴いた。
どっちだ、おまえは真の王女か、それとも、そうではない、王女ではないのか?(かがみは、アーテ王女のこの後の生涯についても言及しているし、また、そうではない、それよりももっと早いアーテ王女の人生についても言及している。しかし、それよりもあとの人生は、このときはあまり論じても紙面に制限があるので、かがみのいった話はあくまでもこの後、すぐ後のアーテ王女の行動に、影響を及ぼすことになると、そのように思ってもらいたい)
アーテ王女は黙った。
どっちなんだろう。
自分は王女ではない。
それとも真の王女?
そんなこと、考えたこともなかった。
アーテ王女は今までに、自分は王女であると、そのように思っていて、それを疑ってみたことさえなかったのである。それに。
アーテ王女の近くにいた人物。デッカー次官をはじめ、王様、ロイズおばさん、チェッカー少尉から、誰から誰までも、アーテ王女が王女でないことを、疑ったことはなかったのである。
それなのに、かがみはそれを疑えと、そのようにいうのである。・・・・・・
もしもアーテ王女が王女でないのなら、運命に翻弄されることがなく、もしもアーテ王女が王女であるならば、運命に翻弄されることになる。
どっちかというと、それはあまりに逆のように感じられるが、果たしてどうだろう。王女でいたほうが、むしろ、おいしい話なのではなかろうか?
それが、逆?
どういうことなのだろう。
そういえば、例はある。マリー・アントワネットは、王女になったがために、その後断頭台で首を刈られることになった。
自分にも、それと同様の人生が待っているとでも、水のかがみはいうのだろうか。
お前は運命に翻弄される。それはお前が真の王女だからだ。
「・・・・・・・・・・・・」
アーテ王女は沈黙した。
真の王女。
確かにそれはアーテ王女にとっておいしいことだが、そのために、自分はその運命に翻弄されることになる。・・・・・・
どうする、王女としての冠を、返上するか?
アーテ王女は運命に翻弄されることなど、ごめんであった。
しかし。
同時にアーテ王女は思った。
その、運命に、立ち向かいたくもあった。
王女としての、運命。
果たしてそれは、いつ、どんな形でアーテ王女の前に、姿を現すのだろうか。
いや、もう、それは現れている、アーテ王女の目の前に。今、このときが、その運命なのではないのだろうか。
かがみに触れて、その中にある世界に入ってきた。
これこそが、かがみの述べる、アーテ王女に課せられた運命なのではないだろうか。
アーテ王女は思った。
かがみよ、かがみよ、わたしは果たして真の王女なの?
それとも、そうではなくて、運命を避けるべき、王女なの?
アーテ王女はたずねた。
しかし、水のかがみはもうそれは答えなかった。
ただ、静かな水のかがみをたたえるだけだった。
変化が起こったのは、そのときである。
アーテ王女が、水のかがみから、少し目線を離して、暗闇の、後ろをきょろきょろして、再び、水のかがみに目をむけたときだった。
まばゆい光が、いつからか、アーテ王女の目の前に、水のかがみから出現し、アーテ王女を包み込んでいた。
アーテ王女は光に包まれ、そうしてその光の中にはいっていた。
歩みを続けると、すでにそこに、水のかがみは、その台座とともになかった。ただ。
光の中に、アーテ王女はあって、・・・・・・アーテ王女をいざなうように、光は度を増し。
光が度を増すごとに、アーテ王女は自身、気が遠くなっているのを感じた。
アーテ王女は、光の中にはいっていった。
それに包まれ、そうしてアーテ王女は、自身、光になっていくのを感じた。
何もかも忘れ。
自身が何ものであるのかも忘れ。
思考も、アーテ王女は停止した。
アーテ王女は、光とともにどこか。遠くへと入っていって、光となって、飛んでいった。
鍵、鍵・・・・・・。
自分の持っている、宝物庫の鍵は、そこには入らなかった。この扉の鍵は、どうやら別の鍵の扉らしかった。
鍵、鍵・・・・・・。
ふと、おもった。そういえば、さっきぶつかりそうになった柱に。・・・・・・
即座にもどった。
柱。
そこに、さっき、なにやら光るものがかかっているのが見えた。
はたして何か。
鍵である。
柱に、金色をした、まばゆいばかりの鍵が、かけられていたのである。
背を伸ばして、とどくだろうか?
