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答え合わせ

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「リア様。宜しいですか?」
「ええ。」

リア様の手には一粒の睡眠剤が握られている。それはカミーリアに渡された物で、昨晩俺自身も使って安全性は検証済みだ。

「私も試しましたので、安心してお使いください。」

リア様に何かあれば首が飛ぶだけでは済まない。そもそも少しでもリア様にとって危ない物ならば、きっと使わせようなど思わないだろう。

にっこりと笑うリア様は、よろしくね。と言って俺の頬にキスをした。

「っ!」
自分からはもう散々しているのだが、リア様からされるとは思わなかった。

キスされたそこに触れ、嬉しさを噛み締めていると、すでにリア様は睡眠剤を口にしていた。


「…何をニヤニヤしているのよ。」
そう口にするのはあの人しかいないだろう。

「カミーリア。」

腕を組むヴィクトリア様はレアだ。
そんなことを思っているとカミーリアがまた口を開いた。

「ヴィクトリアには無事に伝えられたようね。」

にっこりとそう言われれば、見ていたのかと拗ねたくなる。なんて悪趣味なんだろうか。

俺は確かに想いを伝えることができた。その上で拒否されることもなかったので嬉しいことなのだが、それを見られていたのは何だか納得いかない。

ブスッとした顔をすると、カミーリアは手を出してきた。俺にその手を取れということだろう。

「時間は限られているわ。行くわよ。」
「ああ。」

俺はカミーリアをエスコートして謁見の間へと向かった。





コンコン
「失礼致します。」
「入れ。」
謁見の間の扉を叩くとすぐに国王陛下から許しが下り、部屋へと入った。

「お待たせいたしました。。」
「ん?いや、大丈夫だ。早速だが、ヴィー。婚約の話をしたいんだが…」

先日リア様が泣いて部屋を後にしたために中断した話をしようとする。
それは歯切れの悪いものだった。

「ええ。私もそのつもりで来ましたの。ですが、その前に伝えなければならないことがございます。」
「何だ?」

「私はヴィクトリアではありません。」
「何だと?」
何を言っているのかと目を見開いている。それもそうだ。姿はヴィクトリア様のままなのだから。

「私は生命の樹。カミーリアと申します。」

綺麗な礼をすれば、陛下は信じることができないようで固まっていた。

「本当でございます。
カミーリアは力を借りて今こうやってヴィーの身体を使って話すことができるのです。」

陛下の隣に立つシャノン卿が口を開き、嘘ではないことを伝えてくれた。

「そうか…。一体何用でこの場に来たのか。」

「時間がないので手短になってしまい、申し訳ありませんが、…早い話、今回の婚約はお受けできないということを伝えるために参りました。」

「なぜだ?とてもいい話だ。向こうはお前を…ヴィクトリアを好いているのだ。」

「ええ。普通の皇女であれば良い縁談でしょう。

しかし、ヴィクトリアは生命の樹を守る者です。その者は心から愛する者以外の結婚では長く生きることができないのです。」

そう発言すると国王陛下の目が鋭くなった。

「陛下も知っている通り、生命の樹に魔力を渡す時、自身の心を少し使うのです。その心を補うためには相応のパートナーを必要とします。

