上 下
18 / 76

リリベルの内緒の夜会

しおりを挟む





殿下のせいでウィルにエスコートの相手が誰なのか聞きそびれてしまった私は、少し緊張していた。



ウィルが適した人だと言うのならば、私の魔力が当たっても、ポーッとするだけの騎士辺りだろうかと推測する。



男性と2人だけで馬車に乗るのは怖い為、
どうにかしてマーサだけでも
一緒に行けないかと私は考え始めた。


するとその考えが消えるように
馬車が到着したと知らされる。

馬車はヴァージル家の物。
ウィルに頼まれたのだからおかしいことではない。と納得し、エスコートを待った。

馬車から降りてきたのは
見覚えのある顔だった。



「リリィ。」



漆黒の髪に赤紫の綺麗な瞳。

私は殿下が降りてきたことに驚くよりも先に安心して、近づく。



「で…」
殿下と呼ぼうとした時、
シーッと唇に指先を当てられた。

私は突然のことだったが、
咄嗟に魔力を制御した為、
周りに異変は起きなかった。




「リリベル嬢の今宵のエスコートを任されたです。
よろしくお願い致します。」


そう言って深い礼を私に向けた。



「っ。え、…ええ。
今宵はどうぞよろしくお願い致します。」


私はノアの手を取って馬車へと乗り込んだ。



馬車の中では私から疑問が飛ぶ。




「なぜ殿下がここに?」

「殿下ではない。ノアだ。
リリィの魔力が漏れた時、
守る騎士がいなければ不安だろう。
だから私が適任なのだ。」



そう言って殿下はニコニコと笑う。



確かに殿下ならば私の魔力に当たることはない。
ウィルの考えることだから間違いはないだろうが、あの時言えただろうにと思う。

きっと私が断ると思ったのだろう。



「私はリリィの騎士として来たのだ。
私はどこかの公爵家として振る舞う必要はない。気楽に夜会を楽しもう。」


「……。」


それが不安でもありますとは言えず、
ガクシャン伯爵邸に着くと、
ノアのエスコートで会場へと進んだ。




「まあ。リリベル・オーウェン公爵令嬢。
この度は来てくださって嬉しいですわ。」




早速話しかけて来たのは
ガクシャン伯爵夫妻だ。


私の方が階級が上になる為、
ガクシャン夫妻から挨拶を述べる。




「今日はウィルフレッド様は
ご一緒ではないのかしら?」



ウィル以外のエスコートで夜会に参加するのが初めてだった私に、夫人はそう問いかけた。



「ええ。ウィルフレッド様は
今日執務がありまして…。」


ノアのことは極力触れないように返す。



「いつも一緒のイメージが強くて。つい。
もしかしてウィルフレッド様とリリベル様は
ご婚約なさったりするのではないかと
思っておりましたの。そのご予定などは?」



その言葉に私は少し間を開けてしまった。

ガクシャン夫妻は話が長いだけでなく、
噂話も好きなのだ。

変な話を広められては困る。


ウィルのこの後の結婚に響かないためにも、
しっかりと否定をしなければと強く思った。




「いやですわ。
私とウィルフレッド様はただの幼馴染で、
婚約の話はございません。」



おほほほと笑って答えた私に、
夫人はさらに続けた。



「では、リリベル様はまだ
ご婚約なさっていないのね。
私からいい縁談があるのですけれど、
ご紹介させてもらえないかしら?」

「…、」


しまったと思った。
サーっと頭が真っ白になる。

いつもならウィルが
濁してくれていた婚約の話を、
私がきっぱりと断言してしまった為、
私はいらない縁談の話を聞く羽目になりそうだ。




「お話の途中にすみません。
まだ内密ではありますが、
リリベル嬢は婚約する予定ですので、
縁談のお話はご遠慮させて頂きます。」



ニッコリと笑うノアに私は驚いた。

「あら?貴方は?」

「リリベル嬢の今宵のエスコートを任されているノアと申します。」




「リリベル嬢の縁談相手は準備が整わなければ公表できない手筈になっておりますので、お名前は口には出来ないのですが、ガクシャン夫人の縁談を破談にしてしまうのは申し訳ないので、縁談の話は無かったことにお願い致します。」



