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リリベルの兄

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婚約式を5日に控えた私は、残りの執務書類の整理を終わらせようと王宮にある執務室へと向かう。

「イラーリア伯爵令嬢。そこを避けてもらえないかしら?」
私は以前と同じ場所で、ジュリア・イラーリア伯爵令嬢に捕まっていた。

「ああん。リリベルお姉様。どうかまた私をジュリアと呼んでくださいませ。」
以前と違うのはジュリアの態度だけだ。

「…ではジュリア。私は執務室へと行く途中なのです。離してもらえませんか?」
がっしりと腕を絡められた右腕を指差す。

「それは残念です。私はもっとお姉様とお近づきになりたいのです。」少し幼げなジュリアの悲しい顔に私は心が揺らぐ。

「~っ。それじゃ、ジュリア。こうしましょう。今は忙しくて時間を作ることは難しいですが、あなたとの時間を取れるように調整します。私からお茶会にお誘いしますので、それまでお待ちになって?」
ぱあっとジュリアの顔が晴れる。そして、楽しみにしておりますわと笑顔で手を振りながら去って行った。

「俺は一体何を見せられてるんだ。」
影から出てきたヴィヴィが頭をかいている。

「ヴィヴィが言っていたことと違うようだが、どうなっているのだ?」私が執務室に行くのが遅れたのを心配してか、殿下も合流した。そして殿下は自然と私の腰に手を回す。

「お嬢の魔力がまだ効いてるんじゃないか?」ジュリアの態度は以前のものと比べて一変していた為、私達はそう思う。

「いや、それはない。イラーリア伯爵令嬢からはもうリリィの魔力は感じられない。きっと本心からリリィを崇めているのだろう。」
たった今ジュリアとすれ違い、廊下を歩いてきたウィルが言う。

「まあ、私はリリィの魅力が令嬢に伝わったようで嬉しいな。」
殿下はにっこり笑いながら私を抱きしめていた。

「それよりも。リリィはなぜここに?家で準備をしなくてもいいのか?」
執務室へと足を向かわせようとする私にウィルが問う。

「え?」
「その様子だと知らされていないのか。明日、シャル兄さんが帰ってくると聞いたのだが?」
「え、お、お兄様が⁈それは本当?」
私はみるみるうちに顔を青ざめていく。
それを殿下が心配して顔を覗き込んできた。

「リリィ?大丈夫か?」
殿下の言葉にええ。と頷きながらも、
「申し訳ございません、殿下。よ、用事を思い出しましたので、今日のところはここで失礼させていただきます。」
私はそのまま来た道を戻った。


___

シャルル・オーウェン。私の4つ上の兄で、今は防衛大臣を務める若き大臣の1人だ。兄は遠視や透視。さらには分析力に長けており、国内外での視察を行って、国のバランスを取る仕事をしている。

遠視で国境の村を見て、争いが起こりそうであれば自ら足を運んでそれを止める。国外で戦争の兆しがあれば、いち早く王宮へと連絡を入れ、国で死者が出ないようにと避難指示を出す。そうすることで国の安定を守っているのだ。

12歳で既に能力に長けていた兄は、すぐに国のためにと家を出て行ったのだ。まだ幼かった兄を助けるために、お母様も一緒に国内外を回ることとなった。

しばらく会っていないお兄様とお母様。会いたい気持ちが強い。しかし会いたくない気持ちもあった。

それは兄がだからだ。



「おかえりなさいませ。奥様。シャルル様。」
次の日オーウェン家すべての使用人がオーウェン公爵夫人であるアリッシアとその息子のシャルルを出迎えた。

「アリッシア。シャルル。よく帰ってきてくれた。」お母様を抱きしめ、額にキスを落とすお父様を見て、微笑ましいと思った。

「リリィ。」
お兄様が私の存在に気づく。お母様は私に手を振り、帰ってきたことをアピールしてから妹のティオラの所へと向かっていく。

「ぁ、お兄様。おかえりなさいませ。」
「ああ。リリィ。実に久しぶりだ。会いたかったよ愛しの天使エンジェル。」
そう言ってお兄様は私を抱きしめる。

「大体半年ぶりほどでしょうか?」
以前お兄様がが帰ってきたのは私が16になる前だ。その言葉にお兄様は、それ程しか経っていないのか!私にとってリリィのいない生活は長くて辛いものなのだと言う。

