110 / 126
第五章 太陽の女神
9 魔物と神
しおりを挟む
王都からの援軍は鷲獅子騎士団に合流し、傷ついた彼等に代わり神殿を守る様に展開する。怪我を負った者達の治療が、奥へ運ばれ急ぎ行われてゆく。
だが、敵の攻撃を防ぐべく構えた騎士達は、目の前で繰り広げられる光景に息をのみ立ち尽くしていた。
「こんな戦いは見た事がない」
「ああ………」
神獣達はそれぞれに魔物を攻撃し、徐々に制圧しつつある。強い魔力を持つ彼等は、猛り狂う魔物の命を冷静に削り、不死の身体に消えぬ傷を刻んでいる。
どちらが優位かは火を見るよりも明らかだった。
ニンギルスの脚が一匹の犬の頭を掴みねじ切った。
残る頭が狂った様に泡を吹きもがき苦しむ。その暴れる頭を掴み上げた鷲が、鋭い嘴で目を抉る。
空を舞い黒い鱗を煌めかせたヘイロンの爪が閃き、雄牛の角を折り飛ばす。
攻撃の武器をへし折られた雄牛に、竜は更に尾を巻きつけ締め上げた。雄牛の全身がメキメキと音をたてて歪む。
その横で蜥蜴に飛び掛かったレオの牙が、その腹部を食いちぎった。
硬い鱗を食い破られた蜥蜴が、翼を羽ばたかせて上空へ逃れようともがく。それを太い前脚の爪でがっしりと捕らえ、獅子は唸りをあげて食らいつき引き裂いた。
そして、戦いの中で消耗し再生出来なくなってきていた虎の喉笛に、フェンリルが食らいつく。
既に背の翼はもぎ取られ逃れられぬ。狼はガチガチと牙を鳴らし、その硬い骨を砕き噛み切った。
もう間もなく勝負は決するだろう。
援軍を率いて来た金獅子騎士団のレインスレンドとべレザーディが、ロイゼルドのもとへ馬を進める。
「ロイ、魔物はこいつらで全部か?」
べレザーディの言葉にロイゼルドは頷く。
「魔物はな」
「魔物は?」
レインスレンドが聞き咎める。
「他に何がいる?」
「あいつらを連れて来た主人がいる。そいつが黒幕だ」
上を見上げ空を舞う鷹を呼んだ。
「ヴェーラ!」
鷹が赤い羽を羽ばたかせて舞い降りてくる。
「ヴェーラ、炎を放った奴は何処かわかったか?」
天空より巨大な炎を落とした人影の主、その姿が見えない。
「キュウ」
彼の肩にとまった鷹が首を回して小さく鳴く。
ヴェーラに行方を追わせていた。だがわからないとは、一体どこへ行ったのか。
「キュイ!」
鷹が鋭く声を上げる。その視線は神殿へ向けられていた。
神殿を振り返った彼の背後で、ざわっと騎士達が息をのむ気配がした。
「あれは………」
神殿の尖塔の屋根の上に黒衣の人間が立っている。その人物は魔物達が倒されるのを、腕を組んでじっと見ていた。魔物は神獣によって傷つき倒されていく。その首が狩られ息絶えてゆくのを彼は無表情で見ていた。
そして、興味を失った様に顔をフイとそむけると、彼は神殿の裏門の前にスタンと飛び降りた。
尖塔の上から地上まではかなりの高さだ。普通の人間ならば飛び降りて無傷でいる事などありえない。しかし彼は何事も無かったかのように、スタスタと神殿へ向かって歩きだした。
「待て!」
騎士達がバラバラとその謎の人物に向かって走り寄る。
この得体の知れない男は一体何者なのか。
「お前は何者だ?」
男を取り囲む騎士達をかき分け、ロイゼルドが向き合う。
男の周囲には暗い冷気が漂っていた。彼の身に纏う空気は、生き物の気配ではない。人の姿をしてはいるものの決して人ではない、恐ろしい力を内包した存在である事がピリピリと肌に伝わる。
背の高い人形のように美しい顔は何の感情もうつしていない。ただ目の前をふさぐ人間達を、無機質な表情で見つめる。
「お前がトルポント王国に召喚された者なのか?」
男は答えない。
「終焉の………神?」
ロイゼルドの言葉が発せられた時、初めて男の顔に冷たい笑みが浮かんだ。黒い衣が風にひるがえり、赤い瞳が人間達を見据える。
頷いたわけではない。だが、その変化が肯定を意味する事はわかった。
剣を構える手にじわりと汗が滲む。
「女神には近づけさせぬ」
たとえ相手が神であろうとも。
行く手を阻む騎士達の耳に、ハッと息を吐く小さな音が聞こえた。
漆黒の髪がふわりとなびく。切れ長の美しい目が細められ、そしてその形の良い唇が何かをつぶやいた。
————邪魔だ。
唇の動きからそう言ったのが見えた。
次の瞬間、ロイゼルドの身体はもの凄い力で吹き飛ばされていた。
「グッ…………!」
おそらく彼はほんの少しの苛立ちをその手に込めた。虫を払う程の感覚で。だが神の力は想像を絶するものだった。
四肢を引き千切られる様な痛みと、肺の中の空気が全て押し出される程の圧迫感がロイゼルドを襲う。切り刻まれるような激しい痛みが全身を襲い、呼吸をすることすら出来ない程の衝撃に声も出ない。
(ルディ…………)
白く霞む意識の中、ロイゼルドの脳裏に愛しい少女の姿がうかんだ。
目の前に鷹の赤い羽が散り、ロイゼルドの視界を埋める。
