囚われ聖女は休みたい

三富与志花

文字の大きさ
上 下
1 / 3

一話

しおりを挟む
「お休みをください!」

 シャーロットは目の前の男に向かい、もう何度目になるかも分からない言葉を吐き出した。
 王族特有の白銀の髪と紫の瞳を持つ美丈夫は、シャーロットの言葉に耳を貸すつもりなど毛頭ないようだ。
 黙々と処理されていく書類と羽根ペンがたてる音だけが執務室を占領していた。

 ダンハーフェン王国現国王陛下の弟であるこのにっくき男レオン・ダンハーフェン王弟殿下は、シャーロットより十歳年上の後見人だ。
 文武両道で周囲からの信頼も厚く、端正な顔立ちで令嬢方からの人気も高い。
 国王陛下との仲も良好で、臣下として十二分に仕えている。これ程までに非の打ち所がない男は滅多にいない。

 最初は軽い気持ちだったと思う。
 七歳で王城に連れて来られた日から、毎日休まずお勤めしてきた。
 そろそろ休暇が欲しいかなぁとさり気なく呟いてみた所、レオン殿下に一笑に付され『今日の分だ』の一言と共に分厚い書類の束を渡されたのだ。
 シャーロットはそれはもう憤慨した。憤慨に憤慨を重ね、憤慨の境地に辿り着いた時、負けられない戦いがここにあるのだと悟った。
 事の始まりである。

 休暇をもぎ取るまでは終われない、と事毎に打診して来たが、毎度煙に巻かれてしまう始末。
 ならば勝手に出て行こうと躍起になって逃走の算段をすれば、レオン殿下直々に阻止されてしまう。
 彼からしてみれば、シャーロットなど産毛に塗れた小猿同然、扱い易い存在なのだろう。
 そんないたちごっこを一年も続け、シャーロットは十八歳になっていた。

「殿下、私ももういい歳です。夫とまでは言いませんが、せめて恋人の一人や二人作ってみたいんですよ!」

 シャーロットだって乙女だ。
 宮仕の乙女らとの会話は専ら殿方についてで、やれ騎士だ子息だと見目の良い者を上げてはキャッキャとはしゃいでいる。勿論流行り物の話題にも事欠かない。
 それだけしか話題がない訳ではないが、良縁を望む乙女の前では些事でしかない。

「殿下、聞いていますか? ……寝てる?」
「はぁ……起きている。まさか君が休みたい理由がそんな理由だったとはな」

 目を瞑ったまま反応がないから心配したのに、何処と無く嫌味が含まれていそうな返事をされた気がする。
 不服を顔で表現してみれば、レオン殿下は片方の口角だけを上げてふっと笑った。
 鼻で笑われたのだろうか。

「まあいい。君の気持ちは分かったが、そもそも結婚は許されているのか?」
「……え?」
「君は聖女だろう? 抱擁や接吻は? 夫婦になれば同衾するだろう……いいのか?」

 二の句が継げなかった。
 確かに大変不服ではあるが、一部の人からは聖女と呼ばれている。
 シャーロットはただ単に人とは少し違う力を持って生まれて、それを活用出来る環境で生きてきただけ。
 神から愛を囁かれたことなどないし、嫁いだつもりもない。
 勿論、自分から聖女だと名乗った事など一度もない。
 否定し続けているのに、十一年の間毎日顔を合わせ苦楽を共にしてきたと言える相手からもそう思われていたとは。

 何故か昔から聖女と呼ばれる事が嫌で堪らなかった。
 明確な理由として挙げることは何もない。
 ただ、そう呼ばれる度に胸を鷲掴みにされた様な痛みと、込み上げてくる不快感があるだけ。

「……」
「いいのかと聞いているのだが?」

 じっと見つめてくる鮮やかな紫色の瞳に気不味くなり慌てて視線を逸らす。
 そんなにしっかり確認しなくてもいいのではと思うも、シャーロットが何かをやらかせば責任を問われるのはレオン殿下だ。
 無闇に行動を起こされる前に確認する必要があったのだろうと思い直す。
 ずっと壁を眺めている訳にはいかないので視線を戻すと、驚いた事にこちらを見ていたようで目が合った。
 仕事を止めてまで相手をしてくれるのは珍しく、少しばかり嬉しく思った。
 聖女扱いされた事を忘れた訳ではないけれど。

「いいんじゃないですか? 私聖女じゃありませんし」
「人々の怪我や病を癒し穢れや瘴気を浄化して、戦闘では結界を張り兵士を強化し魔物を弱体化する。聖女じゃなければなんなんだ」
「特異体質?」
「ほう……体質であると言うのなら遺伝するかもしれないな。試してみるか?」

 レオン殿下は立ち上がるとシャーロットに近付き、緩く波打つ茶髪を一束手に取ると口付けた。
 流れる様な動作に目を奪われる。
 綺麗な人がやると絵になるものだと他人事のように思っていたが、自分が置かれた状況を理解するに連れて頭に血が上っていくのを感じた。
 逃げようにも拘束されているかのように動けない。

「いいと言ったのは君だ……覚悟するように」

 妖しい紫色に中てられ、平常心を失わない乙女はいるのだろうか。
 シャーロットは為す術なく意識を手放した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〈完結〉毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでのこと。 ……やっぱり、ダメだったんだ。 周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間でもあった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表する。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放。そして、国外へと運ばれている途中に魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※毎週土曜日の18時+気ままに投稿中 ※プロットなしで書いているので辻褄合わせの為に後から修正することがあります。 ※諸事情により3月いっぱいまで更新停止中です。すみません。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

間違えられた番様は、消えました。

夕立悠理
恋愛
竜王の治める国ソフームには、運命の番という存在がある。 運命の番――前世で深く愛しあい、来世も恋人になろうと誓い合った相手のことをさす。特に竜王にとっての「運命の番」は特別で、国に繁栄を与える存在でもある。 「ロイゼ、君は私の運命の番じゃない。だから、選べない」 ずっと慕っていた竜王にそう告げられた、ロイゼ・イーデン。しかし、ロイゼは、知っていた。 ロイゼこそが、竜王の『運命の番』だと。 「エルマ、私の愛しい番」 けれどそれを知らない竜王は、今日もロイゼの親友に愛を囁く。 いつの間にか、ロイゼの呼び名は、ロイゼから番の親友、そして最後は嘘つきに変わっていた。 名前を失くしたロイゼは、消えることにした。

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

処理中です...