2 / 2
02
しおりを挟む◆◇◆
おもむろに目を開けると、アイスブルーの瞳がすぐそばにあった。綺麗な二重の縁取りと、程よい長さのまつげ。小さな頃から綺麗な顔立ちだったけれど、今は男らしさも加わって見ているだけでどきりとしてしまう。
お互いに裸のままだと気付いて、私は体を小さく丸めて顔を伏せた。ティアス王子にドレスを着てみてと言われて、侍女と自室に戻ってからどれくらい経ったのだろう。
……それにしても。
誰か呼びに来てもおかしくないのに、誰も来ない。そう言えば、私にドレスを着せた侍女も、ティアス王子を呼んで来ると言って出て行ったきりだ。
今になって、冷静に頭が動き始める。
ひとり壁に備え付けられた大きな姿見の前に立って、真っ白なドレスを鏡越しに見た時、私は嬉しかった。生まれて初めて、同じ年頃の令嬢たちが着ているような胸元の開いたドレスを着れたのだもの。
息の詰まるような襟の無い、ドレスの解放感が嬉しくて思わず表情が緩んだ。その時だった。供も連れず、たったひとりでクレスタが現れたのは。
「あの……、クレスタ。私、そろそろ戻るわ」
「どこに?」
「ティアス王子の所へ。ドレスの感想をお伝えしなくては……」
「はっ。俺に抱かれたお前を、ティアス王子が快く迎え入れると思っているのか?」
「……そ、それは」
近隣諸国とうまく付き合いながら、クレスタが虎視眈々と隣国に狙いを定めている事は知っている。クレスタのため、ひいては祖国のために、ティアス王子に嫁ぐ日をじっと待っていた。クレスタ以外の男性は誰であろうと同じだし、どうせなら少しでもクレスタの役に立ちたかったから。
でも、そうね。
私にはもう、純白のドレスを着る資格が無い。あれほど慎ましく生きて来たのに、何もかもが台無し――。
穢れた身を偽って嫁ぐわけにはいかないし、両国の関係はどうなってしまうのかしら。私はどうしたら……。
「リジー」
クレスタが、私の髪を梳くように撫でた。ドレスを引き裂いた手とは思えない、その優しい動きに涙が零れる。
「ひとつだけ確認しておく。ティアス王子の事は、本当に何とも思っていないのだな?」
「ええ。婚約していたとは言っても、今日初めて顔を合わせたのよ。一瞬で恋に落ちるなんて、あり得ないわ」
「では、あのドレスを着て嬉しそうにしていた理由は何だ」
「今まで胸元の開いた流行りのドレスを着た事が無かったから、それが嬉しくてつい。私には分不相応なのに」
「分不相応なものか。俺が、お前に似合う最高のドレスを仕立ててやる」
驚いた顔でクレスタと目を合わせると、優しい微笑みが返ってきた。
「俺は、欲しいと思うものを全て手にする」
「知っているわ。だから、私はティアス王子に嫁ぐはずだったのよ」
「そのティアス王子は、捕らえられて今頃は牢獄の中だ。この機を得るために、お前たちの婚約の日取りを決めて今日の日を設けた。数日のうちにティアス王子の首を隣国へ送り返して、一戦交える」
自信に満ちたクレスタの表情に、全身にぞわりと鳥肌が立つ。今日という一日は、全てが彼の手の中にあったのだ。私の胸は震えて、魂ごとアイスブルーの瞳に吸い込まれた。
「クレスタ、あなたは……」
リジーの紅潮した頬に指先で触れて、クレスタは小さな額に軽くキスを落とす。
他の令嬢たちが、化粧やお洒落なんかに無駄な時間を費やしてのらりくらりと一日を過ごす中、リジーだけは違った。
リジーは王宮の図書室に籠って、朝から晩まで本を読んでいた。どんな本を読んでいるのか気になって、リジーの侍女をこっそり呼び出して尋ねた事がある。すると彼女は、これから嫁ぐ国の言葉や文化、政治、歴史の本を読んでいたのだ。
俺は狭い世界に興味は無い。俺の隣に立つべきは、ふわふわと馬鹿の代名詞のような羽飾りを頭につけた無学な女ではなく、王としての俺を理解する聡い女だ。ひたむきで自分の意思を持ったリジーこそ、俺の伴侶に相応しい。
リジーを王妃にすると決めてから、俺は徹底的にリジーを無視した。たとえ従兄妹だとしても、俺が声を掛けて親しい素振りを見せれば、俺に群がる女たちが妬んで何をする分からないからだ。リジーの貴重な独学の時間を、そんなつまらない事で邪魔したくはなかった。
それに、襟の詰まった地味なドレスを着ていても、リジーの体が描く曲線はしなやかで美しい。図書室の椅子に腰かけて、一心に本を読む彼女の姿を何度覗き見しただろうか。そして、リジーの妖艶な白肌を想像して昂った欲を吐き出すために、頭に羽の生えた女たちを抱いた。
ずっと待っていた。
隣国とリジーを手に入れる方法を考え、時間を掛けて、今日という日をずっと待っていた。
手はず通りに事が進み、リジーに全てを打ち明けて求婚しようと部屋へ向かった。すると、リジーはティアス王子から受け取った純白のドレスを着て、嬉しそうに笑っていた。それを見た瞬間、頭にかっと血が上った。
リジーが、円らな瞳でじっとこちらを見ている。その蜂蜜色の輝きが、言葉にできないくらい愛おしい。凱旋したら、一度だけ言おう。愛していると――。
「ねぇ、クレスタ。私には何の取り柄もないけれど、いつかきっとあなたの役に立つと誓うわ」
