上 下
3 / 34

二『龍神の花嫁』②

しおりを挟む
 清高きよたかの母は父の二番目の妻――単刀直入に言えば側室――で、真庭まにわから月夜野つきよのに嫁いできた。
 見目麗しい可憐な女性で、聡明な人だった。
 決して出過ぎた真似はせず、夫に忠実に尽くし、常に正室である明高あきたかとあさぎの母を立てることを忘れない。
 その謙虚な姿勢の甲斐あってか、夫に十分な愛を注がれながらも、正室からのやっかみを買うこともなく、慎ましくも平穏な日々を幸せに過ごしていたようだ。
 惜しむらくは、美人薄命、才子多病さいしたびょうの言葉どおりの人であったことか。清高が七つの歳を迎えてすぐに逝ってしまった。

 清高は母親似だ。母の昔を知る人からは「若い頃の姫様にそっくりだ」など、しみじみと言われたりする。
 清高にとって、それはまったくありがたくない話だった。
 母のことが嫌いなわけではない。が、可憐な女性に似ているというのは、つまり、そういうことで。
 同年代の男児たちより頭一つ背が低く、白い肌に、立派な青年と言える歳になっても、まだどこか少女めいている顔立ち。幼い頃から必死に体を鍛えてきても、肉の付きにくい体質はいつまで経っても華奢なまま。

 瀬良せら家は元々、武門の一族だ。
 仮にも武人の子として生まれた上では不利益にしかならない自分の容姿が、清高は嫌いだった。

(それなのに、まさか、この貧相な体が役に立つ日が来るなんてな)
 真白い打掛うちかけを着せ掛けられながら、清高は自嘲する。
 鏡に映る白い顔は化粧を施され、紅を引かれた唇が孤を描くと、そこにいるのは嫁入り前の不安と希望を抱えた、可憐な少女にしか見えなかった。
 それが余計に気を滅入らせる。

「お兄様」

 衝立ついたての向こうから聞こえた控えめな声に、曇った気持ちにわずかに光が差し、清高は今度こそ本当の笑みを浮かべた。
「準備は終わりましたか? そちらへ行ってもいい?」
「終わったよ。おいで」
 着付けと化粧をしてくれた侍女が几帳きちょうを上げると、あさぎが恐る恐るといった様子で顔を覗かせる。
 彼女の大きな両目は、清高を映すと、さらにまん丸に開かれた。
「お兄様?」
「そうだよ」
「あんまり綺麗だから誰かと思った。どこからどう見ても立派な花嫁様だわ」
 控えていた侍女がくすりと笑い、それから、笑ってしまったことを恥じるかのように面を伏せた。
 清高がなんのためにこんな格好をしているのか、思い出したのだろう。
 それはあさぎも同じだったようで、すぐに、今にも泣き出しそうに顔を歪ませる。
「ねぇ、お兄様。本当に行ってしまうの?」
 そんな妹の頭を、清高はそっと撫でてやった。
「これが兄様の役目だからね」

 あさぎには、清高があさぎの身代わりを買って出たことを教えていない。
 あくまで清高が自ら龍神の花嫁に志願したということにしてある。
 そういうことにしておいてくれ、と明高に嘆願した。

「でも、やっぱりおかしいわ。どうして兄様が? だって、お兄様なのに」
 事情を知らないあさぎからすれば、わけがわからなくて当然だ。
 花嫁にあえて男の、しかも領主の弟である清高が志願する理由など、納得できるはずもないだろう。

 あさぎはまだ幼いが、物を知らない子供ではない。
 清高たちが隠していても、何かしら感じるものがあったに違いない。
 だから直接、清高に確かめに来たのだ。

「あのね、」
 身を屈め、内緒話をするように、清高はあさぎの耳元に顔を寄せる。

「実は、兄様は悪い龍を退治しに行くんだ」

「え?」
「花嫁のふりをして龍神様に近付いて、この懐剣で一刀両断にしてやるのさ。
 そうすれば、この先、もう誰も生贄になんてならなくていいだろう?」
「そんなこと、できるの?」
「できるさ。知ってるだろう? 兄様は強いんだ」

 無論、それはあさぎに言い聞かせるために用意したいいわけだ。
 だが、こうして口に出してみると、案外悪くない計画のような気がしてくる。
(……やってみるか)
 何せ相手は曲がりなりにも神様だ。一筋縄ではいかないだろう。
 が、万が一うまく事が運べば、今後、月夜野から生贄を捧げる必要はなくなる。
 もう誰も、龍神の花嫁と称した犠牲にならなくて済むのだ。

 清高の自信ありげな言葉を聞き、あさぎの頬に赤みが差す。
「そうね。きっと、兄様なら龍神様にだって負けないわ!」
「ありがとう、あさぎ」
 妹の無邪気な言葉に励まされ、清高は腹の底で決意を固めた。
(どうせ、どうあっても死ぬんだ。なら、最期に一花咲かせてやろうじゃないか)
 思いがけず勇敢な死に様を描けるかもしれないという期待に、少しばかり気分が高揚してくる。

 もっとも、どんな雄姿を飾れたところで、死装束が花嫁衣装では、いまいち格好はつかないだろうけれども。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・不定期

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……

鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。 そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。 これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。 「俺はずっと、ミルのことが好きだった」 そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。 お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ! ※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています

魔力なしの嫌われ者の俺が、なぜか冷徹王子に溺愛される

ぶんぐ
BL
社畜リーマンは、階段から落ちたと思ったら…なんと異世界に転移していた!みんな魔法が使える世界で、俺だけ全く魔法が使えず、おまけにみんなには避けられてしまう。それでも頑張るぞ!って思ってたら、なぜか冷徹王子から口説かれてるんだけど?── 嫌われ→愛され 不憫受け 美形×平凡 要素があります。 ※溺愛までが長いです。 ※総愛され気味の描写が出てきますが、CPは1つだけです。

逃げる銀狐に追う白竜~いいなずけ竜のアレがあんなに大きいなんて聞いてません!~

結城星乃
BL
【執着年下攻め🐲×逃げる年上受け🦊】  愚者の森に住む銀狐の一族には、ある掟がある。 ──群れの長となる者は必ず真竜を娶って子を成し、真竜の加護を得ること──  長となる証である紋様を持って生まれてきた皓(こう)は、成竜となった番(つがい)の真竜と、婚儀の相談の為に顔合わせをすることになった。  番の真竜とは、幼竜の時に幾度か会っている。丸い目が綺羅綺羅していて、とても愛らしい白竜だった。この子が将来自分のお嫁さんになるんだと、胸が高鳴ったことを思い出す。  どんな美人になっているんだろう。  だが相談の場に現れたのは、冷たい灰銀の目した、自分よりも体格の良い雄竜で……。  ──あ、これ、俺が……抱かれる方だ。  ──あんな体格いいやつのあれ、挿入したら絶対壊れる!  ──ごめんみんな、俺逃げる!  逃げる銀狐の行く末は……。  そして逃げる銀狐に竜は……。  白竜×銀狐の和風系異世界ファンタジー。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

花屋の息子

きの
BL
ひょんなことから異世界転移してしまった、至って普通の男子高校生、橘伊織。 森の中を一人彷徨っていると運良く優しい夫婦に出会い、ひとまずその世界で過ごしていくことにするが___? 瞳を見て相手の感情がわかる能力を持つ、普段は冷静沈着無愛想だけど受けにだけ甘くて溺愛な攻め×至って普通の男子高校生な受け の、お話です。 不定期更新。大体一週間間隔のつもりです。 攻めが出てくるまでちょっとかかります。

処理中です...