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オークション1
しおりを挟む「エミリー。無茶はするな。いいね?」
私は今、オークションが開かれるというバーバランサ邸に潜り込み、やり取りを思い返していた。
今日の相手は上級貴族がほとんどで、護衛にも力が入れてある。
殿下は招待客として護衛に隊長を連れ、私はクローヴィスのエスコートで2組に分かれた状態で潜入する。
そして私は屋根裏から囚われている者に紛れ、主催者がオークション開催を取りやめて逃げたとしても尻尾を掴めるようにするいう作戦を思い返していた。
「エミリー。私はここから上に向かいますね。」
パーティー会場へと上手く入り込んだ私とクローヴィスは、人目につかない隅へと向かうと、別々の行動に出るために最後の確認をとる。
「ええ。分かったわ。私は囚われている人を探して紛れるから、悪いけど上から様子見を宜しくね。」
「ええ。もちろん。殿下からも耳にタコができるほど言われているからね。」
クローヴィスは殿下から私の近辺にも気を配れと言われたのだろう。つい先日、失態を晒した私は、そのことに文句を言える立場ではない。
でもこの役目を無事に終えれば、また以前のように自由に動かせてほしいと殿下に申し出ようと思った。
「それじゃ、また後で。…気を付けてね。」
「ええ。エミリーも気をつけてくださいよ。」
彼の言葉を最後に、私たちは各々動き出す。
私は今日ネイビー色のストレートドレスを着ており、ボリュームがないため、薄暗いことも相まって、少しの物陰にもすんなりと隠れることができる。
いくつかの扉を開け、いろんな場所を歩く。
途中で話しかけられた時は焦りはしたものの、ちょうどその近くに化粧室があったことで回避することができた。
どこを探しても一向に見つけることができず、どうしようかと思い始めた頃、天井裏にいるクローヴィスから指示が降ってきた。
コン。コンコン。コココン。
…まっすぐ。2つ目の角を左。ね。
私を連れて行こうとする場所はきっと目的の場所だろうと、すぐに動き出す。
人目につかないようにするためか、目的の場所には警備もおらず、無用心にも鍵すらかけられてはいなかった。
私は周りを確認した後、ハンカチでドアノブを覆って開けた。
ただ真っ暗な部屋。それなのにカーテンのようなもので仕切られた向こう側からは光が漏れていた。
音を立てず、ゆっくりと足を踏み出し、その光へと近づくと、足先に何かが触れたような気がしてしゃがみ込む。
「…猫?」
ぐったりとなったそれはシルバー色をした猫だった。全身に怪我を負っているこの子は、心拍はあるものの、気絶しているようだ。
珍しい毛色からして、オークションに出されるはずだったのだろう。そして何かがあってこんなにもボロボロになったのだと推測できた。
「__1人でも逃げ出せばあの猫みたいに痛めつけられてしまうのかしら。あの猫が他の動物だけ逃したと知ったときの男の顔見まして…?」
「ええ…。あの猫をボロボロになるまで私達の前で痛ぶったのはきっと、私たちに警告をするためだったのよ…。」
「多少、傷物になろうが構わないと言ってたものね。」
「__でもこのままじゃ…。私たちは誰かに買われてしまうのよ。どんな扱いをされるかもわからないのに、こんなところにいられないわ。」
「だからってどうやって逃げ出すの。
誰かに見られたら連れ戻されてしまうのよ。」
向こうの部屋からは、逃げるか否か、という話をしているのだが、雰囲気的に誰も逃げ切る自信は無いようだ。
私としても、彼女たちに逃げられては
主催者を捕まえることができなくなってしまうため、申し訳ないがそのまま逃げないでいてほしいと思った。
