好きになっちゃ駄目なのに

瑞原チヒロ

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パートナーになれたみたいです 2

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「そんなわけで姫はお前が欲しいわけだ。何が何でももう一度皇子の結婚相手候補に名乗り出たいからな」
 へー、と私は深く納得しました。
 私が最初に王族の皆さんにご挨拶に行ったとき、『薬が作れる!』と喜んでいたのは若い王女様のほうで、王妃様じゃなかった。そのことの意味を今さらながらに知ります。
 納得したのはいいのですが……不安になって、私はアーレン様の腕をつつきました。
「……私が王宮の社交パーティなんかに出たら、危なくありません……?」
「ところが今回のパーティに限っては、危険はなくなった」
「え?」
「さっきリオン王子との婚約を断った十二歳の皇女がいると話したな。その皇女が、今回のパーティに出てくる」
「えええ!?」
 珍しいことなんだ、とアーレン様は言いました。
「ディアグレッセス帝国の皇族が我が国のパーティに出てくるのは。いつもすげなく断られてきたからな」
 へー、と私は間が抜けた驚きの声を上げます。
「なんで突然出てくる気になったんでしょうねえ?」
 するとアーレン様はにやりとし、
「お前だ」
「へ?」
「目当てはお前だ。その十二歳の皇女、ジュレーヌと言うんだが、帝国の中でも人一倍魔法に興味を持っている。お前の存在を知って、『それなら絶対直接見に行く!』となったわけだ」
「ほへええええ!?」
 変な声が出てしまいました。わ、私が目当てですか! 私何もできませんよ!? 一芸もありませんよ!? お茶なんてパーティじゃ出せませんし!
「心配するな、皇女は賢い。お前を面白がりはするだろうが、無理難題を言うことはない」
「え、アーレン様、皇女様をご存じなんですか?」
「まあ、少しだけな」
 曖昧な返事。何か聞いてはいけないことを聞いてしまったのでしょうか。
 アーレン様が言えないというのなら、私は聞いちゃいけないことなんでしょう。私は大人しく、それ以上つっこまないようにしました。
「でもでも緊張します。皇女様のお話相手なんて、私にできるでしょうか」
「皇女の相手どころか、お前をつれていけばお前はほとんどパーティの主役だ。誰もがお前を見るだろう。……グロリアに学んでおくことだな、色んなことを」
 あわわ。とんでもないことになりそう。
 だって私はアーレン様のパートナーとして行くんですよ。アーレン様のお顔に泥を塗るわけにはいかな……いかない……でもでも、ええええっ。
 だんだん不安が増してきました。
 崇高なる王宮魔導師様のパートナーがこんなお馬鹿女で……本当にいいの!?
「ごめんなさいアーレン様っ! 私、アーレン様のお顔に泥を塗ります!」
「……宣言か……まったくお前は」
 がしがしと濡れ髪を乱されました。
 そして、頭を胸に抱き込まれました。
「多少のことは目をつぶってやるさ。お前の馬鹿さ加減につける薬はないことくらい、よく知ってる」
「うわあんアーレン様ひどい」
「馬鹿。それでも俺はお前がいいと言っているんだ」
「―――」
 私は現金にもぱあっと顔を輝かせ、アーレン様の胸に抱きつきました。
「アーレン様。アーレン様。好きです、大好き」
 だから頑張ります――と、強い決意をのせて。
「馬鹿なりに頑張ります。見ててくださいね!」
 アーレン様と目を合わせると、彼はくすくすと笑い――
 それから優しく、私の唇に唇を重ねました。
 甘い、とろけるようなキス。
「……そろそろ寝るか」
 体がギシギシ痛いのは、まだ治っていませんでした。それを分かっているのかどうか、アーレン様はその夜私を抱こうとはしませんでした。
 でも、代わりに腕枕をして添い寝をしてくれて。
 そのぬくもりで私はしみじみと実感したのです。ああ……私、本当にアーレン様のものになったんだ。
 身をすりよせるアーレン様の胸。心なしか鼓動が早く聞こえたのは、気のせいでしょうか?
 やんわり頭を撫でられながら、私は目を閉じました。おやすみ、と耳元に湖水の声がしました。
 胸の奥にたくさんのときめきを抱えながら、私はそのまま心地よく眠りに落ちてゆく――



「……皇女殿下がお越しになる……」
 静かな一室に、吐息のような声が落ちる。
 女は口元を扇子で隠しながら、窓の外をゆったりと眺めている。
「いい機会だわイディアス。今度こそ……うまくやってちょうだいね?」
「……は……」
 イディアスはひざまずいたままこうべを垂れる。
 女はこちらを見ないままくすくすと肩で笑う。
「先だってはアーレンに見事お株を取られたことだもの。今度こそ、汚名を返上してちょうだい」
 アーレン。その名を聞くだけでイディアスのはらわたがぐつぐつと煮える。
 王宮魔導師となってからこっち、あの男のために飲まされた煮え湯は一杯や二杯ではない。そもそもアーレンのほうが二年早く王宮魔導師になっているのだが――たかが二年だ。それなのにあの男は何かと偉そうにイディアスを扱う。
 否。そもそもあの男はイディアスを格下に見ているふしがあった。そして事実、魔力の量でイディアスはアーレンに敵わない。

 魔力量が絶対なわけではない――

 イディアスはそれを証明するためにこれまでやってきた。
 王室のお付き魔導師として、王室の願いを何でも叶えてきたつもりだ。アーレンが無視するようなささいな用事もすべて細々とこなすことで、イディアスは王室の信頼を得てきた。
 今では王室は、イディアスのことをとても重用している。
 異世界転移で肝心の異世界人を王宮に転移させられなかったのも、魔法陣に細工したためだと説明したら王室は納得した。その細工のおかげで、あの異世界人はもはや帰る場所がない。
 元の世界に戻れなければ、いずれこちらの手の内に落ちよう。たとえアーレンがどんなに手を尽くして守ろうとも、限界がある。
 今回ばかりは、イディアスの勝ちが目の前にあるのだ。
「あの異世界人……役に立ってもらわなければね」
 女主人は扇子の陰で笑っている。ご機嫌麗しい彼女は、まだ見ぬ未来をうっとりと夢見ているに違いない。
 彼女の願いが叶う未来を。
 イディアスの胸がぎしりと鳴る。彼女の夢見る未来にはひとつだけ、イディアスにとって気にくわないものが入り込んでいる。
 だが、それでも……
「……必ず、成してみせましょう。ご期待ください……」
 イディアスは陰鬱な声で低くそう囁く。それは彼の生まれ持っての声だったのに、誰もが彼を嫌った。
 世界を恨み、すべてを呪うために始めた魔術修行だったが、そんな彼を拾い上げて王宮魔導師にまで上げてくれたのが彼女だったのだ。イディアスは初めて他人に感謝し、初めて他人を信じた。
 彼女のためなら――
 どんな、危険なことでも。
「期待しているわ」
 女の声は甘やかな蜜だ。とろりとイディアスの耳に入り込み、イディアスを|虜(とりこ)にしていく。
 イディアスは深く深く頭を下げた。目の前の女性のために自分が成すべきことを、改めて心の中で決心しながら。
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