そう言うとガクシャン夫人の目が輝き出したのが分かった。


「っ!あら、まあ。
なんということでしょう。
それは楽しみですわ。」



ニコニコとし出したガクシャン夫妻から
離れることに成功した私たちは、
その足で料理を楽しんで回る。










「リリベル嬢。一曲踊って頂けませんか?」


「いいえ、先に私とお願い致します。」

いつもは声を掛けてこない御令息の方々が数人集まる。

私は、仕方がないので公爵家の御令息から踊ろうと手を伸ばした。


「申し訳ございません。
リリベル嬢はもうお暇させて
頂くことになっていますので。
失礼させて戴きます。」




手を伸ばした手はいつの間にか
ノアの手に乗せられていた。


チラッと視線がぶつかる。
このまま帰るというわけか。

夜会には参加したし、挨拶も済ませた。

ならば夜会に長居する必要などないのだ。



「そうなんですの。申し訳ございません。
もう少し早かったらぜひ
お願いしたかったのですけど、
また今度お誘い下さいませ。」



そう言って笑うと、御令息たちは顔を赤らめて惚けたようだった。




そしてそのまま扉の方へと向かう。
しかし、扉へ向かう途中、
ノアはなぜかテラスへと出た為、
私もそのままテラスへと続いた。



「ノア?会場を出るにはあっちの…」


ノアに声をかけるとすぐに抱きしめられ、
光の届かない陰で、
私はノアの息を耳で感じる。



「のっ…ノア⁈」

「ああ、リリィ。
…リリィはいつもあんな話をされるのか?」


「え?」

「婚約の話だ。」

「え?ええ。いつもはウィルが受け答えしてくれるからどうにかなってたみたい。
私の力不足だったみたいだわ。」


「一刻も早く婚約の話を進めなければならない…」


ボソッと呟いた殿下の声は、
これほど近くにいても聞こえないほどだった。



「リリィ。
リリィが魅力的なのは重々分かっている。
だからあんなに沢山声を掛けられるのだ。
私はリリィと誰かが一緒に踊るなどと考えたくもない…。」



そう言った殿下の顔は見えなかったが、余裕のない声をしていた。


「ノア?夜会は私達令嬢にとっては
仕事の一部なの。
私は彼らに恋心は抱くことなんてない。」



「いや、リリィが恋心を抱かなくとも…。
いや、私が早くリリィを振り向かせられればいい話だな。」


「リリィ。」
そう言ってノアは私の顎をクイっと上げる。

「っ!ノアっ!」
私は咄嗟にノアの口元を自分の手で隠す。ここはガクシャン伯爵夫妻の邸宅。どこで誰が見ているかも分からないのだ。


「どこで誰が見ているかも分からないのですから。おやめください。」


私はお願いするように殿下に言う。 

「っ!」


その姿を見てノアは息を止めた。



「しかもノアの姿のままで。
もしとの話が噂になってしまったらどうするのです…?
私は殿下に相応しくないと周りから言われてしまいます…」




半ば告白のようなものに聞こえなくもないが、私は殿下に告いたいのであって、
ノアではない。そこは分かって欲しいのだ。



「……ノア…」


「………~っ!私の負けだ。リリィ。」




スッと殿下が離れ、
私はまた殿下のエスコートを受ける。



「私はリリィに勝てる気がしないな。
今日は諦めることにするよ。」

そう言って笑ってくれた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

とある婚約破棄の顛末

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:198pt お気に入り:7,600

殿下、覚悟してくださいね、今日夜這いに行きます。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:8

旦那様には愛人がいますが気にしません。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:915pt お気に入り:840

【完結】では、さっさと離婚しましょうか 〜戻る気はありませんので〜

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,164pt お気に入り:5,030

死にたがり令嬢が笑う日まで。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,033pt お気に入り:3,613

転生したら死にそうな孤児だった

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:8,954pt お気に入り:78

訳あり令嬢と騎士の訳ありな挙式

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:13

わがまま令嬢は、ある日突然不毛な恋に落ちる。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:24

処理中です...