「ところで、リリィ。私は信じられないことを耳にしたのだ。」
「なんでしょう、お兄様。伺ってもよろしいでしょうか?」

私をキツく抱きしめていたお兄様は少し離れ、私の肩に手を置いて口を開く。

「リリィが婚約すると聞いたのだ。」
目がこれ以上開かないというほどに開ききり、少し血走っているような気もする。

「しかも相手は王太子殿下だと言うではないか。フレッドは一体何をしていたんだ。」

怒りやら悲しみやら悔しさやら色んな感情が入り乱れ過ぎていて、お兄様の表情を読み取ることは困難だった。


コツンと聞き慣れた足音が鳴る。
「早く着いてしまって申し訳ない。」
そこには昨日振りの殿下がいた。

「いえいえ。来てくださってありがとうございます。バタバタとしていてお恥ずかしい。妻のアリッシア・オーウェンに、息子のシャルル・オーウェンです。」

「お気遣いありがとうございます。私はレオンノア・サミュエルです。リリィとの縁談を認めてくださり、心から嬉しく思います。」
殿下はそう言って胸に手を当てて礼をする。

私は綺麗な動作に少し見惚れてしまったが、殿下へと駆け寄る。

「殿下。今日はどうなさったのですか?」
こっそりと殿下に耳打ちをする。
「ああ。リリィには言っていなかったが、今日は婚約前の顔合わせとして食事会にお誘い頂いたんだ。」静かな声で殿下は言った。

私には兄が帰ってくることも知らされていなかったのに、殿下はしっかりと食事に誘われていたなんてと驚いた。

「さあ。早速会場へと移ろうか。」

食事会はオーウェン公爵家の広間で行われた。お父様にお母様。ティオラが並ぶ。そして向かい側には殿下と私、そしてその隣にお兄様が座った。

「王太子殿下。此度のリリベルとの縁談を私共は心から歓迎致します。殿下とリリベルに幸せな未来を…乾杯。」

食事会が進むと和やかな雰囲気となった。主にお母様の話に私と殿下、そしてお父様が反応する。ティオラはこちらの話を聞きながら静かにゆっくりと食事をしていた。そしてお兄様は殆どの料理に手をつけず、何かを考えているようだった。

食事会が終盤になる。すると急にお兄様が立ち上がった。

「私は…私は認めない!」

急に声を荒げたお兄様をみんなが見る。

「リリィが王太子様のお目に留まったのは分かる。こんなに可愛くて、聡明で咎めようのない存在なのだから。しかし私はリリィをしようとするやつとの結婚は断じて認めない!」

不敬としか言いようのない行動に私は唖然とし、お母様は頭を抑えていた。

「シャルル様、勘違いなさっているようなので申し上げます。私はリリィを心から愛しております。リリィを利用するなどと考えたことは一度もありません。」

殿下の真っ直ぐな視線にお兄様は動揺した。

「ふん。リリィの魔力が計り知れないほど強く綺麗だと知り、そして悪用しようと考えるやつらを山ほど見てきた。」
兄の言うことは現実に起こったこと。私の力を利用すれば、莫大な魔力を得られる。それを次の子孫として遺そうとする貴族がいたことがあった。

