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リリィの初外交

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無事にドレスを仕立てることができ、サウスユークに出発する日になった。

私はホルターネックのドレスを着ており、転送場所へと着くとヴィヴィが口を開いた。

「お嬢、今日はいつもと雰囲気が違うのな。」

そういうヴィヴィは少し顔が赤い気がする。いつもおちゃらけているヴィヴィと目が合わない為不思議に思って近づいた。

「どうしたの?ヴィヴィ。熱でもあるんじゃないのかしら。」そう言って額に手をやる。

「っ!」ヴィヴィは更に赤くなり、私は更に心配になった。

「リリィ。王太子妃が腕を上げるなど見た目が良くないです。」
仮ではあるが、もうすでに婚約者である私は王太子妃と同じ扱いを受ける。そして私をそう咎めるのはウィルだ。

言われた通りに腕を下ろす。すると少しヴィヴィがホッとしているように見えた。

「私たちの魔法でサウスユークへと移転をさせます。リリィの護衛にはリオネルが付くから、殿下がいない時は必ずリオネルを側に置くように。」ウィルの口から注意点が挙げられていく。

先に私とレオン、そしてリオネルが送られる。その後に侍女のアマリアと近衛隊、そして私の荷物が転送されるらしい。

「それと、サウスユークでの魔力解放には気を付けろ。殿下は自分には当たることはないが、私と違って他の者の気を戻すことは出来ないのだから。」最悪気を戻すために人を斬りかねないからな。とあり得なくもないことを言っていた。



分かったわ。と気を引き締めて魔法陣に乗る。私は隣にいるレオンに寄り添うと、レオンは嬉しそうにしていた。


___

サウスユークに着くと拍手でもてなされた。

「ようこそおいで下さいました。王太子殿下。王太子妃様。私はサウスユークの第一皇子、ミファエルと申します。エルとお呼び下さい。」
にこやかに笑うエルは、赤髪に黒い瞳。レオンよりもがっしりとした肉体だった。

「久しぶりだな。エル。3日間よろしく頼むよ。こちらは私の婚約者のリリベルだ。」
そう言って私を紹介してくれた殿下に合わせて綺麗な礼をした。

「リリベルでございます。よろしくお願い致します。」

すると直ぐにほぉっと熱いため息が聞こえた。
「いや、羨ましい限りだ。もっと早くに出会えていたら、直様プロポーズしたというのに。」残念だと笑うエルに、レオンよりも流れるように冗談が上手いと感心する。

「リリィは誰にもやらん。」エルの言葉に強く反応を示したのはレオンだった。
私はレオンの背中をつねり、気を確かに持って下さいと伝えた。

「では、まず王宮から案内しよう。」
もう秋の入りだというのにサウスユークは暑すぎた。肩は開いているというのに長いドレスが熱を籠らせる。

ラメリアの忠告をもっと聞いた上でデザインを決めるべきだったと少し後悔する。




「…という流れだ。いいかな?」
執務の流れは聞いていたため、コクンと頷く。

「今回はお客様なのだから、ゆっくりとしていくといい。」そう言って私たちの部屋へと案内してくれた。

用意された部屋は私とレオンが別々に用意されてあった。
まず私用に一部屋あり、その隣にレオン。レオンの先にリオネルと近衛騎士の部屋があるという。アマリアは私の部屋の向かい側だと言うので、支度が楽で助かると思った。

「エル。悪いがグリニエルでは私もリリィも同じ部屋で寝ているから、こちらでもそうさせていただくよ。」そう言って私に用意された部屋を指差す。

「あ、そうなのか。それはいらない気遣いをしてしまったな。中は2人でも過ごせる広さだから、そうしてくれて構わないよ。レオンに用意した部屋は荷物部屋にしてくれてもいい。」自由にしてくれとエルは気前よく笑っていた。

「それでは、この後3人で護衛を連れながら街に視察に出かけることにしよう。用意ができたら呼びに来るからゆっくりと過ごしてくれ。」そう言われた私たちは言葉に甘えて部屋へと入った。

