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シスコン脚フェチ②

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ある日、私はいつものように研究室で報告書の整理をしていた。
どれも殿下に出し終えた写しだけで、随分と日の経っているものはまとめて片付けているのだ。


するとそんな私の背後から、椅子に座って書類に目を通していた隊長が私に声をかけてきた。


「エミリー。」

「はい。何でしょうか。」

書類を片す手を止め、振り返る。




「今から急ぎで仕事を頼みたいんだ。王宮へと向かってくれ。」

この始まり方は嫌な予感しかしない。きっとそれは殿下が関係していることだろう。




「……どんな仕事でしょう。」


「殿下の執務の手伝いだ。
どうも進みが悪いようでな、俺に話が来たんだが、俺も今手一杯なんだ。こっちが終わったら向かうから、それまでサポートをしてやっててくれ。」

「…仕事なら行きますけど、サポートくらいなら執事のマリオスでもいいのでは?」



「マリオスはもうお手上げだそうだ。
グリニエルはシスコンだからな。暫くエミリーと会えていないからか、エミリーがいるならもっと頑張れるとマリオスに言ってきたらしい。
だが、エミリーに執務を処理させるわけにはいかないからな。俺が行くまで、エミリーはあいつの機嫌取りだけしててくれればいい。」





本当に困った人だ。
終わらないなら執務だけをしていればいいのに、私たちの潜入調査について来たりするから時間が足らないのだ。
自業自得というやつだろうに、と思う。


「…。シスコンなことは否定はしませんが、殿下は私がいると執務をしようだなんて思わないでしょう。とても頑固ですし、むしろ私が行ったら邪魔になるかと思いますよ。」

そう言うと隊長はこめかみを押さえていた。




「どんな手を使ってでも執務を効率よくさせて来てくれ。これは頼みじゃない、仕事だ。」


そこまで言われてしまえば私も頷くしかない。

「…。分かりました。」




「明日、殿下の参加するパーティーがある。殿下の婚約者を選ぶようなものだから、不参加にするわけにはいかないんだ。」




「……ああ、なるほど。
それに参加できなくなるのは困るから早く執務を片付けさせたいのですね。」




なんだか気は乗らない。
しかし私が反対できることではない。
彼はいつか誰かと婚約し、結婚する。
私だけを愛してくれるひとではない。

いつまでもシスコンでい続けてくれるわけではないのだから、私もそろそろ気を引き締めておかなければならない。そう考えているあたり、私も随分と彼に依存しているような気もする。


「…エミリー。大丈夫か?」

「………もちろんです。行って参ります。」

「…ああ。頼んだ。」


私は今任された仕事の為に殿下の執務室へと向かう。殿下にさっさと執務を片付けさせて、しっかりと婚約者選びに動いてもらわねば…。そう考えを切り替えた。







王宮脇にある研究室から殿下のいる場所まではゆっくりと歩いて15分程だ。
それを咎められない程度に急ぎ足で向かい、いつものように執務室の扉を叩いた。




コンコンー。

「誰だ。」

いつもとは比べ物にならない冷たい声は私が誰かと問う。

「エミレィナで御座います。」



追っ払われたらどうしようか。
仕事なのだからどうにか成功させなければならない為、引き下がるわけにはいかない。
そう思っていると殿下の声が聞こえた。

「……………入っていいぞ。」


私の不安を他所に、彼はいつものように優しい声で返事をした。

「失礼致します。手伝いに上がりました。」 




落ち着きのある執務室。
紺や黒を基調としたその部屋は、彼の仕事用の机に椅子、そして少し離れた場所にソファとテーブルが置かれているだけの何ともシンプルな場所だ。

資料は隣の部屋に置かれており、この部屋だけであれば、誰かに情報を盗まれることはまずない。そうして考えられた構造になっている。

ちなみに、執務が滞っている時には、資料室とは反対側の隣部屋にある、仮眠室で寝泊りしているらしい。
応接室はその仮眠室の向こう側にあり、来客時にはそこを利用している。応接室から資料室は少し離れているため、目を離したすきに情報を盗まれる。ということを防いでいるのだ。