無理だった。
仕方がないのでまた、さっき電気をつけたのにつかった木箱を持ってきて、踏み台にした。
取ると。
鍵はずしりと重く、本物の純金であることを思わせた。
これかしら。
アーテ王女はおもった。
『金の鍵』。
しかし、思うよりもはやく、アーテ王女は行動が先行した。
扉に、鍵を差し込んだ。
すると、鍵穴は、鍵を容易に受け入れ、まわすと小気味よく、回転した。
扉が開く。
開いた扉の中からは、不思議な光景が目撃された。
あけたとたん、ぱーと、光が前の空間から漏れて、アーテ王女にいっぱいの光を与えた。
目が、まばゆいひかりによって、その機能を妨害された。
しばらくたってそれに慣れると、そこにはお城、外部の光景が広がっていることに気がついた。
外である。
扉の向こうは、長橋国の東側になっていて、そうして絶壁の外の谷底につながっていた。
アーテ王女はがっかりした。
扉の向こうは、外だったのである。
がっかりすると同時に、期待はずれの思いをした。
しかし、そうもいってはいられなかった。
扉が開いたために、谷を流れる風が、一挙に部屋の中に流れこんだからである。
風はアーテ王女のスカートをまきあげたし、また、部屋の中にはいってきて、室内の埃に一挙に影響した(ちなみにいっておこう。アーテ王女の服装である。)。
そのためアーテ王女は、扉をすぐに閉めなければならなかった。
葉短。
扉を閉め、鍵をかけると、扉は、部屋は、何事もなかったように、静まりかえっていた。
扉の中は、外。
もしかしたら、増築の可能性が扉のそとにあり、それが、この、金の鍵の扉に影響していたのかも知れなかった。
しかし、それは今のアーテ王女にはどうでもいいことである。
この部屋は、ひとつなぎの、大部屋なのだろうか、ことが、今のアーテ王女にとっては重要な関心事項であった。
どうにかして、部屋を見つけなければならない。かがみの間。
アーテ王女は再び部屋の中に戻った。
すると。
部屋のなかに、さっきとはことなる事象が、確認された。
いままで何もないと思われた場所に、カーテンがはだけて、そのおくに何かがあるらしいことが伺えた。
真っ暗で、何もないと思っていた方向は、実は真っ黒いカーテンがかけられていて、その奥の、部屋を、こちら側の部屋から隔絶していたのである。
さっき吹いた風で、カーテンが移動し、そうして、その奥が開いた。
アーテ王女は『金の鍵』を、ポケットにしまうと、開いたカーテンをももう少し引いてみた(アーテ王女は、あいた扉の鍵を、ポケットにしまって私物化した。これは、あくまで倫理の問題ではあるけれど、新たな旅立ちの機会を与えることにもなった。すなわち、これはこれより後の話になるが、アーテ王女はこの鍵を使って、不思議な、本にあるような、ファンタージェンのような世界へと旅立つのである)。
カーテンは移動し、その奥の、なにやらいわくありげな空間をかたちづくっていた。
その空間への扉は、決して直接ではなかったけれども、金の鍵が、それを開けたといっても過言ではなかった。扉を開けて、そうしてそれが起こした風のために、扉はひらいたのである。
カーテンは、決して強く外部から、内部を隔絶するものではなかったけれど、扉であった。このときのアーテ王女にとっては特に、緊張を誘う瞬間だった。見たこともないよう場所への挑戦。