私に用意された部屋は柔らかい色合いの部屋だった。私は早速窓から外の景色を眺める。
3階からの景色はとても綺麗だった。

グリニエルとは違う植物があり、街の向こうには薄っすらと青い湖が見える。

「凄く素敵ね。」
ゆっくりと側に来たレオンに寄り添って言う。

「エルに言ったら喜ぶことだろう。」と笑っていた。

「エルは婚約すればすぐにでも王座に就く予定だ。自分の国を自分の目で見て回れる機会は減っていくだろう。だから私たちにすぐにでも街を見せたいんだと思う。」移転で疲れていないかと私の心配をしてくれるレオンに、街へ出るのが楽しみで疲れなんてないわ。と返した。

コンコンと扉を叩く音が響く。
「今行く。」
私は初めてのサウスユークに胸が高鳴っていた。





馬車で暫く揺られながら街を眺める。街中を馬車で歩けるなんてすごいと思っていると、私の視線に気付いたエルが口を開いた。
「サウスユークでは道幅が広いから馬車でも通れるんだ。ただ、その分店を構える場所が限られてしまうから、グリニエルよりは賑わいは薄いかな。」そう言いながら街の説明をしてくれた。

「少し降りてみようか。」
エルは馬車を降りて私たちを花屋へと案内してくれた。

「うわぁ。凄い。」うっとりとした私をレオンは満足そうに見ている。
「レオンに聞いたところ、リリベル嬢は植物が好きだと知ってね。サウスユークの植物に興味があればと思ったのだけれど、当たりだったようで嬉しいよ。」
整った顔のエルが眩しい。

「ありがとうございます」そう言って満面の笑みを見せると、エルは「っ!」と反応した。

トゲトゲとした植物が目を惹く。
「これは?」
「サボテンと言って、水をあまりあげなくても育つ初心者向けの植物なんだ。」
エルでも知っている植物だったようで、私の隣に来て説明してくれた。

ゴホンゴホンと咳払いをしながらレオンが間に立つ。あまり仲良くなりすぎるなということのようだ。

「エル。私のリリィに近すぎるのではないか?」そう言うレオンに、エルは驚いていた。


「噂は本当だったみたいだな。こんなに嫉妬心を丸出しにしているなんて思わなかったよ。」そう言ってエルは笑っている。

「リリィは魅力的だが、一応私にも婚約者ができる予定なんだ。だから手は出さないよ。」両手を上げるエルをレオンはジト目で見ていた。

「もう。レオンたら。サウスユークに来てまでそんなことを言うなんて恥ずかしいわよ。」私が咎めると、それだけリリィを愛しているんだと手を握られた。

「はっはっは。うちの妹が前にレオンを格好いいと言っていたが、その姿を見せてやりたいよ。」笑っていたエルに、今度は私が反応した。

「妹君ですか?」

「ああ。歳はリリベル嬢と同じでもうすぐ17になる。仲良くしてくれると嬉しいな。」
にこやかに言われたものの、私はエルの言葉に引っかかっていた。レオンを格好いいという皇女様。好みは合いそうだが、レオンを取られるわけにはいかないのだ。

私は手をぎゅっと握りしめた。


私達は街を抜け、大きな湖に移動した。
湖の向こう側には何も見えず、ただただ綺麗な青い湖が広がっていた。

「まあ。とっても綺麗ね。」
カンカンに日が照って水面がキラキラと揺れている。

湖には下着と言える程の薄着の男女が沢山いて驚く。

「きゃぁっ」
私は咄嗟に顔を背ける。レオンはそんな私が見ないで済むように抱きしめてくれた。

「今は秋であまり人がいる訳ではないが、まだまだ湖水浴ができる暑さだ。」時間があればぜひどうかな。とエルがにこやかに言う。


「うちのリリィには少しハードルが高いようだ。」とレオンが優しく止めてくれた。

そんな話を目を逸らしながら聞いていると、向こうのほうで男女が揉めているのが見えた。

セクシーな湖水浴用の面積の少ない服を着た女の人が、男の人に囲まれているようだった。どんな理由があろうと、そんな状況を見逃せるわけがなかったので、レオンに声をかける。