まあ、それはメリットもデメリットもあることだが、それは今はどうでもいい。

私はとにかく彼の執務をスムーズに進めるためにここに来たのだ。



すると彼は案の定、執務をそっちのけで私に近寄って来た。


「エミリー。来るならそう言ってくれればお茶を用意して待っていたのに…。」


「殿下。執務の進みが悪いと聞きました。
休憩などとっている暇はないと思います。」

「10分…いや、5分で構わない。
ほら、休憩をしないと進みも悪くなってしまうだろう?それにエミリーが来てくれたんだ、君が一緒にお茶を飲んでくれるのなら、いつもより格段にペースが上がると誓うよ。」

「…。」

使それは私には難しい。こうやって甘えられてしまえば甘やかしてしまうのだ。心を鬼にすることも難しい。


「…5分。……約束は守ってくださいね。」

「ああ。勿論だ。」




私はニコニコ顔の彼に従い、ソファへと腰を下ろす。普通ならここで私がお茶を汲むのだろうが、殿下は違う。今は尽くしモードであるため、私にお茶を注がせることはしない。


「エミリー。ほら、ハーブティーだよ。」

彼が注いでくれたのはハーブティーだ。
香りがよく、目覚めにもいいそれは、今から執務を片付けるのにピッタリだ。

すると、私の前にティーカップを置いた彼は一瞬固まった。


「殿下?どうかなさいましたか。」

「え?あ、ああ。なんでもないよ。」




そう言った彼はポットを置くと、自分の分のカップを持って私の前にあるソファへと座った。

いつもならソファに隣合うように座られるのだが、なぜか今日は違う。向かい合っていることに私は違和感を感じた。


そして彼は先程よりも口数が減った気がする。その証拠に殿下は私の向かい側に座り、ソワソワとしながらしきりに私の足元に視線を送っているのだ。





今日の私のドレスは後ろの裾よりも前の裾が短いのが特徴とされるフィッシュテールと呼ばれているもので、私のふくらはぎが見えるようになっている。

しかしこれは先程王宮に行くのだから、と隊長から渡されたもの。


特に変なドレスという訳ではない。



見慣れないドレスに違和感でもあるのだろうか。

彼は私の脚を穴が開くのではないかと思うほどに見ている。


「あの…殿下?」

「ん?あ、ああ。なんだ?」

「そんなに見る程このドレス、似合いませんでしょうか?」



いつもなら止まることなく繰り出される会話も、今日は無い。このドレスが変なのか、それともどこか具合でも悪いのだろうか。


「いや、似合っているよ。私好みで…つい魅入ってしまってね…。」 

なんだ、そんなことかと一安心する。
そうして時計を見ると約束の5分を当に過ぎている時間だった。
今日の私の仕事は殿下の執務のサポートと言われている為、こうやって時間を潰している暇などないのだ。



「殿下。そろそろ執務を始めなければなりません、よろしいですね?」

「いや、だが、もう少しだな…。」

もう少し休憩していたいのだろう。
そうやっていつも私が丸め込まれるとは思わないで欲しい。今日の私はとしてこれを受け取ったのだ。何としてでも彼を机に戻さなければならない。



「…執務を素早く処理できるエル義兄様が見たくてここに来たんです。執務をこなす姿はし、私のだから……。そんな姿を見たいです。」

「っ!」

ジッと彼を見つめれば、視線の合わなかった彼とやっと目が合った。


「執務…してくださいますよね?」


「…………っ…やろう。」









チョロい。

私も彼には甘いが、彼も彼で私には甘々だ。

普段の殿下ならまだ話していたいだのと駄々を捏ねるところなのだが、どんな手を使ってでも執務をさせろという仕事なのだから、私も手段は選ばない。





彼はすんなりと立ち上がり机へと向かう。
やる気になった彼はなかなかに素早かった。






「殿下。どこから手をつけましょうか。」


「そうだな、とりあえずそちらの資料をまとめておいて欲しい。それを後で目を通すことにするよ。」


書類は殿下の確認が必要なのだから私などが目を通したところで意味がない。本当にサポートしかできないため、やれることは全てやりたいと思いながらその仕事に手をつけた。










「…そのドレスは自分で選んだのか?」

執務を始めてそんなに経っていない中、殿下は動かし始めた手を止めることなく私に問いかけるので、私も作業を続けたまま口を開いた。


「いえ。これは先程隊長に頂いたものですので、自分で選んだわけではありません。」

「ケインが?」

「ええ、そうです。」

私の言葉に反応がなくなった殿下を不思議に思って顔を上げると、殿下は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「どうかなさいましたか?」

