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リリベルの誘い

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「リリィ!探したぞ。」
急にいなくなった私を心配してか、レオンが息を切らして寄ってきた。

「ごめんなさい。殿下。」
私は謝ってレオンに視線を送った。どんな視線か伝わったらしく、殿下はそれ以上私に言及しなかった。

もう夕方になる時刻。昨晩と同じく、オエスト伯爵とディナーを共にし、自室へと籠もった。

湯浴みを終えて殿下を待つ。
コンコンと部屋の扉が叩かれ、思っていた通り殿下が入ってきた。

「リリィ。」
入ってきた殿下が私を抱きしめる。私もそれに応じて静かに離れた。

「殿下。ハーブティを用意しますわ。」
「ああ。ありがとう。」
私はハーブティを用意し、ヴェステンで購入したクッキーを並べた。

「それで、リリィ。今日はどこへ行っていたんだ?心配したんだぞ。」
カップを置いてレオンは言った。

「ごめんなさい。馬車で領地を回った時に花畑があったものだから、つい見てみたくなってしまって…」
そこまで言うと、予想外だったのかレオンが頭を抑えて口を開いた。

「り、リリィ。」
「あ、でも。そこでサラノア王妃らしい女性を見ました。」
するとその言葉にレオンが反応した。

「お母様だと?」
「確証はありません。ミルクティー色の髪に紫の瞳。そして17だと仰っておりました。転生するには条件が一致しております。名前はクロエ・ミラー。」

「リリィがクロエをお母様だと思った理由はなんだ?」


「それは、品の良すぎるです。」
「礼だと?」
レオンはとても不思議そうだった。

「サラノア様は生前、マナーや教養を沢山受けたのですよね。町娘がするには綺麗すぎる動きだったのです。」
そう言うとレオンは少し考えるように腕を組んでいた。

「そして教養です。私はオエストのことを聞きました。でも彼女は沢山の知識を持って説明をしてくれたのです。17歳の何も教養を受けていない女性がそれを正確に説明することは難しいと思います。」

「そうか。確かに怪しいとも言える。そしてクロエからは何かグリニエルについて聞かれなかったのか?」

「はい。何も。私が近付けば、嘘なり本当なりはっきりすると思ったのですが…」

「なぜだ…何か言えない理由でもあるのだろうか。」
「私にも分かりませんでした。明日、また会う約束をしておりますので、殿下も陰から見られるといいかと思います。」

「分かった。頼んだぞ。」
「お任せください。」


___

次の日、私は作業するルーナンに伯爵たちを任せて花畑へと向かった。正午にはオエストを出発しなければならないため、少し急ぐ。

「御機嫌よう。昨日ぶりですね。クロエ。」
そう言ってゆっくりと綺麗な礼をすると、クロエも綺麗に礼をしてみせた。

「クロエ。あなたは誰かに教養を受けたことがありますか?」
私はクロエの隣に座り込み、クロエにもそれを促した。
「突然どうなさったのですか。私は町娘です。そんな教養など受けたことはありません。」

「そうですか。すみません。あなたの礼があまりにも綺麗だったものですから、気になってしまったのです。」

私は勘付かれないように話を変えてみた。

「あなたはどうしてこんな町の外れに住んでいるのですか?」


「…私は。…嫌われていまして。」
悲しそうにクロエは言った。

「王太子妃様は…」
「リリベルでいいですわ。」
そう言ってクロエと目を合わせる。

「…ではリリベル様。あなたは…転生という話を信じますか?」
それは突然に、聞きたかったことがクロエの口から出たものだった。

私はジッとクロエを見つめて話す。
「ええ。信じます。」

するとクロエは静かに息を整えると話し始めたのだ。
「私は…前世の記憶を持つ者です。小さい頃からその記憶がありました。でもそれは、誰も信じてはくれませんでした。そして記憶は、領地を危険に晒すかも知れないものだと、そう言われました。だから私は、誰の目も届かないこの場所にいるのです。」
 
「そうだったのですね。…」
クロエは誰の記憶を持っているかは言わなかった。領地を危険に晒すほどの存在とすると王妃様ではないかと私は思った。そして私が口を開こうとした時