「私はそんなやつらにリリィを任せることは絶対に出来ない。」キッと殿下を睨む。

「シャルル。いい加減になさい。あなたはリリィの事となるとすぐそう。少し冷静に考えてみれば分かることでしょう。」お母様がお兄様をキツく諭す。

「…ではどのようにすれば、私がリリィを愛していると証明できましょうか?」
なぜか引く気の見えない殿下を不思議に思う。

「くっ。では。そうだな。…かくれんぼだ。」
その場にいた全ての人の顔が強張る。

「リリィが隠れ、そして私よりも先にリリィを先に見つけられればリリィを愛していると信じよう。」

もうめちゃくちゃだと思った。そんなことは運も関係する。そして自邸である兄の方が遥かに有利である。

「リリィの隠れる場所が分かるということはリリィの心が分かる事と同意。リリィを見つけることができたならば、私は婚約を認めることにする…。」

「分かりました。」

お兄様と殿下の意味のわからない勝負が始まる。私は5分の間に隠れ場所を探す事となった。

ティオラはそのまま席を立ち、自室へと籠る。お父様はその場に残り、お母様は付き合っていられない。やることがあるからと広間を出た。

5分が経ち、かくれんぼが始まる。
オーウェン侯爵邸で行うのに、殿下には不利すぎる状況の為、マーサが一緒に行動する事となった。

私はある部屋へと向かう。 
お母様の書斎だ。

お母様の書斎には本がたくさんあり、小さい頃からここにある沢山の本を読んでいた。
すると書斎のドアが開く。私はもう見つかってしまったのだろうかと後ろを振り返った。

後ろを振り返るとそこにいたのはお母様だった。

「ふふ。リリィみーつけた。」
笑顔で私に近づいてくる。そして少しお話をしましょうかと言った。

書斎にあるテーブルにミルクティーを用意する。かくれんぼの最中にこんなことをしてていいのだろうかと不安になった。

「かくれんぼなら、殿下の勝ちよ。」
チラリと私の方を見て、すぐに紅茶へと目を戻す母に理由を尋ねる。
「かくれんぼが始まってすぐ、きっとわたしのとこへリリィが来るから、久しぶりに親子の時間を作って欲しいって言われたわ。」

リリィのことよく分かっているのねとカップに口をつける。


殿下は私とお母様の話す時間がないことに気付いて、そしてその時間を与えてくれた。
私は心の中で殿下に感謝をし、お母様と会えなかった半年間の話をする。殿下と出会い、そして愛し、何よりも殿下に救われたこと、話したいことの殆どが殿下のことだった。

「お母様。婚約のこと、急に知らせることになってしまってごめんなさい。」

世間の目が私でなく兄に向けられるようにと功績を挙げ、若くして大臣となった兄と、その兄に付き添い、外国へと渡り歩かなければならなくなった母に、殿下との婚約を急に知らせることになってしまった。そのことを私はずっと気にしていた。

「何を言っているの。リリィ。私もシャルルも、自分で考えてしたこと。私達こそリリィに寂しい思いをさせて申し訳ないと思っていたのよ。」

「お母様。」

「リリィ。婚約おめでとう。こんなに愛せる人と一緒になれるなんてとても素敵なことよ。王妃らしく、堂々となさい。そして必ず幸せになるのよ。」
そう言ったお母様はにっこりと笑って私に手招きする。そして近寄る私を抱きしめてくれた。

コンコンと書斎の扉が叩かれ、殿下の姿が見える。

「リリィ。」優しい声が私の心を擽る。

私はその声のする方へと走り、殿下を抱きしめた。

「殿下。ありがとうございます。お兄様の無礼をお許しください。」

「いいや。いいのだ、リリィとの縁談を認めてくれるのなら最善を尽くそうと思っていたのだから。」

「殿下。ありがとうございます。」
「その様子だとお母上と話すことはできたようだな。」

そういってお母様に目を向ける。

「王太子殿下。この度は愚息の無礼。本当に申し訳ございません。あとで息子にはキツく言って聞かせますので。」

「いや、シャルル殿も分かってくれたようだ。」
お兄様は廊下でうずくまっていた。
「お兄様?」

「リリィを探してここに着いた時、話し声が聞こえてね。全て聞いていたんだ…リリィが王太子殿下と想い合っていると分かったよ…反対して悪かった。」小さい声だったが、しっかりと聞こえた。私はその言葉にホッとする。

「お兄様。お兄様がどれだけ私の事を大切にしてくれていたか、私には伝わっています。私を心配してくれてありがとうございます。」
私がそういうとお兄様は顔を上げてくれた。

「リリィ。」
「お兄様。私と殿下の婚約。認めてくれますか?」

「…。」
「お兄様。私はお兄様のことも大好きです。大好きなお兄様に、ちゃんと認めてもらいたいのです。」
「…分かったよ、リリィ。私の負けだ。」

お兄様は立ち上がり、殿下の前に立つ。
「王太子殿下。沢山のご迷惑、おかけいたしました。リリィをよろしいお願いします。」

「ええ。必ず大切にすると誓いましょう。」
そう言って2人は握手を交わした。
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