呪われし姫は月夜に愛を知る

瑞原チヒロ

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第一章 呪いのはじまり

1:少年の愛 5

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(……何を言っているの、私)

 心の中で自嘲する。
 そんなに恐れているのなら、行動すれば良かったのに。

 自分は何もしなかった。だからこそ、今、この状況がある。

 湖面で揺れる葉は相変わらず一枚きり、ゆらゆらと頼りない。
 それをぼんやりと眺めながら、エルミラは小さくつぶやいた。

「……明日はよろしくね。フィン」

 フィルグラートの国アルヴィアスはジルヴェールと国境を接した隣国であり、友好国である。

 本来は国王か王太子が来賓として呼ばれるところなのだが、フィルグラートがエルミラとあまりに親しくしているため、アルヴィアスの代表者は自然とフィルグラートに決まっていた。

 彼には正式に招待状も送られているはずだ。そもそも、だからこそ数日前からフィルグラートはすでに入国しているのだ。

 けれど。

 数秒の沈黙があった。

 何かに誘われるように、エルミラはフィルグラートのほうを見た。

 彼は、何かを考えこむかのようにうつむいていた。
 そして、

「……俺は、明日のパーティに参加できないかもしれない」

「え?」

 思わずぽかんとフィルグラートを見つめる。

 エルミラの誕生日。それどころか、成人となる日。
 彼なら祝ってくれると信じていた。小さなころから一緒に遊んできた幼なじみ、親友とさえ呼べる彼なのだ。

 それなのに。

 エルミラは焦った。
 不安で血の気が引いていく。いったい何が起こったのだろう?

「どうして? なにか、私たちがアルヴィアスに失礼をしてしまった? それともお兄様のほうがいらっしゃることになったとか――」

「いいや、そういう話じゃないんだ」

 そう言ったときの、少年の痛みに耐えるような顔が、エルミラの心臓をとくんと跳ねさせる。

 それは、少年から青年へと移り変わる年ごろの揺らぎが生んだ、エルミラの知らないフィルグラートの顔だった。

 彼は再び無言になる。
 ただ、エルミラの大好きな湖に似た蒼い瞳で、彼女をじっと見つめている。

 どぎまぎして、エルミラは顔をそらした。

 彼の視線をまともに見てはいけないと心のどこかが叫んでいた。受けとめてしまっては――もう二度と、逃れられなくなる。

 胸が疼くように痛み始めている。
 それを隠そうとするかのように、両手が自然と胸の前で握り合わされる。

 ふいに、フィルグラートがこちらに向かって手を伸ばした。
 強く握り合わされていたエルミラの手を優しくほどきながら、彼は言った。

「俺の気持ちの問題だ。場合によっては、おとなしく明日のパーティには参加していられないだろうから」

「フィン?」

 やがてフィルグラートの手が、紳士的な礼にのっとった手つきでエルミラの右手を取る。

 エルミラの視線が、いざなわれるように彼へと戻る。

 フィルグラートはエルミラの片手を取ったまま、膝を折った。

 その一瞬、さんさんと湖に光を振り落としていた太陽が、フィルグラートだけを照らし出す。

 地面に片膝をついた幼なじみは、真剣な眼差しをエルミラに送っていた。

「エルミラ。俺がお前を好きだと言ったら、驚くか?」

「え?」

「俺と結婚してくれないか。一緒に俺の国に来てほしい」

「―――」

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