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シャールを看護した後、復活したアンゼリスカとエディレイドは奥の部屋に逃げ込んでいたレイネンドランド国王ならびに王妃、王女の傷を癒した。
そして、一日おいて改めて顔をつきあわせての会議――
エディレイドに頼んで、自分に話をさせてくれと言ったシャールは、国王とレイサルを前に凛々しく立った。
「天然の紡石が出る鉱山の封鎖、および二度と利用するものがないようティエラ人の守衛を置くことを要求します。もしも貴国との友好条約が婚儀でしか成り立たないものなのでしたら――」
ひとつ、呼吸して。
「婚儀の約束はとどこおりなく。このまま進めるとお約束致しましょう」
天然石が出る国、レイネンドランド。
この身を犠牲にしてでも、放っておくわけにはいかない。
エディレイドがいいのかと言いたげに妹を見る。
それに力強い笑みを返して、うなずいた。
レイネンドランド側の意見がはっきりとしないまま、会議はお開きとなった。
気がつくと、夜明けの陽射しが窓から差し込んでいた。徹夜の会議となってしまった。
「朝食は部屋に運ばせよう」
と国王が言った。それに甘えて、シャールとエディレイドは会議室を出る。
アンゼリスカとフレデリック、エディレイド親衛隊が待っていた。
「友好条約は何としてでも結ぶ。練成の端を知っている国に、天然石は……危険だ」
エディレイドはつぶやいた。〝僕のせいだからな――〟
「必ず、うなずかせてみせる」
「兄上。私を利用する必要があればいくらでも」
シャールは胸に手を置いて兄を見上げる。
エディレイドはじっと蜜色の瞳で妹を見つめ――
それから眼鏡を押し上げて、苦笑した。
「駄目だ。お前をレイネンドランドにやるわけにはいかない」
「……なぜだ?」
「お前はティエラに必要な人間だ。レイネンドランドに入り込むのは、そうだな、やはり僕の仕事かもしれない」
「それこそ駄目だ!」
シャールは慌てて言った。
「エディレイド兄上は、未来のティエラ国王だぞ? 王が別の国へ行っていてどうする! 今回の話は永遠にも等しい時間レイネンドランドにいなければいけない話だし――」
「そのことなら心配はない」
エディレイドは顔を回廊の外に向けた。
昇ったばかりの、白い朝陽が見えた。
「――ティエラの王になるのは、僕じゃない」
「は? じゃあ誰がなるのだ」
「………」
妹の金髪をくしゃっとなでて、
「それじゃあ、また昼に。朝はちゃんと食べなさい、シャール」
「子供扱いするなっ」
エディレイドは笑って歩いていった。親衛隊がぴったりとついていく。
「変なことを言う兄上だな。アディルカ兄上に任せる気か? それともサディク兄上か? 正直言ってちょっとティエラの危機だぞ」
ぶつぶつと二人の兄に失礼なことをつぶやくと、側近二人が噴き出した。
「――我々は、エディレイド殿下のお気持ちが分かりますよ」
「んん?」
シャールは難しい顔をして、小首をかしげた。側近たちは笑った。
刻は暁。
白んだ世界が、徐々に明るくなっていく。
涼しい朝の風が吹いていた。顔にかかった金髪をよけて、姫は空を横切った鳥の影を見る。
「私は、ティエラの命をもてあそんだ罪人――」
奇跡と愚は紙一重。それを思い知った唯一の。
「それでも……間違っていなかったような気がするんだ。最後に、ティエラの言葉を聞けたから」
あれはきっと我が国が、自分にくれた言葉。
シャールは胸の前に手をかざして、願いをこめてみた。しかし、掌はうんともすんともいわない。
「ははっ。いざというときにしか使えない力では役に立たん。やはり私には紡石は紡げない」
少女は朝陽を背に、明るく笑った。
白んだ光が、姫の金糸の髪の輪郭を柔らかく縁取り、艶やかな頬を優しく彩った。
ふと見やると、解放されたティエラの子供たちが駆けてくる。
「ひめさまー」
「こわいよーことばがわかんないよー」
怯える子供たちに、「もう大丈夫だぞ」と一人一人の頭をなでていくシャール。
そんな少女を前にして、フレデリックは言った。
「――俺は他ならない、姫の願いでティエラに繋ぎとめられたんです。もちろん、今さらそれを姫のせいにするつもりはない――己の道は、己で決めた。そしてこれからも」
おもむろに、ひざまずいて。
「我が永遠の忠誠を。シャール様」
その隣に並んで、アンゼリスカがひざまずく。
