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それからというもの 1
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翌朝から私は高熱が出て、三日三晩寝込みました。
四日目、ようやく目を醒ました私を待っていたのは、グロリア様の寝不足ではれぼったい目の顔。
「ああ! 目が醒めたのね……良かった!」
ベッドの私に覆いかぶさるようにしながら、グロリア様は喜んでくださいました。
「魔力の暴走による疲労には薬が効かないのよ。だから待つしかなくて……本当に良かった」
魔力の暴走……
うっすらと、徐々にはっきりと、記憶が舞い戻ってきます。あの夜の自分の行いを――
私はハッと起き上がろうとして、ふらつきました。
「まだ、まだ駄目よ。これからは薬が効くとは言え、まだ横になっていなきゃ」
私を寝かしつけようとするグロリア様に、私は問いました。まだろれつのよく回らない舌で。
「レンジュ君は……レンジュ君はどうなったんですか!?」
「レンジュは右手を火傷よ……仕事ができなくて休みを取らせているわ」
グロリア様はごまかさずに答えてくださいました。「でも、命に別条はないから大丈夫。火傷も、弟の作った薬がよく効いているから」
「弟――」
グロリア様の弟と言えば、それは。
そう思ったまさにそのときに、
「何だ、目が醒めたのか」
ドアが勝手に開いて、堂々とした態度のお師匠様がつかつかと入ってきました。
「もっと眠っているかと思ったぞ、この未熟者が。私のいない間に魔力の暴走なんぞさせおって」
「………」
グロリア様の横、私のベッドについて、傲然と腕を組みます。
真っ先に悪態。氷のような無表情。ああ――
間違いなくお師匠様です! 私はとたんに、ぶわっと涙をふき出しました。
「ふええええお師匠様あああああ心配しましたああああ」
「なっ……な、泣くな! 私は別に刑罰に処されたわけではない!」
「うええええだってえええ私のせいでええええ」
「別にお前のせいではないから、泣くな! 鼻水を垂らすな!」
「泣くと鼻水出ちゃうんですううう」
グロリア様がぶふふっと噴き出し、ハンカチで私の涙と鼻水を丁寧に拭いてくださいました。残念ながらそれでも涙は止まりませんでしたが……鼻水も。
まったく、と腰に手を当てて苦い顔をするお師匠様。病み上がりの私にちっとも優しくありません。
でもグロリア様が、ひそひそ話をするように私に顔を寄せました。
「とか言っちゃって、アーレンったらね、あなたの魔力の暴走を王宮で感じて、いてもたってもいられず王宮から飛び出してきちゃったのよ。それでこの三日の間というもの、うろうろイライラそりゃーもう落ち着かなくて」
「うるさい黙れグロリア!」
「あーら、女の子の看病ができるのは私だけなのに、その私にそんな口利いていいのかしらー?」
「……っ、くっ……」
グロリアお姉様の前ではさしものお師匠様も形無しです。私はこっそり噴き出しました。
「今お前笑ったろう!」
「いいえ笑ってませんお師匠様!」
「どうして下らん嘘をつくんだ貴様は!」
「お師匠様に怒られたくないからですお師匠様!」
「お前は……もう完全に大丈夫なようだな……」
お師匠様の美しいお顔が盛大に引きつります。あ、本気で怒らせちゃった。
お師匠様は手に握り込んでいたものをグロリア様に放り出しました。
「その粉薬を一日三回飲ませて寝かせろ。あと一週間は休養が必要だ」
「レンジュの手の火傷はどう? トキネが心配しているのよ」
「あれはあと三日もすれば治る。大した怪我じゃない」
それを聞いて私は心からほっとしました。良かった……レンジュ君、治るんだ。
痛い思いをさせたこと、仕事ができない状態にさせたこと、ちゃんと謝らなきゃ。
「さっさと治れ、家に病人が多いと面倒なことこの上ない」
言いたいことだけ言ってさっさと行こうとするお師匠様の背に、私は思わず声をかけました。
「私が元の世界に戻れないって、本当ですか?」
「―――」
お師匠様の足が、ぴたりと止まりました。
無言の背中。……ああ、そうなんだ。
私にはそれだけで十分。
自然と笑顔を浮かべ、
「お師匠様が王宮から出てきてくれて嬉しかったです! 絶対もう一度お会いしたかったから! 本当に良かった!」
「お前……」
お師匠様が振り向こうとして、ためらったのが分かりました。
私は小首をかしげて、固まってしまったお師匠様が動くのを待ちます。
「……お前、色々反則だ」
