43 / 43
Epilogue
しおりを挟む◆◇◆
時は流れて、一年後の三月一日。
その日は、先日の雨が嘘のように春らしい穏やかな陽気だった。仁寿と彩が出会った日と同じように、ローカルニュースのキャスターが花見日和だと朝のニュースで言っていた。
季節の巡りは不変でも、ニュースキャスターの顔ぶれが当時から一新したように、日常はとどまることなく日々変化していく。
朝七時三十分。
医局では、いつものように朝のカンファレンスが行われていた。
初期臨床研修最後の当直を終えた仁寿が、大きなスクリーンに電子カルテの画面やCTの画像などを映して、当直帯で受け入れた救急患者の病状と検査結果、それから急変や不穏などで対応した入院患者の状態などを報告する。要点をまとめた的確な説明や堂々とした口調は、すっかり一人前の医師そのものだ。
仁寿だけではなく、他二名の研修医も最初の初々しさが嘘のように医師として立派に成長したと思う。それは、指導にあたった医師たちからの評価でもある。
カンファレンスのあとそのまま朝礼にうつり、連絡事項の伝達などを済ませて、内輪だけのささやかな初期研修修了式が執り行われた。
二年間の初期臨床研修をやり遂げ、必修科の研修に合格した三人が、みんなの前で院長から初期研修終了証を一人ずつ手渡される。当直明けの仁寿は、少しボサボサの髪にメガネという、いつもとは違う風貌で式に臨んだ。
初期研修を終えると、研修医は終了証を手にして病院を去っていく――。
それが毎年の恒例だったのに、今年は三人とも病院に残って専門医研修に進むと決めてくれたから、経営陣を筆頭に医師たちも医局秘書課も万々歳だ。
そして、医局長の篠田から、医局が揺れる大発表がなされたのはその直後。
「えっと。今日は一つ、衝撃的なお知らせがあります。突然ですが、医局秘書課の廣崎彩さんが退職されることになりました。退職日は今月末日付け。有給消化があるから、今月の十五日が最終勤務になるそうです。あと……、これも言ってもいいんですかね」
篠田が手に持った紙を指さし、院長先生と医局秘書課課長平良の顔色をうかがう。二人が「どうぞ」というように頷くと、篠田は二度咳払いをした。
「俺も今朝、というかついさっき、朝礼前に聞いて未だに信じられないんですけど……。なんとびっくり、藤崎仁寿先生と彩さんがこのたびご結婚されるそうです」
みんなが、ぽかーんとした顔をして仁寿と離れた位置にいる彩を見る。医局が一瞬、しぃ~んと静まり返った。そして……。
「「「「えええええええー?!」」」」
突如、窓の強化ガラスがガタガタと空振するほどのざわめきが医局内に巻き起こる。
「なんだって?!」
「嘘だろー!」
「エープリルフールにはまだ早いぞ!」
飛び交っているのは、明らかに祝福よりも驚きの阿鼻叫喚。中には、状況を理解できない人もいる有様。誰にも言わず、職場ではそんな素振りは一切見せなかったから、正しい反応だ。普段の先生たちを知っているから、なんだか面白くて笑いが出てしまう。
「彩さん」
ざわめきの最中、仁寿が小さく手招きして彩を呼び、彩の横にいた由香が、「頑張れ」と背中を押す。
彩は仁寿の隣に立ってみんなに深く一礼すると、長年に渡ってお世話になった感謝を述べた。
最後にはしっかり、二年の研修を終えてひとり立ちしていく三人の先生と後任の秘書をよろしくお願いしますと頭をさげる。その瞬間、拍手にまぎれて鼻をすする音があちらこちらから聞こえた。
いい先生たちのそばで、たくさん貴重な体験や経験をさせてもらえた。五年の年月に無駄は一つもない。すごく幸せだった。彩は心からそう思う。
医局ではもちろん、院内を歩けばすれ違う職員に祝福と驚きの言葉をかけられ、その日はあまり仕事にならないまま慌ただしく過ぎていった。
後日、急遽セッティングされた彩の送別会で、二人がみんなから根掘り葉掘りの事情聴取を受けたのは言うまでもない。
◆◇◆
五月十一日。
少しだけ初夏の熱を含んだ日差しがふりそそぐチャペルで、仁寿と彩の結婚式が執り行われた。
厳かな聖歌が響く中、純白のウェディングドレスに身を包んだ彩が、父親の腕に手を添えてバージンロードを進む。
白を基調としたチャペルは、二人の新しい人生の始まりにふさわしい白光に輝いていた。二人を祝福するのは、家族や親族、そして一緒に仕事をしてきた病院の仲間たちだ。
結婚の誓いを立て、仁寿が彩のベールを捲る。仁寿を見あげる今日の彩は、特段に美しい。
「彩さん、とてもきれいだよ」
「ありがとうございます。仁寿さんも素敵ですよ」
二人は見つめ合って、どちらからともなく唇を重ねる。誓いのキスは、柔らかくてあたたかくて、人前だということを忘れてしまうくらい甘かった。
