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人柱皇女
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「ゼノ・ザッカリー。
今回の討伐指揮。良くやってくれた。お主の力のおかげで、誰1人として命を落とすことなく帰還できたと聞いておる。
若いながらも国一の実力があることを認め、明日からお前を第一皇女であるヴィクトリア・フローレンスの専属騎士に任命する。」
「………は?」
王族や貴族が集まる討伐完遂式に隊長として出席した俺は、異例の辞令が言い渡されて困惑した。
会場から拍手が鳴り響く中、俺はつい先日の出来事を思い出す。
____________
「腰が引けてるぞ。もっと前姿勢でだ。」
「はい!隊長!」
「こっちを軸足にするんだ。」
「はい!」
王宮横にある軍施設。俺はそこの隊長を任せられているのだ。フロリアス剣技場では毎日のように騎士が訓練をしている。
国境沿いで魔物が出た為、討伐へと呼ばれた俺の隊は、それを終えて無事にいつもの訓練に戻っている。
騎士は国内の警備に当たる者、そして休暇を取る者、そして非常勤として訓練を行う者と3つに分けられ、そうやって回っている。
15で騎士となり、魔物の討伐やら他国の援軍要請に応えているうちに、戦場の 狼と呼ばれるようになった俺は、20で戦場から足を洗い、騎士を育てる地位についた。
それでもまだ22だ。
そんな若い俺に従うのが嫌だと言っていた隊員たちも、今では真面目に訓練に取り組んでくれるようになった為、やりがいがある。そして何よりも俺は騎士という仕事に誇りを持っているから、辞めたいとは1度も思ったことはない。
「ゼノ隊長。」
後ろから声をかけられて振り返る。
「…初めまして。私はシャノン・テオドールと申します。」
綺麗な金髪に整った身なり、そして腰に剣を挿す男は名乗った。
「…皇女様の専属騎士様が私に一体何の用でございましょうか。」
一応礼儀として笑い、にこやかに話す。
するとシャノン卿はすぐに口を開いた。
「ゼノ隊長の腕を見込んで皇女付きの職を受け継いでほしいのです。」
嘘くさい笑顔を浮かべる男は、胸ポケットから白い紙を出した。
「推薦状です。
私はあなたを皇女の専属騎士に推薦致しました。」
「……断る。
他にもなりたい奴は沢山いるでしょうから、他を当たってください。」
フロリアスの第一皇女であるヴィクトリア様はとても綺麗で優しい。
その為、専属騎士を目指して騎士になる者が後を絶たないのだ。
だが俺は専属騎士にはなれない。
いや、なりたくないのだ。
俺はひたすら剣を振るっている方が性に合う。
シャノン卿に断りを入れてすぐに足を動かした。
するとすぐシャノン卿が俺を止める為に前を塞いだ。
「それでは、
私に勝つことができれば
考えましょう。」
俺は少し考えはしたものの、仕方がないと、その要求を飲み、シャノン卿と手合わせをすることになった。
今日はわざと足場の悪い場所で訓練していた為、実戦に出たことのないシャノン卿には絶対的に不利だ。
俺は開始の合図が聞こえてからすぐに
流れるように腕を振りかざしてシャノン卿の手から木刀を叩き落とした。
「…さすがですね。」
相手にならない。その一言だった。
一応戦場からは遠ざかったものの、力は衰えていない。俺はそのまま修練へと戻った。
____________
あの時シャノン卿に勝ったはずなのに。そう思って完遂式後にシャノン卿の執務室を訪ねた。
コンコン。
「どうぞ。」
「失礼致します。ゼノでございます。」
「…っ。」
一礼して顔を上げるとそこにはシャノン卿だけでなくヴィクトリア皇女もいた。
「来るだろうと思っていたよ。」
シャノン卿はニッコリと笑っており、悪いとは微塵も思ってはいないようだ。
「…話が違うのではありませんか?私はお断りをしたはずです。勝負には勝ちました。」
「ああ。ゼノは勝負に勝った。だから皇女の騎士になって欲しいと強く思ったんだ。
それに、あの勝負の時、私が何と言ったか覚えていないかな?
