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番外編
トキモドリ――5
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三人が、ゆっくりと目を覚ます。
「目を覚ましたか」
シグリィは声をかけた。一番回復が早かったのはやはりカミルで、彼は顔を上げて頭を振った後、数回瞬きした。
「起きたか?」
「――シグリィ様? ではここは――」
「現代だ。戻ってきたな」
「他の二人は――」
カミルはすぐ傍にいたセレンの頭をはたいた。
「痛っ! 誰よ私の髪型を乱すのは!」
重要なのはそこか? というようなことを言いながらがばっと上体を起こしたセレンは、
「ぎゃー目まいがするー!」
とひとしきり騒いでから回復した。
「セレン。戻ってきたようですよ」
カミルが横目でパートナーを見ながら告げる。
「え? あ、ほんとだ。シグリィ様ただいまですー」
「お帰り」
少年は優しく微笑む。それから、「セザンさんを起こしてやれ」とセレンに言いつける。
「はいっ!」
セレンはベッドを回り、反対側にいたセザンを、刺激しすぎないように揺さぶった。
セザンはしばらくしてようやく目を開けた。
「おはよ。気分はどう?」
――セザンの目元は真っ赤だった。過去の世界での出来事は現代にも影響を及ぼすのだろうか。
ぼんやりとセレンを見上げていたセザンは、やがて視線を落とした。ベッドの上の恋人を見ようともせず。
「どうしました? ラフティさんなら無事ですよ」
シグリィがラフティの穏やかな寝息を確かめながらセザンに言う。「本当ですか!」とラフティの両親が息子の心臓に手をあて、乱れることもなくとくんとくんと感じる鼓動に涙を流す。
セレンが、セザンの心中を察したのか唇を噛んだ。
「何かあったのか?」
シグリィはカミルに訊いた。
「いえ……」
カミルは何かに引っかかっているように眉をひそめている。
そこへ、玄関のチャイムが鳴った。
ラフティの部屋は二階だ。一階の玄関にぶらさがっている鈴を鳴らすのは誰かとラフティの母親が窓を開けて下を見ると、そこにはハーベットがいた。
「まあ。ハーベットだわ――なんていいタイミングなのかしら。衰弱に効く薬をもらいましょう――」
びくん、とセザンが震えた。
その肩を強く抱いて、セレンが「彼女には今遠慮して頂けませんか……!」と声を上げる。
きょとんとするラフティの両親に、
「今は……せめて、時間をおいてでも……」
セレンは懇願した。
しかし、
「……ありがとう、セレンさん……」
口を開いたのはセザンだった。はっとセレンが顔をのぞくと、その唇に、無理のある笑みを浮かべながら、
「い、今会った方が楽……言いたいこと全部言える……すっきりする。それなら、早い方がいい……」
「……そう」
セレンは悲しげにうなずく。
「は、話が見えないけれど……ハーベットを呼んでもいいのかしら?」
ラフティの母の問いに、
「――お願いします」
とセレンがうなずいた。
ラフティの母親は、そのまま一階まで下りていく。セレンはセザンの肩を決して離さず、セザンもぴっとりと甘えるようにセレンに寄り添っていた。
「一体何が問題何です……?」
ラフティの父親が訝しそうに尋ねてくる。そしてはっと気づいたように、
「ま、まさかラフティが過去で会っていたのは――」
……階下で話し声が聞こえる。そのままとんとんと階段をの上って来る足音が聞こえる。
部屋の中は静寂のまま、二人の女性を受け入れた。
「ラフティの病気が治ったって本当……? よかった、よかったわねセザン……!」
開口一番そう言ったのはハーベットだった。薄茶色の長い髪、藍色の瞳……
「……よかったわね、はあんたよ」
セザンはつぶやいた。ラフティの父親が青くなる。
