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目覚め④

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グリニエル目線







あまり良い気分はしない。
目覚めた時からそうだった。


歩けるからと、兄であるブルレギアスの元へといき、経緯を聞くと、自分では信じられないことばかり。





さらには自分の愛したという娘を前にしても、私の気持ちは高ぶりはしなかった。



その娘がまさに今しがた、壇上に立ち、シャンパンゴールドの髪を煌めかせながら皆の前に立った時は、さらに苦しかった。



嫌いなわけではない。
むしろ綺麗すぎて見惚れるほどのその髪をみて、なぜか、ただ嫌だと思った。





まるで、自分だけが知っていた秘密をみんなにバラされてしまった…そんな気持ちだ。




なぜこんな子どもみたいな気持ちになるのだろうか。


しかし、今の私にはその気持ちの原因がわからない。









そんなことを考えているうちに式典は終わりを迎え、急にその娘が叫んだ。






















「…っグリニエル様!伏せて!」



「っ⁈」



そう聞こえると同時に私の体は反応し、その場にいたままにしゃがみ込む。

その者を確認しようと少し顔を上げると、その者との間に立つのは、先程まで私が目を奪われていたエミレィナだった。



彼女がクルリと身を翻して回し蹴りをすると、そのドレスが舞う。



そのドレスは重そうであるというのに、動きやすく作られていたらしく、しっかりと広がったその隙間から、白く滑らかで艶やかな線が見えた。












「っ!」













それからは余計にうごけなくなった。





「……。」




ただ呆然と佇み、彼女が応戦するその様子を後ろから見ているだけだった。






「…っ。」



今のは何だったのだろうか。


一瞬の出来事だったはずなのに、何度もフラッシュバックするその光景。


それを何度も頭の中で再生すると、ずきんと頭が鈍く痛んだ。



その痛みに耐えるように頭を押さえ、私はそのまましゃがんだままにいた。








前に1度見たことがあったような気がしてならない。



もう一度見たい。




できることなら触れてみたい。









しゃがんでいる間、そんな欲望に駆られた。






するとパンっという音を立て、拳を受けた彼女の声が私の耳にも届いた。


「…レヴィ……?」







仮面を取ったその男は、エミレィナと同じく綺麗な髪を揺らし、眉を下げながらも優しく笑う。




どうやら親しい仲のよう。
見ているだけでそれが分かった。



そうして一言二言話す間に、エミレィナはあっという間に連れ攫われ、私が礼をする間も無く彼女は貴族に囲われた。



私はそれを遠目で見るしかなかった。






















「…随分とぼんやりしているな。」










「………ケインシュアか。」



やっと立ち上がった私の隣に立ったのは、勇者であるケインシュアという男だ。




馴れ馴れしいとは思うが、きっと以前からこういうふうに話ていたのだろう。

違和感は感じられない。





「慣れないな…。まあ、いい。
…何か思い出したか?」

「…………いや…。」



「そうか。…我ながらいい案を出したと思ったんだがな…。」



「…。」



ケインシュアは私の側近ではない。
兄であるブルレギアスの右腕だ。


しかし、私には随分と大きな能力があり、私の能力を制御させることができるのもこと男のみだということから、兄が正式に国王となるまでは、両方に力を貸すという位置にいるらしい。

