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27:船に乗る……?

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 あたふたと慌てふためきながら否定した薫は、区切りをつけるようにふーっと長い息を吐いた。


「順を追って話すとさ。今朝学校に行く途中、偶然この子……鈴ちゃんと会ったんだ」

「りんね、きのうおゆうぎのときにつくったおはなを、せんせえにあげたの。せんせえ、さいきんこないから、かぜをひいちゃったのかとおもって。おみまいのおはななの」


 薫は鈴の言葉に、すまなさそうな泣きそうなそんな表情を浮かべ、しかし話は続けた。


「そのお花を受け取った時に……気づいたんだ」


 兜人は想像してみた。花を受け取った時には手と手が触れる。

 つまり薫は無意識の内にサイコメトリングしたということだろう。

 薫は隣の鈴を向き、言いにくそうに尋ねる。


「鈴ちゃんは……夕方から船に乗るんだよね?」

「うん!」


 ほくほくとした様子で鈴は楽しげに頷いた。兜人は眉根を寄せ、尋ねた。


「船?」

「きょう、りんとほくとくんとあきらくんとこまちちゃんで、おふねにのってあそびにいくんだって。えんちょうせんせえのしりあいのひとがつれてってくれるの」


 鈴には気づかれないよう、兜人は薫と目配せした。

 鈴の言っていることは——ありえない。

 占環島のいかなる異能力者も、島の外に出ることはできない。それが島の周囲を遊覧するぐらいのことであってもだ。

 鈴はなおも嬉しそうに、口の両脇に手をあてて、こそこそ話をするように続けた。


「うふふ、ないしょなんだけどね。だってほかのおともだちがうらやましがっちゃうでしょう。でもせんせえにはばれちゃったから」


 そう言う鈴の頭を撫でながら、薫は重々しく口を開く。


「……なんだか嫌な予感がしてね、とっさに凛ちゃんを抱えて逃げてきちゃったんだ。それを途中で警察に見つかって職質されそうになったから、振り切ってさらに逃げてきた」


 だから「タイホされる」だの「かけおち」だの、そういうワードが飛び交っていたわけか。

 だとすると、薫は今もお尋ね者ということになる。兜人はなんとなく周囲を警戒しつつ、小声で言った。


「さっきまで滝杖先輩の研究室にいたんです。例のクッキーの解析結果なんですが、脳に直接作用する薬剤成分が検出されたようです。異能力の進行度を上げていたのはやはりあのクッキーだったんです……」


 兜人は語尾を小さくして黙り込んだ。ちとせがアマテラスに関わっているかもしれないことは、なんとなく言いづらかった。

 薫は難しい顔をして、唸った。


「うー、うーん。なんかよくわかんないけど、とにかく私の言ってたことが証明されたってことだよね」

「はい。それと滝杖先輩とも話題になったのですが——子供達の異能力の進行度を上げて、アマテラスが何を企んでいるのか、という点です」

「それは、確かに……。異能力を治す薬を開発するならともかく、どうして進行度を上げるんだろう?」


 本来ならありえないことだが——兜人にはおおよその察しがついていた。兜人は鈴を気遣うように見つつ、薫に尋ねる。


「鈴ちゃんの親御さんは島内にいるんですか?」

「……いや」


 表情を曇らせ、薫はかぶりを振った。自分の名前を呼ばれた鈴が素早く答える。


「りんのおとうさんとおかあさんはとうきょうのおうちにいるの。りんはあさからゆうがたまでほいくえんにいって、よるはしせつにいるの……」


 大きな瞳に一抹の寂しさが垣間見えた。薫は再度鈴の頭を撫でつつ、その言葉を補完する。


「たいよう保育園は島内に親御さんがいない……つまり、親は一般人《オーディナリィ》で子供だけが異能力者っていう子を率先して預かってるんだ。その方が政府からもらえる補助金が高いからと……思ってた……けど」


 段々と薫の語尾がすぼまっていく。どうやら彼女もある可能性に気づいたらしい。兜人は一つ大きく頷いた。


「もしかしたらアマテラスは——子供達を外へ輸出しようとしているのではないでしょうか」


 鈴の手前、このような表現はしたくなかったが——兜人はあえてそう言った。

 異能力の進行度を上げた子供達を、まるで開発した新商品よろしく、外界で売る。

 その能力によって行き先は様々あるだろうが、こと高い進行度の異能力者を求めているところは事欠かない。

 もしも、それが薬によって作り出せるとあれば。

 子供達をサンプルとすれば、今度はその薬自体も売れることとなるだろう。


「そんな……そんなことって……」


 薫は顔を青ざめさせ、震えている。当の鈴本人が何も分かっておらず、きょとんとしているのが唯一の救いだった。


「け、警察……やっぱり、警察に行かなきゃ。もう私たちだけじゃ、無理だよ」

「それは——」


 もちろん、出来ることならそうしたい。

 ただ、警察とてすぐに動いてくれるわけではないだろう。その辺の事情は警察署の勤務経験がある兜人には分かっていた。

 薫と鈴がこのまま出頭したとする。

 まず職務質問から逃げたことについての事情聴取を行うだろう。

 仕方なかったとはいえ、一度警察から逃げている時点で薫の信用度はゼロに等しい。

 まして証拠といえば『鈴の供述』と『薫のサイコメトリング』である。

 前者は子供の言うことで詳しい事情はあまり分かっていないに等しい。

 そして後者は警察にとって誘拐容疑者の供述であることに加え、公式上ではフェイズ2のサイコメトリングの結果であることを考えれば——どちらも信憑性に欠けることは明白だ。

 警察にも進行度の高いサイコメトラーはいるだろうが、その確認までしてくれるかどうか。それこそ園長やアマテラス側にうまく立ち回られては分が悪い。

 となると期待したいのは、やはり蓮華の分析結果だが——こちらも本人が今、追加で調査をしているのを鑑みると、尻尾を掴むまでには至っていないのだろう。

 どう考えても、時間と証拠が足りない。押し黙る兜人の様子から察したのか、薫もそれ以上のことは言ってこなかった。

 無意識にポケットの中の携帯に手を伸ばしそうになる。

 ——こんな時に何をしてるんだ。

 あのぽやぽやした先輩にそう怒鳴りたかった。けれどちとせとてアマテラスと関係しているかもしれないことを考えると、頼りにはならないと言わざるを得なかった。

 どうしてなんだ。そう言ってやりたい、今すぐに。

 どうして、あなたまで——

 兜人は頭の中の恨み言を払うように、首を強く左右に振った。

 そして不安そうな顔をしている薫に、兜人は告げる。


「占環島異能力研究機構に行ってください。滝杖先輩のところに。さっき訪ねた労基局の宗谷兜人の紹介だと言って」

「滝杖って……蓮華のことだよね、この前、一緒にお鍋した」

「はい。先輩の研究室ならしばらく隠れてても大丈夫でしょう」


 兜人は話を通しておこうと蓮華に電話をかけた。こちらは誰かさんとは違い、数コールで繋がる。
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