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婚約祝い②

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それから私は、呼び出されることもなく、報告書の整理やら街の散策やらで丸一日が経ち、レオと約束した通りにルピエパールにいた。


まあ、約束がなくとも、私の卒店記念として店が開かれている為、出勤厳守。

私は、いつもの通りにベールを被り、店内の真ん中に鎮座していた。


いつもさながらのスリット入りのドレスで足を組んでいるだけで、酒のつまみとなる。
そんな仕事ももうすぐ終わりだ。

最初の頃より、随分と脚を出すことにも慣れた。



そう考えると、自分の羞恥心がいくらか欠乏したのではないかとも思えてしまう。



まあ、それはさておき、もうすぐ閉店となるという頃、レオが店内に入ってきたのが見えた。



彼は相変わらず気怠げな感じに店内をキョロキョロとしている。



彼がいた頃とは店内の様子も多少は変わった。それが新鮮なのかもしれない。




そんな彼を見ていると、こちらに気付いたのが伺えた。




視線はこちらを向きはしないが、鼻筋を撫でたところを見ると、私の姿がわかったと言うことだろう。

そうおもっていると、いつものように幕引きの知らせが降り、客たちは各々、支払いを終えて店から出ていく。





それと同時に店内の者はいつものように客の1人を連れて奥へと消えていくのだ。






いつもならそれを見届けるだけの私も、今日はレオを案内する。


「…ギリギリで悪かったな。」

「間に合ったのだから大丈夫よ。」

私の元に来たレオにそう告げると、彼は安心しているように笑い、手を出してきた。





「馬子にも衣装だな。」

「…ぶっ叩くわよ?」

悪態をつく彼のエスコートを受け、奥へと進むと、常連客と部屋に入っていくムーの姿と新客を連れたシェリーが廊下を歩くところに出くわした。


「…あの人は変わらず…か。」

「…。」


…とはシェリーのことだ。
取っ替え引っ替え客を中へと誘うのは、その日、1番お金を持っている人を見定めてのこと。

だから彼女はこの店1番の売り上げを上げることに貢献することができている。




裏での客引きはその者の利益に直結するのだが、それほどシェリーはお金に苦労している。






4年で変われるようなものではないほどに。






だから私は彼女のその行動を咎めることもできないし、止めることもできない。
そしてそれは私だけではないのだ。




「なんで隊長はまだ燻ってんだ…」


「……そう簡単に解決できないのよ。」




「金なら隊長がどうとでもできるだろ。」


「…。」



そういう問題でもない。

経営の苦しい孤児院。
そこの経営をしているのがシェリーだ。
父はなく、母と2人、身寄りのない子どもたちの世話をするには、国からの補助では足りない。

それは孤児院に許されている定員を越えているから。
しかし、次々に助けの必要とする子を放っておくことのできない彼女は、こうやってお金を稼いで資金に当てているのだ。



初めはこんな客引きなんてせず、ただ人と話して、楽しく稼ぐ。それだけだった。


しかし、彼女を気に入った貴族が彼女に追加の金貨を渡した時、彼女は道を新たにしてしまったのだ。






「好きな女が体を張るとこなんて耐えられないだろう…。」


「…それしか方法がないのよ…。
それに、隊長はいつ助けを呼ばれても駆け付けられるように、自分が側にいる時しか店を開けないのよ。」


しかし、シェリーがそれを使ったことはない。いつも事後に隊長から薬を貰うのだが、その2人の姿は見ていられないほどの辛い空気が漂う。




「…想い合っていても手を取れないこともあるんだな。」

「…………そう、ね…。」




シェリーを見送り、私も部屋の前に着く。


「はー。暫く羽を伸ばすことはできなそうだから、今日はめいいっぱい楽しませてもらうぜ。
…朝まで寝かせねえからな。」




「ふふっ。」


この人はザル。
私は酔いやすい為、あまり飲まないが、レオと隊長は本当に朝まで飲むつもりなのだろう。

私はお酒には手をつけず、朝まで付き合ってやろうと思ってドアノブへと手をかけた。


パシッ。




私のドアノブに掛ける手に重なる手、
それはレオのものではない。


「ぐっ…っ。え、エルさん!」


驚きのあまり、名を口にしようとして訂正した。

その人は、昨日のように慌てて駆けつけたかのように息をあげている。



「あれ?どうしてここにいるんすか?
エミリーのところに向かうって…」


「エミリーは家にいなかった。
ケインのところかと思ってここまで来たんだが、レオッツォ…お前はここで何をしているんだ。」


グリニエル様はなんだか怒っているかのように低い声でレオに聞く。



「何って…。俺の婚約祝いをしてもらいに…」


「婚約祝いでここに来るのか!
しかも相手がレィナだと?
…それは私が許さない。」



グリニエル様が顔を上げ、グッと音が鳴るかのように眉を顰めると、レオはキョトンとしていた。



「ふふ…クッ…ハハッ。
あー。そう言うことですか。
レィナはあなたのお気に入りということか。」


「…っ。」


「エミリーを探しに行って、ここに来たらレィナの卒店だと知って入ってみたものの、レィナが奥に入ったから慌てて止めに来た…ということっすかね。」


「…。」


「まあ、エミリーは今日、街の奥様の家に泊めてもらうって言ってたから、気にしなくて良いとして。
…俺はレィナと友達なんです。
だから、今日はレィナと隊長に婚約を祝ってもらおうとここにいるんですが…。」



「っ…そ、…そうか…。
なら…いいんだ。」



ひとまず、私のアリバイはレオが機転を利かせてくれたおかげでどうにかなり、グリニエル様の勘違いもどうやら解けたらしい。



「貴殿こそ、ここに来ていること、バレたらまずいのではないのですか?」


「っ。そ、そんなことはない。
私はただ、彼女に相談に乗ってもらっているだけだ!」


「…。」


レオはグリニエル様と私が裏での関係を持っていると思ったらしく、そのことが恋人にバレたらまずいのではないかと突っついていたが、相談という言葉に反応し、目をパチパチとさせていた。




「え?こいつに…?
まさか恋愛相談じゃ?」


「っ。だったらなんだ。」



「プッ…ハハッ。
はー…そうですか。
あー、それじゃ、俺は席を外します。」


「え?」


「早く貴殿が収まれば、エミリーも安心するだろうし、気の済むまでレィナに相談なりするといいっすよ。
俺はレィナの気持ちだけ受け取っておきます。」


「なっ…。」


「レィナ。この人のこと、頼んでいいか?」


「あ…うん。大丈夫よ。
レオ…。婚約、おめでとう。」


「ああ。ありがとな。」



レオは私がグリニエル様を優先することを分かってくれている。だから場を去ってくれたのだろう。

参加はできないが、私の用意した酒を存分に煽ってもらいたい。そう思った。

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