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第四章 終焉の神
19 神殿の長
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「団長、出掛けられますか」
「姫さん気をつけて」
「いってらっしゃーい」
翌日、口々にそう言って手を振る兵士達の見送りを受け、二人は聖地の大神殿へ出かけた。揺れる馬車の中で、エルディアは両手で頭を押さえている。
「うう、頭痛い………」
「飲み過ぎだ」
桃の絵が描かれていたのでジュースだと思っていたら、桃のワインだったとは。瓶一本まるまる空けていた。まさか全部一人で飲んだわけではなかろうとは思うがどうか。酒に弱いくせに、とロイゼルドは呆れている。
「二日酔いで神殿を訪問か。罰当たりだな」
「だって飲みやすくてつい………王都では見たことなかったけど、何で売ってないんだろう。パーティでデザートと一緒に出してもいいな。絶対人気商品になるよ」
「では王都に向けて出荷出来るか製造者に聞いてみようか。いつでも飲めればお前も欲張って飲まないだろう」
「む、棘がある言い方!」
「なぜ酒に弱いくせに飲みたがるんだ?これに懲りたらほどほどでやめるようにしておけよ」
「だってみんなでわいわい言いながら飲むのって楽しいし」
しゅんとなっているのを見ると、少し可哀想になる。エルディアは以前より気の置けない仲間で飲むにぎやかな宴が大好きなのだ。酒が好きというより、ああいう酒宴の場が好きなのだろう。
「まあ、桃はすぐに痛むから流通させにくかったのだが、酒なら保存もきく。補助金を出して増産させてもいい」
領の特産品にすれば多少の利益は見込めるかもしれない。商売が潤えば税収も増えるだろう。
そうこう話しているうちに、大神殿が見えて来た。
神殿を囲むようにして街が作られている。馬車は街の中心を突っ切る道を進む。
王都に比べるとだいぶん小さいが小綺麗な街だ。区画整理されたように整然と建物が並び、道は細いが石の舗装は新しい。宿屋や食事が出来る店が多いのは、巡礼の客が多いからだろう。
大神殿の前で馬車を降りると、神殿の裏を流れるリューネ川から引いたのであろう、小さな小川が入り口の橋の下を流れていた。小さな魚も泳いでいるのが見える。綺麗な透明の水が冷たそうで、エルディアは足をつけたら気持ちよさそうだなと思った。
前方には白い大理石の壁がそびえている。見上げると尖塔が幾つも見えた。確かに大神殿の名に相応しい、荘厳で美しい建物だ。
入り口は両開きの背の高い扉だが開け放たれており、誰もが自由に入れるようになっているようだった。
二人は歩いて中へ入った。中に入ると少し薄暗い。高い天井の窓から明るい光が筋になって差し込んでいる。
その向こうに白いローブの初老の男性が立っていた。服装からみるに神殿の神官だろう。
「ギルバート王の使いで来た」
ロイゼルドの言葉に神官は頷く。
「伺っております。新しく領主となられたロイゼルド様ですね。そちらの女性は?」
視線が向けられて、エルディアがスカートをつまんで礼をする。
「エルディア・マーズヴァーンです」
神官は口元に笑みを浮かべた。
「やはりアルヴィラ王女の姫君ですか。よく似ています」
彼の目元は優しい光をたたえている。
「ようこそ、聖地へ。私はこの神殿の神官長のフェイルです」
「この地に女神が封印されていると聞いた。本当か?」
彼の言葉にフェイルは黙って神殿の奥を示す。
「ご案内致します。どうぞこちらへ」
先を歩くフェイルに続いて、二人は白い廊下を歩いた。
歩きながらフェイルは振り向きもせず話す。
「誰からここに女神がいると?」
その声色は静かだ。
おそらくは誰にも知られず隠されていた秘密であるだろうに、彼は探る意図もないかのように淡々と尋ねる。