ハーベットはきょとんとして、
「え? 何のこと?」
セザンはセレンの手を振りほどき、ばっと立ち上がった。
「――ラフティが過去の夢の中で会っていたのはあんただったわよ! ラフティは今でもあんたが好きなんだわ……!」
ふん、とセザンは涙を拭いながら笑った。
「あんただってまだラフティが好きなんでしょ。お似合いじゃない。両思いなんだからまたよりを戻せばいいんだわ」
「ら――ラフティがまだ私のことを好きなんて――そんな」
「間違いないわよ。この目で見てきたんだから!」
セザンは言い捨てた。
その会話を静かに聞いていたシグリィは、
「……カミル。さっきから何を気にしている?」
まったく関係のない方へと話をふる。
「いえ……」
カミルはハーベットをの目をまじまじと見、
「……念のためお伺いしますが、ハーベットさんは瞳の色が変わる方ですか? 過去に変わったことがある、というのを含めてですが」
と訊いた。
ラフティ一家やハーベット、セザンは面食らったような顔をしたが、大陸的には突拍子のない質問ではない。成長と共に色が変わる人間もいるし、それが当たり前の民族もいる。朝と夜では瞳の色が違う人間だっている。カミルはそれを訊いているのだ。
ハーベットは戸惑った様子の後、
「い、いえ、瞳の色が変わったことなんて……ありません」
「ずっとその藍色だったと?」
「ええ」
そこにきて、セレンがはっと何かに気づいた様子で立ち上がった。
「カミル! それってまさか――」
シグリィが片眉を上げる。カミルを見上げて、
「お前は接近戦の戦士――身近で相手を見る。元々目がいい。そのお前が気にしていることは?」
「――藍色じゃありませんでしたよ」
カミルは言った。
セザンが、はっと彼を振り返った。
「確かにハーベットさんと同じ色合いの長い薄茶色の髪をしていましたが……瞳が藍色じゃありませんでした。あの女たちは――緑の目をしていましたから」
「緑?」
ラフティの父親がほうけた声を出す。自分の妻を見て、
「待てよ、ハーベットと同じくらいの髪色で、緑の瞳?」
「それは――」
その時、ベッドの上でラフティが身じろぎした。
「行かないでよ……おばあちゃん……」
彼がつぶやいた言葉に――
ぷっとシグリィが吹き出した。
「――彼は、おばあちゃん子だったんですね?」
「………」
「………」
「………」
誰もが沈黙した。
そして――誰かが吹きだした。
「んもう! よかったわねセザンちゃん!」
セレンがばしっとセザンの背中を叩く。セザンは呆然とラフティを見下ろしていた。
「ラフティ……本当に?」
小指を握る。
――決して忘れなかった。約束。笑顔で交わした指きり。
〝あなたの生涯のパートナーにしてね〟
「ラフティ……!」
セザンはラフティに抱きついた。そして、今度こそ泣き出した。ようやく流せた嬉し涙はもう我慢する必要もなく隠す必要もなく。
ぱちぱちと拍手をしている人物がいた。ハーベットだった。
「んもう……。驚かせないでよセザン」
彼女の苦笑に、セザンは顔を上げて、泣き顔のまま笑った。
「ごめん、ハーベット」
「いいの……二人が元気なら」
「おおそうだったハーベット、ラフティが早く回復するように薬草を調合してくれんか」
「あ、ええ、任せてください――」
部屋がにぎやかになってくる。セレンはもらい泣きでぐすぐすいっている。カミルは静かに自分の主人の斜め後ろに控えていたが――
「……シグリィ様? 何をお考えですか?」
難しい顔をしている少年に、カミルはそっと尋ねた。
「いや……」
シグリィはつぶやき、厄介だな、とため息をついた。
◆◇◆◇◆
ねえ、約束したでしょう? あの時、あの場所、二人きり。
ねえ、あなたはうなずいてくれたわね。あの時、あの場所、私の言葉。
笑顔がそこにあった。あなたにも私にも。
ねえ、約束したでしょう?
――私にとって心の支え。だから今でも忘れない。愚かと言われようとも忘れない。決して。決して……。
◆◇◆◇◆
ラフティの病気を治した旅人三人は、ラフティの家で大歓迎され、夕食も寝床も用意してもらった。
――陽が暮れ、誰もが家に閉じこもった頃。
シグリィは一人で家を出た。散歩を理由にして。
そして向かったのは村はずれ、『トキモドリ』が群生していたあの場所――
かさり、とシグリィの靴が踏み鳴らされると、びくっと動いた人影があった。
「……やっぱりね」
シグリィはふうと息をついた。
「おかしいと思ったんです。彼一人が使ったにしてはトキモドリの量が減りすぎている上に、実のちぎり方が二種類あった――ラフティさん自身のちぎり方と、あなたのちぎり方は微妙に違った」
「―――」
「過去にしがみつくのはよくない。ラフティさんを見ただろう?」
「―――」
「トキモドリの実の一番危険なところは、過去へ行って、そのまま帰ってこられなくなることです。それでもあなたは行きたいんですか?」
「――ラフティが悪いのよ!」
人影は体を震わせた。
「私との約束、約束を破って、他の女の子と……!」
「――それで、その約束をした頃の二人に戻って?」
シグリィは哀れむような顔で彼女を見た。
「それで満足だと? ハーベットさん――」
ハーベットは長い髪を乱して振り向いた。目が真っ赤だった。大泣きした跡だ。
「あなたに何が分かるのよ!」
ハーベットは叫んだ。彼女の手にあった採りたての実がばらばらと落ち、地面のトキモドリが揺れた。
「先にラフティと結婚の約束したのは私だったのよ……! 幼い頃の約束だからって、反故にするのは許せない! 本当は――」
「……ラフティさんの常用していた量をひそかに増やしたのもあなたですか」
ハーベットは引きつった顔で少年を見る。
獣のような顔だと、シグリィは思った。
「――私はこれからも、彼との夢を見続けるの……」
ハーベットは涙を流した。泣きながら、取り落としたトキモドリの実を拾い集めた。
「………」
シグリィはその傍らに膝をついた。
「――トキモドリの実は――」
「………?」
「細かくすりおろして、お茶のようにこして液体として飲むと禁断症状が出にくくなります」
「―――!」
ハーベットがぱあっと顔を明るくした。そしてそれからは夢中になってトキモドリの実を集め始めた。
シグリィは無言で立ち上がり、彼女に背を向けた。
――廃屋を曲がったところに、カミルが立っていた。おそらくシグリィとハーベットの会話が聞こえていたのだろう、
「よいのですか? とめなくても……」
「……決めるのは彼女自身だ」
シグリィは空を仰いだ。星のまたたき始めた空。
「過去に戻りたいと思ったことのない私にはどうにもできんさ」
「シグリィ様……」
「帰ろう」
シグリィは歩き出した。
必死になって禁断の実を集める女性の姿が、まだ目の奥から離れなかった。
(トキモドリ/終)
「目を覚ましたか」
シグリィは声をかけた。一番回復が早かったのはやはりカミルで、彼は顔を上げて頭を振った後、数回瞬きした。
「起きたか?」
「――シグリィ様? ではここは――」
「現代だ。戻ってきたな」
「他の二人は――」
カミルはすぐ傍にいたセレンの頭をはたいた。
「痛っ! 誰よ私の髪型を乱すのは!」
重要なのはそこか? というようなことを言いながらがばっと上体を起こしたセレンは、
「ぎゃー目まいがするー!」
とひとしきり騒いでから回復した。
「セレン。戻ってきたようですよ」
カミルが横目でパートナーを見ながら告げる。
「え? あ、ほんとだ。シグリィ様ただいまですー」
「お帰り」
少年は優しく微笑む。それから、「セザンさんを起こしてやれ」とセレンに言いつける。
「はいっ!」
セレンはベッドを回り、反対側にいたセザンを、刺激しすぎないように揺さぶった。
セザンはしばらくしてようやく目を開けた。
「おはよ。気分はどう?」
――セザンの目元は真っ赤だった。過去の世界での出来事は現代にも影響を及ぼすのだろうか。
ぼんやりとセレンを見上げていたセザンは、やがて視線を落とした。ベッドの上の恋人を見ようともせず。
「どうしました? ラフティさんなら無事ですよ」
シグリィがラフティの穏やかな寝息を確かめながらセザンに言う。「本当ですか!」とラフティの両親が息子の心臓に手をあて、乱れることもなくとくんとくんと感じる鼓動に涙を流す。
