呪われし姫は月夜に愛を知る

瑞原チヒロ

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第一章 呪いのはじまり

2:謎の魔術師 3

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 春の盛り、清水こんこんと湧き草木萌ゆる一日。

 空は淡く美しい薄水色。そこに綿菓子のようなふんわりとした真っ白い雲がいくつかぷかぷかと浮いている。

 鳥はまるでこの世に敵などいないかのようなのどかさでチチチと鳴き、森や林で生きる小動物は太陽の光に惹かれてひょっこりと顔を出し、ぴこぴこ耳を動かして平和な空気の音を聴く。

 その日は何もかもが恵まれているかのような、豊かな一日だった。

 正式な誕生日パーティは夜だ。だが、会自体は昼を過ぎたあたりからもう始まっていた。
 大広間で全員が立ちながら談笑するその時間は、どちらかと言うとエルミラのためではなく、来賓たち同士の交流の場としてとられたものである。

 だからと言って、エルミラは参加しないわけでもなかった。彼らの挨拶が一通り終わったかと思われるころ、彼女は粛々と大広間に姿を現した。

「成人おめでとう、エルミラ姫。話には聞いていたが、立派な姫君だ」

 入場してからこっち、いったい何度その言葉を聞いただろう。

 どんな『話』を聞いていたのやら。それを考えるとなにやら滑稽だったが、エルミラはすべてに笑顔で応対した。

 このために半年間みっちりと準備してきた。今さら自分の努力を無駄にするようなことはしない。

(……いいえ、違う)

 エルミラは自分自身を外側から見るような思いで内心首を振る。

 これは練習の成果なんかじゃない。
 他に、作れる表情がなくなってしまっただけだ。

 なぜなら他の顔色を他人に見せた瞬間――
 エルミラがこよなく愛するこの国に、小さなひびを入れかねないと、彼女は知っているから。

(そうよ。これはこの国ジルヴェールのため)

 必死で言い聞かせた。心臓は常に緊張に引き絞られていたけれど、それを外に出してはいけない。

 十五歳は大人だ。一人前の淑女、そして第一王女としてのふるまいをするのだ。父が護ろうとした、この小さな国の誇りのために。

 ――昨日のことなんか忘れてしまえばいい。

(あれは夢よ。私の甘ったれた心が見せた夢)

 何度も何度も言い聞かせた。昨日は何もなかった。この宴のための最終準備に追われた一日でしかなかった。
 大好きな幼なじみに求婚されるなんていう甘く悲しい出来事は存在しなかった。だから私は今、何も動揺していない。

「おめでとうございます、エルミラ様」

 かけられる言葉に微笑みと礼を尽くす。ただただそれをくり返す。それが今日のエルミラの役目。

 ――わかっているのに。
 視界の端で、自然とさがしてしまう。

(どこに……いるの)

 れっきとした招待客のはずのフィルグラートの姿がどこにも見えない。そのことが、エルミラの小さな胸を大きな不安で覆っていく。

 きっと彼も、今日は何事もなかったようにエルミラの前に現れて、成人の祝辞を述べるのだと思っていた。
 そしてそのあと、他の人々と同じように、父の口から公表される今日まで秘されていたを知るのだと――。

「王女殿下、おめでとうございます」

 ふと、彼女にそう呼びかける声がして、エルミラは反射的に我に返ってにっこりと笑った。

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