内部の空間はどうなっているのだろう。
それを開くのには、もう少し、カーテンを引かなければならなかった。
それは。
それを、カーテンを引こうとしたときである。
アーテ王女・・・・・・
「!」
呼ぶ声が聞こえた。
どこから聞こえた声なのだろうか。
アーテ王女は一瞬、カーテンを開けるのをためらった。
しかし、声が、いったいどこから響いたのかを知るには、確かめるためには、それを開かなくてならないのではないだろうか、アーテ王女には何の根拠もなく推測された。
アーテ王女はためらいながらも、恐怖に、『扉』のノブに手を伸ばした。
再び、カーテンに手をかけ、それを引いた。
アーテ王女・・・・・・
また、呼ぶ声が聞こえた。
怖かった。
その奥に、何年も何も食べてはいない、恐ろしい妖怪でもいるかもしれない。
しかし、何がいるにしても、それを明らかにするには、何度もいうように、やはり扉をひらかなくてはならない。いや、カーテンである。
アーテ王女・・・・・・
アーテ王女は思い切って、カーテンをひいた。
前方が明らかになった。
薄ぼんやりとした、電灯の光の届かない中に。
するとそこには、何もない、思いのほか、片付けられた空間が広がっていた。
ただ、その一番奥に、何やら四角い石碑のような物体が乗っかった台座が、置かれていたに過ぎない。
それはなんだろう。
アーテ王女のことを呼んだのは、その台座だろうか。
まさか、台座が。
しかし。
ほかに、アーテ王女の名前を呼びそうなものはなかったので、どうやらそうらしかった。
しかし、暗くてよくわからない。カーテンを引いても、それは同じであった。
しょうがないので王女はランプを持ってきて、再びそれに灯をともした。
そうして、カーテンの中にはいる。
かさっ。
「!」
アーテ王女が驚いたのは、カーテンのなかに入ると、どういう原理か、カーテンが己ずより閉まったからである。
「・・・・・・・・・・・・」
灯かりはかくしてランプ頼りである。
カーテンと、外壁に囲まれた中に、アーテ王女はいる。
アーテ王女・・・・・・
なに?
どうしてわたしの名前を呼んでいるの?
アーテ王女・・・・・・
台座に、アーテ王女は近づいた。
近づくと、アーテ王女を呼ぶ声は、しきりと多くなった。
アーテ王女、アーテ王女、アーテ王女、アーテ王女、アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女アーテ王女
アーテ王女!。#。$。%。
台座には、絹状の布がかけられていて、しかしそれは。
アーテ王女にあけられるのを待っているようだった。
アーテ王女は、台座に近づくと、そのまん前にたって、その布を凝視した。
そうして、布をはずす。
そこには四角い、長方形のかがみがあって、ランプを持ったアーテ王女の姿を写していた。
アーテ王女・・・・・・
わたしの名前を呼んでいるのはかがみ?
かがみよ、かがみ、あなたはわたしを呼んでいるの?
アーテ王女はおもった。
アーテ王女・・・・・・
しかし、かがみは答えず、ただひたすら、王女の名前を呼び続けるだけだった。
呼んでいる。
いや、しかし、それはアーテ王女の心の中に響いた声であったのかもしれない。
アーテ王女はおもった。
これが、今までわたしが探し求めていたかがみ?
わたしはこのかがみに出会うために、ここにきたの?