考えると言ったのだからしっかりと考えたよ。」
最初からこうするつもりだったのだろう。そんな彼を前に、俺は眉間にシワを寄せた。
ピリピリとした雰囲気の中で口を開いたのはヴィクトリア様だった。
「え…っと。ゼノは私のことが嫌いなのかしら…?」
今にも泣きそうな顔でヴィクトリア様にそう言われれば、俺は少し心が痛んだ。
「そういうことではございません。
私は今の仕事が場気に入っており、辞めたくないのです。剣を振り、ただひたすら強さを求め、強い者を育てたい。
それに私は剣はできても執務はできません。」
つまり頭が悪いのだ。
「それなら問題はない。
ゼノはいつものように隊長として剣技場で訓練していて貰って構わないよ。
ただ、ヴィクトリア様が生命の樹へと行く際の護衛などをして欲しいだけなのです。」
「……それなら私である必要もないはずです。」
「いや。ゼノでなければならない。
ゼノはヴィクトリア様に強い忠誠心を持っていますよね?
ヴィクトリア様の美しさは他の者では返って危険なのです。」
言っている意味が分かるよな?と言うように強い視線を向けられた。
確かにヴィクトリア様は人気が高く、街を歩けば囲まれる。それを護衛するのだから強い者でなければならないのだ。
そして騎士の中にはヴィクトリア様を手に入れたいと思う者もいる。そういうことを心配しているのだろう。
「私からもお願いします。どうか私の騎士になってください…。」
うるうるとした目で近寄られれば、俺は後ずさった。
「っ。……分かりました。
ヴィクトリア様を助ける。
それ以外はいつものように騎士隊にいて宜しいのですよね?」
諦めるしかないと思って俺は大きなため息をついた。
「ありがとうございます!」
「っ!」
そう言ってヴィクトリア様に手を握られれば、俺は息が止まるようだった。
柔らかい彼女の手が俺の手を包む。
俺はその手を振り解くことも出来ずにただそれを見ているしかなかった。
俺は…
俺はヴィクトリア様に恋をしている。
だから専属騎士にはなりたくなかったのだ。
執務室にヴィクトリア様がいなければ、俺は彼女の騎士になることはなかっただろう。
今回の討伐指揮。良くやってくれた。お主の力のおかげで、誰1人として命を落とすことなく帰還できたと聞いておる。
若いながらも国一の実力があることを認め、明日からお前を第一皇女であるヴィクトリア・フローレンスの専属騎士に任命する。」
「………は?」
王族や貴族が集まる討伐完遂式に隊長として出席した俺は、異例の辞令が言い渡されて困惑した。
会場から拍手が鳴り響く中、俺はつい先日の出来事を思い出す。
____________
「腰が引けてるぞ。もっと前姿勢でだ。」
「はい!隊長!」
「こっちを軸足にするんだ。」
「はい!」
王宮横にある軍施設。俺はそこの隊長を任せられているのだ。フロリアス剣技場では毎日のように騎士が訓練をしている。
国境沿いで魔物が出た為、討伐へと呼ばれた俺の隊は、それを終えて無事にいつもの訓練に戻っている。
騎士は国内の警備に当たる者、そして休暇を取る者、そして非常勤として訓練を行う者と3つに分けられ、そうやって回っている。
15で騎士となり、魔物の討伐やら他国の援軍要請に応えているうちに、戦場の 狼と呼ばれるようになった俺は、20で戦場から足を洗い、騎士を育てる地位についた。
それでもまだ22だ。
そんな若い俺に従うのが嫌だと言っていた隊員たちも、今では真面目に訓練に取り組んでくれるようになった為、やりがいがある。そして何よりも俺は騎士という仕事に誇りを持っているから、辞めたいとは1度も思ったことはない。
「ゼノ隊長。」
後ろから声をかけられて振り返る。
「…初めまして。私はシャノン・テオドールと申します。」
綺麗な金髪に整った身なり、そして腰に剣を挿す男は名乗った。
「…皇女様の専属騎士様が私に一体何の用でございましょうか。」
一応礼儀として笑い、にこやかに話す。
するとシャノン卿はすぐに口を開いた。
「ゼノ隊長の腕を見込んで皇女付きの職を受け継いでほしいのです。」
嘘くさい笑顔を浮かべる男は、胸ポケットから白い紙を出した。