「クロエ!貴様!」という声が聞こえてきた。

現れたのは伯爵と領地の男たちだった。
「王太子妃様から離れろ!」
「呪われた小娘め。」
「一体何を企んでいる!」
「王太子妃様に危害を加える気か!」
口々に罵声が飛ぶ。男たちの手には鎌や木の棒が握られていた。

「ま、待ってください。私がクロエに話しかけたのです。クロエは何もしていませんわ。」私はクロエの前に立った。

「王太子妃様。頼みますから、そいつから離れてくださいませ。あなた様に何かあれば、私どもの首などすぐに飛びましょう。」
今にも飛びかかってきそうな男たちを避け、伯爵が話し始めた。

「伯爵様、クロエは私とお話していただけです。危害など加えられたりしていません。」
私はもう一度伯爵へと語りかけた。

「王太子妃様。クロエは前世の記憶を持っていると嘘を付くのです。前世は王妃だったと。そうして王族に取り入り、潤った生活をしようと企んでおります。しかしクロエは殿の名前を知らない。本当に王太子殿下の母親ならば、名前くらい知っているはずなのに。」
キッとクロエを睨む伯爵は、私の知る伯爵とは違っていた。

「オエスト伯爵?まずは落ち着いて話をしましょう。」
私は伯爵に言った。

「いいえ。災いの芽は摘んでおくべきだったのです。クロエの存在は私どもの命を脅かします。」

「死ね!クロエ!」
鎌を持った男が、興奮して走ってくる。
私は咄嗟にクロエを抱きしめた。
「レオン!」

助けて。そう心の中で叫んだ。
カンっという音が響くと、隣にいるクロエが口を開いた。

「エドウィン…。」
私はゆっくりと目を開く。

すると私の前にはレオンが立っていた。

「話は聞かせてもらった。」
怒っているのか、レオンの声が低い。

「確かに、前世の記憶を持つ王族は、であれば領地の存亡に関わることだろう。だが、その子の命を勝手に奪っていいことにはならない、そうじゃないか?そして、今、私のリリィに刃物を向けた。それは不敬罪。そして実際に行動に移したのは反逆罪だ。」

「…っ!」
伯爵とその男たちは声が出ないようだった。跪いて殿下を見ている。

私はレオンに近寄り、腕の中に収まる。
「レオン。私は大丈夫よ。レオンが来てくれると分かっていたから。」そう言うとレオンはぎゅっと抱きしめてくれた。

それは嘘じゃない。陰で見ていてと言ったのは自分だ。気配を消してずっと見ているのだろうと思っていたのだ。

「オエスト伯爵。」
「はい。王太子妃様。」
「クロエは私が引き取ります。」
「えっ。」
「クロエは私の友人です。その友人が命を狙われたのですから、私はクロエを王宮に連れて行きます。いいですね?」
「っ。王太子妃の御心のままに。」
跪いたまま、伯爵たちが頭を下げる。

「そして貴方達の気持ちは分からなくもありません。せっかく築いたオエスト領地。クロエの前世の話が嘘で、それが王族に危険を及ぼすことになれば、領地の人々の命はないと思ったのでしょう。」
そう言うとオエスト伯爵は目を見開いていた。

「はい。おっしゃる通りでございます。」
オエスト伯爵は涙を浮かべていた。

「貴方たちに罰が下らないよう、私から殿下に言及致します。その代わり、農業による領地の繁栄を約束してください。」

「っ。ありがとうございます。誠心誠意、努めさせていただきます。」
伯爵たちは地面に額が付きそうなほど頭を下げた。

「では、クロエ。一緒に行きましょう。」
「え。」
「クロエを1人にはしておけませんから。ね?殿下。」
「ああ。そうだな。リリィ。」
そう言って殿下はクロエに礼を示した。

「申し遅れました。私はレオンノア・サミュエルと申します。」そう言ってクロエに視線を向けた。

クロエは呆けていたが、ハッとしたように声を出した。
「ぁ、王太子様に先に名乗らせてしまって申し訳ございません。私はクロエ・ミラーでございます。よろしくお願い致します。」