ティアス王子との結婚がなくなったのなら、私は本当に何の価値も無いただの地味な女だ。役に立つと言っても、どう役に立つのかを聞かれたら答えられない。クレスタへの献身だけが、私の生き甲斐だったのに。
「なぁ、リジー。俺の話を聞いていたか?」
「え、ええ。ティアス王子は」
「そうじゃない。最高のドレスを仕立ててやると言っただろう」
「最高のドレスって?」
「王妃たる者に相応しいドレスだ。そうだな、リジーの白い肌には純白より……」
クレスタがあまりにも自然に言うので、私は耳を疑った。どうにか意味を理解して、途端に大粒の涙が溢れる。滲む視界で、クレスタがにやりと笑った。
「もう一度言う。俺は、欲しいと思うものを全て手にする。国もだがな、お前もだ。リジー」
18
お気に入りに追加
23
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
大事な姫様の性教育のために、姫様の御前で殿方と実演することになってしまいました。
水鏡あかり
恋愛
姫様に「あの人との初夜で粗相をしてしまうのが不安だから、貴女のを見せて」とお願いされた、姫様至上主義の侍女・真砂《まさご》。自分の拙い閨の経験では参考にならないと思いつつ、大事な姫様に懇願されて、引き受けることに。
真砂には気になる相手・檜佐木《ひさぎ》がいたものの、過去に一度、檜佐木の誘いを断ってしまっていたため、いまさら言えず、姫様の提案で、相手役は姫の夫である若様に選んでいただくことになる。
しかし、実演の当夜に閨に現れたのは、檜佐木で。どうも怒っているようなのだがーー。
主君至上主義な従者同士の恋愛が大好きなので書いてみました! ちょっと言葉責めもあるかも。
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
(完結)バツ2旦那様が離婚された理由は「絶倫だから」だそうです。なお、私は「不感症だから」です。
七辻ゆゆ
恋愛
ある意味とても相性がよい旦那様と再婚したら、なんだか妙に愛されています。前の奥様たちは、いったいどうしてこの方と離婚したのでしょうか?
※仲良しが多いのでR18にしましたが、そこまで過激な表現はないかもしれません。
【完結】【R18】淫らになるというウワサの御神酒をおとなしい彼女に飲ませたら、淫乱MAXになりました。
船橋ひろみ
恋愛
幼馴染みから、恋人となって数ヶ月の智彦とさゆり。
お互い好きな想いは募るものの、シャイなさゆりのガードが固く、セックスまでには至らなかった。
年始2日目、年始のデートはさゆりの発案で、山奥にある神社に行くことに。実はその神社の御神酒は「淫ら御神酒」という、都市伝説があり……。初々しいカップルの痴態を書いた、書き下ろし作品です。
※「小説家になろう」サイトでも掲載しています。題名は違いますが、内容はほとんど同じで、こちらが最新版です。
【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話
象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。
ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜
まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください!
題名の☆マークがえっちシーンありです。
王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。
しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。
肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。
彼はやっと理解した。
我慢した先に何もないことを。
ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。
小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。
【R18】軍人彼氏の秘密〜可愛い大型犬だと思っていた恋人は、獰猛な獣でした〜
レイラ
恋愛
王城で事務員として働くユフェは、軍部の精鋭、フレッドに大変懐かれている。今日も今日とて寝癖を直してやったり、ほつれた制服を修繕してやったり。こんなにも尻尾を振って追いかけてくるなんて、絶対私の事好きだよね?絆されるようにして付き合って知る、彼の本性とは…
◆ムーンライトノベルズにも投稿しています。
美しくも絶倫な王様は砂漠の舞姫を一夜目から籠絡して溺愛しました
灰兎
恋愛
誰もが一目見たら恋に落ちると言われる程の甘いマスクとは裏腹に「大変に旺盛な」ランドール国王アーサーは、旅の終わりに見た目だけは「非常に妖艶な」踊り子リューシャを見初める。恋多き男と自己認識していた王様が、後悔したり、反省したりしながら、今までのは恋じゃなかったと自覚して、いたいけな舞姫を溺愛の沼にどっぷりはめていく物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる