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Story 27
しおりを挟む「あの、せ……。じ、仁寿さん」
「ん?」
「誕生日のプレゼント、なにがいいですか? 渡せる時に渡しておかないと、またしばらく会えないから」
「そうだなぁ。なんでもいい?」
「もちろん、いいですよ」
「うーん。彩さんからもらう初めてのプレゼントだもんなぁ、すごく悩む」
「来年もありますし、そんなに悩まないでください。もっと気軽に考えていただいたほうが、わたしも身構えずに済みます」
「本当?」
仁寿が、歩きながら彩と視線を合わせるように身をかがめる。その顔がとっても嬉しそうで、彩は少し困惑してしまった。特別なことは言っていないのに、イルミネーションみたいに目をきらきら輝かせて、なにがそんなに嬉しいのだろう。
「二十五歳の僕は、今以上にパワフルに生きると思う」
「どういう意味ですか?」
「彩さんが、僕の二十六回目の誕生日もお祝いしてくれるって言うから」
「あ……。わたし、つい来年もなんて言ってしまって。深い意味はないんです。ただ……」
「約束だよ? 来年の十二月九日の夜、僕のために予定を空けておいてね」
小道を渡る歩行者用信号が点滅し始めて足を止める。彩は、仁寿の視線に耐えきれなくなって、ごまかすようにうつむいた。
「いつも前向きに物事を考えるんですね」
「まぁね。特に彩さんに関しては、前向きの前向き。よそ見もしない。五年思い続けた恋の結末はハッピーエンドに決まってるからさ。押してだめならもっと押す、遠慮なくね」
「どこまで本気で言ってるんですか?」
笑みをこぼしながら顔をあげた彩に、仁寿が「全部、本気」と言う。慈愛に満ちたまなざしと表情に、彩はくすぐったさと胸が熱くなるのを感じた。
それからしばらく通りを歩いて、ある建物の前で仁寿が「あっ、ここ」と立ち止まった。全身を深い青にコーティングされた細長い二階建て。
エントランスを挟んで左右にあるショーウィンドウには総レースやベルベットのドレスが展示され、軒先に「Le ciel bleu」――青空――と書かれた銅製の看板が掲げられている。それは、ヨーロッパの街並みに建っていそうなおしゃれな外観の洋装店だった。
仁寿が、彩の手を引いて店に入る。ドアのベルがカランと上品に鳴って、モデルのように美しい顔とスタイルの女性が二人を出迎えた。奥で接客をしている店員らしき女性も、テレビから飛び出して来たような美女だ。
「いらっしゃいませ」
「先日お電話した藤崎です」
「藤崎様ですね。ありがとうございます。では、そちらのお連れ様が?」
女性に笑顔を向けられて、彩は肩をすくめて仁寿に目で助けを求める。仁寿が「そうです」と返事をして手を離すと、今度は店員が彩の手を取った。
いい匂いのするきれいな手の平に乗った自分の手を見て、彩はただただ恐縮するばかり。これは一体、どういう状況なのだろう。
「彩さんの服を頼んであるから、合わせてもらって」
「え……、あの」
美女に手を引かれ、戸惑いながらあれよあれよという間に奥へ連れていかれる彩に、仁寿が「いってらっしゃい」と満面の笑みで小さく手を振る。店の奥に行くとドアがあって、隣接する部屋に大きな一枚張りの大きな鏡と化粧品がずらりと並んだドレッサーがあった。
「素敵なバッグをお持ちですね。思い入れのあるバッグだと、藤崎様からうかがっております」
店員が、彩から預かった青いハンドバッグをドレッサーの横にあるアンティーク調の棚に置く。
手術のあと頑張った自分にご褒美として、トレンド・ブランドのお店で様々なシーンで長く使えそうな本革のバッグを買った。
黒や茶などの落ち着いた色ではなくブルー・カラーを選んだのは、爽やかで涼しげで、見ていると心が晴れやかになる青色が大好きだからだ。
それを仁寿に話したのは、出張前にショッピングモールへ行ったとき。ただ、何気ない会話の一部だったのに――。
「靴を脱いで、こちらにどうぞ」
店員に言われるがまま、絨毯の上にあがって鏡の前に立つ。すると、店員が一着のカクテルドレスを持って来た。チュール生地のノースリーブで、エーラインのスカート部分にビーズ刺繍が施されたかわいいピンクベージュのドレスだ。
それに着替えるよう笑顔で言われ、困惑しながらコートと服を順に脱いでドレスを着る。着替えが終わると、次はドレスと同色のパンプスが出て来た。シルクサテンにジュエルバックルがあしらわれたローヒール。ドレスもパンプスもサイズがぴったりで、彩は鏡に映る自分の姿を見ながら驚きを隠せない。
「藤崎様がチェスターコートをお召しでしたので、同じシルエットのものを選んでみました。いかがでございましょう」
ノースリーブの肩に、店員が黒いコートを掛ける。ドレスの裾が少し見えるくらいの膝上丈のそれを羽織ると、かわいいドレスの雰囲気にクールな印象が加わって、大人かわいいスタイルが出来上がった。
コートの上襟につけられた二つのブリリアントストーン・ブローチが、真っ暗な夜空に輝く双星みたいでとてもきれいだ。
「お気に召されましたか?」
よく似合っておられますよ、と鏡越しに言われて、彩ははにかんで首を縦に振る。
「バッグは大きさや色、形なども申し分ございませんので、お持ちのもので大丈夫ですよ。藤崎様のネクタイの色ともお似合いだと思います」
「……はい」
経験上、こういう時にあれこれ話をしたり質問をしたり、感動のままに声をあげたりするのは、品性を疑われて一緒にいる人の恥になる。彩は、店員の言葉の意味を理解できないまま、なんとか気持ちを落ち着けて、さも状況を分かっているように返事をした。
「着て来られた服と靴は、わたくしどもがお預かりして宿泊されるホテルへお届けしておきます」
「ありがとうございます」
「素敵な時間をお過ごしくださいませ」
まるで魔法をかけるかのように店員がほほえみかける。肩に掛けられたコートに袖を通して店に戻ると、ソファーに座っていた仁寿が駆け寄って来た。
店員に礼をいい、仁寿が再び彩の手を握る。店員に見送られて店を出ると、一台のタクシーが二人を待っていた。
ロンドンの街から来たようなブラック・キャブだ。それに乗って着いた先は、海沿いに建つ高級ホテル「Laule'a」だった。
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