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殿下のパーティー3
しおりを挟む「隊長。廊下で護衛の者たちがこの部屋の様子を伺っているようです。」
シュタっという音と共に屋根裏から降りてきたのはクローヴィスだ。
彼がいうには、廊下にいる護衛の者たちは、殿下が部屋の中で令嬢とちゃんと過ごせているかという事を確認しているという。
本来なら令嬢に手を出さなければならないはずの彼は、今ここにいる。
令嬢に手を出さなかったと噂立てば、それはそれで男としてどうなのか、と問題なのだ。
「どうしましょうか。」
「はぁ。仕方がないだろう。他の部屋に行けばよかったものを、怖気付いたこいつはエミリーの部屋に来てしまったのだから、エミリーと過ごすのを外に聞かせる他ない。」
急な事に殿下は口を開く。
「ま、待ってくれ。流石にそんなことができるわけがないだろう。
そういうことは互いに想いあっていなければするわけにはいかない。」
「……はぁ。ったく、仕方ない。
エミリー、悪いが私とだ、それでもいいな?だが、俺のことを必ずグリニエル様と呼べ、いいな、間違えるなよ。」
「……分かりました。」
私のその発言に驚いたらしい殿下は目を見開いて私を見た。
「エミリー、何を言っているのか分かっているのか?」
私の肩を掴み、訂正しろと言わんばかりに目で訴えてくる彼に、私は苦笑いした。
「何も、本当に交わるわけではありません。外に私の声が漏れれば良いわけです。
でも私は1人で演じるのが下手なので、むしろ隊長の手を煩わせて申し訳ないと思います。」
私が殿下にそう言うと、彼はまだ混乱しているようだった。
私と隊長は慣れたようにドアのそばへと向かい、クローヴィスは外の様子を伺うためにもう1度屋根裏へと跳んだ。
「俺は喋るわけにはいかないんだから、艶やかに喘ぐんだな。」
「…それじゃ、上手く触っていただけます?」
挑発的な隊長には挑発で返す。そうでなければ彼のSっ気に畳み込まれてしまうからだ。
私の手を自身の頬に触れさせたかと思えば、そのまま甲にキスを一つして、私の腕を頭の上で固定する。そして静かに壁に押し付けてくると、そのまま首筋にキスをした。
『っ、んんっ…。』
触れるだけのものからツツッと唇が動くと、私ははぁっと熱い吐息を漏らした。
『っグリニエル様…。っ。』
隊長は私が声を出せるように口にキスはしない。その代わり首筋や胸元には沢山唇を這わせてくる。
「はぁっ…。ぅん…。」
向かい合っている私の左足を撫で始め、どんどん荒っぽさを加えると徐々に私も雰囲気に乗り始めた。
『んっ…はぁ。んぁっ』
まるで本当に、挿れ始めたように声を出すと、隊長は笑っていた。
「…上手くなったな。」
耳元で優しく褒めてくれる隊長は珍しいもので、コクンと頷いた私は嬉しくなってやる気が少し上がった。
プチプチと私のシャツのボタンを4つ目まで開け、私の下着が露わになると、そのままそれに手を伸ばす。
するとそこに手が触れる前にその行動が止まった。
「…私がやる。」
「…。」
急にやる気になるなんてどうしたのだろうか。私がそう思っていると、隊長が避け、私の前には殿下が立った。
もう演じ始めてしまっているのだから何もしないでこちらを見るのはやめて欲しい。このままでは時間だけが過ぎて怪しまれてしまうと思って口を開いた。
『恥ずかしいのであんまり見ないでください…』
「っ…。」
露わになった胸をシャツで隠し、顔を赤らめる。すると殿下はカチコチに固まってしまった。
このままではどうすることもできない。
仕方がないから私がやるしかないのだと決心して彼の手を掴んだ。
「…借ります。」
ボソッと彼に囁いて、彼の手を私に触れさす。私の頭。頬、顎とゆっくり下げ、その手に唇を当てると、彼はピクッと反応した。
『んっ。』
彼の手のひらに、そして甲に、指先に、ゆっくりと何度もキスをする。
それを殿下は眉を下げながらも見てくれていた。
『んむっ…』
『はぁん…。ぁ…。』
すると彼の手が私の頬を支え、ゆっくりと顔が近づき、静かに唇が重なった。
触れるだけの優しいキス。
それなのにとても熱い気持ちにさせるそれを離すと、私と殿下の側にクローヴィスがシュッと音を立てて降りた。
「終わりでいいよ。」
「っ。」
「…外の様子はどうだったかしら?」
クローヴィスの登場に驚いた殿下は私から離れ、自由になった私はボタンをかける。
