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15:ワーカホリックだな
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つらつらと二次関数のグラフについて説明していた数学教師の言葉が、唐突に鳴り響いたチャイムによって遮られる。
教師が早口で説明を終えると同時に、日直当番が『起立、礼!』と号令をかけた。この光景は占環島といえども変わらない。
違うのは、現時刻——正午で本日の授業は終わりだということ。
そして、十三時から生徒達はそれぞれの職場へ向かい、仕事をするということだ。
学校の終業はすなわち、仕事の始業である。なので、教室には授業が終わったという開放感はあまりない。ある者は溜息交じりに、ある者は急ぎ足で教室を出て行った。
一旦、自席に腰を下ろした兜人は荷物を纏めながら、窓の外を眺めた。晴れた空には雲一つなく、穏やかな秋晴れが続いていた。
このまま数日は天気が崩れないままでいてほしいものだと考えていると、不意に後方から首に衝撃を受けた。
「カーブちゃん! 昼飯、どーするよ!?」
朝と同じく肩を組まれた状態で、兜人は歯噛みした。地味に重いし、痛い。自分が進行度の高い非接触性精神感応者であったなら、絶妙なタイミングで避けて、そこの窓に激突させてやるものを。
「どうするもこうするもない。食って、すぐ職場に行く」
「えー? んなこと言わないでさぁ、せっかくいい天気なんだし……。そうだ、
購買でなんか買って、屋上で食べるっつーのはどう? お、これなんか青春っぽい」
うんうん、と一人で頷いている晋平に、兜人は閉口した。彼の中ではすでに決定事項らしく、
「ほら、早く早く。お前の好きな焼きそばパン、売り切れちまうぜ?」
などと、適当なことを言ってくる。別に焼きそばパンなんて好きじゃない。兜人は鞄を手にして、溜息交じりに席を立った。
購買部でパンやおにぎりといったありったけの炭水化物を買い込むと、兜人と晋平は連れ立って屋上へ向かった。わざわざ三階半分の階段を昇って。
面倒くさいこの上ない、という表情を兜人は晋平に送り続けていたが、晋平はそんな兜人を顧みることなく、屋上への扉を開ける。
第一高校の屋上は特に施錠されていない。それこそ念動力を使えば、鍵など意味がないからだろう。
屋上には誰もいなかった。教室から見た時は窓に切り取られていた青空が頭上いっぱいに広がっている。未明に雨でも降ったのだろうか、屋上にところどころ残る水たまりに、その透けるような青が綺麗に写し取られていた。
先にフェンスへと歩み寄る晋平と、扉の前の立ち止まったままの兜人の間に、さあっと風が吹き抜けた。多少の湿気は混じっているものの、爽やかな感触がする。秋の風だ。
「おーい、早く来いよー」
フェンスに飛びつきながら、晋平が手招きする。兜人は溜息をつき、緩慢な歩みで彼に追いついた。
晋平はフェンスの土台になっているブロックに腰を下ろし、がさごそとビニール袋をあさり始めた。
「さてさて、俺らの今日の獲物は~? ジャムパンに、たらこおにぎり……てか、焼きそばパンって売ってなかったね」
「知るか」
適当に返事しつつ、兜人は早速高菜おにぎりにかぶりつき、ペットボトルの緑茶で流し込んだ。一方のジャムパンを頬張っていた晋平が、こちらを指さして指摘する。
「あっ、駄目だぞう。ちゃんとよく噛まなきゃ」
「なんなんだ、お前は。母親か」
「母親ねー……」
そういう晋平もパンを食べたそばからコーヒー牛乳をずーずーすすっている。
「カブちゃんのおかん、厳しそうだよな」
「別に、普通だ」
「じゃあ、おとんは?」
「……そっちも普通だ」
「ふーん、何の仕事してんの?」
やけに突っ込んでくる晋平の言葉に、兜人はピーナッツクリームパンに伸ばしていた手を一瞬止めた。が、すぐに動きを再開して、パッケージを開ける。
「——消防士」
「え? そーなん? すっげー」
素直に感心しているのはきっと晋平の性格が自分のように捻じ曲がってないからだろう。
消防士の息子が——『放火魔』の名を冠する異能力に目覚めるなんて、と。
「それはそうと、カブちゃん自身の仕事はどうよ? 労基局、やっていけそ?」
がらりと話題が変わったので、兜人は気づかれないよう安堵の息をついた。
「分からん。俺が判断することじゃないしな」
「能力の制御かぁ……。まぁ、難しいと思うぜ、実際。んな進行度の高い異能力に突然目覚めちゃったらさ。俺だって誰だって、みんなまだガキの頃から訓練させられんだもん」
晋平なりに励ましているつもりなのだろう。兜人はその気遣いに応じるべく、鞄の中からそれを取りだした。
黒光りする拳銃に——晋平の顔がさっと引きつる。
「え……。あれ、それ……」
「言っとくが、本物じゃないぞ」
あまりにも晋平が青い顔をしているので、一応付け加えとく。すると晋平はようやくほうっと胸を撫で下ろした。
「あ、あはは、だよねー。わー、びっくりした……。カブちゃんなら、まさか、よもやってのがあるから」
「あるか、そんなもの。これはエアガンだ。弾の代わりに能力を込めるイメージで、撃つ……らしい」
語尾がすぼまったのは、自分でもその理屈がよく分かってないからだ。
だが晋平の方はエアガンをあらゆる角度から見つめ、興味深げにしている。
「ほうほう、なるほどね。じゃ、これは本当にただのエアガンなわけだ。カブちゃんの意識を小道具一つで変えて、能力を制御させたと」
「まぁ……そういうことだから、今度こそ定職に就けるかもな」
晋平の視線から逃がすようにエアガンを鞄に仕舞い込みつつ、兜人はわざと他人事のような口調でそう言う。
「おう、うまくいくぜ、きっと」
晋平はにっと笑ってみせた。口端にジャムがついていることは——指摘しないでおこう。
「それに優しそうだもんな、ちーちゃん。いいよなー。うちの女傑なんか同じ一個上でも、恐ろしいのなんのって——あっ!」
聞いてもないことをべらべらと話していた晋平は、急に自分の腕時計を見やった。兜人もつられて時刻を確認する。十二時二十分。まだそれほど慌てる時間ではないが——
「やべやべ、電車間に合わねーかも」
「地下鉄使うのか?」
「何度も言ってんだろぉ? 俺の職場、海の方なんだって!」
というと、昨晩行った入管局や異能力研究機構の辺りか。確かに、あそこには民間企業の研究施設も集まっていたはずだ。
「じゃーな、カブちゃん。また明日! お互い、仕事、頑張ろうぜ!」
上司の愚痴を言っていた割には晴れやかな顔をして、晋平は屋上を去って行った。
ぽつねんと残された兜人は青空の下で一人、パンを咀嚼する。
——仕事、頑張ろうぜ!
晋平の最後の言葉が、何故か胸の内で繰り返された。
と、コートの中の携帯端末が震え出した。着信だ。相手は——
「はい、宗谷です」
『あっ、宗谷くん! ちとせでーす。今どこにいる~? 教室に迎えに行ったんだけど見当たらないから』
「あぁ、すみません。昼食をとってました」
『そかそか。あのね、薫さんが勤めてた保育園の園長先生が、面会の時間を早めてくれないかって。だから今すぐ出発したいんだけど……』
兜人はお茶を一口飲み、試すような口調で釘を刺した。
「占環島労働基準法第三十四条に、学業と就業の間の休憩時間は六十分と定められてますが?」
『うっ、あう~、そうなんだけどぉ……。相談室に帰ったらお茶の時間をちゃんと取るからぁ」
「それは恵庭先輩がしたいだけでしょう」
『そ、そうなんだけどぉ~!』
素直に認めるちとせに、兜人は苦笑交じりに返した。
「冗談です、行きますよ。校門で待ち合わせでいいですか?」
『うん! ありがとう!』
兜人はパンを平らげ、お茶を喉に流し込み、さっと立ち上がった。ふと足元を見ると、鏡のような水たまりに自分の顔が映っていた。それは去り際の晋平の表情とどことなく重なって見える。
「……お互い、仕事人間だな」
誰とはなしに呟くと、兜人は水たまりを避けるように一歩踏み出した。
教師が早口で説明を終えると同時に、日直当番が『起立、礼!』と号令をかけた。この光景は占環島といえども変わらない。
違うのは、現時刻——正午で本日の授業は終わりだということ。
そして、十三時から生徒達はそれぞれの職場へ向かい、仕事をするということだ。
学校の終業はすなわち、仕事の始業である。なので、教室には授業が終わったという開放感はあまりない。ある者は溜息交じりに、ある者は急ぎ足で教室を出て行った。
一旦、自席に腰を下ろした兜人は荷物を纏めながら、窓の外を眺めた。晴れた空には雲一つなく、穏やかな秋晴れが続いていた。
このまま数日は天気が崩れないままでいてほしいものだと考えていると、不意に後方から首に衝撃を受けた。
「カーブちゃん! 昼飯、どーするよ!?」
朝と同じく肩を組まれた状態で、兜人は歯噛みした。地味に重いし、痛い。自分が進行度の高い非接触性精神感応者であったなら、絶妙なタイミングで避けて、そこの窓に激突させてやるものを。
「どうするもこうするもない。食って、すぐ職場に行く」
「えー? んなこと言わないでさぁ、せっかくいい天気なんだし……。そうだ、
購買でなんか買って、屋上で食べるっつーのはどう? お、これなんか青春っぽい」
うんうん、と一人で頷いている晋平に、兜人は閉口した。彼の中ではすでに決定事項らしく、
「ほら、早く早く。お前の好きな焼きそばパン、売り切れちまうぜ?」
などと、適当なことを言ってくる。別に焼きそばパンなんて好きじゃない。兜人は鞄を手にして、溜息交じりに席を立った。
購買部でパンやおにぎりといったありったけの炭水化物を買い込むと、兜人と晋平は連れ立って屋上へ向かった。わざわざ三階半分の階段を昇って。
面倒くさいこの上ない、という表情を兜人は晋平に送り続けていたが、晋平はそんな兜人を顧みることなく、屋上への扉を開ける。
第一高校の屋上は特に施錠されていない。それこそ念動力を使えば、鍵など意味がないからだろう。
屋上には誰もいなかった。教室から見た時は窓に切り取られていた青空が頭上いっぱいに広がっている。未明に雨でも降ったのだろうか、屋上にところどころ残る水たまりに、その透けるような青が綺麗に写し取られていた。
先にフェンスへと歩み寄る晋平と、扉の前の立ち止まったままの兜人の間に、さあっと風が吹き抜けた。多少の湿気は混じっているものの、爽やかな感触がする。秋の風だ。
「おーい、早く来いよー」
フェンスに飛びつきながら、晋平が手招きする。兜人は溜息をつき、緩慢な歩みで彼に追いついた。
晋平はフェンスの土台になっているブロックに腰を下ろし、がさごそとビニール袋をあさり始めた。
「さてさて、俺らの今日の獲物は~? ジャムパンに、たらこおにぎり……てか、焼きそばパンって売ってなかったね」
「知るか」
適当に返事しつつ、兜人は早速高菜おにぎりにかぶりつき、ペットボトルの緑茶で流し込んだ。一方のジャムパンを頬張っていた晋平が、こちらを指さして指摘する。
「あっ、駄目だぞう。ちゃんとよく噛まなきゃ」
「なんなんだ、お前は。母親か」
「母親ねー……」
そういう晋平もパンを食べたそばからコーヒー牛乳をずーずーすすっている。
「カブちゃんのおかん、厳しそうだよな」
「別に、普通だ」
「じゃあ、おとんは?」
「……そっちも普通だ」
「ふーん、何の仕事してんの?」
やけに突っ込んでくる晋平の言葉に、兜人はピーナッツクリームパンに伸ばしていた手を一瞬止めた。が、すぐに動きを再開して、パッケージを開ける。
「——消防士」
「え? そーなん? すっげー」
素直に感心しているのはきっと晋平の性格が自分のように捻じ曲がってないからだろう。
消防士の息子が——『放火魔』の名を冠する異能力に目覚めるなんて、と。
「それはそうと、カブちゃん自身の仕事はどうよ? 労基局、やっていけそ?」
がらりと話題が変わったので、兜人は気づかれないよう安堵の息をついた。
「分からん。俺が判断することじゃないしな」
「能力の制御かぁ……。まぁ、難しいと思うぜ、実際。んな進行度の高い異能力に突然目覚めちゃったらさ。俺だって誰だって、みんなまだガキの頃から訓練させられんだもん」
晋平なりに励ましているつもりなのだろう。兜人はその気遣いに応じるべく、鞄の中からそれを取りだした。
黒光りする拳銃に——晋平の顔がさっと引きつる。
「え……。あれ、それ……」
「言っとくが、本物じゃないぞ」
あまりにも晋平が青い顔をしているので、一応付け加えとく。すると晋平はようやくほうっと胸を撫で下ろした。
「あ、あはは、だよねー。わー、びっくりした……。カブちゃんなら、まさか、よもやってのがあるから」
「あるか、そんなもの。これはエアガンだ。弾の代わりに能力を込めるイメージで、撃つ……らしい」
語尾がすぼまったのは、自分でもその理屈がよく分かってないからだ。
だが晋平の方はエアガンをあらゆる角度から見つめ、興味深げにしている。
「ほうほう、なるほどね。じゃ、これは本当にただのエアガンなわけだ。カブちゃんの意識を小道具一つで変えて、能力を制御させたと」
「まぁ……そういうことだから、今度こそ定職に就けるかもな」
晋平の視線から逃がすようにエアガンを鞄に仕舞い込みつつ、兜人はわざと他人事のような口調でそう言う。
「おう、うまくいくぜ、きっと」
晋平はにっと笑ってみせた。口端にジャムがついていることは——指摘しないでおこう。
「それに優しそうだもんな、ちーちゃん。いいよなー。うちの女傑なんか同じ一個上でも、恐ろしいのなんのって——あっ!」
聞いてもないことをべらべらと話していた晋平は、急に自分の腕時計を見やった。兜人もつられて時刻を確認する。十二時二十分。まだそれほど慌てる時間ではないが——
「やべやべ、電車間に合わねーかも」
「地下鉄使うのか?」
「何度も言ってんだろぉ? 俺の職場、海の方なんだって!」
というと、昨晩行った入管局や異能力研究機構の辺りか。確かに、あそこには民間企業の研究施設も集まっていたはずだ。
「じゃーな、カブちゃん。また明日! お互い、仕事、頑張ろうぜ!」
上司の愚痴を言っていた割には晴れやかな顔をして、晋平は屋上を去って行った。
ぽつねんと残された兜人は青空の下で一人、パンを咀嚼する。
——仕事、頑張ろうぜ!
晋平の最後の言葉が、何故か胸の内で繰り返された。
と、コートの中の携帯端末が震え出した。着信だ。相手は——
「はい、宗谷です」
『あっ、宗谷くん! ちとせでーす。今どこにいる~? 教室に迎えに行ったんだけど見当たらないから』
「あぁ、すみません。昼食をとってました」
『そかそか。あのね、薫さんが勤めてた保育園の園長先生が、面会の時間を早めてくれないかって。だから今すぐ出発したいんだけど……』
兜人はお茶を一口飲み、試すような口調で釘を刺した。
「占環島労働基準法第三十四条に、学業と就業の間の休憩時間は六十分と定められてますが?」
『うっ、あう~、そうなんだけどぉ……。相談室に帰ったらお茶の時間をちゃんと取るからぁ」
「それは恵庭先輩がしたいだけでしょう」
『そ、そうなんだけどぉ~!』
素直に認めるちとせに、兜人は苦笑交じりに返した。
「冗談です、行きますよ。校門で待ち合わせでいいですか?」
『うん! ありがとう!』
兜人はパンを平らげ、お茶を喉に流し込み、さっと立ち上がった。ふと足元を見ると、鏡のような水たまりに自分の顔が映っていた。それは去り際の晋平の表情とどことなく重なって見える。
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