人柱皇女はキスをねだる(R18)

彩葉ヨウ(いろはヨウ)

文字の大きさ
上 下
9 / 38

夜会の準備

しおりを挟む
今日は夜会が行われる為、急いで執務を片付けていた。いつもの挨拶もできないまま、夜会の準備も並行して行う。

俺は剣技場へ午前のうちに向かい、もうすぐ夕方になる今はリア様の部屋で書類を受け取るだけの手伝いをしていた。

「今日のドレスは如何致しましょうか。」
いつもはいない侍女も部屋に置かれ、書類を片付けながら髪をセットされていた。

「この間シャノンに選ばせたものにして。」
「かしこまりました。」

シャノン卿はここでも出てくるのかと思ったが、従兄弟ということは夜会慣れもしているだろうし、ドレスを選ばせるには適任かと納得した。


「ゼノ。きっと夜会ではバタバタして食べられないだろうから、今のうちに食べておくといいわよ。」

夜会にはあまり参加しない俺に、リア様が教えてくれた。

きっと専属騎士は常に側にいるから食べる時間など無いのだろう。

いつもは行儀が悪いと言われてしまうのだが、書類を見ながらリア様もポリポリとクラッカーをつまんでいた。

それだけで足りるのだろうか。そんな視線を送っていると、その視線に気付いたリア様が口を開いた。
「ゼノも食べる?」

そう言って1枚口元に運ばれ、それを受け取ろうとしたら怒られた。

「もう!口を開いて?手が汚れてしまうでしょう?」

自分の手は既にクラッカーを摘んでいたから良いのだろうか。俺は仕方なくそのまま口で受け取った。

ポリポリと音を鳴らして食べる。
言いにくいが素朴な味だなと言うのが感想だ。
「…。」
「美味しくはないかしら?」

困ったように言うリア様に、しまったと思って慌てて訂正した。

「いえ。ヴィクトリア様に頂いたものが美味しくない訳はありません。」

「ふふっ。いいのよ。少し物足りない味よね。いつもはソースを付けて食べるの。」

なんだ。と思って安心する。

「これが終わったらソースも用意させるわ。」

そう言ってまた書類に目を向け始めた。




「…んー。終わったわ。
思いの外早くできたわね。
ありがとう、ゼノ。」

リア様は書類を片し終えたテーブルにクラッカーとソースを用意させた。

侍女達はまた後で夜会の準備に来るそうなので、その間に軽食としてクラッカーを食べることにしたのだ。

「はい。ゼノ。」
ソースを付けたクラッカーを口元に運ばれ、俺は慌てた。

「っ。自分で食べられます。」
「さっきは食べてくれたじゃない。」
先程は仕方ないと思って食べたが今は違うというのに、拗ねてしまったリア様を前に俺は慌てた。

「~っ。」
惚れた方が負けだと思った。
そんな顔をされてしまったら食べるしかない。
俺はゆっくりと口を開いてリア様の手からクラッカーを食べた。

「ふふっ。嬉しいわ。」
リア様はそう言って俺の口についたソースを指で拭き、それを舐めた。

「~っ。」
ボッと顔が赤くなる。
それと同時にお腹がいっぱいだと思った。

「…ゼノ。私にも食べさせて頂戴?」
口を開いたリア様にゆっくりとクラッカーを運ぶ。

すると指が少し唇に触れた。
「っ。慣れないもので…すみません。」

そう言うとコンコンと扉がノックされた。
「ヴィクトリア様。夜会の準備に参りました。」

「…分かったわ。
ゼノも部屋で準備してきて頂戴。
準備が終わったらすぐに来てくれて構わないわ。」

「かしこまりました。ではまた後ほど。」
そう言って部屋を出ると、一気に緊張から解放されてしゃがみ込んだ。


どうしてあんなに平気なんだろうか。
俺はたかがクラッカーを食べるだけだというのに、どうしてこんなにもドキドキする必要があるんだと悔しくなる。

ドキドキとすることが疲れるのに、嫌じゃないという不思議な感情になった。

「…俺と同じ気持ちならいいのに。」
ボソッと呟いたその声は誰にも届くことなく廊下に消えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...