「姫こそがティエラの真の誇り。同じく永遠の忠誠を、我が姫」
「二人とも……」
シャールは破顔した。
フレデリックは肘でアンゼリスカをつついて、
「お前は忠誠を誓っている場合じゃないだろうが」
「……お前と違うぞ、私は」
「馬鹿、本気で手遅れになったらどうする気だ?」
「そそそそんなことはわわわ私の気にすることでは」
「そう言えばアンゼ!」
シャールは突然大声を上げた。ひざまずいていたアンゼリスカの襟をつかんでがくがくと揺さぶり、
「好きな女がいるというのは本当か!? なぜ今まで私に黙っていた!」
「―――!」
アンゼリスカは壮絶な目でフレデリックを見る。フレデリックは我関せずでそっぽを向いていた。
びしっ! とシャールはアンゼリスカに指をつきつける。
「お前は私の大切な兄! 兄の嫁となる女には厳しいぞ! さあ今すぐ白状するのだ、私が見極めてやる……!」
「ご勘弁くださいシャール様……!」
攻め立てられて、アンゼリスカが悲鳴じみた声を上げる。
子供たちが楽しそうに笑った。
暁の刻の中で、
太陽の光を浴びた姫は、夕陽色の瞳を今だけは朝陽の色に染めて、輝いている――
■■■■■
後に、ティエラ王国とレイネンドランド王国は和睦、友好条約を結んだ。
その条件の中には、ティエラ王女の要求した天然紡石の鉱山の封鎖と、そこを見張るティエラ人をレイネンドランドへ送り込むことが含まれていた。
そして――
王女と王子の結婚は、取り消された。
いわく、レイネンドランドの王子が首を振ったらしい。「尻に敷かれるのは趣味じゃない」と。
そう言いながらも、なぜか最後に王子は、ティエラ王女に鳥を送った。レイネンドランドでも滅多に見られない珍しい鳥を、わざわざ兵士に探させてまで見つけ出して。
ティエラ王女は喜んで、友好関係に置かれた国から名を取り「レイニー」と呼んだ。
ティエラ王国第二王子は、伝説の虹の石を持っていた。それは後に国宝として、ティエラ王城にて厳重な監視の下、飾られることとなる。
ティエラという国。奇跡の国。
願いと祈りを形にする国。
――奇跡と愚は紙一重だと、知っている者がいたら問おう。何を望むのかと。
すると返ってくるのはまばゆいばかりの笑顔だろう。願うのはひとつきり。
すべての人々の、幸せな顔だけだ――と。
(終わり)
そして、一日おいて改めて顔をつきあわせての会議――
エディレイドに頼んで、自分に話をさせてくれと言ったシャールは、国王とレイサルを前に凛々しく立った。
「天然の紡石が出る鉱山の封鎖、および二度と利用するものがないようティエラ人の守衛を置くことを要求します。もしも貴国との友好条約が婚儀でしか成り立たないものなのでしたら――」
ひとつ、呼吸して。
「婚儀の約束はとどこおりなく。このまま進めるとお約束致しましょう」
天然石が出る国、レイネンドランド。
この身を犠牲にしてでも、放っておくわけにはいかない。
エディレイドがいいのかと言いたげに妹を見る。
それに力強い笑みを返して、うなずいた。
レイネンドランド側の意見がはっきりとしないまま、会議はお開きとなった。
気がつくと、夜明けの陽射しが窓から差し込んでいた。徹夜の会議となってしまった。
「朝食は部屋に運ばせよう」
と国王が言った。それに甘えて、シャールとエディレイドは会議室を出る。
アンゼリスカとフレデリック、エディレイド親衛隊が待っていた。
「友好条約は何としてでも結ぶ。練成の端を知っている国に、天然石は……危険だ」
エディレイドはつぶやいた。〝僕のせいだからな――〟
「必ず、うなずかせてみせる」
「兄上。私を利用する必要があればいくらでも」
シャールは胸に手を置いて兄を見上げる。
エディレイドはじっと蜜色の瞳で妹を見つめ――
それから眼鏡を押し上げて、苦笑した。
「駄目だ。お前をレイネンドランドにやるわけにはいかない」
「……なぜだ?」
「お前はティエラに必要な人間だ。レイネンドランドに入り込むのは、そうだな、やはり僕の仕事かもしれない」
「それこそ駄目だ!」
シャールは慌てて言った。
「エディレイド兄上は、未来のティエラ国王だぞ? 王が別の国へ行っていてどうする! 今回の話は永遠にも等しい時間レイネンドランドにいなければいけない話だし――」
「そのことなら心配はない」
エディレイドは顔を回廊の外に向けた。
昇ったばかりの、白い朝陽が見えた。
「――ティエラの王になるのは、僕じゃない」
「は? じゃあ誰がなるのだ」
