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足湯②
しおりを挟む「…危ないよ。」
力強く腕を引かれた私は、そのままレヴィの胸へと額をぶつけた。
「ごめんなさい。ありがとう。」
道に慣れているわけでもないのに、周りをキョロキョロと見渡していた私は、危うく木にぶつかるところだった。
それをレヴィが腕を引いてくれたことで、避けることができた。
「ここは王族専用の温泉へ続く裏道なの。
一応私もレヴィも顔が知られているから街にある足湯へは行けなくて…
身を隠すために木々が生い茂っているのよ。根や枝には気をつけて頂戴。」
「ええ。分かりましたわ。」
私はそのままレヴィの手を借り、歩き出す。
すると彼のエスコートはなんだか前よりももっと歩きやすいものになっていた。
「エミリー。着いたわよ!」
後ろを振り返ったセレイン様はニッコリとして私に手招きをする。
そうして広い場所に出て見た景色は、想像していたものより凄かった。
「わぁ。素敵な場所ですね。」
坂道を登ってきた私たちが着いたのは、少し拓けた場所で、そこには1つの建物と、その傍には木枠で覆われた湯船のようなもの、そしてベンチ椅子があった。
木枠で覆われた場所は湯気が立ち、いかにも温かそうだ。
「ここが王族専用の温泉よ。
サクリ国と違ってあちこちに温泉があるわけではないから、ここが国で唯一の温泉なの。
国民はここのお湯を流し渡した場所にある公共用の足湯しか用意されていないから、全身浸かれるのはここだけよ。
まあ、今日は足湯だけだけど、気になるなら今度また来るといいわね。」
温泉。
それはバスタブに張るお湯とは何が違うのだろうか。
外から見ただけでは特に変わりはなく、鼻に残るような香りもない。
「まあ、入ってみれば分かるわ。
ベンチに座って木枠のお湯に足を入れるのよ。」
セレイン様はグリニエル様を隣に座らせ、浴衣を擦り上げる。
そうしてチャポンと音を立てながら足を入れると、ふくらはぎまでお湯で覆われた。
「はぁー。歩いたから気持ちがいいわ。
グリニエル様もやってみてくださいませ。」
「…ええ、そうですね。」
グリニエル様はセレイン様の脚を隣から見ているように思える。
そんな彼は乾いた返事をしつつ、足湯へと浸かった。
彼はどんな足でも構わないのだろうか。
ジッと彼女の脚を見ている。
それを私は少しモヤモヤした気持ちで見ているのは何故だろう。
「おお、意外と気持ちがいいものですね。」
「そうでしょう。
グリニエル様と一緒に入りたかったのです。
ゆっくりしていきましょう!」
楽しそうにする2人の隣にあるベンチ椅子に移動すると、レヴィが私の顔を覗き込んだ。
「…危ないものではないから、安心して入るといい。」
レヴィは先に足湯へと入り、私が入るのを手を差し伸べて待っている。
「…っ。」
ここに入る正解の方法とは何だろうか。
先程セレイン様はどうしていたか、そう考えながら浴衣を少し持ち上げる。
そっと足を浸した私は、ゆっくりと足を入れ、また浴衣を持ち上げ、また少し足を進める。それを地面に足がつくまで、何度も繰り返した。
そうすれば、セレイン様と似たような感じに足を入れることができた…と思う。
しかしそれはグリニエルからみれば、何とも言えない仕草で、見えそうで見えない足のラインが彼の心を擽っているとは知らない。
尚且つ失敗しないようにと恥ずかしそうに、かつ一生懸命になる姿は、彼からすれば堪らないもののようだ。
「…温かい。」
苦戦し終えた私はベンチに腰掛け、その温かさを堪能する。
「ここの温泉は疲労回復にいいんだ。
足の疲れが取れていくだろう。」
「ええ。なんだかどんどん足が軽くなっていくようだわ。それに、足だけ浸けているのに、全身がポカポカするわね。」
「ああ。足の血流が良くなるから、全身が温かくなるんだ。睡眠にもいいから、今日はグッスリ眠れるだろう。」