家族としてヴィクトリアを愛しているシャノンや、心から忠誠を誓うゼノのことは心から信頼しているため、心を補うことができております。

それは2人だからできることで、ベンジャミン皇子ではできません。

そして無理やりに結婚させれば、ヴィクトリアの寿命は5年も持たないでしょう。」

「…。」
よほど衝撃的だったようで陛下は何も言葉を発しなかった。





「………エリザベートもそうなのか?」

やっと口を開いた陛下はそう口にした。

エリザベートとはヴィクトリア様の母君で、リア様の前にカミーリアを宿していた者だ。

「エリザベートは…本来なら死なずに済んだのです。」

皇后陛下は政略結婚、のはずだった。

「エリザベートは他国の王太子であった陛下を心から愛し、陛下もエリザベートを愛していました。

政略結婚のように見えた関係でしたが、本当はお互いを想い合っていたのです。だから上手く力をコントロールできていました。

でもある日、陛下がエリザベートと騎士の仲を疑った。それから陛下からの愛情を受けることができなくなったエリザベートは、自分の寿命を削って国を守っていました。

…そして魔穴が開き、流行り病が国を襲った。

エリザベートは陛下に何も言わずに寿命を捧げ、病を消すことができたのです。





…どちらが悪いというものではありません。あなたにちゃんと想いを伝えていれば、彼女は死なずに済んだ。

それなのに自らそっちの道を選んだのです。


…私はエリザベートを助けてやれなかった。だからヴィクトリアこそは助けてあげたいと思います。」

そこまで言って陛下を見上げた。

「だから今回のヴィクトリアの縁談に生命の樹わたしは反対します。」


長い沈黙を破ったのは陛下だった。
信じられないのか、ただ衝撃的だったのか、頭を押さえている。

「………ああ。
話は分かった。

エリザベートの分もヴィクトリアには生きて欲しいのだ…

エリザベートには本当に悪いことをした。まだ小さかったヴィクトリアにも…

もっと母であるエリザベートと共に過ごしたかっただろうに…

ベンジャミン皇子には私から話すとしよう。」



頭を押さえながらも国王陛下は承諾してくれた為、俺はホッと胸をなで下ろす。

するとまたカミーリアは喋り出した。



「男という者はいつの時代も鈍く、愚かな物ですね。
…乙女の恋心など微塵も気付かない。」

小さい声なのに、よく聞こえるのは謁見の間が静かなせいだろうか。




「どういうことだ?」

「……ベンジャミンの言う皇女とはヴィクトリアのことではなく、妹のアイリーンのことです。」

「ベンジャミンの父である国王はベンジャミンにも王座に就いてほしい。
だからどちらが王座に就くか分からない為に、皇女という括りで縁談を持ちかけたのでしょう。

ベンジャミンと愛を育んでいるのはアイリーンです。本人に聞いてみれば分かることでしょうから後は陛下が動いてくださいませ。」

「っ。」
俺もシャノン卿も知らない事実。
それはカミーリアの口から語られた。


「ヴィクトリアはとても悲しんでおりました。アイリーンを愛するベンジャミン皇子と婚約すれば命を落とす、そして大切な妹から彼を奪う形になれば傷付けることになってしまう。しかし、父である国王陛下が考えたことならば否定はしたくない。

