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守り

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ゼノが遠征に出てからもう1週間が経つ。それはあまりにも長すぎるもので、私は気を紛らわせる為に沢山の執務をこなしていた。



「ヴィクトリア様。そろそろ休憩なさった方がよろしいかと。」

「…そうね。これだけ終わらせたらお茶にしましょうか。」

ゼノの代わりに私の護衛に付いているのはシャガートだ。シャノンはいつもと同じく執務に追われているため、護衛には付かないが、毎日顔くらいは出してくれる。

「はぁぁ…。」
吐きたくなくともため息が出る。
それは心配や不安、恋しさなど私の感情全ての表れだ。

「ヴィクトリア様。」
「なあに?」

いけないいけない。辛気臭くなってしまえば心が乱れる。私は一心にゼノを愛していればいいのだ。ゼノが帰ってくるまでに暴走などしていられない。

私はゼノから貰ったブローチを見つめ、それをギュッと握った。

こうするとゼノを側に感じることができるのだ。なんなら毎日やって気を紛らわせている。

ニッコリとシャガートを見上げる私に、シャガートは少し困った顔で口を開いた。


「師匠から手紙を預かっております。
…もし1週間経っても戻らない時は渡してくれと頼まれておりました。」

胸ポケットから出された手紙はシンプルな封筒に入っていた。

ゼノの字を見るのは初めてのことで、なんだか新鮮だ。

「侍女にお茶の準備をさせて参りますので、ゆっくりとお読みになってください。」
それでは失礼します。そう言ってシャガートは部屋から出て行った。

手紙なんていつの間に書いたのだろうか。縁起でもないものだったら泣いてしまうが、大丈夫だろうか。

そう思いつつもゼノが残してくれた手紙を読まないわけがない。

私はゆっくりと封筒を開け、1枚の手紙を取り出した。

そこには綺麗な達筆の字が並んでいる。
字にまで真面目な性格が出ているようで、私はクスッとひと笑みしてから手紙を読み始めた。




“親愛なるリア”


“俺が遠征に出てからどれだけ経っただろうか。

これを読んでいるということは少し寂しくなってきた頃かと思う。”

“きっともうすぐ会えるだろう。

寂しがることはない。”

“リアに愛された俺は敵無しなのだから。信じていてくれ。”

“リア。愛している。
すぐに会いにいくよ。”

“リアを愛する騎士。ゼノ”




