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十『雨夜の宴』②

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「なんだ。まだ夫婦の契りを交わしていないのか」
「やはり奥手は奥手のままだったわね」

 突然現れたこの失礼極まりない二人組、男の方が「三峰みつみね」、女の方が「松姫まつひめ」と名乗った。
 三峰は「山の神」で、松姫は「草木の神」。
 龍神が『瑞千川みずちがわ』の神であると同様、二人もこの辺りの土地を司る者たちなのだという。

「まだも何も、そのつもりはないと言っている」
「わからんぞ? 人の縁など所詮は時が育むものだ。
 長く共に在れば、そのうち情も湧くだろうよ」
 うんざりとした様子の龍神の盃に酒を注ぎながら、がはは、と三峰が豪快に笑う。
「こんなにしっかり自分の匂いをつけておいて、何を言っているのだか」
 松姫が優雅な仕草で扇を仰いだ。
「それは……」
 龍神が彼らしくもなく言葉を詰まらせた。

「……神様って、人の話を聞かないのが普通なのか?」
 清高きよたかが問うと、龍神はそっと目をそらす。
 こいつめ。

 到着した途端、二人の神は持参した酒で勝手に宴会を始め、龍神はさりげなく清高を下がらせようとしたのだが、見咎められてしまった。

 曰く、
「貴方が主役なんだから!」
 だそうだ。

 席を辞する機会を逸した清高は、菊里きくりが小さな体でせっせと運んでくる酒の肴を並べるのを手伝ったり、求められるまま酌などしたりしながら、適当に彼らに付き合っていた。
 これでも、元はそれなりの家柄の出身だ。酒宴での接待には慣れている。

 若干鬱陶しくはあるが、彼らはただの気のいい酔っ払いで、親しみやすい神様だった。
 清高の不遜な態度についても、咎めるどころかおもしろがって、
「変に畏まられるよりよっぽどいい」
 などと、笑って いる。

 近頃の話し相手といえば、菊里と、数に数えていいのかわからないほど口数の少ない龍神だけだったのだ。
 この賑やかしさも、これはこれで、どこか懐かしくて悪くない。

(それに、)
 横目で龍神を窺う。
 普段、清高が押しても引いても反応してくれない龍神が、二人からのちょっかいに耐えたねたように応える様子は――なんというか、痛快だ。
 今まで見られなかった彼の一面を見られたことで、得した気分になる。

 ただし、そのちょっかいの矛先は、当然、清高にも向いてくるわけであり。

「この朴念仁ったら、この子の何が気に食わないのかしら? ねぇ?」
 松姫が盃を手にしたまますり寄ってくる。
「それとも、貴方の方が袖にしているの? たしかにこれは愛想がないけれど、悪い子ではないの。わかってあげて頂戴」
「それは、まぁ、なんとなくは……」

 わかっているけれど。
 ではなくて。

「そもそも、男がどうやって花嫁になるんだよ?」
 身代りとはいえ仮にも『龍神の花嫁』を名乗った身で言えた話ではないが、この神様たちが清高の性別を無視して話しているのが解せない。

「神と人、だぞ? 男女の差など、種族の違いと比べれば些細なことではないか?」
「それは……まぁ、それもそうか」

 三峰のもっともらしい言い分に納得しかけてから、いやいや、と首を振る。
「いや、そうかぁ?」
「そういう問題ではないだろう」
 頭が痛いとでも言うように、龍神がこめかみをさすった。

「大体、『十年に一度、花嫁を捧げる』など、ふざけた風習だ」

 ――今さらそれを言うのか。

 龍神が生贄を欲していないこと、『龍神の花嫁』が彼自身の定めた決め事でないことはもうわかっている。
 あれは人間の側が作った風習だ。
 そのことについて龍神を責め立てるのは筋違うというものだろう。
 だからと言って、龍神が自らにそれを否定されてしまったら。
 今まで瑞千川に身を捧げてきた『花嫁』たちの魂があまりにも浮かばれない。

 なんとなく釈然としないでいる清高の隣で、龍神が盃を呷った。

「そんな調子で嫁いでこられたら、生涯何人の妻を持つことになる?

 生涯を共にする伴侶は、一人いれば十分だろう」

 その場の全員の視線が龍神に集まった。

「……え、そこ?」
 思わず零すと、龍神が不思議そうな顔をする。
「私は、何かおかしなことを言ったか?」
「え? えー、あー、うん。おかしなことでは、ないけど……」

 おかしくはないけれど、そうではない気がする。

 三峰が遠慮なく噴き出し、松姫が「あらあら」と微笑んで、菊里がそそくさと部屋を出て行った。
 龍神一人が解せないでいる様子だ。
「……何だ?」
「いや、」

 どうやらこの神様は、なかなかに純情らしい。
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