「レオン。あの子困っているみたいなの。」
その言葉にレオンは私の視線を辿って理解してくれた。

「リオネル。流石に4対1ではあの女性がかわいそうだ。間に入って止めてきてくれ。」
他国の王太子では易々と口を挟むことが出来ないため、リオネルに声をかける。

「…畏まりました。」
一瞬面倒くさそうな顔をしたものの、いつものリオネルに戻って爽やかな笑顔で応えた。

リオネルが間に入って暫くすると、国民に囲まれていたエルが合流した。
「何を見ているんだ?」
そう言って私たちの視線を追う。

「フィー?」
私とレオンはエルを見る。すると頭を押さえていた。

リオネルがこっちに向かってくると、その女性も後ろをついてくる。それに気付いたリオネルが、やめて欲しそうに胸の前で手を出していた。

「今度はリオネルが困っているようね。」私がそう言うとレオンも同感してくれた。

キリがなさそうなのでこちらから近づく。綺麗な褐色の肌を隠すことなく、下着のような姿の女性が、目を覆っていたサングラスを取る。すると綺麗な顔立ちだと分かった。

レオンが声をかける前にエルが口を開く。
「フィー。何をしている。」
呆れたように聞くエルは凄く親しげだ。

「何って。今日は暑かったから湖水浴に来ていたのだけれど、囲まれてしまって。困っていたところをこのお方が助けてくださったの。この方は私の運命よ。」

そう言ってリオネルの腕にしがみ付くと、リオネルはその柔らかさに慌てていた。

「フィー。今日はグリニエルからお客様を招くから王宮にいるようにと伝えていただろう。」
エルは拳を握りしめていつ怒ってもおかしくない状況のようだ。

「エル。この女性は?」
レオンがエルに問うと、エルではなく、その女性が自ら名乗った。

「初めまして。サウスユークの皇女、フィリネルです。」そういって礼をするのだが、私は服装に気を取られてしまう。

黒い下着のような格好は綺麗な顔立ちにあってはいる。しかし初めて見る服に私は戸惑っていた。

「皇女様でしたか。それは失礼致しました。私はレオンノア・サミュエル。グリニエルの王太子です。こちらにいるのが私の婚約者のリリベルです。そして、今皇女様の隣にいるのが護衛のリオネルです。」

「王太子様と王太子妃様だったんですね。そして護衛のリオネル様。」リオネルを見るフィリネルの目は熱を持っているようだ。

皇女だと分かったところで、リオネルが自分が羽織っていたマントをフィリネルにかけてやる。きっと直視できないからだろう。

「わ、ありがとうございます。フィーは嬉しいです。」
キラキラとした顔でリオネルを見つめれば、リオネルはいつもの爽やかな顔を崩さないように苦笑いしていた。

「フィー。とりあえず馬車に乗れ。話は王宮でみっちり聞いてやる。」
ギンとした目でフィリネルを見るエルは少し怖い。

馬車に乗るとエルが言う。
「フィー。お前はレオンに会いたがっていなかったか?」

その言葉を聞いてフィリネルは目をパチパチとしていた。
「ええ。小さい頃グリニエルに行った際に格好いいと思って、またお会いしたいと思っておりました。お会いできて光栄ですわ。」

ところで、とフィリネルはすぐに話題を変えた。
「リリベル様はリオネル様をどう思っておられるのですか?あんなに素敵な護衛がいたら好きになってしまうのではないのですか?」
どんどん顔を近づけてくるフィリネルに私は思わず後退りをした。

「リオネルの護衛は頼もしいですが、弟みたいなものですし、何より私はレオンしか愛せないので…」
チラリとレオンを見ると満面の笑みをしていた。

「ああ。リリィ。そんなに私を想っているなんて本当に嬉しいよ。」

そんなことを言っているレオンを無視してフィリネルが口を開いた。
「まあ、良かった。リリベル様とは仲良くなれそうですわ。後で沢山お話したいです。」

そんな話をしているうちに、王宮へと戻ってきたのだった。
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