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二十『助力』
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そんなやりとりについて、龍神の見舞いにきていた三峰と松姫に話したところ、大笑いされた。
腹を抱え膝を打って笑う二人に、清高はふてくされる。
「真面目に聞かないなら話さないぞ」
「いやぁ、すまん、すまん」
「だって、あんまり可愛らしいのだもの。そう言わないで、もっと聞かせて頂戴な。他人の色恋沙汰ほどいい酒の肴はないのだから」
「茶化す気満々じゃないか」
こういった反応をされることは覚悟していたとはいえ、おもしろくはない。
ひとしきり笑って気が済んだのか、
「ごめんなさい。ちゃんと聞くわ」
と、松姫が扇を畳んだ。三峰はまだにやにやしている。
「それで、私たちに何を相談したいのかしら?」
「……あいつの力になるために、俺に何ができるか、って話」
今度こそ、仕方なくでも、なりゆきでもなく、龍神の側にいることを決めて、改めて自分にできることの少なさを思い知った。
料理に洗濯、掃除などに手を出してみても、所詮、菊里の手伝い程度にしかならなくて。
もちろん、それも大切な仕事だとは思うけれども。それだけではなく。
「何と言うか……もっと根本的に、龍神が背負ってる『大変さ』みたいなものをどうにかしてやりたいんだよ」
話を聞いていてわかったのは、彼とて決して、望んで龍神の座に就いているわけではない、ということだ。
人の身から神と呼ばれる存在になった重責や、悠久の時をこの水底で生きる孤独、いつか押さえきれなくなるかもしれない龍の血との内なる戦い。
そんな負担を、取り除いてやることはできなくとも、せめて軽くして――できれば、共に背負ってやりたい。
添い遂げるというのは、きっと、そういうことだ。
「たとえばの話、あいつが抱えてる龍の力をちょっとだけ分けてもらう……とか、できないのかなって」
それが彼一人で押さえるのが難しいものであり、そのことで彼が苦しんでいるのなら。
暴走する力を分散して、二人の体に半分ずつ閉じこめておくことができたなら、龍神の負担は軽くなる。
元は人間の彼にできているのだから、清高にだってできないことではないはずだ。
「それならば簡単だ。おまえさんがあれの血を浴びればいい」
三峰が言う。
「でもさ、それって、少しの量じゃ駄目なんだろ?」
清高の頬に付いた龍の血の影響は、長引きはしたが、影響は微々たるものだった。
清高の体に何か不思議な、神々しい力が宿ったということはない。
せいぜい、肌の一部が鱗状になったのと、結界をすり抜けやすくなったくらい。
それも、水に流されてしまっただけで簡単に洗われてしまった。
龍神にも清高にも恒久的な変化が出るようにするためには――
「最悪、あれが死ぬくらいの出血量が必要だろうな」
「駄目じゃないか!」
彼を救うための方法を考えているのに、彼を傷つけることになったら本末転倒だ。
「まぁ、長い目で見るのなら、別の方法もあってよ」
「どんな方法だ?」
清高が食いつくと、なぜか松姫は目をそらし、一度しまった扇を取り出して顔を隠した。
「それは、ねぇ」
「あー、それは、なぁ……」
三峰までもが口ごもる。
「なんなんだよ? もったいぶらずに教えてくれよ」
二人揃ってここまで言い淀むということは、ひどく難しい、あるいは、また大きな代償を伴う方法なのだろうか。
清高は掌に浮かぶ汗を握り締める。
「それは後でみずち本人に尋ねてみるといいよ」
含み笑いと共に現れた雨月の言葉に、三峰と松姫が噴き出した。
「おまえさんもなかなかの性格だな」
「あれがどんな顔をするか、見てみたいものだわ」
一人置いてけぼりの清高に、雨月がなんとも言えない慈愛の笑みを向けてくる。
親が子を見るような――と言える優しくはない、飼い主が愛猫を撫でる時のような、いや、もっと――たとえば、自分の尾を追いかけて走り回る犬を笑うような。
「あれの力になりたいのなら、一番の正攻法は、君が敬虔な信者であることだね」
「信者?」
「聞いただろう? 神にとって一番の力の根源は、人の想いのこもった供物だ」
清高の手に、果物が入った籠が渡される。
「あ」
真庭の集落で男が『龍神への供え物』を流すのに使っていたのと同じ籠だ。
「まだまだ未熟な幼生の龍を支えようとしてくれている、その心意気に免じて、君に力を貸そう」
雨月が清高の額に手を置くと、ほんの一瞬、彼の体温とは別の熱を感じた。
「これで、君はみずちの張った結界を通り抜け、この水底と水面の上を自由に行き来できる」
月夜野や真庭の人間がせっかく供物を捧げても、それが龍神自身の元に届くことはない。結界の存在があるからだ。
龍神が張った結界は危険な龍を人里から切り離す役割を果たしているが、結果的に、人々の信仰を当の龍神から遠ざけることにもなってしまっている。
要するに、雨月は「人々が龍神に手向けた供物を集めてこい」と清高に言っているのだろう。
「もちろん、それを利用すれば、君はいつでもこの水底から逃げ出せる。そういった意味もこめて、ね」
(こいつ、本当に……)
人の好さそうな笑みを浮かべて、随分と性格の悪いことを言ってくれる。
龍神が雨月に対して良い顔をしない理由がわかった気がした。
