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第一章 呪いのはじまり
2:謎の魔術師 2
しおりを挟む一瞬、何を言われているのかわからなかった。
次いでエルミラの頭の中に、声にならない悲鳴がほとばしった。
父は上機嫌でことの経緯を話し続けていた。
『シファイスには一度、王太子殿との縁談を申しこんで断られている。だが外交の合間合間にそれとなく水を向け続けていたら……なんと第二王子殿が、おまえの性質を聞いてむしろ気に入ったと仰るのだ』
これで我が国はしばらく安泰だ。父はそう言って、誇らしさの中に安堵したような笑みを浮かべていた。
それはそうだろう。シファイスと言えばこの大陸一の大国で、シファイス王の一言一言が大陸全土を動かすほどの国だ。
その国と縁づけるなんて、よほどのことがない限りジルヴェールの安全を保障されたも同然だった。
それから父はどれほど苦心してエルミラを売りこんだのかを話し続けた。
しかしその話は、エルミラの耳を右から左へすり抜けていった。
シファイスへの縁談申しこみは一度失敗している。そのことをエルミラも知っていた。
だから父はとっくに諦めたものだと思っていた。まさか他の王子に目を移して、交渉を続けていただなんて――。
その上、『エルミラの性質を気に入って』?
こんなありがたい話、父は決して手放さないだろう。あの手この手で確実に結婚までこぎつけるはずだ。
なにより、この話を聞いて母のクレイラがこのうえなく喜んだ。
母は母でときに度を超える娘のおてんばをいさめながらも、病弱な自分の代わりをたくすようにこの活発な第一王女をこよなく愛していたから、そんな娘をそのまま受け容れようという縁談にすがらないはずがない。
国が護られると安堵する父。
娘が幸せな結婚をできると涙する母。
そのふたりを目の前にして、エルミラの言葉はすべて封じられた。
〝その方とは結婚したくありません〟などと、言えるわけがなかった。
その日の夜、あらゆる後悔が重しとなってどっとエルミラを襲った。エルミラは一晩だけ高熱を出してベッドから動けなくなった。
果てがないほどに深く暗い夢が、眠る彼女をさいなんだ。それはある少年がエルミラの前で笑っている夢――。
『結婚おめでとう、エルミラ』
違う、とエルミラが叫んでも声にならない。手を伸ばしても届かない。ただ純粋な祝福の笑顔だけがエルミラに向けられている。友達の慶事を心から喜ぶ、清らかな湖色の瞳。
――違うの、フィン!
その名を呼ぶと同時、彼女は目を覚ました。
真夜中。ひとりきりの部屋で、エルミラはひたすら泣いた。
どうして行動しなかったのだろう。
どうして両親に一言でも言っておかなかったのだろう。
父母はフィルグラートを気に入っている。しょっちゅうこの国に遊びにくる隣国の第二王子を、息子のように可愛がっていたのだ。
フィルグラートの国アルヴィアスは、シファイスのような大国ではない。けれど伝統的にジルヴェールと仲の良い友好国である。経済的にも繋がりが大きく、代を遡れば王族同士が結婚した事例もある。反対する声は小さかったはずなのだ。
(でも、フィンの相手にはもっと素敵な女性が現れるに決まっていると思っていた)
自分のおてんばさを悪いと思ったことはない。
それでもフィルグラートにはもっと大人な女性が似合うと、エルミラは漠然と感じていた。
野山での遊びには危険がともなう。それらからエルミラや彼女の弟妹を護ってきたのは、いつだってフィルグラートの勇敢さだったから。
多くの兵士の命を預かることになる身である自覚を早くから持っていた彼。エルミラなどよりずっと大人になっていく人だと、そう思えてならなかったから。
彼の隣にはこんなおてんばではなく、彼をちゃんと支えられるもっと素晴らしい女性がいるべきだ、と。
そう、思ってしまっていた。そんな後ろ向きな考えが――
決定的に、彼との関係を断ち切る結果を呼び寄せたのだ。
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