「………」
妹の金髪をくしゃっとなでて、
「それじゃあ、また昼に。朝はちゃんと食べなさい、シャール」
「子供扱いするなっ」
エディレイドは笑って歩いていった。親衛隊がぴったりとついていく。
「変なことを言う兄上だな。アディルカ兄上に任せる気か? それともサディク兄上か? 正直言ってちょっとティエラの危機だぞ」
ぶつぶつと二人の兄に失礼なことをつぶやくと、側近二人が噴き出した。
「――我々は、エディレイド殿下のお気持ちが分かりますよ」
「んん?」
シャールは難しい顔をして、小首をかしげた。側近たちは笑った。
刻は暁。
白んだ世界が、徐々に明るくなっていく。
涼しい朝の風が吹いていた。顔にかかった金髪をよけて、姫は空を横切った鳥の影を見る。
「私は、ティエラの命をもてあそんだ罪人――」
奇跡と愚は紙一重。それを思い知った唯一の。
「それでも……間違っていなかったような気がするんだ。最後に、ティエラの言葉を聞けたから」
あれはきっと我が国が、自分にくれた言葉。
シャールは胸の前に手をかざして、願いをこめてみた。しかし、掌はうんともすんともいわない。
「ははっ。いざというときにしか使えない力では役に立たん。やはり私には紡石は紡げない」
少女は朝陽を背に、明るく笑った。
白んだ光が、姫の金糸の髪の輪郭を柔らかく縁取り、艶やかな頬を優しく彩った。
ふと見やると、解放されたティエラの子供たちが駆けてくる。
「ひめさまー」
「こわいよーことばがわかんないよー」
怯える子供たちに、「もう大丈夫だぞ」と一人一人の頭をなでていくシャール。
そんな少女を前にして、フレデリックは言った。
「――俺は他ならない、姫の願いでティエラに繋ぎとめられたんです。もちろん、今さらそれを姫のせいにするつもりはない――己の道は、己で決めた。そしてこれからも」
おもむろに、ひざまずいて。
「我が永遠の忠誠を。シャール様」
その隣に並んで、アンゼリスカがひざまずく。
「姫こそがティエラの真の誇り。同じく永遠の忠誠を、我が姫」
「二人とも……」
シャールは破顔した。
フレデリックは肘でアンゼリスカをつついて、
「お前は忠誠を誓っている場合じゃないだろうが」
「……お前と違うぞ、私は」
「馬鹿、本気で手遅れになったらどうする気だ?」
「そそそそんなことはわわわ私の気にすることでは」
「そう言えばアンゼ!」
シャールは突然大声を上げた。ひざまずいていたアンゼリスカの襟をつかんでがくがくと揺さぶり、
「好きな女がいるというのは本当か!? なぜ今まで私に黙っていた!」
「―――!」
アンゼリスカは壮絶な目でフレデリックを見る。フレデリックは我関せずでそっぽを向いていた。
びしっ! とシャールはアンゼリスカに指をつきつける。
「お前は私の大切な兄! 兄の嫁となる女には厳しいぞ! さあ今すぐ白状するのだ、私が見極めてやる……!」
「ご勘弁くださいシャール様……!」
攻め立てられて、アンゼリスカが悲鳴じみた声を上げる。
子供たちが楽しそうに笑った。
暁の刻の中で、
太陽の光を浴びた姫は、夕陽色の瞳を今だけは朝陽の色に染めて、輝いている――
■■■■■
後に、ティエラ王国とレイネンドランド王国は和睦、友好条約を結んだ。
その条件の中には、ティエラ王女の要求した天然紡石の鉱山の封鎖と、そこを見張るティエラ人をレイネンドランドへ送り込むことが含まれていた。
そして――
王女と王子の結婚は、取り消された。
いわく、レイネンドランドの王子が首を振ったらしい。「尻に敷かれるのは趣味じゃない」と。
そう言いながらも、なぜか最後に王子は、ティエラ王女に鳥を送った。レイネンドランドでも滅多に見られない珍しい鳥を、わざわざ兵士に探させてまで見つけ出して。
ティエラ王女は喜んで、友好関係に置かれた国から名を取り「レイニー」と呼んだ。
ティエラ王国第二王子は、伝説の虹の石を持っていた。それは後に国宝として、ティエラ王城にて厳重な監視の下、飾られることとなる。
ティエラという国。奇跡の国。
願いと祈りを形にする国。
――奇跡と愚は紙一重だと、知っている者がいたら問おう。何を望むのかと。
すると返ってくるのはまばゆいばかりの笑顔だろう。願うのはひとつきり。
すべての人々の、幸せな顔だけだ――と。
(終わり)
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