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第五章 太陽の女神

4 獣の裏切り

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 エディーサ王国軍のあげた声に対抗するように、トルポント王国の指揮官らしき騎士が声をあげた。それに続いて兵士達が叫び、鼓舞する様に槍を天に向けて突き上げる。
 二匹の魔物がそれに応じる様に吼えた。その声がビリビリと空気を振るわせ、川を越えて此方の肌まで振動が伝わる。

 ホルクスの山肌にまで響きわたり、そのやまびこがおさまった頃、頭上に挙げられていた指揮官の手が前方に向けて振われた。
 馬に乗ったトルポント軍の兵士達が、一斉に川の中へ進み向かって来る。

 この美しい澄んだ水の流れるリューネの支流は、川幅は広いが水深は浅い。深いところでも大人の腰程しかなく、流れも緩やかだ。橋が無くとも馬であれば簡単に渡る事が出来る。

 水の色からそれを認識していたのだろう。トルポントの騎兵達は躊躇う事なく真っ直ぐに川を駆ける。
 無数の馬の脚が水飛沫をあげ、辺りが白く煙った。

 ロイゼルドが目を細めてそれを見る。
 魔物達はその翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がった。
 騎馬軍が獣達の下を駆け抜け、川を渡り迫って来る。


「ルディ、ルフィ、今だ」

「「はい!」」


 二人の声が重なり、そして両手を前方へ差し伸べる。
 それを合図に騎士達が剣を抜き、双子を護るように彼等の前方に集まった。


 二人の手に風の重力波が集まり、空間が歪む。
 軋む様な風の音がキリキリとなり、歪みが膨らみ巨大な渦となる。


「行くよ!」

「了解!」


 その言葉と同時に二人の手から白く光る風が放たれた。


「ギャア!」
「うわあっ!」


 川を渡る兵士達の叫び声が上がる。
 ヒュンヒュンと音を立て、降り注ぐ鋭い風の刃が兵士達のマントを切り裂き、甲冑ですら大きく抉ってゆく。

 騎馬の脚を、そして首を切断するほどの威力を持った無数のカマイタチが、トルポント王国軍の頭上から降りそそぎ円を描きながら暴れ回る。

 馬のいななきと人の悲鳴が混ざり合い、倒れる馬から人間達が落下する。
 逃げようと右往左往する者を叱咤する怒号が響くが、間もなくその声も薄れ川の中へ消えていく。

 さらにその上から身体を吹き飛ばす様な突風と、それに紛れた鋭利な透明の槍が、まだ立っている兵士達に狙いを定めて突き立った。

 自分の合図と共に攻撃するはずだった魔物達を振り返った指揮官は、何もせず見守っている獣達を見て口を開け、何かを叫んで水の中へ倒れる。

 そして間もなく、風がそよ風にかわり、トルポント軍の兵士達は全て川の中に伏した。



 目の前の光景を瞬きもせず見つめていたロイゼルドは、やはりか、と半眼になる。


 戦闘に入る前にロイゼルドは、エルディアとエルフェルムに指示をしていた。

『初めに人間達を一掃する』
 
 戦いの開始と同時に双子の魔術で攻撃する。兵の数は数百騎程度。いくら武装していようとも手の届かぬ遠隔魔法攻撃。しかも動きの鈍る川の中だ。
 二人揃った双子にとっては、さして手を煩わす程の相手では無い。

 一方的な殺戮になるであろう事に、ロイゼルドも一抹の躊躇いがなかったわけではない。二人が人に対して魔力を用いて攻撃するのはこれが初めてだ。
 だが、自分が命令するのだと彼等には言い聞かせた。

 罪悪感など感じさせることは不要だ。
 自分達が戦う本当の敵は、世界を破滅に導かんとする魔物達。邪魔となる者は排除しておく必要がある。手加減は出来ない。

 ロイゼルドの考えが正しければ、魔物を本当に操る者もそれを予想しているに違いない。そして、それを期待している。戦いの前の糧とする為に。
 
 だからこそ、瞬時に奪わねばならない。
 恐怖も憎しみも、感じないように。


 ロイゼルドの読み通り、魔物達は背後から『視て』いた。
 累々と転がる馬と兵士達を見下ろしていた魔物達は、終わりを見届けると地面に降り立った。

(やはりな……)

 予想通りだったことにかえって怒りを感じる。
 ロイゼルドはギリッと奥歯を噛み締めた。
 どこまでも冷酷な意思が透けて見える。


 彼の肩の上で成り行きを見守っていたヴェーラが、キュウと鳴いて翼を広げた。キラキラと薄く輝く円形のシールドを目の前に張る。
 そろそろ来るぞ、そう女の声が聞こえた気がした。


「炎を構えろ!」


 魔石を身につけた者達が一斉に『解錠』の呪文を呟く。
 兵士達の間のあちらこちらで青白い炎が燃え上がった。


「奴等の毒は炎の魔法で焼き尽くせ!二手に分かれて攻撃しろ!」


 ロイゼルドの声が響き渡り、騎士達が呼応する。
 エルディアとエルフェルムが風の結界を騎士達の周囲に張り巡らせる。

 魔物達のそれぞれ色味の違う琥珀色の瞳が光り、その四肢がグッと大地を踏み締めこちらへ向けて構えるのが見えた。


「来る!」


 虎が唸りをあげて宙へ跳んだ。
 蜥蜴が羽ばたき空へ舞い上がる。

 次の瞬間、本当の戦いが始まった。
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