年下研修医の極甘蜜愛

にじ-2416sky-

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Story 14

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 ――彩さんが惹かれるタイプって、どんな人なんだろう。



 以前、医局でお昼ご飯を食べながら、彩さんと北川先生が動画を見て「こういう人いい」と言っているのが聞こえて、興味本位で背後からそっとその動画を覗いたことがある。それは、ミドリフグとかなんかそんな名前の熱帯魚の動画だった。

 残念ながら、いまだにミドリフグの動画から連想する「こういう人いい」の意味は理解できていない。ちょっと凹む。でも、いつか分かる日がくるといいな。そして、僕もミドリフグになれたら嬉しいなぁなんて思ってしまうから不思議だ。他の人では、絶対にそうは思わない。


『わたしの名前、あやじゃなくていろって読むんです。今日は、遠いところお越しいただいてありがとうございます。よろしくお願いしますね、藤崎さん』


 初対面のワンシーンが、鮮やかによみがえる。少し照れたような笑顔に柔らかなトーン。名簿を指さす仕草に不慣れな感じはあっても、落ち着いた人なんだと直感で思った。直感っていささか不確かで頼りないけど、彩さんに関してははずれてない。

 仁寿は、タブレットの画面にタッチペンを走らせて肺の絵を描く。一方、頭の隅では病院での彩を思い浮かべていた。

 普段の彼女は、ストレスしかなさそうな医局秘書の仕事を淡々とスマートにこなしている。駆け出しの僕なんか戦々恐々としてしまう看護師長たちが、信頼していろいろと相談しに来ているところを見ても、彼女の仕事が周りからそれなりの評価を得ているのは明らかだ。

 人の話を聞くのも上手で、他人の話には上手につき合うけど、自身のことはあまり話さない。だから、彼女のプライベートは謎に包まれている。かと思えば、医局で医師たちがスピノザについて雑談していた時に、カントやヘーゲルの言葉を用いた冗談で笑いを取っていて、彩さんの知識の広さに驚かされた。

 本好きな先生とは本の話を、数学好きな先生とは数字の話を。コミュニケーションの一環なんだろうけど、非常勤医や研修医まで数えると四十名近い人数の医師を相手に、毎日すごいなぁと純粋に尊敬する。とにかく根が真面目で、努力家なのだと思う。

 医師たちが「彩さん」と親しみを込めて呼ぶのは、彼女が五年もの間コツコツと積みあげてきた日々の努力の成果だろう。



 ――よし、できた。



 着色した肺の絵を保存して、症例についての考察を文字で入力していく。

 仁寿がこの病院を研修先に選んだのは、様々な病気に遭遇できる病院だからだ。彩のことは好きだけど、仕事とそれはまた別の話で……。


 ピコン。


 キッチンのカウンターから、スマートフォンがメッセージの受信を知らせる。仁寿は手を止めて席を立つと、キッチンのカウンターからスマートフォンを取った。

 病棟に勤める看護師からのメッセージだ。病棟からの呼び出しなら、病院から渡されているスマートフォンに電話がくるはずだから、仕事とは無関係の要件だと容易に察しがつく。同期のよしみで連絡先を交換して、時々こうして連絡がくるけれど、仁寿から連絡したことは一度もない。


『仁先生、こんばんわ!
 明日の夜、ちーちゃん達とご飯食べに行こうと思うんだけど、仁先生もどうですか?』


 新卒の同期とはいっても、看護大は四年制だから年は向こうが下だ。ハートがちりばめられた、元気いっぱいのメッセージがかわいくて思わず笑ってしまう。ところで、ちーちゃんって誰だろう。おそらく病棟の看護師さんの誰かなんだろうけど、愛称を言われてもぴんとこない。


『お疲れ様。ごめん、明日は当直』


 文字だけの返信と通知をオフにしてアプリを閉じる。
 ポートフォリオ作りに集中しようと、キッチンカウンターにスマートフォンを置いて席に戻ると、今度はダイニングテーブルに置いてある彩のスマートフォンの画面が光った。

 マナーモードに設定してあるのか、音は鳴らないが誰かからの着信らしい。もうじき日付が変わろうとしている時間に、一体なんの用事だろう。

 仁寿は、頬杖をついてスマートフォンの画面を冷ややかに眺める。いつまでも光り続ける画面に表示された、「篠田先生」の文字。



 ――篠田先生、確か今日は当直だったな。



 医者なら呼び出しか支援要請の可能性がある。しかし、彩は医局秘書だ。



 ――もしかして、誰かと間違ってかけているとか?



 いろいろと憶測してみるが、仁寿には篠田がどういう要件で彩に電話をしているのか皆目見当もつかない。

 真面目な彩さんのことだから、僕と一緒じゃなければマナーモードにしなかっただろうし、間違いだろうがなんだろうが、こんな時間でも律儀に電話に出るんじゃないかな。

 心身の健康は睡眠にも影響する。病院で一日中気を遣った挙句、家に帰ってからもこれでは気の休まる暇がない。



 ――彩さんの休息を邪魔しないでよ。



 電話に出て「もう夜中ですよ」とでも言ってやろうか。スマートフォンに手を伸ばしかけて、仁寿はすぐに踏みとどまった。



 ――僕の一時的な感情で、勝手をしてはいけない。



 彩さんには、彩さんの立場がある。



 彩のスマートフォンを裏返して、タブレットの画面に集中する。考察を入力して、次に一日の記録を別のファイルに書いた。

 午前一時すぎ。
 仁寿が寝室に戻ると、彩はベッドの隅に丸まって眠っていた。起こさないように慎重にベッドにあがって横たわる。そして、仁寿は彩を背中から抱くように体をくっつけた。

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