もちろん、と言うならば。
もちろん、ここから離れる気など、清高には毛頭ないというのに。
腹を抱え膝を打って笑う二人に、清高はふてくされる。
「真面目に聞かないなら話さないぞ」
「いやぁ、すまん、すまん」
「だって、あんまり可愛らしいのだもの。そう言わないで、もっと聞かせて頂戴な。他人の色恋沙汰ほどいい酒の肴はないのだから」
「茶化す気満々じゃないか」
こういった反応をされることは覚悟していたとはいえ、おもしろくはない。
ひとしきり笑って気が済んだのか、
「ごめんなさい。ちゃんと聞くわ」
と、松姫が扇を畳んだ。三峰はまだにやにやしている。
「それで、私たちに何を相談したいのかしら?」
「……あいつの力になるために、俺に何ができるか、って話」
今度こそ、仕方なくでも、なりゆきでもなく、龍神の側にいることを決めて、改めて自分にできることの少なさを思い知った。
料理に洗濯、掃除などに手を出してみても、所詮、菊里の手伝い程度にしかならなくて。
もちろん、それも大切な仕事だとは思うけれども。それだけではなく。
「何と言うか……もっと根本的に、龍神が背負ってる『大変さ』みたいなものをどうにかしてやりたいんだよ」
話を聞いていてわかったのは、彼とて決して、望んで龍神の座に就いているわけではない、ということだ。
人の身から神と呼ばれる存在になった重責や、悠久の時をこの水底で生きる孤独、いつか押さえきれなくなるかもしれない龍の血との内なる戦い。
そんな負担を、取り除いてやることはできなくとも、せめて軽くして――できれば、共に背負ってやりたい。
添い遂げるというのは、きっと、そういうことだ。
「たとえばの話、あいつが抱えてる龍の力をちょっとだけ分けてもらう……とか、できないのかなって」
それが彼一人で押さえるのが難しいものであり、そのことで彼が苦しんでいるのなら。
暴走する力を分散して、二人の体に半分ずつ閉じこめておくことができたなら、龍神の負担は軽くなる。
元は人間の彼にできているのだから、清高にだってできないことではないはずだ。
「それならば簡単だ。おまえさんがあれの血を浴びればいい」
三峰が言う。
「でもさ、それって、少しの量じゃ駄目なんだろ?」
清高の頬に付いた龍の血の影響は、長引きはしたが、影響は微々たるものだった。
清高の体に何か不思議な、神々しい力が宿ったということはない。
せいぜい、肌の一部が鱗状になったのと、結界をすり抜けやすくなったくらい。
それも、水に流されてしまっただけで簡単に洗われてしまった。
龍神にも清高にも恒久的な変化が出るようにするためには――
「最悪、あれが死ぬくらいの出血量が必要だろうな」
「駄目じゃないか!」
彼を救うための方法を考えているのに、彼を傷つけることになったら本末転倒だ。
「まぁ、長い目で見るのなら、別の方法もあってよ」
「どんな方法だ?」
清高が食いつくと、なぜか松姫は目をそらし、一度しまった扇を取り出して顔を隠した。
「それは、ねぇ」
「あー、それは、なぁ……」
三峰までもが口ごもる。
「なんなんだよ? もったいぶらずに教えてくれよ」
二人揃ってここまで言い淀むということは、ひどく難しい、あるいは、また大きな代償を伴う方法なのだろうか。
清高は掌に浮かぶ汗を握り締める。
「それは後でみずち本人に尋ねてみるといいよ」
含み笑いと共に現れた雨月の言葉に、三峰と松姫が噴き出した。
「おまえさんもなかなかの性格だな」
「あれがどんな顔をするか、見てみたいものだわ」
一人置いてけぼりの清高に、雨月がなんとも言えない慈愛の笑みを向けてくる。
親が子を見るような――と言える優しくはない、飼い主が愛猫を撫でる時のような、いや、もっと――たとえば、自分の尾を追いかけて走り回る犬を笑うような。
「あれの力になりたいのなら、一番の正攻法は、君が敬虔な信者であることだね」
「信者?」
「聞いただろう? 神にとって一番の力の根源は、人の想いのこもった供物だ」
清高の手に、果物が入った籠が渡される。
「あ」
真庭の集落で男が『龍神への供え物』を流すのに使っていたのと同じ籠だ。
「まだまだ未熟な幼生の龍を支えようとしてくれている、その心意気に免じて、君に力を貸そう」
雨月が清高の額に手を置くと、ほんの一瞬、彼の体温とは別の熱を感じた。
「これで、君はみずちの張った結界を通り抜け、この水底と水面の上を自由に行き来できる」
月夜野や真庭の人間がせっかく供物を捧げても、それが龍神自身の元に届くことはない。結界の存在があるからだ。
龍神が張った結界は危険な龍を人里から切り離す役割を果たしているが、結果的に、人々の信仰を当の龍神から遠ざけることにもなってしまっている。
要するに、雨月は「人々が龍神に手向けた供物を集めてこい」と清高に言っているのだろう。
「もちろん、それを利用すれば、君はいつでもこの水底から逃げ出せる。そういった意味もこめて、ね」
(こいつ、本当に……)
人の好さそうな笑みを浮かべて、随分と性格の悪いことを言ってくれる。
龍神が雨月に対して良い顔をしない理由がわかった気がした。
もちろん、と言うならば。
もちろん、ここから離れる気など、清高には毛頭ないというのに。
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