先程までとは打って変わって淡々と話す私に、殿下は呆けていた。
「エミリーのおかげで大丈夫そうだよ。事の最中だと思ったようで部屋から離れていった。」
その言葉を聞いて安心していると、隊長が口を開いた。
「ったく。私がやると言っておいてエミリーにされているようなものじゃないか。見るに耐えなかった。」
「う、うるさい。見られてると思うと上手くできなかったんだ。」
そう言って少し拗ねた殿下を、私は仕方なくフォローする事にした。
「殿下はお上手でしたよ。最後のキスは特に、本当に想われているのではないかと思うように優しいものでした。」
「っ。」
励ますために言ったのだが、逆効果だったようで、殿下は赤くなっていた。
「とりあえずエミリーはもう休め。
見張りと分析は俺たちがやっておく。
分かったな?」
「はい。」
「グリニエルも、今日は仕方ないからここで休め。朝起きたら研究室に来てくれ。いいな?」
「ああ。分かった、頼むよ。」
そう言い残した隊長が屋根裏へと消えると、後を追おうとしたクローヴィスが振り返った。
「私もサターシャの所にいますから、2人でゆっくり休んでください。」
そう言って跳び消えた彼を見送り、私は口を開く。
「…そんなに気を使ってくれなくても良いんですけどね。」
「っ。え?」
「兄妹水要らずにしてくれなくてもいいのにって思いますよね?」
「あ、ああ。…そういうことか。
そうだな。」
殿下は部屋にあるソファへと腰を下ろすと、今日の出来事にドッと疲れを感じているようだった。
「今日だけで沢山のことがありましたから、お疲れでしょう。私はソファで眠りますので、殿下はベッドでお休みください。」
「何をいう。……兄妹なのだからベッドに一緒に寝ようと問題はないだろう?」
いつもの殿下の調子が出てきたようで、彼はシスコンを披露していた。
となれば、私もいつものように突き放すのだが、今日は違う。
「………そうですね。それでは今日は私もご一緒させていただく事にします。」
「っ。参ったな…。
今日は随分と私に対しての態度が違うような気がするのだが?」
私はいつも彼に対して少し素っ気ない態度を取ることが多い。でもそれは人前や人目が気になるところでだけであって、こうして2人だけの時は冷たい態度をとる必要はないと思っている。
彼が結婚してしまえば甘える機会などゼロになってしまうのだから今からでも、そしてたまにくらいは昔のように戻っておきたくなる。ましてや先ほど目の前で命を狙われたのを見てしまえば、側にいたいと思ってしまったのだ。
「…2人だけの時くらいは、昔のように…と思うのですが、やはりだめでしょうか。」
距離をとったのは私の方からなのに、何を都合の良いことを言っていると言われてしまえばそれまでなのだが、彼は両手を広げてくれた。
「……っエミリー。おいで。」
「っ。」
優しく微笑み、私を導く光のような人。そんな彼の腕に、私は吸い込まれるようにして収まった。
「エル兄様……ありがとう。
あなたが無事で本当に良かった。」
「それはエミリーのおかげだよ。ありがとう。」
そう言って頭を撫でられた私は、懐かしい気持ちになった。
「…エミリー、まさかとは思ってはいたが、仕事とはいえ、ケインシュアとああいうことをしたりもするのだろうか?」
「……。」
「いや、私としては兄として見過ごすわけにはいかなくてだな…。
ああいうことをさせるためにこの組織に入らせたわけじゃないんだ。
ああ、いや、でもまず、先程私がエミリーに、その…キスをしてしまったのはすまないと思っているよ。
あんな瞳で見られれば私の理性すら役に立たないと知ったし、それは他の男なら尚更……。ん?」
返事がない。不思議に思った彼は腕の中にいる彼女の顔を覗き込んだ。
「…エミリー?」
「…眠っているのか?」
スヤスヤと寝息を立てて眠る彼女にふぅっと息を吐き、そっと抱き上げてベッドに入らせる。そして額にキスを落とした。
「おやすみ、エミリー。」
そう言った彼はシャワーを済ませ、以前のように彼女の隣で眠りにつこうと試みた。
それはあの頃と同じように懐かしく、あの頃とは違うドキドキとするもので、
穏やかに眠る彼女の寝顔を見ていると、なかなか寝付くことが出来なかったことは、彼と、密かに屋根裏にいたクローヴィスだけが知っている。
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