「推薦状です。
私はあなたを皇女の専属騎士に推薦致しました。」
「……断る。
他にもなりたい奴は沢山いるでしょうから、他を当たってください。」
フロリアスの第一皇女であるヴィクトリア様はとても綺麗で優しい。
その為、専属騎士を目指して騎士になる者が後を絶たないのだ。
だが俺は専属騎士にはなれない。
いや、なりたくないのだ。
俺はひたすら剣を振るっている方が性に合う。
シャノン卿に断りを入れてすぐに足を動かした。
するとすぐシャノン卿が俺を止める為に前を塞いだ。
「それでは、
私に勝つことができれば
考えましょう。」
俺は少し考えはしたものの、仕方がないと、その要求を飲み、シャノン卿と手合わせをすることになった。
今日はわざと足場の悪い場所で訓練していた為、実戦に出たことのないシャノン卿には絶対的に不利だ。
俺は開始の合図が聞こえてからすぐに
流れるように腕を振りかざしてシャノン卿の手から木刀を叩き落とした。
「…さすがですね。」
相手にならない。その一言だった。
一応戦場からは遠ざかったものの、力は衰えていない。俺はそのまま修練へと戻った。
____________
あの時シャノン卿に勝ったはずなのに。そう思って完遂式後にシャノン卿の執務室を訪ねた。
コンコン。
「どうぞ。」
「失礼致します。ゼノでございます。」
「…っ。」
一礼して顔を上げるとそこにはシャノン卿だけでなくヴィクトリア皇女もいた。
「来るだろうと思っていたよ。」
シャノン卿はニッコリと笑っており、悪いとは微塵も思ってはいないようだ。
「…話が違うのではありませんか?私はお断りをしたはずです。勝負には勝ちました。」
「ああ。ゼノは勝負に勝った。だから皇女の騎士になって欲しいと強く思ったんだ。
それに、あの勝負の時、私が何と言ったか覚えていないかな?
考えると言ったのだからしっかりと考えたよ。」
最初からこうするつもりだったのだろう。そんな彼を前に、俺は眉間にシワを寄せた。
ピリピリとした雰囲気の中で口を開いたのはヴィクトリア様だった。
「え…っと。ゼノは私のことが嫌いなのかしら…?」
今にも泣きそうな顔でヴィクトリア様にそう言われれば、俺は少し心が痛んだ。
「そういうことではございません。
私は今の仕事が場気に入っており、辞めたくないのです。剣を振り、ただひたすら強さを求め、強い者を育てたい。
それに私は剣はできても執務はできません。」
つまり頭が悪いのだ。
「それなら問題はない。
ゼノはいつものように隊長として剣技場で訓練していて貰って構わないよ。
ただ、ヴィクトリア様が生命の樹へと行く際の護衛などをして欲しいだけなのです。」
「……それなら私である必要もないはずです。」
「いや。ゼノでなければならない。
ゼノはヴィクトリア様に強い忠誠心を持っていますよね?
ヴィクトリア様の美しさは他の者では返って危険なのです。」
言っている意味が分かるよな?と言うように強い視線を向けられた。
確かにヴィクトリア様は人気が高く、街を歩けば囲まれる。それを護衛するのだから強い者でなければならないのだ。
そして騎士の中にはヴィクトリア様を手に入れたいと思う者もいる。そういうことを心配しているのだろう。
「私からもお願いします。どうか私の騎士になってください…。」
うるうるとした目で近寄られれば、俺は後ずさった。
「っ。……分かりました。
ヴィクトリア様を助ける。
それ以外はいつものように騎士隊にいて宜しいのですよね?」
諦めるしかないと思って俺は大きなため息をついた。
「ありがとうございます!」
「っ!」
そう言ってヴィクトリア様に手を握られれば、俺は息が止まるようだった。
柔らかい彼女の手が俺の手を包む。
俺はその手を振り解くことも出来ずにただそれを見ているしかなかった。
俺は…
俺はヴィクトリア様に恋をしている。
だから専属騎士にはなりたくなかったのだ。
執務室にヴィクトリア様がいなければ、俺は彼女の騎士になることはなかっただろう。
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