式を終えた二人の薬指で、永遠の愛の証が輝く。彩は今でも覚えている。そして、一生忘れないだろう。あの夜、仁寿が薬指にしてくれたキスの優しさを――。
11
お気に入りに追加
108
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(18件)
あなたにおすすめの小説
敏腕ドクターは孤独な事務員を溺愛で包み込む
華藤りえ
恋愛
塚森病院の事務員をする朱理は、心ない噂で心に傷を負って以来、メガネとマスクで顔を隠し、人目を避けるようにして一人、カルテ庫で書類整理をして過ごしていた。
ところがそんなある日、カルテ庫での昼寝を日課としていることから“眠り姫”と名付けた外科医・神野に眼鏡とマスクを奪われ、強引にキスをされてしまう。
それからも神野は頻繁にカルテ庫に来ては朱理とお茶をしたり、仕事のアドバイスをしてくれたりと関わりを深めだす……。
神野に惹かれることで、過去に受けた心の傷を徐々に忘れはじめていた朱理。
だが二人に思いもかけない事件が起きて――。
※大人ドクターと真面目事務員の恋愛です🌟
※R18シーン有
※全話投稿予約済
※2018.07.01 にLUNA文庫様より出版していた「眠りの森のドクターは堅物魔女を恋に堕とす」の改稿版です。
※現在の版権は華藤りえにあります。
💕💕💕神野視点と結婚式を追加してます💕💕💕
※イラスト:名残みちる(https://x.com/___NAGORI)様
デザイン:まお(https://x.com/MAO034626) 様 にお願いいたしました🌟
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
冷徹上司の、甘い秘密。
青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。
「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」
「別に誰も気にしませんよ?」
「いや俺が気にする」
ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。
※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
仁寿&彩さんご結婚おめでとうございます!
お姫様抱っこは無事に達成できたのか…それがとても気になります☺️
みんなに祝われる大団円めっちゃ好きで、じーんとしてしまいました。
私はヒロインが周りから一人の人間として大切にされている状況がとても好きなので、彩さんがみんなに愛されている様子がすごく嬉しかったです。
実家のシーンもとても温かく、仁寿は義両親にも愛されるんだろうなとニコニコしちゃいました。
それにしても子供の大切な人が家に来た時に手料理でもてなせるってめちゃくちゃすごいですよね!?子供達が大きくなった時、果たして私にできるのだろうか…なんて考えてしまいました🤣
そして推し活する母かわいいぞ☺️
辛い過去はあったけど、仁寿とのシーンは幸せに満ち溢れていてまさに癒しのラブストーリーでした。
世間に疲れた私たち大人に必要なのは癒し!!
ほっこり可愛いラブごちそうさまでした!
ちまきさん♡
うわー!もう!!!感想の嵐が嬉し過ぎて、ちまきさんへの愛が止まらない…!!!
仁寿のお姫様抱っこが成功したのかどうかは、あとで公開する番外編で明らかになる予定だから楽しみにしててください(^^)
この話は現代ものっていうのもあって、事件とか陰謀とかネガティブな要素は入れられなかった…
やっぱり現実ってどっちかというと疲れることの方が多いから、創作物の中で幸せになりたかったんだよね私が😇
想像を絶するような不幸を背負ったり、ひどい目に遭ったりしなくても、その人なりに毎日を頑張ってる人が救われる優しい世界があってもいいじゃないか!と思って書いてました✨
今の私にとって、ちまきさんの感想こそが優しい…♡
ここのところ体力の限界を感じて疲労困憊だったけど、すっと生き返りました!
本当に本当にありがとうございます!(大声)
生活のことはなにも心配しなくていいから。
こんなにトゥンクする口説き文句あるー?!?!🥺✨
スパダリすごい…✨仁寿パーフェクトすぎて好き🥺💕
ちまきさん♡
私も仁寿好き…🥺💕
こりゃ彩さんと仁寿争奪戦をしないといけないね(笑)
あなたがただ幸せであればいい
ってコト!?
私の中のハチワレがざわついてしまいました😇
全てを肯定して笑顔を願ってくれる人なんか人生で出会えるかどうかだよ
本当によかったね彩さん🥲✨✨
ちまきさん♡
相手の幸せを考えるヤツ…それが仁寿…ッ!
どこに行ったら会えるんだろう…
ハチワレでちいかわのキャラクターが浮かんで、なんか和んだ🤣