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疑念
しおりを挟むコンコン
「失礼します。」
「ああ、ゼノか。すまないがキリの良いところまでやってしまいたいんだ、少し待ってくれ。」
執務室に入るとシャノン卿が書類を捌いていた。
「うわ…え、これ全部やっているんですか?」
机の上には分厚い書類の山が2つ置かれている。ヴィクトリア様の執務とは比べものにならない程の量だ。
「いや、アイリーンの婚約が決まったから書類が山積みなだけだ。キリがいいところまでやってあとは明日やるさ。」
「すみません。手伝えれば良いんですけど…」
俺は執務の類は向いていない。
「ふっ。最初に言ったろ?ゼノはヴィーを見ていてくれれば良いって。
執務は代わりにしてやれるが、ヴィーの相手はお前にしかできないんだ。
だから…
ゼノ。皇女を頼んだぞ。」
初めて仕事を請け負った日を思い出す。
全く同じ事を言うシャノン卿に、俺も
あの日と同様、勿論ですと応えた。
「2人の気持ちが同じだと気付いた時は本当に嬉しかったよ。
ずっとヴィーの片想いだと思っていたから、どう取り込もうかと思っていたんだ。」
シャノン卿は喋りながらも書類に目を通し、判子を押していく。
「いつ頃俺の気持ちがヴィクトリア様に向いていると気付いていたのですか?」
バレないように想っていたはずだ。それなのにどうして気付かれていたのだろうか。
「あー、難しかったよ。ゼノはスパイやらの仕事までしていたくらいだからな。
気持ちを読み取るのに苦労したさ。
分からないままとりあえずこちらに取り込んでしまおうと推薦状を持ってゼノに話をしたら断られたんだ。
あの時はどうしようかと思ったよ。」
それは初めてシャノン卿と直接話した時のことだろう。あの時は専属騎士になるつもりなど微塵もなかった。
「騎士ならば誰もがなりたいというヴィクトリア様の専属騎士の仕事を断るなんて、むしろヴィクトリア様の想いは一方通行でしかないのかもしれない、と思ったくらいだからな。
でも、専属騎士の仕事を断りに来た時、ヴィーを前にしたゼノの表情で確信した。
ああ、この表情は余程…なのだ、と。」
そんなに分かりやすく出ていたのだろうか。そう言われると何だか悔しくなった。
「まあ、そんな顔するな。
私が穴が開くほど見ていたというだけなのだから。」
「…ゼノを専属騎士にしたいと言い出したのはヴィーなんだ。
言っていた通り10歳でゼノに惹かれた彼女は、ずっとゼノを探していた。
それなのに一向に見つからなかった。
ゼノはずっと戦場に出ていて、捜索範囲外だったから仕方なかったのだが…
そのまま国一の手練れになった。
ゼノに会えたヴィーは恋する乙女そのものだった。16になった彼女は発言の権利を得、確かな腕を持つお前を隊長にしろと公言したんだ。」
それは俺が若いために得ることのできなかった地位。やはり俺のことを認めてくれた彼女がしてくれていたことだったのだと分かった。
彼女もシャノン卿も俺の為にそこまでしてくれていたことを知って、本当にいい人たちと巡り会えたのだと思った。
「……ふっ。そして騎士の仕事の素晴らしさにどっぷりとハマったところで、専属騎士の任を断れないようにしたんだ。」
急にブラックなシャノン卿が現れ、俺は先程の気持ちを訂正しようと静かに思った。
「…俺に力がなければどうしたのでしょうか。」
「んー。悩んだだろうな。
どこかの公爵家の養子として迎え入れるか、とにかくそばに置こうと世話人として雇っていたかもしれない。」
「………1番自分らしい道を歩めたようで安心しました。」
貴族なんてガラじゃない。
世話人だって向かなかっただろう。
俺は俺の好きな事で彼女の傍にいることができている。本当に良かったと思うのだ。
「ああ、そうだ。お前に渡しておかなきゃいけない資料なんだが。」
そう言ってガサゴソと机を漁る。
すると青い箱が出てきた。
「…これは?」
まだ開けていない新品のようで、パコッと音を立てて開けてみた。
すると中からジャバラのように四角いものが並んで出てきた。
それは使ったことはないが知っているものだ。
「…避妊具。」
「婚儀がまだ先でもこれがあれば安心だろう?」
にこやかにそう告げるシャノン卿は本当に王族なのだろうか。
「いや。でも、婚儀が終わらなければする訳には…」
「…お前はどこまで真面目なんだ。
お前とヴィーの結婚は決まった。だから問題はない。
だから妊娠さえしないように気を付ければ構わないんだよ。」
なんて適当な事を言うのだろうか。
本来なら王族は婚儀後の初夜を大切にするというのに…。
「…シャノン卿の私物で?」
「…だったら何だ?」
想像がつかないのだ。
見た目は真面目なシャノン卿がこれを、しかも箱で。俺に餞別として渡す量まで持ち合わせている事に俺は驚きが隠せなかった。
「私だって男だ。誰しもお前みたいに菩薩じゃいられないんだよ。
それはやる。
ヴィーを頼むぞ。」
そんなことは言われなくとも分かっていると思い、素直に頷いた。
シャノン卿の餞別をリアにバレないようにと懐にしまう。
するとシャノン卿が口を開いた。
「本題だが…
ベンジャミン皇子に騎士が付いてくるそうだ。」
「騎士?」
「ああ。その騎士はお前の名前を聞いてこちらに来たいと言ったそうだ。
名前はシャガート。
心当たりはあるか?」
「いえ、特には。」
俺は他国への援軍として何度も戦場に出ていた。もしかしたらその時の知り合いでもいるのだろうか。
しかしシャガートという名前は知らないのだ。
「…味方なら良いのだがな。」
その通りだ。皇子とは交流がある上、アイリーン様の婚約者であるから疑ってはいないが、騎士は違う。
今まで外交の場に来ていた騎士とは違うことから、今回俺の存在を知ったことで動いたことが分かる。
俺は味方もいれば敵だって少なくはない。スパイ仕事や戦場で沢山の血を浴びたのだから恨みを受けても仕方がない。
「とにかく会ってみなければ分からないからな。私が聞きたかったのはそれだけなんだ。わざわざ足を運ばせて悪かったな。」
「いえ。ヴィクトリア様のいる場所で話すわけにはいかないでしょうから…
私の方こそ悩ませて申し訳ないです。」
妹の婚約者になるその人の騎士が怪しい。それはあまり思いたくはないだろう。シャノン卿が配慮してくれて助かった。俺は出来るだけヴィクトリア様の側にいようと思いながら、執務室を後にした。
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