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皇宮(一)
しおりを挟む濤允の顔が迫ってくる。再び唇がつきそうになって、蓮珠は濤允の手の中でそれを拒むように顔をそむけた。
はずみで、つむじの辺りから歩揺の垂れ飾りがぶつかる澄んだ音がする。今日は初夜ではないから髪はおろしたままでいいのに、嬬嬬が夕方の沐浴のあとに髪を結わえてさしてくれたのだ。楊濤允が、陽佳と嬬嬬にそう申しつけたらしい。
濃い桃色と淡い桃色の花びらが重なった蓮と、玉のたれ飾りが美しい金の釵子。それは婚礼前、婚礼衣装と共に湖光離宮から宇宰相の屋敷へ届けられたもの。この世に一つしかない、蓮珠のための髪飾りである。
骨ばった指が、あごをつかんで正面を向くように蓮珠の顔の向きを変える。
とても近い距離で、真っ向から蓮珠を見つめる黒漆器のような濤允のまなこは、光の加減で漆黒のようでもあるし深い緑色を帯びているようにも見える。そして、蓮珠へ向けられる視線には、純粋で真摯な力強い意志だけが宿っていた。
今の王朝が最も栄えたのは、もう数代前のこと。正しくあるべきものは根本から腐敗し、皇家の権威たるや衰退の一途をたどっている。太皇太后などは若い頃から強欲で、官位の売買で私腹を肥やした権の亡者であった。今では高齢のせいか、呆けて人の区別もつかない有様だが。
落花流水とは美しく言ったもので、水に落ちて逆らうこともできず流れる花のように、時はむなしく現世を過ぎていく。きらびやかな皇宮は、もはや沈みかけた船。今の皇帝に、時の流れを食い止めて是正する能力はない。
趙高僥は、小さなことにおびえて他を犠牲にし、自我を保つのが精一杯の状態だ。皇家をしのぐ力を蓄えた廷臣らに、禅譲を迫られる日も近いだろう。もしかしたら、皇宮に血の嵐が吹き荒れるのかもしれない。王朝が滅びまた新たな王朝が興て、そのようなことを繰り返しながら時は未来へ向かって刻まれていくのだ。
濤允は、蓮珠のきらめき揺れる瞳を見つめながら形のいい唇に笑みをのせる。しかし、落花流水とは、なにも衰えていくものを嘆くだけの言葉ではない。落ちた花と流れる水は、俺と蓮珠。想い続ければ、やがて蓮珠の心は溶けて、清らかな流水が落花を浮かべて命の終焉まで共に流れてくれよう。
父帝の妃嬪たちとの密通に、女官や宮女、宦官たちへの折檻。他にどんな罪があったか思い出せないほど、高僥はその身に甘んじて横暴のかぎりをはたらいた。すべは、皇宮という外部と隔離遮断された塀の中で起きたことだ。
先帝の皇子は高僥と濤允だけではない。嫡長子継承の慣例をやぶれば、太子の座を巡って無用な争いが勃発する。それを危惧した先帝により、高僥の罪は濤允が犯したものとして処断された。結果、濤允は皇籍を剥奪されて皇宮を出ていく羽目になった。
それから数ヶ月して、太皇太后の古希祝いが皇宮で開かれた。その時、見せしめのように末席に座らされた濤允に近づいて、声をかけたのが宇蓮珠だった。蓮珠は周りの目を気にしながら、紙で作った花を侍女から受け取って、にこやかに「どうぞ」とそれを濤允の卓に置いた。濃い桃色と薄い桃色の紙が貼り合わされた、手のひらに乗るくらいの蓮の花だった。
「蓮珠」
濤允の声が、柔らかい羽毛のような吐息をまとって蓮珠の唇をかすめる。
すっと鼻筋の通った、濤允の凛々しい美な顔。女性関係での派手な前科持ちだけあって、手つきは慣れているふうなのに頬がほんのりと赤く染まっているのはなぜだろう。蓮珠がまばたきも忘れて息をひそめると、濤允がちゅっと軽く唇をついばんだ。
「目を閉じてくださいませんか? そのように見つめられると、俺の心臓が破裂してしまう。あなたはとても美しいから」
あ、と蓮珠が目を見開くと同時に、視界を濤允の手が目を覆う。体を寝台に押し倒されて、目をふさがれたままくちづけを落とされた。花びらが舞い降りるかのようにふわりと唇が重なって、舌先が閉じた蓮珠の唇を優しく舐める。蓮珠が目に当てられている大きな手をつかもうとすると、指が絡んで寝台に縫いとめられた。
口を吸われて、舌が口の内に侵入してくる。どう応えていいのか分からず、されるがままになっている蓮珠の口内を厚い舌がくまなく舐め回す。その舌の動きに、昨夜同じように秘苑をまさぐられたことを思い出して、蓮珠は恥ずかしさのあまり息を詰めて呼吸を乱してしまった。
「ふ……っ、ん」
あごをつかんでいた濤允の手が、指先で首筋をなぞりながら下へおりていく。夜着を留めている紐を解かれる気配がした。寝台の上で絡んだ指と指がよりいっそう強く絡みつき、口の中では舌と舌がもつれ合う。ゆるんだ夜着の衿が開いて、濤允の手が乳房に触れた。ふくらみをやわやわと揉まれて、抗いたいのにくちづけに意識をさらわれる。
「ぅ、んっ!」
指先で胸の粒を転がされて、蓮珠はたまらず寝台からだらりと落ちた両足をばたつかせた。すると、乳房に触れていた手が夜着の中で肌をするすると滑って下穿きにもぐりこんだ。指先が這うように淡い繊毛をかき分けて、割れ目から飛び出た肉芽をこねる。昨夜の舌とは違う硬い指の感触に蓮珠の体がぴくりと震えると、濤允が蓮珠の舌を強く吸い上げて口を離した。
「好きですよ、蓮珠」
濤允が、低くなまめかしい声で言う。好き……? 濤允の言葉が、聴覚から体内に染みこむ。蓮珠が潤んだ目で見ると、おだやかで優しいほほえみが返ってきた。しかし、その間にも、下穿きにもぐった手は休むことなく湿った肉裂の中を暴くように動き回った。
くちゅくちゅと卑猥な音を響かせながら、円を描くように蜜口をなで回す指。それがちゅぷっと中に沈んで、膣壁を擦る。ぬかるんだ蓮珠の蜜洞は、濤允の指二本をすんなりと受け入れてきゅっと締めつけた。
「はぁ……っ、んぅ、あぁ……っ」
眉根を寄せて喘ぐ蓮珠の顔を、濤允がじっと見下ろしている。熱にうなされるように、頭がくらくらする。濤允の手に焚きつけられて、体が燃えてしまいそうなほど熱い。中をかき回されて、蜜口からじゅぷじゅぷとよだれのような露が飛び散った。呼吸はますます激しく乱れて、快楽に神経を支配されているような気怠さに身もだえる。
「もう、やめ……て」
荒い呼吸の合間に、なんとか言葉を紡いで懇願する。しかし、濤允はおだやかな顔をしたまま行為をやめようとはしなかった。隘路に指を出し入れしながら、固く勃起した蓮珠の蕾を親指の腹でこねて皮を剥く。その瞬間、蓮珠の体が大きくしなった。
「ああ――ッ!」
視界が弾けてしまうほどの刺激が、一瞬にして全身を駆けめぐる。痙攣するように体が震えて、意識が真っ白な世界に飲みこまれた。
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