セレンが、セザンの心中を察したのか唇を噛んだ。
「何かあったのか?」
シグリィはカミルに訊いた。
「いえ……」
カミルは何かに引っかかっているように眉をひそめている。
そこへ、玄関のチャイムが鳴った。
ラフティの部屋は二階だ。一階の玄関にぶらさがっている鈴を鳴らすのは誰かとラフティの母親が窓を開けて下を見ると、そこにはハーベットがいた。
「まあ。ハーベットだわ――なんていいタイミングなのかしら。衰弱に効く薬をもらいましょう――」
びくん、とセザンが震えた。
その肩を強く抱いて、セレンが「彼女には今遠慮して頂けませんか……!」と声を上げる。
きょとんとするラフティの両親に、
「今は……せめて、時間をおいてでも……」
セレンは懇願した。
しかし、
「……ありがとう、セレンさん……」
口を開いたのはセザンだった。はっとセレンが顔をのぞくと、その唇に、無理のある笑みを浮かべながら、
「い、今会った方が楽……言いたいこと全部言える……すっきりする。それなら、早い方がいい……」
「……そう」
セレンは悲しげにうなずく。
「は、話が見えないけれど……ハーベットを呼んでもいいのかしら?」
ラフティの母の問いに、
「――お願いします」
とセレンがうなずいた。
ラフティの母親は、そのまま一階まで下りていく。セレンはセザンの肩を決して離さず、セザンもぴっとりと甘えるようにセレンに寄り添っていた。
「一体何が問題何です……?」
ラフティの父親が訝しそうに尋ねてくる。そしてはっと気づいたように、
「ま、まさかラフティが過去で会っていたのは――」
……階下で話し声が聞こえる。そのままとんとんと階段をの上って来る足音が聞こえる。
部屋の中は静寂のまま、二人の女性を受け入れた。
「ラフティの病気が治ったって本当……? よかった、よかったわねセザン……!」
開口一番そう言ったのはハーベットだった。薄茶色の長い髪、藍色の瞳……
「……よかったわね、はあんたよ」
セザンはつぶやいた。ラフティの父親が青くなる。
ハーベットはきょとんとして、
「え? 何のこと?」
セザンはセレンの手を振りほどき、ばっと立ち上がった。
「――ラフティが過去の夢の中で会っていたのはあんただったわよ! ラフティは今でもあんたが好きなんだわ……!」
ふん、とセザンは涙を拭いながら笑った。
「あんただってまだラフティが好きなんでしょ。お似合いじゃない。両思いなんだからまたよりを戻せばいいんだわ」
「ら――ラフティがまだ私のことを好きなんて――そんな」
「間違いないわよ。この目で見てきたんだから!」
セザンは言い捨てた。
その会話を静かに聞いていたシグリィは、
「……カミル。さっきから何を気にしている?」
まったく関係のない方へと話をふる。
「いえ……」
カミルはハーベットをの目をまじまじと見、
「……念のためお伺いしますが、ハーベットさんは瞳の色が変わる方ですか? 過去に変わったことがある、というのを含めてですが」
と訊いた。
ラフティ一家やハーベット、セザンは面食らったような顔をしたが、大陸的には突拍子のない質問ではない。成長と共に色が変わる人間もいるし、それが当たり前の民族もいる。朝と夜では瞳の色が違う人間だっている。カミルはそれを訊いているのだ。
ハーベットは戸惑った様子の後、
「い、いえ、瞳の色が変わったことなんて……ありません」
「ずっとその藍色だったと?」
「ええ」
そこにきて、セレンがはっと何かに気づいた様子で立ち上がった。
「カミル! それってまさか――」
シグリィが片眉を上げる。カミルを見上げて、
「お前は接近戦の戦士――身近で相手を見る。元々目がいい。そのお前が気にしていることは?」
「――藍色じゃありませんでしたよ」
カミルは言った。
セザンが、はっと彼を振り返った。
「確かにハーベットさんと同じ色合いの長い薄茶色の髪をしていましたが……瞳が藍色じゃありませんでした。あの女たちは――緑の目をしていましたから」
「緑?」
ラフティの父親がほうけた声を出す。自分の妻を見て、
「待てよ、ハーベットと同じくらいの髪色で、緑の瞳?」
「それは――」
その時、ベッドの上でラフティが身じろぎした。
「行かないでよ……おばあちゃん……」
彼がつぶやいた言葉に――
ぷっとシグリィが吹き出した。
「――彼は、おばあちゃん子だったんですね?」
「………」
「………」
「………」
誰もが沈黙した。
そして――誰かが吹きだした。