なぜか、そんな言葉を残して――
お師匠様は部屋を出て行きました。バン! と派手にドアを閉めながら。
四日目、ようやく目を醒ました私を待っていたのは、グロリア様の寝不足ではれぼったい目の顔。
「ああ! 目が醒めたのね……良かった!」
ベッドの私に覆いかぶさるようにしながら、グロリア様は喜んでくださいました。
「魔力の暴走による疲労には薬が効かないのよ。だから待つしかなくて……本当に良かった」
魔力の暴走……
うっすらと、徐々にはっきりと、記憶が舞い戻ってきます。あの夜の自分の行いを――
私はハッと起き上がろうとして、ふらつきました。
「まだ、まだ駄目よ。これからは薬が効くとは言え、まだ横になっていなきゃ」
私を寝かしつけようとするグロリア様に、私は問いました。まだろれつのよく回らない舌で。
「レンジュ君は……レンジュ君はどうなったんですか!?」
「レンジュは右手を火傷よ……仕事ができなくて休みを取らせているわ」
グロリア様はごまかさずに答えてくださいました。「でも、命に別条はないから大丈夫。火傷も、弟の作った薬がよく効いているから」
「弟――」
グロリア様の弟と言えば、それは。
そう思ったまさにそのときに、
「何だ、目が醒めたのか」
ドアが勝手に開いて、堂々とした態度のお師匠様がつかつかと入ってきました。
「もっと眠っているかと思ったぞ、この未熟者が。私のいない間に魔力の暴走なんぞさせおって」
「………」
グロリア様の横、私のベッドについて、傲然と腕を組みます。
真っ先に悪態。氷のような無表情。ああ――
間違いなくお師匠様です! 私はとたんに、ぶわっと涙をふき出しました。
「ふええええお師匠様あああああ心配しましたああああ」
「なっ……な、泣くな! 私は別に刑罰に処されたわけではない!」
「うええええだってえええ私のせいでええええ」
「別にお前のせいではないから、泣くな! 鼻水を垂らすな!」
「泣くと鼻水出ちゃうんですううう」
グロリア様がぶふふっと噴き出し、ハンカチで私の涙と鼻水を丁寧に拭いてくださいました。残念ながらそれでも涙は止まりませんでしたが……鼻水も。
まったく、と腰に手を当てて苦い顔をするお師匠様。病み上がりの私にちっとも優しくありません。
でもグロリア様が、ひそひそ話をするように私に顔を寄せました。
「とか言っちゃって、アーレンったらね、あなたの魔力の暴走を王宮で感じて、いてもたってもいられず王宮から飛び出してきちゃったのよ。それでこの三日の間というもの、うろうろイライラそりゃーもう落ち着かなくて」
「うるさい黙れグロリア!」
「あーら、女の子の看病ができるのは私だけなのに、その私にそんな口利いていいのかしらー?」
「……っ、くっ……」
グロリアお姉様の前ではさしものお師匠様も形無しです。私はこっそり噴き出しました。
「今お前笑ったろう!」
「いいえ笑ってませんお師匠様!」
「どうして下らん嘘をつくんだ貴様は!」
「お師匠様に怒られたくないからですお師匠様!」
「お前は……もう完全に大丈夫なようだな……」
お師匠様の美しいお顔が盛大に引きつります。あ、本気で怒らせちゃった。
お師匠様は手に握り込んでいたものをグロリア様に放り出しました。
「その粉薬を一日三回飲ませて寝かせろ。あと一週間は休養が必要だ」
「レンジュの手の火傷はどう? トキネが心配しているのよ」
「あれはあと三日もすれば治る。大した怪我じゃない」
それを聞いて私は心からほっとしました。良かった……レンジュ君、治るんだ。
痛い思いをさせたこと、仕事ができない状態にさせたこと、ちゃんと謝らなきゃ。
「さっさと治れ、家に病人が多いと面倒なことこの上ない」
言いたいことだけ言ってさっさと行こうとするお師匠様の背に、私は思わず声をかけました。
「私が元の世界に戻れないって、本当ですか?」
「―――」
お師匠様の足が、ぴたりと止まりました。
無言の背中。……ああ、そうなんだ。
私にはそれだけで十分。
自然と笑顔を浮かべ、
「お師匠様が王宮から出てきてくれて嬉しかったです! 絶対もう一度お会いしたかったから! 本当に良かった!」
「お前……」
お師匠様が振り向こうとして、ためらったのが分かりました。
私は小首をかしげて、固まってしまったお師匠様が動くのを待ちます。
「……お前、色々反則だ」
なぜか、そんな言葉を残して――
お師匠様は部屋を出て行きました。バン! と派手にドアを閉めながら。
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