おもむろに。
アーテ王女はかがみに手を差し入れた。
かがみの表面に、指先が触れられる。
かがみは、まるで水に溶けたように、するりと、アーテ王女の指を、そうして手を受け入れた。
一瞬、アーテ王女は手をはずした。
まるで、何か、触れてはいけないものに触れているような気分であった。アーテ王女はそれに触れるのを躊躇した。
アーテ王女・・・・・・
しかし、かがみはアーテ王女の名前を呼び続けた。
アーテ王女・・・・・・
かがみが呼んでいる。
それは、アーテ王女にその先に来いと、そのようにいっているのだろうか。
もしもそうであるのなら、それに応えなくてはならない。
触れる。いや、触れない。
しばらく時間が経過した。
最後に勝ったのは、アーテ王女の知的好奇心だった。
自分は今まで何をしてきた。
その中へ、入り、そうして自身を異次元へつれていく、かがみを探していたのではないか。
それを今見つけ、そうしてそれに入ることを躊躇して、自分の部屋に逃げ帰るのか。
本を読む。
ばかな。
アーテ王女は意を決した。
入る。
アーテ王女は手を、かがみの中に差し入れた。
アーテ王女はかがみとともに、水になったように、その中へと入り始めた。はじめは手に腕、頭、次は肩、胴に、次は足、そうして最後につま先まで、入っていった。
決していやな感覚はなかった。
かがみの中にはいったアーテ王女は、まるで中空へと舞ったように、深い深い、井戸の中へでも、落ちていくように、そうしてふわふわした綿に、包まれたようだった。
感覚はある、しかし、それは心地よい、何者も真似のできない感覚を、アーテ王女に残した。
アーテ王女はかがみの中にはいっていった。
跡に残されたのは灯のともされたランプと、アーテ王女の足跡だけだった。
これらは、アーテ王女がこの世にいた証拠であり、アーテ王女が不思議なかがみを発見した証拠だった。しかし、もしもこれを見つけたものがあったとしても、それを、アーテ王女が不思議なかがみを見つけた証拠とすることはできなかっただろう。
なぜならかがみは、それを信じるものにのみ、かがみは扉を開くのであり、呼びかけるのであり、決してその存在を信じないものには、反応しない『扉』だったからである。
暗闇の中のかがみ
暗闇である。
何者のもその中に包み隠す、暗闇である。
その中に、アーテ王女は立っていた。
いや。
横たわり、何もない虚空を見上げていた。
下にはふわふわとしたクッションがある。ベッドだろうか。
しかし、アーテ王女にはそれが、わからなかった。
暗くて、とても暗くて、一寸先も闇である。
この、暗闇の中にいて、アーテ王女が思うのは、自分は本当に、暗闇の中にいるのだろうか、ということだった。
もしかしたら、何かの夢なのかも知れない。
あるいは、目を、閉じているために、周囲が暗闇に見えるのかも知れない。
しかし、何度かアーテ王女は目を、ぱちぱちしてみても、その結果は同じであった。
暗闇。
夢でもない。
ただ暗闇があり。ただ、暗闇が目の前に迫っていた。
横に顔を振ろうと、見えるのは同じである。
暗闇。
その中に、響いていたのは、アーテ王女を呼ぶ声である。
アーテ王女・・・・・・
不思議であった。
どこから響いたのかわからない声。
それが、アーテ王女の名前を呼んでいた。
誰、誰なの?
わたしを呼んでいるのは?
アーテ王女はおもった。
アーテ王女・・・・・・
しかし、声はそれには答えない。
ただただ、アーテ王女の名前を呼び続けるだけである。
アーテ王女・・・・・・
アーテ王女は立ち上がった。
いつまでも横たわっていてもしょうがないからである。
そうしておいて、声のするほうを探した。
こっちだろうか?
その、自ずと定めた方向へ、アーテ王女は歩んでいった。
やがて、なにやら灯かりが見えた。
暗闇の中に、まるで、スポットライトを浴びせたような、光である。
光の中に、何かがある。
なんだろう。
アーテ王女はおもった。
近づくと、明かりはよりはっきりしてきたし、また、その、光の下にあるものを、鮮明に映し出した。
光の下にあるものは、何かの台座である。
その上に、何かがのっかっている。
それは、反射鏡のような、大きな大きな器であった。
その中に、水が、中くらい程度、満たされていた。
水は、かがみとなり、見るものにその望むべき姿をみせる。
水のかがみが映したのは、アーテ王女のいつもの姿である。
もしも、お前が・・・・・・
「!」
アーテ王女が驚いたのは、かがみがしゃべったからである。
もしもお前が。
お前?
もしもお前と、かがみはいった?
