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意外な特技②

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「ゼノ兄ちゃん~。お腹すいたよー。」

薪割りも屋根の修復も終えた俺にそう告げたのはチトだった。

「そうか。今何か作ってやるからな。」
念のため服をパンパンと払い、チトを抱き上げた俺は昼飯を作るべく家へと入った。

冷蔵庫に何かあるだろうか。
材料がなければ手配もしておこう。
ああ、赤ん坊のミルクも用意しなければならないか。
1度に沢山のことを考えながらキッチンに行くとシャガートの声が聞こえた。

「あ、師匠!お疲れ様です~。」
相変わらずにこやかに笑うシャガートはすでに赤ん坊にミルクをやっていた。

「え…?は?」
パチパチと瞬きをする。
慣れた手つきでそつとなくこなす彼に目をやるとシャガートは俺が何が言いたいか分かったようだ。

「あ、赤ん坊の子守は慣れてるんです。それと、昼食と作り置きも作らせて頂きました。」

「え?…ああ、助かったよ、ありがとう。」

テーブルの上にはみんなの分の昼飯が並べられている。随分と美味しそうだ。
子どもでも食べやすいように小さくカットされていて文句のつけどころはない。

俺が素直に感謝を伝えれば、シャガートは嬉しそうにしていた。



「わぁ、ご飯だ~!」
お腹の空いているチトはすぐにでもお昼を食べられるということで上機嫌だ。

「チト。手を洗っておいで。」
「はぁ~い!」

抱っこしていたチトを下ろし、洗面室へと向かわせる。するとマーリンたちもやってきた。

「ゼノ兄、何か手伝いましょうか…?
ん?もう作り終えたのですか?」

「いや、シャガートが作ってくれた。
みんなの手を洗わせてきてくれ。俺は皿を出すから。」

「え、そうなのですか。
お客様にそのようなことまでさせてしまい申し訳ありません…。」

マーリンは少し驚いているようだ。騎士ともあろうものが料理をするなど。
しかし平民上がりの騎士であれば大して不思議でもない。

「ほら、みんな手を洗いに行くぞ。」
マーリンの一言で各々が洗面所へと走り出した。マーリンはそれを追っていく。

「…シャガートはどうして料理や子守ができるんだ?」

「ああ。それは…
俺も少しですが孤児院で育ちましたから…」

「…そうか。」

「はい。私の母は病弱で小さい頃に亡くなりまして、父が1人で育ててくれたのです。その父も戦場へと出向しているうちに亡くなりました。

そしてまだ14だった私は孤児院で引き取られ、小さい子と一緒に過ごしました。
子守も料理もその時に…。」

「そうだったのか。」

「あ!このことを話す機会がなかったもので、決して隠していたわけではないのです。」

「ああ。そうだよな。」

自ら聞かれてもいないことを喋るなど怪しいだけだ。ただでさえ俺の名を聞いてこの国へときたシャガートは元々警戒されていた。だから何も言わなかったのだろう。

「さあ、師匠、食べましょう。」
お腹いっぱいになった赤ん坊は静かに眠っている。その隙に食べようというのだろう。

「ああ、そうだな。セレンナにも声を…」
「待ってください。セレンナさんは疲れていらっしゃいますので、もう少し休ませてあげてください。
セレンナさんの分はもう別の皿に取ってありますので。」

セレンナを呼ぼうとした俺をシャガートは止めた。そしてシャガートの言葉を聞けば確かにそうだと思い直してみんなで昼飯にした。

「わぁ。セレ姉ちゃんのご飯も美味しいけど、今日のご飯もおいしいね!」
チトは素直に感想を述べる。
子どもに合わせた味付けなのだが、物足りなさはない。得意だというだけあってか美味い。
マーリンも黙々と食べていてシャガートは嬉しそうにしている。

「シャガートさんは騎士なのですか?」

「ええ。隣国のですが、今はこちらでお世話になっております。」

年下のマーリンにも敬語を使うシャガートにマーリンは敬語はやめてほしいと願い出ていたが、シャガートは敬語が抜けないようで笑っていた。

「ゼノ兄はやっぱり強いんですか?」

「ええ!それはもちろん!師匠以上の力を持つ人は会ったことがないという程強く、優しい、そして格好いいですね。」

またもやスイッチの入ってしまったシャガートは俺について熱く語り始めてしまった。さぞマーリンは引いているだろうと横目で見たが、マーリンは目を輝かせながら話を聞いていた。

