呪われし姫は月夜に愛を知る

瑞原チヒロ

文字の大きさ
上 下
2 / 10
第一章 呪いのはじまり

1:少年の愛 1

しおりを挟む


「俺と結婚してくれないか。一緒に俺の国に来てほしい」

 ぽかんとしているエルミラを見上げ、蒼い瞳の少年――フィルグラートは膝をついた姿勢を崩さずそう言った。
 エルミラは混乱のあまり固まって、ただ彼に取られた自分の右手を見下ろしていた。

 頭の中ではこの事態を理解しようと、思考が一生懸命に回転している。たしか今の今までふたりは明日のパーティの話をしていたはずだ。

 そうだ、パーティ。エルミラの誕生日パーティ――。



 十五歳。明日、とうとうエルミラは、ジルヴェール王国における女性の成人年齢になる。

 予定されているパーティは当然、例年以上に豪勢で、半年も前からエルミラはその準備に追われていた。
 ドレスの採寸、繰り返される試着、来賓や彼らの国に関する知識の学習、振る舞いの復習。

 やらなければならないことは山ほどあった。
 たった一晩のパーティを成功させるために。毎日毎日、彼女は必死になっていた。

 けれど生来、エルミラはおとなしく勉強していられる娘ではなかったのだ。

 彼女は国では『おてんば姫』として有名だった。幼いころから、両親のとめるのも聞かず、城の外で泥もいとわないほど活発に遊び回った。

 日光を浴び、ジルヴェール自慢の澄んだ空気を吸うのがこのおてんば姫にとって欠かせない日課。
 そして植物を、小川を、小動物を、あるいは虫さえも見て回り、返事もないのに語りかけては楽しげに笑う。

 かと言って人間がきらいなわけでもなく、弟妹はもちろん、その時期ジルヴェールに滞在していた隣国の王子――つまりフィルグラートをも巻きこみ、ときには城内の使用人さえも仲間に入れて、にぎやかな日々を過ごしてきた。

 ある日には城下町にまでこっそり下りていったこともある。もともと平和な国なので、王女の振る舞いに対する兵士の目はおおらかだった。
 それはたとえ王に叱られたとしても、だ。なにしろその王にしたって、兵士たちのクビを飛ばすようなことはなかったのだから。

 それが宴が決まってから一転、城内どころかほぼ自室に閉じこもって過ごす日々に変わった。
 大事な日を前に、この第一王女に何かあってはならないと、さすがに真剣になった人々の目が常に光っている。

 そんな毎日に耐えられるほど、エルミラは残念ながらまだ淑女にはなりきれていなかった。

 だから――

「いつものところに行かないか?」

 パーティの前日。急にエルミラの部屋をおとなったフィルグラートの申し出に、一も二もなくうなずいたのだ。

 ――幼なじみで親友でもあるはずの彼が、いつになく真面目な顔つきでいることに、気づきもせずに。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...