「エミリーは男がドレスを贈る意味を知っているのか?」

「え?いえ、聞いた事もありませんが何か意味があるのですか?」

「……いや、それならいいんだ。
兄としてエミリーには変な虫がついて欲しくないからな、あまり男から不用意にドレスは貰わない方が良いとだけ覚えていてくれれば良い。」

「…分かりました。」



私はドレスに拘りはない。そのため、貰い物で構わないと思っているのだが、殿下がそういうのなら自分で選び買うしかないだろう。

隊長のセンスは良いので、今度一緒に選んで貰おうと思った。






また少しして、私の手にある資料がなくなるという頃、殿下が口を開いた。


「そうだ、エミリー。申し訳ないんだが、隣の書物庫から探し物をして来てくれるだろうか。」

「はい。私で良ければなんなりと。お役に立つ為にここにいるのですから。」

「ああ。それでは、前年のウェスティン伯爵の売上と、領地での雇用人数が分かるものを頼むよ。」

「かしこまりました。」


私は執務室に隣接してある書物庫へと向かう。書物庫は沢山の書類が置かれている…と言っても、全体の3分の1程度で、残りの書類は第一皇子が請け負っている為、別の場所に保管されてあるのだ。

それも、情報を盗まれにくくする為の策だ。
グリニエル様の執務室と兄君であるブルレギアス様の執務室は離れた場所にある。
その為、情報を探すだけでも時間がかかるのだ。



殿下は第一皇子に認めてもらう為に執務や裏調査、そしてその処理を行なっているらしい。それが何かなんて知る必要はないが、裏調査なんて危ない事は本来なら殿下がすることではない。

私達に任せてくれれば良いのにと思う。


それのせいで執務が滞っているなら尚更だ。休む暇もないだろう。



「ええと。ウェスティン伯爵よね…。」

1つずつ棚を確認していく。
いつも書物内を回っているわけではない為、少し時間は掛かってしまうが、潜入調査で書物を探し出す事もある。だから人並み以上には役に立つことができるだろう。

そうしていると、1番上の棚に探し物があるのを見つけた。

考えなくとも私の身長では届かない。

私はキョロキョロと辺りを見渡し、年代の感じる梯子を見つけた。

その横木はなんだかギシギシとはなるが、置いてあったということは壊れるようなものではないのだろう。そう思って、さっさと済ませようと梯子を立て掛けて上る。


「…もう少しね。」
私はもう一段上り、それ以上は不安なのでそのまま、つま先で梯子を押した。

「随分と書類がビッチリ入っているのね…。これじゃ1冊取るのも大変じゃない。
もっと余裕のある本棚でないと…ひゃぁっ」

すると運悪く、手がすっぽ抜けてしまい、バランスを崩してお尻から下へと落ちる。

咄嗟に目を瞑った私は、痛みのない事を不思議に思ってそっと目を開けると、誰かに抱き抱えられているのだと気付いた。

「で、殿下。」

目の前には殿下の顔…ではなく、側頭部がある。

「え?」

私から拍子抜けした声が出ると、すぐそばから熱いため息が聞こえた。


「っはぁぁぁぁ…。…なんて柔らかいんだ。」

殿下は私を横向きに受け止めてくれたのだが、膝裏に置かれている手は何度か開いたり握ったりと繰り返され、何となく肉質を楽しんでいるように思える。


おまけに目もずっと脚に向けられており、視線など合わない。





「あ…あの、殿下…助けて頂いてありがとうございます。」


私は彼の行動に疑問を持ちつつも、助けてもらったことに変わりはないので礼を述べた。

すると、ハッとした殿下は私を下ろしながら口を開いた。



「っ……あ、いや、私が悪いんだ。
ウェスティン公爵の資料は上の棚にあるというのに、エミリーに危ないことをさせてしまったね。本当に申し訳ないよ。」


「いえ、大丈夫です。
次からは気をつけて上りますし。
でも上の方の資料はもう少しスペースを確保して置かれた方がいいかと思います。
今日は執務で忙しいですが、別日に私が整理致しましょうか。」


「あ、ああ…。いや、そこの整理はマリオスに頼むことにしよう。エミリーには危ないことをさせたくないからね。それにこの梯子では危ない。すぐに安全な梯子と交換させるよ。」