そして全てが暗闇の中に消えた。
だが、敵の攻撃を防ぐべく構えた騎士達は、目の前で繰り広げられる光景に息をのみ立ち尽くしていた。
「こんな戦いは見た事がない」
「ああ………」
神獣達はそれぞれに魔物を攻撃し、徐々に制圧しつつある。強い魔力を持つ彼等は、猛り狂う魔物の命を冷静に削り、不死の身体に消えぬ傷を刻んでいる。
どちらが優位かは火を見るよりも明らかだった。
ニンギルスの脚が一匹の犬の頭を掴みねじ切った。
残る頭が狂った様に泡を吹きもがき苦しむ。その暴れる頭を掴み上げた鷲が、鋭い嘴で目を抉る。
空を舞い黒い鱗を煌めかせたヘイロンの爪が閃き、雄牛の角を折り飛ばす。
攻撃の武器をへし折られた雄牛に、竜は更に尾を巻きつけ締め上げた。雄牛の全身がメキメキと音をたてて歪む。
その横で蜥蜴に飛び掛かったレオの牙が、その腹部を食いちぎった。
硬い鱗を食い破られた蜥蜴が、翼を羽ばたかせて上空へ逃れようともがく。それを太い前脚の爪でがっしりと捕らえ、獅子は唸りをあげて食らいつき引き裂いた。
そして、戦いの中で消耗し再生出来なくなってきていた虎の喉笛に、フェンリルが食らいつく。
既に背の翼はもぎ取られ逃れられぬ。狼はガチガチと牙を鳴らし、その硬い骨を砕き噛み切った。
もう間もなく勝負は決するだろう。
援軍を率いて来た金獅子騎士団のレインスレンドとべレザーディが、ロイゼルドのもとへ馬を進める。
「ロイ、魔物はこいつらで全部か?」
べレザーディの言葉にロイゼルドは頷く。
「魔物はな」
「魔物は?」
レインスレンドが聞き咎める。
「他に何がいる?」
「あいつらを連れて来た主人がいる。そいつが黒幕だ」
上を見上げ空を舞う鷹を呼んだ。
「ヴェーラ!」
鷹が赤い羽を羽ばたかせて舞い降りてくる。
「ヴェーラ、炎を放った奴は何処かわかったか?」
天空より巨大な炎を落とした人影の主、その姿が見えない。
「キュウ」
彼の肩にとまった鷹が首を回して小さく鳴く。
ヴェーラに行方を追わせていた。だがわからないとは、一体どこへ行ったのか。
「キュイ!」
鷹が鋭く声を上げる。その視線は神殿へ向けられていた。
神殿を振り返った彼の背後で、ざわっと騎士達が息をのむ気配がした。
「あれは………」
神殿の尖塔の屋根の上に黒衣の人間が立っている。その人物は魔物達が倒されるのを、腕を組んでじっと見ていた。魔物は神獣によって傷つき倒されていく。その首が狩られ息絶えてゆくのを彼は無表情で見ていた。
そして、興味を失った様に顔をフイとそむけると、彼は神殿の裏門の前にスタンと飛び降りた。
尖塔の上から地上まではかなりの高さだ。普通の人間ならば飛び降りて無傷でいる事などありえない。しかし彼は何事も無かったかのように、スタスタと神殿へ向かって歩きだした。
「待て!」
騎士達がバラバラとその謎の人物に向かって走り寄る。
この得体の知れない男は一体何者なのか。
「お前は何者だ?」
男を取り囲む騎士達をかき分け、ロイゼルドが向き合う。
男の周囲には暗い冷気が漂っていた。彼の身に纏う空気は、生き物の気配ではない。人の姿をしてはいるものの決して人ではない、恐ろしい力を内包した存在である事がピリピリと肌に伝わる。
背の高い人形のように美しい顔は何の感情もうつしていない。ただ目の前をふさぐ人間達を、無機質な表情で見つめる。
「お前がトルポント王国に召喚された者なのか?」
男は答えない。
「終焉の………神?」
ロイゼルドの言葉が発せられた時、初めて男の顔に冷たい笑みが浮かんだ。黒い衣が風にひるがえり、赤い瞳が人間達を見据える。
頷いたわけではない。だが、その変化が肯定を意味する事はわかった。
剣を構える手にじわりと汗が滲む。
「女神には近づけさせぬ」
たとえ相手が神であろうとも。
行く手を阻む騎士達の耳に、ハッと息を吐く小さな音が聞こえた。
漆黒の髪がふわりとなびく。切れ長の美しい目が細められ、そしてその形の良い唇が何かをつぶやいた。
————邪魔だ。
唇の動きからそう言ったのが見えた。
次の瞬間、ロイゼルドの身体はもの凄い力で吹き飛ばされていた。
「グッ…………!」
おそらく彼はほんの少しの苛立ちをその手に込めた。虫を払う程の感覚で。だが神の力は想像を絶するものだった。
四肢を引き千切られる様な痛みと、肺の中の空気が全て押し出される程の圧迫感がロイゼルドを襲う。切り刻まれるような激しい痛みが全身を襲い、呼吸をすることすら出来ない程の衝撃に声も出ない。
(ルディ…………)
白く霞む意識の中、ロイゼルドの脳裏に愛しい少女の姿がうかんだ。
目の前に鷹の赤い羽が散り、ロイゼルドの視界を埋める。
そして全てが暗闇の中に消えた。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる