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13:何者かの襲撃です!

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 絶叫し、ついには剣を携えて走り出した。後ろの仲間が手を伸ばすが、興奮した男はそれすらも振り切って、こちらに肉薄する。兜人は警察への連絡を諦め、コートの内ポケットに手を伸ばした。


「このっ……!」


 拳銃を取り出し、応戦しようとする。掌が熱くなる感覚はしかし、さきほどとは違いうまく拳銃に伝わらなかった。迫る男に、集中が掻き乱される。頭の芯が熱を帯び始め、兜人はぎくりとした。

 これでは暴発する——


「——私がお相手ですっ」


 男が大上段に振りかぶった炎の剣が、音もなく止められる。見れば、背後にいたちとせが七つの光球のうち三つを使って剣を受け止めていた。


「なっ……」


 フルフェイスヘルメットの中からくぐもった呻きが聞こえる。ちとせが指揮者のように腕を横に振る。残りの四つがそれぞれ男の両手首、両足首を捕縛する。男は手足が光る球体に飲み込まれた状態になってしまったのだ。


「なん、だ、これは……!」


 そのままぐぐっと四肢を開かれ、男は空中で大の字に磔にされた。手も足も出ない、とはまさにこのことである。エアガンを握りしめるばかりで何もできなかった兜人は、密かに奥歯を噛みしめた。

 ものの数秒で無力化された男を見て、仲間内に動揺が走っている。今のうちにとばかりに、ちとせはつかつかと男に歩み寄った。


「あなたはどこのどなたですか? 私が労働基準執行官と知っての狼藉ですか? ええい、この紋所が目に入らぬかぁ!」


 と、何故か労働基準監督局のシンボル——人の手と手が取り合っているマークだ——を端末に表示させるちとせ。男は何も答えない。炎の剣もいつの間にか消え失せてしまっている。じっとして、何かに集中しているように——


「——先輩、危ないッ!」

「え?」


 ちとせが振り返ると同時に、男の顔ががくんとのけぞった。


「うおおおおおお!」


 雄叫びが上がると同時に、あちこちで火の手が上がった。男の後ろに、左右に、空中で弾けて消えたものもあれば、歩道のタイルにあたっただけのものある。要するに手当たり次第に炎を生み出している、いわば兜人の常と同じく暴走状態を自ら作り上げたのだ。

 運が良かったのは進行度が兜人ほど高くなく、威力としてはそれほどでもなかったこと。そして当てずっぽうの攻撃がまったく兜人とちとせに害を及ぼさなかったことだ。

 ただ、運が悪かったのは——


「ああっ、公園の森に!」


 ちとせが悲鳴を上げる。暴走した炎のうちの数発が、防風林の葉に火をつけた。おもしろいようにばっと燃え上がった炎は、身を寄せ合うようにして植えられている周囲の木に次々と飛び火していく。


「きゃああっ、だめだめ、待ってえ!」


 男を拘束していた分の光球も総動員して、次々と木々を叩いていくが、焼け石に水である。兜人の能力に至っては火に油だ。いくら進行度が高い異能力といえど、役に立たない時はまったく役に立たないのだ。

 その隙を見て、男が脱兎のごとく逃走していく。仲間らは彼を助けるように自分たちの輪の中へ匿い、一緒になって逃げていった。


「待て、この……!」


 兜人の呼びかけに応じたわけではあるまいが、黒ずくめの中の一人がやにわに振り返った。そしておもむろに手を上げた。

 身構えた次の瞬間、横手からざばあっと大きな音がした。

 細かい飛沫が頬にかかる。足元の道路の半分を水が満たしていた。

 驚いて、公園を振り返る。

 そこにはすっかり鎮火された森と、そして呆然と立ち尽くしている濡れ鼠のちとせが立っていた。


「きゅ、急に、水が……来て……」


 ちとせがぎこちなく振り返ってそう言う。

 ここで水と言えば海だ。もしや海の波がここまで? 海が近い公園といえど、結構な距離があるはずだ。

 まさか——さっきの黒ずくめの非接触性念動力テレキネシスか。

 いや、だがただ手を上げただけで、あれだけの水を——しかも防風林の向こうの海の水を動かせるものだろうか。もしそれが可能なら、ちとせにも並ぶ進行度かもしれない。


「……へぷしっ!」


 兜人の思考を遮ったのは、ちとせの小さなくしゃみだった。

 水に濡れた夏服は、彼女の白い肌にべったりと纏わり付いている。特に上半身の白いブラウスは透けに透けて、その下にある桃色の——おそらくは秘め隠されていなければならないものまで浮かび上がらせている。

 兜人はとっさに顔を背け、コートを脱いで差し出す。自分も隠しておきたいものはあるが、背に腹は代えられない。


「着てください。……風邪を引かれたら、明日の仕事に差し支えますんで」

「いいの? 濡れちゃうよ?」

「替えはあります」

「そっか。ならありがたく借りるね」


 ようやく視線を戻すと、兜人のコートを羽織り、真っ赤にした鼻をすするちとせの姿があった。


「一件落着っと。さ、帰ろっか」


 何も落着はしていないと思うのだが——

 それは追々、帰りの地下鉄で話せばいいだろう、と兜人はとりあえず頷いておいた。

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