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神殿3
しおりを挟む「そうか…。私はてっきり脱国したヴィサレンスの者とばかり思っていたが、聖女レティシアーナであれば、父と繋がっていても不思議ではないか…。ならば父君は?」
「アルフレッド様でございます。」
ジークのその発言に、グリニエル様はとても驚いているようだった。
このままでは話が長くなってしまう。
そう思った私は話を切り上げるために口を開いた。
「グリニエル様。お話は帰りながら私からしますので、暗くなる前に戻らなければなりません。護衛もお供も連れずにこちらへ来るなんて危な過ぎます。」
「エミリー。私は兄さんより力はあるのだ。そんなに見くびらないでおくれ。」
「…ええ。そうですね。
しかし、私が心配なのです。だからすぐにでも帰りましょう。どうせ誰にも言わずに出てこられたのですよね?みんな心配しております。」
ブルレギアス様は守りの天才。
自身だけであれば移転魔法だって使うことができるため、危険があれば防御魔法や転移魔法で身を守ることができる。だから心配はしていないのだが、グリニエル様は戦いの天才。守りはかなり薄すぎるため、私としては心配が絶えないのだ。
そしてあーだこーだと言い合いながらも馬車に殿下を押し込み、私はジークとミーアに振り返った。
「今日は突然来てごめんなさい。次はお手紙を出してから参るようにします。今日1日ありがとう。
母のこと…本当は大して気に留めたことはなかったのだけれど、どこか知りたかった私もいたのかもしれない。
知らなかった母を知ることができて、私は嬉しいです。
それでは。また。」
私がそういうと、2人とも少し驚いた顔をしている。きっと私が母の話にあまり興味がないことをなんとなくだが感じ取っていたのだろう。そう言われるとは思っていなかったという顔だ。
「…エミレィナ様。あなた様の居場所はここにもあります。いつでもお越し下さい。」
「エミレィナ様。私たち使用人全て、あなた様のお帰りをお待ちしておりますわ。」
「……ありがとう。ジーク、ミーア。」
私がそう言い残して馬車に乗り込むと、グリニエル様は眉を下げつつも優しく笑ってくれた。
そうして馬車を走らせ、王宮へと戻る間に、私は今日1日の話をした。
一通りの話を済ませると、王宮に着いたことが伝えられ、私達はすぐに馬車から降りた。
「…エミリー。夜部屋に行かせてもらうよ。いいね?」
「かしこまりました。お待ちしております。」
それはきっと先程話した聖水による怪我の回復を診るためだと分かり、私はすぐに了承を伝えて腰を折った。
そうして彼を見送った後、食事も湯あみも終え、脱ぎ着をしやすいワンピースを纏い、準備を終えた。
そんな私の元に殿下が来たとローザから報告を受けたのは、帰城してからあっという間のように感じた。
「エミリー。待たせたかい?」
「いえ。私も先程準備を終えたところです。」
「そうか。バタバタさせてしまって悪いね。」
そう言って殿下はいつものように頭を撫でてくれた。
「…。」
私はこの手が好きだ。愛されていると教えてくれるような手。義理ではあるが妹として私を大切にしてくれていることが伝わってくる。
「エミリー…いいかな?」
私はその問いにコクンと頷き、ドレスを脱ぎ始める。
そうして左側に髪を集めれば、背中が露わとなった。
「っ…。」
後ろでは殿下はどんな顔をしているのだろう。殿下が息を詰まらせた訳は傷が思いの外治っていなかったのか、それともほぼ治っているからなのか。そう考えていた。
「殿下?」
「あ、ああ。そうだね。随分と回復したようだ。これなら傷も残らないだろう。」
「良かった。それでは私は明日にでもここを発って家に帰りますわ。仕事も復帰させて頂きたいのです。」
私は背中をしまい、振り向きながら彼に告げる。そうして見た彼の顔はとても苦しそうな顔をしていた。
「エミリー…。っ。」
「殿下?」
「…エミリー。ずっとここで暮さないか?」
「え?」
「君が帰ってきてからというもの、別宮は随分と活気付いたよ。やはりあの頃のようにここに住んではくれないだろうか。」
「…。」
何か思惑があるのか、それとも、彼なりに気を使ってくれているのだろう。
女の一人暮らしは危ないと以前止められたことを思い出す。
あの時は隊長の紹介してくれた場所だからと許しはしてくれたものの、やはりシスコンなだけに義妹を外で暮らさせることに抵抗があるのかもしれない。
「殿下。御気持ちは嬉しいのですが、私は外での生活を楽しんでおります。私は出て行けと言われて出て行ったわけではありません。自分の意思でここを出たのです。
私は義妹ではありますが、あなたの部下としてあなたをそばで守りたい。
ですから別宮で暮らすことで、私の顔が割れてしまうのは避けたいのです。
今回のことも、私は療養客としてここにいるから大して噂立たないだけです。
これがもし殿下の義妹だと噂立てば、私は政略結婚の道を辿ることとなるでしょう。
王族と繋がりを持ちたいのは家臣一同皆思っていることですわ。
それが殿下の意思で、私にそれを望むのであれば私は受け入れます。
だから私にそれを望むのであれば、そう命じて私を呼び戻せば宜しいのではありませんか。」
彼の側にいるのは義妹としてではなく、部下としてだ。私が自分の意思でここに戻ることはなく、勅命であれば従うということを伝えると、彼はため息をついた。
「はぁぁ…。悪かった。
違うんだ。ただ、私がエミリーを側に置きたいだけなんだ。
君に政略結婚をさせようだなんて、私はこれっぽっちも思ってはいない。
ただ、ここに君がいてくれると思うだけで、私のやる気はかなり違った。
だから、勅命で君を鳥籠に閉じ込めたいわけではないんだ。
誤解させてしまったなら謝るよ。」
「…。殿下に謝まっていただくなんて、不躾もいいところです。あなたがそう思うのならそれを押し通せばいいのです。」
「そんなわけには行かない。私は君を大切にしたい。君の思いを尊重したいとおもっているよ。
……。君は兄上の仮の婚約者でもある。だから、ここにいたって不思議ではないだろうと思ってね。」
「…ええ。そうですね。
でもそれも今御兄様方が白紙にしようとして下さっているではありませんか。
私がここにいることは私の政略結婚に繋がることばかりだと思っております。」
「そ、そうなってしまうか?
…エミリーは兄上を好意的に見ているわけではないのか?」
「…嫌いなわけではありません。しかし、長らくお会いしていなかったのに、急に婚約者だと言われても、私も受け入れるまで時間が必要だということです。
でも、王勅であれば受け入れますわ。命令に反してまで自身の騎士道を貫きたいわけではありませんもの。」
婚約の話はできるならグリニエル様が相手だったら良かったのに。そう思っていた。
「……悪かった。
この話はなかったことにしよう。
君がそうしたいならそうすべきだ。私は君を鳥籠に閉じ込めておきたい訳じゃないからね。」
「ありがとうございます…。」
私は小さく微笑み、そのまま彼の前へと移動する。
「エル義兄様。心配をお掛けして申し訳ありませんでした。
助けていただいて本当に助かりましたわ。」
「…君を助けるのは当たり前のことだよ。私の大切な義妹なのだからね。」
「それじゃ、私はこれで失礼するよ。
私がいたのではゆっくり休めないだろうからね。」
「そんなことはありません。…が、お仕事があるでしょうから、お止めするわけにもいきませんね。」
「………エミリーには敵わないな。」
彼はきっと執務を投げて私を追ってきたのだろう。その分の執務が残っている筈だ。
そうでなければあの時間に神殿にいたなんておかしい。
「夕方私なんかをお探しになるからです。
…でも、迎えにきてくれて嬉しかったです。ありがとうございます。
また、明日。おやすみなさいませ、お義兄様。」
「ああ、おやすみ、エミリー。」
私は彼を見送り、ベッドに潜る。
今日1日は随分と長く感じたと思うのだ。
そうしているうちに、やはり疲れていたのか
私はすぐに眠りについた。
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