騎士を目指しているマーリンにとって、騎士である俺の話はレア物のようだ。
確かに俺からは騎士についてあまり話すことがない為、とても嬉しいのだろう。

そしてみんなが食べ終わる頃、名残惜しそうにマーリンは他の子たちを連れて昼寝へと向かった。
そして残された俺とシャガートは片付けをした。

「師匠は座っていてください。私がやりますから。」
「いや、そこまでやってもらうわけには…」

「ゼノ兄?」
声をかけてきたのはセレンナだ。子どもたちが寝室に向かったことで起きてしまったのだろう。

「ごめんなさい。昼食も作らずに眠ってしまって。」

「いや、シャガートが作ってくれたから大丈夫だ。」

「え!シャガート様が?それは本当に申し訳ありません。お客様であるシャガート様のお手を煩わせてしまうなんて…」

すると赤ん坊が泣き始めた。
セレンナは抱っこしようと手を伸ばしたが、シャガートが先に抱き上げた。

「この子は私が見ておりますので、今のうちにゆっくりとご飯を食べてください。」

「で、でも…」

「ゆっくり、食べてほしいのです。」
ニッコリとそう言われればセレンナは戸惑いながらも席へと着いた。

「ん…美味しい…。」
セレンナのその言葉にシャガートは嬉しそうにしている。

「セレンナ。一通りの必要なものは買っておくからまた送らせるよ。」

「ええ。ありがとう。」

一通りの買い物はいつも俺がしている。
支払いまで済ませて孤児院へと送ってもらっているのだ。

小さい子どもたちを連れての買い物は、目が離せなくて大変なのだ。

「あ、あの…」
「なんだシャガート?」

「…もし宜しければまたここへ来ても宜しいでしょうか?」

「え?」

「セレンナさんが良ければまたお手伝いに来たいのです。邪魔なら来ませんが…ダメでしょうか?」

「えっと…ゼノ兄?」

「…セランナが良ければいいんじゃないか?」

働きぶりからしてセレンナの役に立つだろう。赤子もいてセレンナはきっと今ボロボロの状態。俺が来れなくてもシャガートが来れるなら助かる。

「どうでしょうか、セレンナさん。
1人で見るのは大変でしょうし、
私が休みを頂いた時にでも足を運んでよろしいでしょうか?」

「っ。…ええ。ありがとうございます。」

シャガートは断られなかったことにホッとし、赤子をあやし始めた。

「ところでこの子の名前は?」


「ツイルトです。」

「…この子は親が連れてきたのか?」

「ううん。戸口に置かれていたの。ごめんなさいってメモが入っていたわ。」

「そうだったのか。」
何も珍しいことではない。しかしまだこんなに小さいのに酷いことをすると思うのだ。


「…師匠。私とマーリンで子どもたちを見ていますので、師匠とセレンナさんで街に買い物に行っては如何ですか?」

「いいのか?」

「はい。セレンナさんに私のことを信頼してもらうのにいいかと思いますし。ゆっくりしてきてください。」

「ああ。分かった。それじゃ、セレンナ、準備しておいで。」

「え、本当に良いのですか?」

「はい。たまにはセレンナさんも羽を伸ばさないと。ちゃんとゆっくりして来てくださいね。」

シャガートの気遣いはきっとセレンナにとってこの上ないものだ。

俺が付いていかなければ殆どお金を使わずに帰ってくる。
しかし俺が付いていけばマーリンが心配だからとすぐに帰ってしまうのだ。

シャガートの働きぶりからしてセレンナも安心して任せられる事だろう。

「師匠。セレンナさんのの新調、お願いしますね。」

そう耳打ちされてああ。と頷いた。
セレンナは自分のことなど二の次三の次なので、こちらから買ってやらない限り服を新しくすることはない。

シャガートはそれに気付いていたのだろう。

俺は準備を終えたセレンナを連れて街へと出かけた。
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