短いのにゼノの想いが詰まっている。
そんな手紙を抱きしめた。

「ゼノ…。」

さっきまで寂しいと思ったのに、手紙を読んですぐ、ゼノの愛情が私の心に染みた。



「信じているわ。ゼノ。」
気付けばそう口にしていた。

そう。私はゼノを信じている。
ゼノに想われ、ゼノを想う私は
ゼノの言葉を借りれば敵無しなのだ。

そう思って手紙を封筒に入れ直すと、急に扉が開かれた。

「ヴィー!大変だ!すぐに来てくれ!」

扉を開け放ち、部屋に入って来たのはシャノンだった。

「シャノン?一体どうしたの。驚いたじゃない。」

いつも冷静な彼がバタバタと入って来たことに私は不思議に思った。

生命の樹カミーリアが…!」
「…え?」


シャノンの言葉を聞いて私はすぐに外へといく準備をした。準備と言っても走れる靴に変えただけで、ドレスなどはそのままだ。

カミーリアがどうしたのだろうか。
シャノンに説明を求めたが、見たほうが早いということと、誰かに聞かれるとまずいということで、私は足早に生命の樹へと向かった。


立ち入り禁止区域の帳簿に名前を書き、私とシャノンは中へと進む。いつものように大きくて立派な生命の樹。
それなのに一体どうしたというのか。




「シャノン。何があったの?」
ここまでくれば誰に聞かれる心配もない。そう思って私は口を開いた。

「…生命の樹カミーリアの根が、腐っているようなんだ…。」

「っ⁈」

それを聞いて私は慌ててカミーリアに近づく。すると本当に根の一部が腐食しているのが分かった。

「…どうして?
ちゃんと魔力は与えているのに。」

「私にも分からない、だからヴィーを呼びに行ったんだ。
念のため、国王陛下にも報告済みだ。ご自分の目で確かめたいと仰っておられたからもうすぐ来る頃だろう。」

「そうなの…。仕方ないわ。
カミーリアに直接聞いてみましょう。」

「ゼノがいないのに大丈夫か?
そんなことしたら…」

暴走してしまうかもしれない。
しかしこのまま放っておくこともできないのだ。

「…カミーリア。」
生命の樹に向けてそう呼んだものの、カミーリアは何の反応もしてくれなかった。

「っ。カミーリア。返事をして。
どうしてこんなことに…。
どうしたらいいのか教えて頂戴!」

徐々に声を大きくしたが、返事はない。

「っ。」

ゼノがいないからかしら。
それともカミーリアが自らそうしているのだろうか。

確かにゼノがいなければ暴走する危険もある為、ずっと会話は避けていた。
でも今は非常事態なのだ。
本人の話が聞きたい。

「ヴィー。カミーリアはやはり出ては来てくれないのか?」

国王陛下お父様
…はい。私の声にも反応すらしてくれません。」

「そうか……。この根…。
前に見た時と同じようだ。」

「前とは?」

「8年前の厄災だ。」

「っ!」

8年前の厄災。それは王妃であったお母様が命をかけて救ったもの。
しかし8年前は流行病を止める為だった筈だ。

「…お父様。その時と同じとは一体どういうことなのですか?ちゃんと説明して欲しいわ。」

「ああ。お前ヴィーはまだ10歳だったからな。あまり細かく覚えていないのだろう。



………8年前。1つの大きな魔穴が開いた。

それは沢山の魔物を生み出し、尚且つ大地を蝕んでいた。生命エネルギーを求めて人間や自然を飲み込んでいくその魔穴は、誰の手にも追えなかった。

生命の樹も魔穴のせいでエネルギーを吸い取られ、根は腐敗を始めたんだ。
そして大地は歪み、空気は淀み、人々は病に侵された。

各国の軍は手を組み、討伐連合を作ったが、太刀打ちできるものではなかった。

そして、それに立ち向かったのがエリザベートとその騎士だ。

騎士は魔穴の封印をし、エリザベートは腐敗した大地を癒した…。
しかし騎士は行方知れず。そしてエリザベートも命を落とした。

エリザベートによって生命の樹は力を取り戻し、元の大地へと戻ることができ、魔穴によって悪くなった空気も見違えるものになった。」

「…その魔穴は完全に閉じているのよね?まさかとは思いたくないのだけれど…」

「……………そのまさかだ。」

「っ!」

世界が手を組み討伐に失敗し、お母様とその騎士が命をかけて封印したそれがまた姿を現した…。

1週間ほど前にゼノが向かった場所は
8年前と同じく魔穴が開いた場所と同じらしい。

怖い。ゼノ…。
ゼノは嘘をつかない、ゼノが誰かに負かされた事など一度もない。
それなのに、私は不安で仕方がないのだ。

「…ゼノ。」
早く帰ってきて。早く会いたいわ。
そう思い俯くと、胸のブローチが目に入った。

赤く綺麗に透き通ったブローチ。
どんな職人が作ったのだろうか、軽いのにどんな宝石よりも輝くそれは、ゼノの想いを表しているようだ。

私はそれをギュッと握る。
そしてゆっくり息をすると、ゼノに触れている時みたいに穏やかな気持ちになった。

「お父様…。私は一体どうすれば…。」

「…ゼノに賭けるしかない。
彼は国一どころか世界に通用する力を持っている。彼が魔穴を完全に封じてさえくれれば、国も人々も救われる。」

「そう。……そうね。」



私はそのあと話すこともなく立入禁止区域から出て、ある場所へと向かった。
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