腕に抱えた猫はきっと同類の動物達を逃す為に動き、こうなってしまったのだろう。
その姿に胸を打たれた私は、ハンカチで怪我を覆い、後で助けてやれるようにと見えない場所に移動させてやった。
「大丈夫。必ず助けてあげるからね。
頑張るのよ。」
そう言って猫の頭を撫で、額にキスをしてやる。
うっすらと瞳が開いたようにも見えたが、あまりにも一瞬のことだった為、判断が難しい。私はそのまま微笑み、隣の部屋を確認する。
すると、女性が7人。拘束もされずにただ座らせられているだけだったり
きっと誰も逃げ出すわけがないと思われているのだろう。貴族令嬢がそんな危ないことはしない。
ゆっくりと部屋の物陰に隠れ、移動しながら
彼女達の中に紛れる方法を考える。
この中に紛れるには人数が少な過ぎる。
そして、誰かと入れ替わるにも、入れ替わった後の令嬢をどう逃せばいいかが分からないのだ。
クローヴィスに頼もうにも、我先にと令嬢達が騒げば、誰かが来てしまうかもしれない。
そして、潜入騎士だと公言すれば、仕事がしにくくなってしまうのだ。
それはできるなら避けなければならない。
そう思った。
そうこう考えていると、随分とこじんまりとした扉の元についた。
隣の部屋は衣装部屋か侍女の部屋だろうか。
先程の場所からは見えない位置にあった為、気付かなかった。
すると、その扉から話し声が漏れていると思い、耳をくっつけて中の様子を伺った。
先程の令嬢達の様子から察するに、ここの部屋にいるのは同じく囚われている人だろう。
そうでなければあんな逃げる話を大っぴらに話すことはしないだろう。
それか、そもそもこの扉の存在を知らないか、だ。
その会話を聞き取ると、私はすぐにその扉に手をかけ、ゆっくりと開け入った。
「っ!」
突然扉が開いたことに驚いた者たちは、私の方を振り返っている。
無理もない。それは中にいる彼らが、囚われた女性を助け出し、見つかる前に逃げるということを計画していたからだ。
私はそれを聞いてすぐに部屋に入ったが、まさか真っ正面に出てしまうとは思っておらず、少し驚いてしまった。
私はすぐに胸に手を当て、騎士の礼を見せたあと、口を開いた。
「驚かせて申し訳ありません。私は今ここの支配人を捕らえようとしている者です。
できることならオークションが始まるまではじっとしていただきたく…っ。」
敵ではない。協力してほしいことを伝えようとしたのだが、目の前にいるものは素直に手を貸してはくれないようだった。
「…薄金髪…っ。」
目の前にいる男2人、そして檻に囚われている女性はみんなその髪色をしていた。
「………ヴィサレンスの方とお見受けいたします。」
「ああ。そうだ。私の連れが拐われ、ここに連れてこられた。だから助けに来たんだ。」
まずい。ヴィサレンスは聖女の国。魔法を得意とする者ばかりで、戦えばジョルジュワーンと相打ちになるのではと言われるほどに強い者ばかりだ。そんな国の者を拐い、そしてオークションに売ろうとしていたなど、外交問題に関わる。
「この度はジョルジュワーンのものが低俗な行いをしましたこと。深くお詫び致します。申し訳ありません。」
今にも掴みかかってくるのではないかと思うほど、男は怒っているようだ。
「ああ。全くだ。早く彼女をここから出せ。そして主催者を消しに行く。」
「ま、待ってください。今ジョルジュワーンの騎士がここの主催者を捕らえに来ております。オークションが実際に行われなければ捕まえられない。ですからオークションが始まるまではお手伝い願えませんでしょうか。」
「…無礼だぞ。私たちがお前たちに手を貸す理由などない。己の国のことは己の国だけで済ませるべきだと思わないか?
こちらは被害者だ。一刻も早く過ちを後悔させ、この世から消してやらなければ気が済まないのだ。」
「っ…。」
それはそうだ。彼らは被害者であり、とんでもなく腹を立てていることだろう。
「分かりました。申し訳ありませんでした。」
「分かれば良い。」
しかし、どうして彼らはモタモタとこんな場所にいるのだろうか。さっさと彼女を助け出してあげればいいのに。そう思っていると、あることに気づいた。
「まさか…無鉱石の檻、ですか?」
無鉱石。それは魔法の類の効かない鉱物だ。
それで作られた檻は頑丈で、魔力が強ければ強いほど、その者は力が抜けてしまうという厄介なもので、中にいる女性は、横たわっている。
「こんなもの。よく用意していたよ。こんなものがなければ私たちはすでにここを後にしているんだからな。」
彼らは魔力の強いものばかりなのだろう。
これをどうすることもできずに時間を割いたのだと分かった。
「…私が鍵を開けます。ですからどうか、今回の件はジョルジュワーンに任せていただけませんでしょうか。」
「主催者に手を出すなと言うことか?」
「…はい。お怒りはごもっともでございます。しかし、まだオークションの元手が今日の者だけという根拠がありません。
もしかしたらまた同じ目に合う方が出てくるかもしれない。
そうならない為にも、私たちは奴らを捕らえ、情報を吐かせる必要があるのです。」
「……いいだろう。しかしこれが開けられればの話だ。魔法は効かない。触れれば力が入れない。鍵がなければ開かないこんな代物をどうするというのだ。」
「解錠します。」
私は髪留めにしていたピンを伸ばし、彼らの間をすり抜ける。そうしてそこに膝をついてから、振り返った。
「ここから出ましたら、誰の目にも触れず、ここを後にしてくださいますでしょうか。オークションを無事に開催させる為に、私が彼女の身代わりとしてここに入ります。」
「何を言ってる。この檻は魔法が効かないといっただろう。魔法で髪色を変えることすらできない。君が私の妹の身代わりになるなど、無理もいいところだ。」
「…。では始めます。」
彼が私を止めるのは、私に身代わりができることではないとおもっているからだ。
別に私の身を案じているわけではない。
私がその檻に触れると、簡易魔法は解け、私の髪は本来の色へと戻った。
「っ!シャンパンゴールド…。」
その場にいた全ての者が驚きを示したが、私はそのまま鍵穴をいじり始めた。
「君はヴィサレンスの者なのか?」
先ほどまでとは打って変わり、口調の優しくなった彼は私に問いかける。
「いいえ。私はジョルジュワーンの者です。母がヴィサレンスの出身ではあるようですが…。父は違うと聞いております。」
「母君?父親はヴィサレンスの者ではないのか?
あり得ない。だったらどうして…。」
男がなぜか驚いているようだ。
ヴィサレンスでは他国に渡ることは別に珍しいことではないと思ってはいたが、違っただろうか。
そう思ったが、口に出す前に鍵がカチャリと音を立てたことで、檻が空いたのかわかった。
「開きました。」
私がそう言って檻から少し離れたが、男たちは魔力が多いからなのか、その檻に足を踏み入れようとはしなかった。
「…。申し訳ありません。触れますね。」
他国の人間に触れられたくないという者は意外といる。できることなら私じゃない方がいいのではないかとも思ったが、そうも言っていられないので、仕方なく彼女の腕を自身の首に回し、担いで外に出た。
「っ…ありがとう。」
先ほどまでぐったりしていて顔が見えなかったが、その女性はとても可愛らしい顔をしていた。
「いえ。気分は悪くありませんか?
此度はお辛い目に合わせてしまい、本当に申し訳ありません。」
彼女は長くそれに入っていたからなのか、声を出すことなくフルフルと首だけを振った。
「ありがとう、妹を助けられたのは君がいたからだ…。」
「いえ。先程の約束はお守りください。
あと、囚われた令嬢達と同じマントだけはお借りしても宜しいですか?」
「ああ。約束は守ろう。
本当ならば君だって置いていきたくはないと思っている。君だってヴィサレンスの血を受け継いでいるのだろう。ならば同志と変わらない。」
「…私はジョルジュワーンの者です。
己の国の者が犯した失態は、己の国の者がなんとかしなければなりませんでしょう…。
皆が皆愚かなわけではないのですが、この度は大変な失礼をしまして、本当に申し訳ありません。どうか、ご無事で…。」
私はそう言って檻へと入り、カチャンと鍵をかける。そうしてマントのフードを被った。
すると檻の前で男がしゃがみ込み、私に声をかけた。
「…名前を教えてもらえるか?」
「私のでしょうか…?」
「ああ、そうだ。」