「んもう! よかったわねセザンちゃん!」
セレンがばしっとセザンの背中を叩く。セザンは呆然とラフティを見下ろしていた。
「ラフティ……本当に?」
小指を握る。
――決して忘れなかった。約束。笑顔で交わした指きり。
〝あなたの生涯のパートナーにしてね〟
「ラフティ……!」
セザンはラフティに抱きついた。そして、今度こそ泣き出した。ようやく流せた嬉し涙はもう我慢する必要もなく隠す必要もなく。
ぱちぱちと拍手をしている人物がいた。ハーベットだった。
「んもう……。驚かせないでよセザン」
彼女の苦笑に、セザンは顔を上げて、泣き顔のまま笑った。
「ごめん、ハーベット」
「いいの……二人が元気なら」
「おおそうだったハーベット、ラフティが早く回復するように薬草を調合してくれんか」
「あ、ええ、任せてください――」
部屋がにぎやかになってくる。セレンはもらい泣きでぐすぐすいっている。カミルは静かに自分の主人の斜め後ろに控えていたが――
「……シグリィ様? 何をお考えですか?」
難しい顔をしている少年に、カミルはそっと尋ねた。
「いや……」
シグリィはつぶやき、厄介だな、とため息をついた。
◆◇◆◇◆
ねえ、約束したでしょう? あの時、あの場所、二人きり。
ねえ、あなたはうなずいてくれたわね。あの時、あの場所、私の言葉。
笑顔がそこにあった。あなたにも私にも。
ねえ、約束したでしょう?
――私にとって心の支え。だから今でも忘れない。愚かと言われようとも忘れない。決して。決して……。
◆◇◆◇◆
ラフティの病気を治した旅人三人は、ラフティの家で大歓迎され、夕食も寝床も用意してもらった。
――陽が暮れ、誰もが家に閉じこもった頃。
シグリィは一人で家を出た。散歩を理由にして。
そして向かったのは村はずれ、『トキモドリ』が群生していたあの場所――
かさり、とシグリィの靴が踏み鳴らされると、びくっと動いた人影があった。
「……やっぱりね」
シグリィはふうと息をついた。
「おかしいと思ったんです。彼一人が使ったにしてはトキモドリの量が減りすぎている上に、実のちぎり方が二種類あった――ラフティさん自身のちぎり方と、あなたのちぎり方は微妙に違った」
「―――」
「過去にしがみつくのはよくない。ラフティさんを見ただろう?」
「―――」
「トキモドリの実の一番危険なところは、過去へ行って、そのまま帰ってこられなくなることです。それでもあなたは行きたいんですか?」
「――ラフティが悪いのよ!」
人影は体を震わせた。
「私との約束、約束を破って、他の女の子と……!」
「――それで、その約束をした頃の二人に戻って?」
シグリィは哀れむような顔で彼女を見た。
「それで満足だと? ハーベットさん――」
ハーベットは長い髪を乱して振り向いた。目が真っ赤だった。大泣きした跡だ。
「あなたに何が分かるのよ!」
ハーベットは叫んだ。彼女の手にあった採りたての実がばらばらと落ち、地面のトキモドリが揺れた。
「先にラフティと結婚の約束したのは私だったのよ……! 幼い頃の約束だからって、反故にするのは許せない! 本当は――」
「……ラフティさんの常用していた量をひそかに増やしたのもあなたですか」
ハーベットは引きつった顔で少年を見る。
獣のような顔だと、シグリィは思った。
「――私はこれからも、彼との夢を見続けるの……」
ハーベットは涙を流した。泣きながら、取り落としたトキモドリの実を拾い集めた。
「………」
シグリィはその傍らに膝をついた。
「――トキモドリの実は――」
「………?」
「細かくすりおろして、お茶のようにこして液体として飲むと禁断症状が出にくくなります」
「―――!」
ハーベットがぱあっと顔を明るくした。そしてそれからは夢中になってトキモドリの実を集め始めた。
シグリィは無言で立ち上がり、彼女に背を向けた。
――廃屋を曲がったところに、カミルが立っていた。おそらくシグリィとハーベットの会話が聞こえていたのだろう、
「よいのですか? とめなくても……」
「……決めるのは彼女自身だ」
シグリィは空を仰いだ。星のまたたき始めた空。
「過去に戻りたいと思ったことのない私にはどうにもできんさ」
「シグリィ様……」
「帰ろう」
シグリィは歩き出した。
必死になって禁断の実を集める女性の姿が、まだ目の奥から離れなかった。
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