そう思って1人過ごしておりました。」


「…あぁ。何ということだ。

随分とヴィーを困らせてしまったようだな。妻のことも娘のことも何一つまともな判断ができていなかったとは…」


「…そんな事はありません。言わなければ分からないのです。だからみんな会話をし、理解しようと歩み寄る。
そしてそれは今からでも決して遅くはないのです。」


今からでも遅くはない。
まだ踏み出してしまったその足を戻し、正解へと歩き出す為の時間はまだある。


「ふっ。……そうだな。
…ありがとう、カミーリア。

あとはヴィーとも話がしたい。
散々悩ませてしまったが、
ヴィクトリアを想い人と結婚させてやりたいのだ。

妹のアイリーンがベンジャミン皇子と結婚が決まればヴィクトリアは後を継ぐ必要がなくなる。そうなれば想い人とも結婚させてやれるだろう。」



娘はどちらも可愛いのだろう。
父親の顔を見せる陛下にカミーリアは口を開いた。

「いい顔をしていらっしゃいます。
きっとエリザベートが見たら惚れ直すことでしょう。

…でもそろそろ時間のようですし、
ヴィクトリアの想い人のことは直接本人に聞かれるといいでしょう。

私の口から言えることではありません。」


そう言って目を閉じると膝の力が抜けたようで、すかさずリア様の前に入り込んだ俺は身体を支えた。

「…ゼノ?」
にっこりと笑い、無事に終えたことを頷いて伝えた。

「ヴィクトリア。」
「…はい。お父様。」

リア様にとって突然響いた国王陛下の声に、彼女はピクッと反応し、立ち上がって綺麗な礼をした。


「すまなかった。」

突然の陛下の謝罪にリア様は驚いているようだった。

「カミーリアに全て聞いた。
そして自分が愚かだと知ったよ。
きちんと話を聞くべきだった。
良かれと思ったことが裏目に出ていたようだ…

悩ませてしまって本当に悪かった。」

「そんなことないです。お父様は私のことをお父様なりにちゃんと考えてくれていました。
だから私も言えなかったのです。
申し訳ございません。」

リア様は胸に手を当て、王座へと座る陛下を見上げる。するとすぐに低い声が響いた。

「…では、仲直りとしようか。」
「はい。喜んで。」

にっこりと笑い合う2人は見ていて微笑ましかった。

良かった。これでヴィクトリア様の婚約は免れた。あとはリア様が想い人と結婚することができれば、彼女は幸せになることができるだろう。

俺の想いはしっかりと整理していかなければならない。結婚後も俺を騎士として傍に置いていてくれればいいが、夫となる者は俺を受け入れてくれないかもしれない。

自分の妻に熱い思いを抱く騎士を傍に置こうなど誰が考えるだろうか。

俺はその気持ちが消えたかのように隠さなければならなくなる。そうでなければ彼女の傍にいられなくなってしまう。

だったらそれまでに隠す術を身につけるまでだ。時間は必要にはなるが、どうにかやってみせる。俺はそんなことを考えた。


「…ところで。
ヴィクトリアの想い人とは誰だ?」

話が纏まり、安心していたが陛下の一言で俺は心臓を掴まれたように動けなくなった。

ついに俺の仕事が終わる。
必要とされなくなってしまうのだ。
聞きたくない。そう思った。


「っ!」

先程までの話を知らないリア様は明らかに動揺しているようだ。


「…言わなければ伝わらない。たった今カミーリアに教えてもらったのだ。」

「言わなければ。伝わらない…」

言われたことを確認するようにボソッと復唱したリア様を、陛下は優しい目で見つめていた。

「私の想い人は…

ゼノでございます。」

そう言って俺の方を振り返るリア様は顔を赤らめていた。

「えっ?」
今まで苦しかった胸の痛みが、別のものに変わった。何を言っているのだろうか。リア様の感情が俺と同じなわけはない。だって、

「ほう。ついこの間ヴィクトリアの専属騎士になったゼノ・ザッカリーか。」

「はい。
ですが、ゼノを好きになったのは10歳の時です。ずっと私はゼノに片想いしてきましたので…」

俺の知らない内にリア様は俺に恋をしていたらしい。

「私が10になる時、お母様は亡くなりました。そしてその日、ゼノと出会ったのです。

何もない高台で命を断とうとした私を助けてくれたのはゼノでございます。

それから私はずっとゼノを探しておりました。」

俺の知らない過去をリア様はゆっくりと話してくれた。

「長いこと苦しめてしまったお詫びとして、ヴィクトリアの想いを汲み取りたいのだが…。

ゼノ。お前はどうなのだ?」

急に話を振られ、俺はドキッとした。

「ぉ…私は、心からヴィクトリア様を愛しております。ですが私は貴族ではありませんので…」

王族と結婚するためには爵位がいるのだ。俺は隊長の座に就く時、爵位を受け取らなかった。

爵位を受ければ縁談が沢山くる。
それを避けたいという思いから、俺はそれを拒んでしまったのだ。だから俺は成り上がりの貴族ですらない。

「そんなもの必要ない。ヴィクトリアを心から愛しており、ヴィクトリアがゼノを愛していると言うのなら、私はどんな手を使ってでも結婚させてやりたいのだ。」

にっこりと笑うその姿は父親の顔だ。

「…ありがとうございます。」


騎士として側に居られるならそれで十分だと思っていたが、認められてしまえばやはり嬉しいものだった。

俺はリア様に笑いかけると、リア様は俺に抱きついた。

「ゼノ。…ありがとう。」
そう言って静かに涙を流していた。
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