やはりなんだか、殿下の様子がいつもと違う。
今こうして話をしている間も、彼が見ているのは私のふくらはぎなのだ。

私好み、と言っていたのはドレスのことだと思っていたが、どうやら脚が好きなのかもしれない。そう思った。



本来なら脚を好かれるなど、女性にとっては恥ずかしいものとされるこの国では、きっと好みの脚を探すことすら大変だろうにと思う。


しかし、ただ単に気になると言うだけなら、然程心配もいらないだろうと、この時の私は甘くみていた。





それから数時間。
殿下は随分と作業スピードが上がり、残された書類はあと僅か。
私は使い終えた資料は資料室へと戻す作業をしていた。


すると隣にある執務室で殿下が話している声が聞こえる。

独り言にしては大きい。
そう思って残りの資料を戻してから執務室へと戻ると、隊長がいた。

「ああ、エミリー。そっちにいたんだな。
面倒なことを頼んで悪かった。
やっぱりエミリーを行かせて正解だったよ。」

隊長が謝ってくれたが、今の私は少し間が悪くて焦る。

「何を言っている、ケイン。
エミリーは執務をこなすカッコいいわたしを見るために自分からここに来たんだろう?」

それは私がさっき言ったデタラメだ。
しかしここで彼のやる気を削ぐわけにもいかないため、話を合わせて欲しいと隊長に目で訴えた。

「…ああ。そうなのか。
俺には恥ずかしくてそう言わなかったからな。」

「なっ…。え、エミリー、悪かった。
エミリーの言葉が嬉しかったからといって、ケインにバラすなんて私は…」


「あはは…。大丈夫です。
バレて困るような事ではないですし、
ちゃんとこうやって執務がもうすぐ片付くのですから、殿下の頑張りは余程だったと言えます。」

嘘だと分かっているのだから隊長に伝わったところで私は痛くも痒くもない。


「隊長も手伝いに来たのですか?」

「いや、少し気になることを耳にしたものだから、グリニエルにしに来たんだ。」

「ああ、そうなのですね。」

上層部達の情報は時折秘密にしなければならないこともあるため、深くは聞かない。
すると隊長はそのまま続けた。


「明日のパーティーで潜入する事になりそうなんだが、夜は大丈夫か?」


「明日…明日は何も予定はありませんので、大丈夫です。
しかし、どこのパーティに潜入するのですか?明日は王家主催のパーティーと被りますから、少し遠くの場所でしょうか。」

この辺の貴族たちはもちろん王家主催のパーティーに参加する。その為、明日の日程でパーティーを予定しているのはきっと遠くの貴族だろうと思ったのだ。はたまた王家の目を掻い潜って怪しい取引をしているかのどちらかだろう。



「…いや、その、王家主催のパーティーに参加することになった。
どうやら、先日こいつが体調を崩したことが漏れてな。
その後、パーティーが当日決行されるのかの確認が相次いだ。そしてその中に、殿は参加するのか、という不審な聞かれ方をしたという者がいるんだ。

もしかしたらグリニエルを狙っている者がいるかもしれないからな。近衛隊だけでもいいんだが、念のため潜入騎士俺たちも参加することにする。
明日は動きやすい格好での潜入となるだろう。」

「っ!」 

彼を狙う者がいる。その言葉を聞いて血の気の引いた顔で殿下を見たが、彼は気にするそぶりを見せずにヒラヒラと手を振っていた。


「俺もクローヴィスも一緒だからグリニエルこいつは安心し切っていてな。でも、気を引き締める必要がある。分かったな?」

「……はい。」



そんなことなどさせない。
命に換えても殿下を守ってみせる。そう思った。


「あんまり難しい顔をしないでくれ。可愛い顔が歪んでしまうよ。それに、もしかしたらただ私に会いたいだけの貴族かもしれないんだからね。」

殿下はいつものように私を揶揄う。
いつもは鬱陶しくもあるそれが、今は少しありがたかった。

「殿下…揶揄わないで下さい。私は本当に心配しているのですから。」


「ふっ。そうだな、ありがとうエミリー。君に心配してもらえるのは嬉しいが、悲しい顔をさせたいわけではないんだ。だから何事もなく済ませるつもりだよ。」




「…ええ、必ずお守りしてみせます。」
私はそう言って胸の前に手を置いて騎士の礼を示した。





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