「以前、神山ホルクスから鷹の姿の魔鳥がこの神殿に迷い込んだのは覚えているか?」
「ええ、強い魔力を感じ、金獅子騎士団に討伐を依頼しました。幼鳥だった事もあり、捕らえて持ち帰ったと聞いております」
「その魔鳥がアルカ・エルラの使いだと名乗った。終焉の神ガルザ・ローゲが聖地を狙っていると言っている。女神の封印を解放し、魔族から大地を守る結界を壊そうとしていると」
ロイゼルドの説明にフェイルは深く息を吐いた。納得したというように目を閉じる。
「そうですか………あの時の魔鳥が」
「動揺していないのだな」
「彼が現れた時から、いつかこの日が来るのではと思っていました」
「彼?」
「アーヴァインです」
二人は顔を見合わせる。魔術師団の団長の名前がなぜこの場に出てくるのか。
「アーヴァインはこの聖地出身なのです。彼を最初に見出したのは私です。彼は特異な性質ゆえに両親から疎まれ、この神殿に連れて来られた子供でした」
それはエルディアにも初耳だった。そういえば師からそういう私的なことは聞いたことがない。家族のことなども知らなかった。
「彼ほどの魔力を持つ子供は、ここ数百年の歴史上でも生まれた記録がありません。そして彼の頭脳は魔力の影響で普通の子供とは比べ物にならない、いいえ、大人でも考えられない記憶力と理解力を持っていました。強すぎる魔力を持つ子供は不吉です。彼自身が何かの前兆だと、その時私は思いました」
「魔力が強いことがどうして不吉なのです?」
「不吉、というのは言葉が悪いですね。すみません」
エルディアの質問にフェイルは首を振って訂正した。
「エディーサ王国は女神の力の最も強い土地。その大地の影響で魔力を持つ子供が時折生まれます。アーヴァインの存在は、女神の力が強まっているという事を示しています」
ロイゼルドはフェイルの言葉を繰り返す。
「女神の力が強まっている?」
フェイルは静かに答えた。
「危機が近付いている、ということです」
「姫さん気をつけて」
「いってらっしゃーい」
翌日、口々にそう言って手を振る兵士達の見送りを受け、二人は聖地の大神殿へ出かけた。揺れる馬車の中で、エルディアは両手で頭を押さえている。
「うう、頭痛い………」
「飲み過ぎだ」
桃の絵が描かれていたのでジュースだと思っていたら、桃のワインだったとは。瓶一本まるまる空けていた。まさか全部一人で飲んだわけではなかろうとは思うがどうか。酒に弱いくせに、とロイゼルドは呆れている。
「二日酔いで神殿を訪問か。罰当たりだな」
「だって飲みやすくてつい………王都では見たことなかったけど、何で売ってないんだろう。パーティでデザートと一緒に出してもいいな。絶対人気商品になるよ」
「では王都に向けて出荷出来るか製造者に聞いてみようか。いつでも飲めればお前も欲張って飲まないだろう」
「む、棘がある言い方!」
「なぜ酒に弱いくせに飲みたがるんだ?これに懲りたらほどほどでやめるようにしておけよ」
「だってみんなでわいわい言いながら飲むのって楽しいし」
しゅんとなっているのを見ると、少し可哀想になる。エルディアは以前より気の置けない仲間で飲むにぎやかな宴が大好きなのだ。酒が好きというより、ああいう酒宴の場が好きなのだろう。
「まあ、桃はすぐに痛むから流通させにくかったのだが、酒なら保存もきく。補助金を出して増産させてもいい」
領の特産品にすれば多少の利益は見込めるかもしれない。商売が潤えば税収も増えるだろう。
そうこう話しているうちに、大神殿が見えて来た。
神殿を囲むようにして街が作られている。馬車は街の中心を突っ切る道を進む。
王都に比べるとだいぶん小さいが小綺麗な街だ。区画整理されたように整然と建物が並び、道は細いが石の舗装は新しい。宿屋や食事が出来る店が多いのは、巡礼の客が多いからだろう。
大神殿の前で馬車を降りると、神殿の裏を流れるリューネ川から引いたのであろう、小さな小川が入り口の橋の下を流れていた。小さな魚も泳いでいるのが見える。綺麗な透明の水が冷たそうで、エルディアは足をつけたら気持ちよさそうだなと思った。
前方には白い大理石の壁がそびえている。見上げると尖塔が幾つも見えた。確かに大神殿の名に相応しい、荘厳で美しい建物だ。
入り口は両開きの背の高い扉だが開け放たれており、誰もが自由に入れるようになっているようだった。
二人は歩いて中へ入った。中に入ると少し薄暗い。高い天井の窓から明るい光が筋になって差し込んでいる。
その向こうに白いローブの初老の男性が立っていた。服装からみるに神殿の神官だろう。
「ギルバート王の使いで来た」
ロイゼルドの言葉に神官は頷く。
「伺っております。新しく領主となられたロイゼルド様ですね。そちらの女性は?」
視線が向けられて、エルディアがスカートをつまんで礼をする。
「エルディア・マーズヴァーンです」
神官は口元に笑みを浮かべた。
「やはりアルヴィラ王女の姫君ですか。よく似ています」
彼の目元は優しい光をたたえている。
「ようこそ、聖地へ。私はこの神殿の神官長のフェイルです」
「この地に女神が封印されていると聞いた。本当か?」
彼の言葉にフェイルは黙って神殿の奥を示す。
「ご案内致します。どうぞこちらへ」
先を歩くフェイルに続いて、二人は白い廊下を歩いた。
歩きながらフェイルは振り向きもせず話す。
「誰からここに女神がいると?」
その声色は静かだ。
おそらくは誰にも知られず隠されていた秘密であるだろうに、彼は探る意図もないかのように淡々と尋ねる。
「以前、神山ホルクスから鷹の姿の魔鳥がこの神殿に迷い込んだのは覚えているか?」
「ええ、強い魔力を感じ、金獅子騎士団に討伐を依頼しました。幼鳥だった事もあり、捕らえて持ち帰ったと聞いております」
「その魔鳥がアルカ・エルラの使いだと名乗った。終焉の神ガルザ・ローゲが聖地を狙っていると言っている。女神の封印を解放し、魔族から大地を守る結界を壊そうとしていると」
ロイゼルドの説明にフェイルは深く息を吐いた。納得したというように目を閉じる。
「そうですか………あの時の魔鳥が」
「動揺していないのだな」
「彼が現れた時から、いつかこの日が来るのではと思っていました」
「彼?」
「アーヴァインです」
二人は顔を見合わせる。魔術師団の団長の名前がなぜこの場に出てくるのか。
「アーヴァインはこの聖地出身なのです。彼を最初に見出したのは私です。彼は特異な性質ゆえに両親から疎まれ、この神殿に連れて来られた子供でした」
それはエルディアにも初耳だった。そういえば師からそういう私的なことは聞いたことがない。家族のことなども知らなかった。
「彼ほどの魔力を持つ子供は、ここ数百年の歴史上でも生まれた記録がありません。そして彼の頭脳は魔力の影響で普通の子供とは比べ物にならない、いいえ、大人でも考えられない記憶力と理解力を持っていました。強すぎる魔力を持つ子供は不吉です。彼自身が何かの前兆だと、その時私は思いました」
「魔力が強いことがどうして不吉なのです?」
「不吉、というのは言葉が悪いですね。すみません」
エルディアの質問にフェイルは首を振って訂正した。
「エディーサ王国は女神の力の最も強い土地。その大地の影響で魔力を持つ子供が時折生まれます。アーヴァインの存在は、女神の力が強まっているという事を示しています」
ロイゼルドはフェイルの言葉を繰り返す。
「女神の力が強まっている?」
フェイルは静かに答えた。
「危機が近付いている、ということです」
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