「……エミレィナ、でございます。」
「エミレィナ…。そうか…
エミレィナ。ありがとう、また会おうではないか。」
「…ええ、そうですね。またいつかどこかで。」
私が微笑んでそう言うと、彼は移転魔法でこの部屋を後にした。
いつまで待たされるのだろうか。
そう思いながらも隣の部屋にいる子たちが連れて行かれていないかと耳を済ませていた。
どうやらこの檻は私と相性がいいらしい。
殿下が入れられたら助ける為にと、鍵穴を開ける練習はしたことがあったが、実際に私が入るのは初めてだ。
体の力が抜けるような感覚はなく、ただ魔法が使えない為に、髪色をいつものように変えることができないことくらいだろうか。
元々魔力のない私にとってはなんということもない。
そう思っていると、隣の部屋が騒がしくなり始めた。
ついにこの時間がきた。
離して!止めて!と声は聞こえるが、バタバタと争うような音はしない。やはりそこまでお転婆な者はあの中にはいなかったのだろう。
そうしているうちに、ガチャリと扉が開いた為、私は先程の女性のように檻の中で横たわった。
「おい。ヴィサレンスの女。起きろ。」
その男は何の躊躇いもなく檻に触れる。
力が抜けたような様子はない。ということは彼は強くはないのだろう。
「……何かしら。」
「時間だ。移動するぞ。」
「…。」
いよいよだ。始まってしまえばこいつらは殿下と隊長が捕らえてくれる。
そう思うと笑みが溢れた。
「無鉱石の首輪をつけろ。」
この檻から出るということは、魔力を無効化する為に無鉱石で作られた首輪をしなければならないということだろう。魔法で逃げられない為の方法だ。
檻の鍵を開け、入ってくる男に、私は攻撃をしたりはしない。もうすぐで終わる。私の役目はここで終わるのを待つことだ。ここでこいつを殴り飛ばせばオークションが始まることがなくなってしまうかもしれない。
誘拐だけの罪ではなく、人身売買の罪を突きつける為にはそれが必要不可欠なのだ。
「行くぞ。」
マントを着ているからか、ドレスの違いにすら疑問をもたない男は、そのまま私を別の箱のようなものに入れ、カラカラと荷台のようなもので移動する。
ふと、私はあることに気づく。
「…っ。どこに…向かっているのよ。」
私が向かっているのは会場ではない。
明らかに邸宅の外へと向かっているようなのだ。
まずい。囚われていた子たちはこの邸宅でオークションに掛けられるのか。それとも私と同じく別の場所に連れて行かれるのか。
このまま素直に連れて行かれることに不安を感じた。
すると、その不安が的中する。
「お前の買い手はもう決まっているんだよ。」
「っ。」
私1人だけが違う場所へと運ばれる。それはまずい。しかし、まだオークションも始まっていない中で私が暴れてしまったら作戦が水の泡となる。
先日失態を晒したばかりの私は、ギリギリまで耐えなければならない。
すると、荷馬車の前で停まり、男が降りてくる。
「こいつがヴィサレンスの女か。
本当に薄金髪なんだな。」
「ああ。無鉱石の檻に入ってもこの髪だ。偽りではない。」
どうやら2人は私が純ヴィサレンスの血を受け継いでいると思い込んでいるらしく、何も疑問を持っていないようだ。しかし、次の言葉によって私の心臓は掴まれたように跳ねた。
「しかし随分と元気なようだな…。」
まずい。魔力を無効化する檻から出たことで、少し気を抜いてしまったか。私はそんな言葉を投げかけられるほどには、すんなりと動いているように見えたらしい。
「無鉱石の首輪をしてるんだ。何もできるまい。」
「そうだな。とりあえずそのままに馬車に乗せろ。あちらがお待ちだろう。」
まずい。このままでは連れて行かれてしまう。誰にも悟られずこいつらだけを倒せば、オークションも無事に行われるかもしれない。
一か八かではあるが、このままノコノコと連れて行かれてしまえば、殿下や隊長の手を煩わせてしまう。だったら余計にこいつらに連れて行かれる必要はない。
そう思って立ち上がろうと手に力を入れると、その前に後ろから口をハンカチで覆われ、そのまま気を失ってしまった。
朦朧とする中で薄らと見えるのは男3人の姿だった。
「ヴィサレンスの者は無鉱石をつけていても暴れられる者もいるのか?」
「いや、そんなはずはない。」
「まあ、あそこに囚われてしまえば、この女もどうすることもできないだろう。
生きるか死ぬか、それ程の場所だ。
早く連れて行け。あの御方がお待ちだ。」
「はい。この女が目を覚ます前にあちらへ引き渡せるよう、今すぐにここを出発させましょう。」
その声を聞きながら、私は意識を手放した。
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