お前とは、アーテ王女のことなのだろうか。
かがみよ、かがみ、あなたはわたしのことを言っているの。
アーテ王女は思った。
もしもお前が・・・・・・
しかし、水のかがみは答えず、ただ、自己の理論を展開するだけだった。
アーテ王女は、黙った。心をも、沈黙にした。
聴くことにしたのである。かがみの話を。
もしもお前が、真の王女であるなら、お前はその運命に翻弄されれることになるだろう。
アーテ王女は、黙ってその言葉を聴いた。
しかし、もしもお前が真の王女でないのならば、お前はその運命には翻弄されることはないだろう。
アーテ王女は黙って聴いた。
どっちだ、おまえは真の王女か、それとも、そうではない、王女ではないのか?(かがみは、アーテ王女のこの後の生涯についても言及しているし、また、そうではない、それよりももっと早いアーテ王女の人生についても言及している。しかし、それよりもあとの人生は、このときはあまり論じても紙面に制限があるので、かがみのいった話はあくまでもこの後、すぐ後のアーテ王女の行動に、影響を及ぼすことになると、そのように思ってもらいたい)
アーテ王女は黙った。
どっちなんだろう。
自分は王女ではない。
それとも真の王女?
そんなこと、考えたこともなかった。
アーテ王女は今までに、自分は王女であると、そのように思っていて、それを疑ってみたことさえなかったのである。それに。
アーテ王女の近くにいた人物。デッカー次官をはじめ、王様、ロイズおばさん、チェッカー少尉から、誰から誰までも、アーテ王女が王女でないことを、疑ったことはなかったのである。
それなのに、かがみはそれを疑えと、そのようにいうのである。・・・・・・
もしもアーテ王女が王女でないのなら、運命に翻弄されることがなく、もしもアーテ王女が王女であるならば、運命に翻弄されることになる。
どっちかというと、それはあまりに逆のように感じられるが、果たしてどうだろう。王女でいたほうが、むしろ、おいしい話なのではなかろうか?
それが、逆?
どういうことなのだろう。
そういえば、例はある。マリー・アントワネットは、王女になったがために、その後断頭台で首を刈られることになった。
自分にも、それと同様の人生が待っているとでも、水のかがみはいうのだろうか。
お前は運命に翻弄される。それはお前が真の王女だからだ。
「・・・・・・・・・・・・」
アーテ王女は沈黙した。
真の王女。
確かにそれはアーテ王女にとっておいしいことだが、そのために、自分はその運命に翻弄されることになる。・・・・・・
どうする、王女としての冠を、返上するか?
アーテ王女は運命に翻弄されることなど、ごめんであった。
しかし。
同時にアーテ王女は思った。
その、運命に、立ち向かいたくもあった。
王女としての、運命。
果たしてそれは、いつ、どんな形でアーテ王女の前に、姿を現すのだろうか。
いや、もう、それは現れている、アーテ王女の目の前に。今、このときが、その運命なのではないのだろうか。
かがみに触れて、その中にある世界に入ってきた。
これこそが、かがみの述べる、アーテ王女に課せられた運命なのではないだろうか。
アーテ王女は思った。
かがみよ、かがみよ、わたしは果たして真の王女なの?
それとも、そうではなくて、運命を避けるべき、王女なの?
アーテ王女はたずねた。
しかし、水のかがみはもうそれは答えなかった。
ただ、静かな水のかがみをたたえるだけだった。
変化が起こったのは、そのときである。
アーテ王女が、水のかがみから、少し目線を離して、暗闇の、後ろをきょろきょろして、再び、水のかがみに目をむけたときだった。
まばゆい光が、いつからか、アーテ王女の目の前に、水のかがみから出現し、アーテ王女を包み込んでいた。
アーテ王女は光に包まれ、そうしてその光の中にはいっていた。
歩みを続けると、すでにそこに、水のかがみは、その台座とともになかった。ただ。
光の中に、アーテ王女はあって、・・・・・・アーテ王女をいざなうように、光は度を増し。
光が度を増すごとに、アーテ王女は自身、気が遠くなっているのを感じた。
アーテ王女は、光の中にはいっていった。
それに包まれ、そうしてアーテ王女は、自身、光になっていくのを感じた。
何もかも忘れ。
自身が何ものであるのかも忘れ。
思考も、アーテ王女は停止した。
アーテ王女は、光とともにどこか。遠くへと入っていって、光となって、飛んでいった。
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