そして何年か前まで私とケインシュアは共に魔物退治へと出ていたと聞いた。

ケインシュアと私は長い時間を共に過ごしてきたのだろう。

一緒にいても嫌悪感はない。



そんな彼は彼女の上司に当たるらしく、エミレィナのことを良く知っている。

だから、私は、ケインシュアに問うた。








「エミレィナを連れて行ったのは…?」


エミレィナのことを話したからか一瞬驚いた顔をした彼だったが、当たり前のように答えてくれた。




「…エミリーの従兄だ。
レヴィ・ヴィサレンス。ヴィサレンス国の王族であり、外交官のトップに立つ者だ。」



「外交官…。」


「お前が目を覚さない時のためにブルレギアスが呼んでおいたんだ。
そのおかげでお前はこうやって自由にいられている。感謝するんだな…。」


「ああ…。そうだよな…。」





あの男がエミレィナを連れて中央へと行ったおかげで、私は貴族達に囲われることなく、こうやって呑気に雑談できている。


それは理解しているが、なんだかモヤモヤとした。

「なんだ?エミリーを連れて行かれて不貞腐れているのか?」


「…っ。」


小馬鹿にしたように笑うケインシュアに、私は何も言い返せなかった。




「そ、そうではないが…。
なんだかよく分からない。
…根拠はないが、私のところにいてくれるような気がしていたんだ…。」







約束してたわけではない。
だからちかくにいることなど断言できないのに、彼女ならいてくれるかもしれない、とどこかで思っていた。

それなのに、彼女は手を引かれ、そのまま歩いて行ってしまった。








「ほぅ…。
それは……まあ、無理だろうな…。」



「っ…」




「エミリーに、お前を見ていると苦しいと言ったんだろ?
なら、お前を第一に考えるあいつが、お前のそばにいようと考えるはずがない。」


「っ…。」



ぐうの音も出ない。
ケインシュアは正しい。
しかし、本当にエミレィナを見ていると苦しいのだ。



恋心とは…違う。確かにそう思う。











「…人を愛するのは楽しい気持ちやドキドキするものだけじゃない。
気持ちが伝わらなければ悲しくなり、そばにいれなければ辛くなる。」




「…何の話だ…?」



「お前の想像と現実は違うということだ。」



「…想像と現実?」




「ついでに理想と現実もだいぶ違うがな。」



「は?」






「あいつは鈍く、鈍感で、お前のアピールをとことん交わしてきた強者だ。
お前の理想のように、気持ちを雰囲気だけで汲み取れるような勘のいいやつじゃない。」



「…私が、アピールを…?
やはり私は彼女に心惹かれていたのか…?」




「ああ。誰が見てもそうだろうと思うほどにな。」



「っ。そんなに、か…?
だが、なぜ私の鼓動は早くなったりはしない。」




恋をすれば鼓動が速くなり、ドキドキと胸が波打つ感覚に陥る。

それくらいは記憶がなくとも知っていた。




「お前達は兄妹として育ち、互いに支え合ってきた。穏やかに愛していてもおかしくはないだろう。
それに、鼓動が早いのは日常的にとも限らない。
何かがあったときだけ…ということもある。」




「っ…。」









チラッと彼女をみると、エミレィナは既に貴族の大群から抜け出し、先程のレヴィと楽しそうに踊っていた。



「…それでも、私は覚えていない偽りの状態で彼女の手を取りたくない。」



「それで構わないさ。
あいつは待つだろう。いつまでだって…。
だが、周りがそうとは限らない。
あいつは同盟のためにこちらの国に移住することとなったんだ。いつまでも独り身でいさせることはできない。」



「っ。」



「あいつが婚約、そして結婚した後にお前の記憶が戻っても、手遅れならばどうすることもできないんだ。」




「…だって…どうすれば…。」





記憶がないのに彼女と恋人になることはできない。

それは真摯に向き合う彼女に失礼だと思うからだ。




それならば私に出来ることは。と考えると、難しいものだった。






「…お前なりに、エミリーと向き合えばいいんじゃないか?」




「…私なりに…?向き合う…?」




「記憶が戻らなくとも惹かれ合えばそれでいいだろう。
もし、一緒に過ごして何も感じず、思い出すこともないというのであれば、あいつを諦めてやれ。
そしてそのためにお前は出来る限りの努力をしろ。
それが記憶を無くしたお前に出来ることじゃないのか。」




「わたしにできること…。か。」




するとそこまできてレヴィがこちらをやたら見てくることに気が付いた。


「どうやら、次を探しているらしい。
行ってくるから、お前は待っていろ。」



余裕そうに踊りながら、彼女の手と腰元をキュッと力を入れ直すその動作に、私の何かがプツンと切れたような気がした。













「……いや、私が行く。」


彼を制し、そのまままっすぐ歩き出す。


「……そうか。
エミリーを頼んだ。」




私を押す言葉を背中で受け、私はレヴィから一度離れたエミレィナがまた抱きしめられた時、その手を取った。
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