私たちは、一先ずオエスト邸宅に戻ることにした。


オエスト伯爵邸に戻り、グリニエルに戻る準備をする。いつの間にやら領民に囲まれているルーナンに声をかけ、荷馬車と共に帰らせる。

私がオエスト伯爵にお礼の言葉を述べると、オエスト伯爵は大変失礼なことを致しましたと改めて腰を折ってくれたのだった。

私は、来た通りに馬車へと乗り込む。そしてクロエにも無理やり同じ馬車へと乗ってもらった。みんな不思議そうな顔をしていたが、私が沢山お話したいのだと言ったら何故かみんなが納得してくれた。

グリニエルへと馬車が出発する。
私たち3人の空間は少し静かだった。

「この度は助けて頂きまして、ありがとうございました。」
先に口を開いたのはクロエだった。

「いえ。私たちは、貴方にお会いしたかったのです。王妃様。」
私がその名を口に出すと、クロエは驚いていた。

「私は信じると言いました。」
にっこりと笑うとクロエは泣きそうな顔で笑っていた。

「母上…とお呼びしてもよろしいでしょうか?」ずっと静かだったレオンが口を開いた。

「私が母だと信じてくれるのですか?」
クロエはレオンまでもが信じると言うことに驚いていた。

「ええ。私の母は、私を産んですぐに亡くなった。私の名を知らなくて当然なのです。」
レオンは笑っていた。

「レオンノア。素敵な名前を頂いたのですね…」そういってクロエは涙を流し始めた。

「母上の話、聞かせてください。」

「…レオンノア。あなたは本当にエドウィンの生写しのようによく似ています。」

「え?そうなのですか?」
「エドウィンと初めて会った時も、貴方と同じように私を守ってくれたのです。
…私は愚かでした。いけないと分かっていながら、エドウィンを心から愛してしまった。でも、貴方を産めて幸せでした。それだけで十分だったのに、またこうやってレオンノアの成長した姿を見ることができるなんて…」

そう口にするとレオンがクロエに問う。
「母上はまだ父上を愛しているのですか?」

「もちろんよ。今世は生まれた時からエドウィンのことが好きなのですから、長い片想いだわ。」
変わらぬ愛をまっすぐな瞳で告げるクロエは、とても綺麗だった。




「私は、16の時にエドウィンに恋しました。それから2年。毎日のように教養やマナーを学び、18でやっと結婚することができました。サミュエル家の王族はなかなか子どもを授かることができないようで、私は貴方を産むまでに2年もかかりましたわ。」
思い出を振り返るように、私たちの知らない歴史が語られていった。


「生きていたならば、今は幾つなのかしら?」
その問いにレオンが答えた。
「私は今18です。母上が私を20歳で産んだのであれば、今は38になるでしょう。」

まあ、そうなのね。とクロエは驚いていた。
「息子が自分よりも年上なのって何か不思議だわ。」そう言って柔らかい笑顔を浮かべていた。

「母上。父上に会ってくれますか?」
「…エドウィンのことは愛しているわ。でも、私たちの運命は結びつくものではなかったの。だから会うつもりはないわ。」
辛そうに胸を押さえて断るクロエを見て、凄く切ない気持ちになった。

「そんなことはありません。王妃様と陛下の運命はしっかりと交わり、レオンが産まれたのです。そして私の運命の相手はレオンです。だから、王妃様と陛下の恋心は間違いではなかったのです。…ただ、。そう聞いております。」

私はミアリサの名前は出していないが、何となくクロエは気付いたようだった。
「そうなのね。彼女が…」

「1度だけ。エドウィンに会いたい。私の我儘だけれど、またこの目で彼に恋をしたいわ。」
まだ今世では会ったことのない陛下ひとに、すでに恋をしている。そしてその恋を叶えるわけではなく、ただ、目に移したいというクロエの愛は、凄く眩しかった。

「レオン。クロエを客室に泊めることはできるかしら?」

私はグリニエルに戻ってからの作戦を立てる。

「別邸には無理だが、王宮であればできるだろう。」レオンも作戦に乗り、詳しい内容を決めていく。

そうこうしている間に、グリニエルに着いたのだった。
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