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第一章 呪いのはじまり
1:少年の愛 4
しおりを挟む幸いなことに、フィルグラートはいつも通りだった。目を細めてエルミラを眺め、どことなく感慨深そうだ。
そこはかとなく成長した妹を見る兄のような視線に思えて、エルミラは胸の奥にいらだちにも似た落ちつかない何かを感じた。
フィルグラート。
隣国アルヴィアスの、第二王子。
耳あたりまで切ったよく手入れされている黒髪には、艶やかさというより若々しさがある。昔は柔らかだった輪郭も、最近ではすっかり涼やかになった。
美形と呼ぶより精悍と呼ぶほうが似合う顔立ちへと整ってきたのは、アルヴィアスが伝統的に軍国であるからかもしれない。自分に命を預ける兵士たちをも信頼させられるに違いない強い眼差しを、近ごろのフィルグラートからはしばしば感じられる。
ただ、昔からきりっとした軍国王子の物腰を躾けられている身でありながら、彼はエルミラたち幼なじみの前ではその凜々しさを崩してよく笑った。
エルミラとフィルグラートはともに気が強かったから、口げんかをすることも多い。
けれどそれをものともしないほどに、ともに笑うことのほうが多かったのだ。
エルミラはフィルグラートと口論することが好きだ。
そしてそのあと、二人で揃って笑うことが大好きだ。
王女のたしなみなんか忘れて、心のままに空へと笑い声を投げる。いつも率先して笑っていたのはたぶんエルミラで、ひょっとしたらフィルグラートはそれに付き合ってくれていただけなのかもしれない。
そうだとしても、彼の笑った顔はやっぱり好きだった。自分の笑い声に彼の愉快そうな声が重なる瞬間が好きだった。
……でも。
もう、そんな日々は終わるのだ。
明日になれば、自分は決定的に変わる。
成人するだけではない。もうひとつ、訪れる変化がある。
そのことを幼なじみたちの誰にも言えないまま、今日まできてしまった。もちろんフィルグラートにも――。
エルミラは彼から視線をはずした。
組んでいた腕をほどき、ゆっくりと視線を湖へ戻す。
輝く湖面に一枚の葉が落ち、ゆらゆらと揺れている。
目ではその葉を見つめながら、心の中はまったく別の事柄に逡巡して揺れていた。
――あの話を、彼に話さなくては。
でも、言ったところで何になるだろう? 彼自身には無関係な話なのだ。
だったら明日、パーティの場で父王が公表するに任せてしまったほうがいいのではないだろうか?
そうすれば、盛況なパーティの雰囲気と大勢の来賓たちの祝福にまぎれて、彼の反応を気にせずに済むかもしれない。
彼の表情がどう変わるのか、その口がどう動くのか、気にせずにいられるかもしれない。
怖かった。
彼にただの慶事と受けとめられて、当たり前のように祝われてしまうことが、怖くてたまらなかった。
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