私とレヴィはたわいも無い会話をしていると、セレイン様が口を開いた。
「あのレヴィがここまで心を開くなんて思いもしなかったわ。随分と仲良くなったのね。」
グリニエル様の陰に隠れていた彼女は、少し身体を反らし、私たちの方を見てそう言う。
「ええ。毎日一緒に過ごしていますから…。」
「っ。」
「まぁ!そうなんですの。
あらあら、素敵じゃない。
2人が結婚したら私はエミリーの本当の意味で姉になるのね。」
ニコニコと笑っているが、なんだか少し怖い。私がレヴィを狙っていると思って警戒でもされているのだろうか。
「セレイン。彼女に失礼だ。謝れ。」
「なんでですの?仲が良いことはいいことよ。
…ああ、そうね。レヴィみたいな落ちこぼれとそんな仲になるなんてエミリーは望まないわね。
ごめんなさい、エミリー。」
白々しい演技を見ているようだ。
彼女はとてもトゲのある言葉でレヴィを突く。
「…。」
レヴィは何も言い返さない。
私はそれがどうしても耐えられなかった。
「セレイン従姉様。」
「なあに、エミリー。」
「お言葉ですが、レヴィは私よりも優れております。レヴィが落ちこぼれであれば、私はどうなりましょう…。
悲しくなりますので、どうかそんなこと言わないで欲しいのです。」
怒ってはいるが感情を出さず、ただ真っ直ぐにセレイン様へと告げると、彼女は少し顔を赤らめていた。
「…っ。さ、さあ、そろそろ城に戻りましょう。夕暮れになるともっと冷え込んでしまうわ。」
セレイン様は立ち上がり、バシャバシャと音を立てて向きを変えると、下駄を脱いだ近くで足湯から出る。
「あ、セレイン嬢。私が拭いて差し上げます。」
急いで上がったセレイン様にグリニエル様が声をかけ、持ってきていたタオルで足を拭いてやる。
「グ、グリニエル様っ…あ、ありがとうございます。」
「いえ、女性にさせるわけにはいきませんからね。」
そこで気づいた。グリニエル様は妹の私にだけでなく、女性に優しいのだと。
それは、どうして今まで気付かなかったのかと聞かれれば、彼が女性といるところなど見たことがないから。としか言いようがない。
「っ…。」
切ない。
そんな気持ちで彼らを見ていると、レヴィが声を掛けてきた。
「…私たちも出ようか。
足を拭いてあげるよ。」
彼は既に足湯から出ており、手元には私が履いていた下駄もある。どうやら座ったままさせてくれるようだ。
浴衣や下駄に慣れていない私を気遣ってそうしてくれたのだろう。
そうして私は素直に足を差し出した。
そういえば、このアングルは1度見たことがある。
いつだったかと記憶を遡ると、ルピエパールに殿下が来たとき、私の脚を見たいと言ってそうさせられたことを思い出す。
「っ。」
それを思い出した途端。
カァァっと顔が赤くなるのが分かった。
今までに経験したことのないほどに顔が熱くなっている。
あんなに恥ずかしかったのに、あの時は気持ちいいとさえ思っていた。思い出さなければよかったと後悔する。
そんなことを考えていることがバレないように、私は平静を装いながらレヴィを見た。
「っ。エミ…」
「エミリー。私がしてやろう。」
「っ!」
レヴィの言葉を遮ったのはグリニエル様だ。
セレイン様の足をタオルで拭きながら、私に声を掛けてきた。
「…ぁ。だ、大丈夫です。レヴィにしてもらいますから。」
先程まで考えていたのはグリニエル様のこと。それなのに彼があの時のように目の前に跪いたら、私はもっと赤面する自信がある。
だから彼の申し出を断った。
「だ、だがな、エミリー。」
「大丈夫です。グリニエル様はセレイン従姉様を頼みますわ。」
「…っ。あ、ああ。」
いつもなら折れるはずの私が折れなかったことで、グリニエル様は諦めてくれたようだ。
そうして、変える準備を整えた私達は、元来た道を戻る。
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