10 / 10
第一章 呪いのはじまり
2:謎の魔術師 3
しおりを挟む*
春の盛り、清水こんこんと湧き草木萌ゆる一日。
空は淡く美しい薄水色。そこに綿菓子のようなふんわりとした真っ白い雲がいくつかぷかぷかと浮いている。
鳥はまるでこの世に敵などいないかのようなのどかさでチチチと鳴き、森や林で生きる小動物は太陽の光に惹かれてひょっこりと顔を出し、ぴこぴこ耳を動かして平和な空気の音を聴く。
その日は何もかもが恵まれているかのような、豊かな一日だった。
正式な誕生日パーティは夜だ。だが、会自体は昼を過ぎたあたりからもう始まっていた。
大広間で全員が立ちながら談笑するその時間は、どちらかと言うとエルミラのためではなく、来賓たち同士の交流の場としてとられたものである。
だからと言って、エルミラは参加しないわけでもなかった。彼らの挨拶が一通り終わったかと思われるころ、彼女は粛々と大広間に姿を現した。
「成人おめでとう、エルミラ姫。話には聞いていたが、立派な姫君だ」
入場してからこっち、いったい何度その言葉を聞いただろう。
どんな『話』を聞いていたのやら。それを考えるとなにやら滑稽だったが、エルミラはすべてに笑顔で応対した。
このために半年間みっちりと準備してきた。今さら自分の努力を無駄にするようなことはしない。
(……いいえ、違う)
エルミラは自分自身を外側から見るような思いで内心首を振る。
これは練習の成果なんかじゃない。
他に、作れる表情がなくなってしまっただけだ。
なぜなら他の顔色を他人に見せた瞬間――
エルミラがこよなく愛するこの国に、小さなひびを入れかねないと、彼女は知っているから。
(そうよ。これはこの国のため)
必死で言い聞かせた。心臓は常に緊張に引き絞られていたけれど、それを外に出してはいけない。
十五歳は大人だ。一人前の淑女、そして第一王女としてのふるまいをするのだ。父が護ろうとした、この小さな国の誇りのために。
――昨日のことなんか忘れてしまえばいい。
(あれは夢よ。私の甘ったれた心が見せた夢)
何度も何度も言い聞かせた。昨日は何もなかった。この宴のための最終準備に追われた一日でしかなかった。
大好きな幼なじみに求婚されるなんていう甘く悲しい出来事は存在しなかった。だから私は今、何も動揺していない。
「おめでとうございます、エルミラ様」
かけられる言葉に微笑みと礼を尽くす。ただただそれをくり返す。それが今日のエルミラの役目。
――わかっているのに。
視界の端で、自然とさがしてしまう。
(どこに……いるの)
れっきとした招待客のはずのフィルグラートの姿がどこにも見えない。そのことが、エルミラの小さな胸を大きな不安で覆っていく。
きっと彼も、今日は何事もなかったようにエルミラの前に現れて、成人の祝辞を述べるのだと思っていた。
そしてそのあと、他の人々と同じように、父の口から公表される今日まで秘されていたあのことを知るのだと――。
「王女殿下、おめでとうございます」
ふと、彼女にそう呼びかける声がして、エルミラは反射的に我に返ってにっこりと笑った。
0
お気に入りに追加
19
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説


なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
腹黒宰相との白い結婚
黎
恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる