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第四章 終焉の神

8 女神と道具

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 今のは何だ?
 エルディアは目の前で起こった事に一瞬思考が停止する。白い光は確かにユリウスから放たれた。

 騎士の中にも魔力持ちは若干名いるという。魔術師に程遠い肉体派にみえる、この赤鷲の騎士がそうだと言うのか。
 彼は呪文を唱えてはいなかった。だが、あの弾ける様な光は……。


「雷?」


 思わず漏れ出た言葉にユリウスも呆然と呟く。


「防御結界か……あんな咄嗟に」


 その声に我にかえり、ギロリとユリウスを睨みエルディアは叫んだ。


「攻撃魔法は禁止!」

「すまん。無意識だ」


 エルディアの抗議にユリウスは首をすくめて謝る。

 彼が使ったのは魔術だ。
 アストラルドは彼を鷲獅子騎士団にと勧誘していたという。その理由はこれだったのか。
 エルディアは納得がいった。そして、彼が自分達の騎士としての力がどれほどか、戦ってまで確かめたかった理由も理解した。


 騎士はあくまで騎士であり、魔力を持っていても魔術師ではない。騎士として騎士団に身を置くならば、戦う技術を身につけよ。
 そう言いたかったに違いない。

 エルディアはフン、と鼻を鳴らした。
 ならばこの自分の身体能力のみで戦って見せよう。

 エルディアは自分に掛けていた強化魔法を解いた。その仕草からユリウスも悟ったようだが、理由を計りかねていぶかしげな顔をしている。

 剣を逆手に持ちかえて、エルディアは彼に向かって走り出した。身体の背後に隠された武器はユリウスからは見えず、どの方向から出されるか予測しづらい。一瞬たたらを踏んで止まった彼が再び剣を構えた。
 すかさず低い位置から、ユリウスの懐へ向けて剣が繰り出される。彼はそれを縦に剣を振るって止め、エルディアの身体ごと弾き飛ばした。

 止められる事を予想していたかのようにヒラリと着地したエルディアは、重力を感じさせない動きで再び真っ直ぐに突き込む。
 それを紙一重程の距離でかわし、エルディアの腹部に向けて突き込まれたユリウスの剣は、次の瞬間エルディアの靴の下にあった。

 飛び上がったエルディアが、剣を踏みつけて更に上へ跳ぶ。頭の上を飛び越える彼女に向けて、自由になった刃が向けられる。
 が、空中で一回転したエルディアはその剣を蹴り飛ばし、反対に着地と共に低く沈んで、彼の顎の下へ切っ先を突き付けた。

 エメラルドの瞳が勝ち誇ったように金の瞳を見据える。


「参った」


 ユリウスの口から敗北を認める言葉が出た。


「殿下を護る騎士に相応ふさわしいと認めてくれる?」

「ああ、魔力に頼らずよく鍛えている」


 強化魔法を解いたエルディアの意図を理解したらしい。
 ニコリと笑った彼女に、ユリウスもやわらかな笑みを返した。


「楽しかった。ありがとう」

「体術をかなり鍛えているな。まるで軽業師のようだ。剣を合わさない為か?」

「そう。魔力を使わないと、私はどうしても力で劣るから。剣より飛び道具の方が得意なんだ。でも本気出してって言ったのに」


 最後は本気じゃなかったでしょう?と不服げに見上げた。


「攻撃魔法を使った時点で私の負けだ。それに騎士の端くれとして、どうしても女性に剣を向けるのは本気になれない。試すような事をして悪かった」


 だが、と言葉を続ける。


「貴殿なら試合に出ていれば優勝していただろう」

「本当は出たかったんだ。でも、ロイがダメって言うから」

「グレイ侯爵が?」


 ロイゼルドの方を振り返る。
 彼はホッとした表情でこちらを見ていた。そう言えば、彼は彼女を庇う様に自分が相手になると言っていた。


「過保護なんだよね」


 低く文句を言う姿は、まだ十七の少女だ。
 こんなうら若い少女を、それも将軍の娘で魔術師でもある令嬢を部下に据えられた彼の心労を思うと気の毒だ。ユリウスは思わず笑みをこぼした。

 周囲を見ると、観客達は何故か皆黙って立ち尽くしている。声を発する者は誰もいなかった。
 不思議に思ってエルディアが首を傾げていると、アストラルドがハイゼレーヴとヴィンセントを従えて、二人に向かって歩いてきた。


「君達があんまり凄くて、皆引いちゃってるんだよ」


 赤鷲の騎士団長ハイゼレーヴは渋い顔でユリウスを見る。


「あまり無茶をするな。エルディア様はアーヴァイン殿が魔力を封じておかねばならなかった程の魔術師だぞ」


 ハイゼレーヴをまあまあと宥めて、アストラルドが赤鷲の騎士に微笑みかけた。


「ルディは強いだろう?ユリウス」

「はい。驚くほどに。これで攻撃魔法も操るのですか」


 アストラルドはふふふと笑って頷く。


「言ってなくて悪かったね。彼女は黒竜騎士団と共にフェンリルを倒した強者つわものなんだ。ねえ、ヴィンセント」

「はい。我が騎士団の者は彼女を太陽の女神と呼んで崇拝しております」

「殿下の慧眼、恐れ入ります。彼女はまさしく殿下を守護する女神となりましょう」



 褒賞金の授与式の準備をするからと、ヴィンセントがエルディアを客席の方へ連れて行くと、ロイゼルドとアーヴァインが待っていた。


「魔法合戦にならなくて良かった。お前の魔力はこの魔石ではふせぎきれんからな」

「アーヴァイン様は知っていたのですか?」

「あの眼を見たらわかる。あいつの魔力も結構なものだぞ」


 金眼の者は雷の神ルゲルタの愛し子。
 魔力を持つ者の中でも、金の瞳を持つ者は特別に雷を操るのでそう呼ばれている。
 ユリウスも雷の攻撃魔法の使い手である事を、アーヴァインは知っていたらしい。


「怪我はないか?」


 ロイゼルドがエルディアに尋く。


「ないよ。すぐに消えるし」


 全く心配性なんだから、とエルディアは呆れかえる。


「途中で魔法を解いていたな」

「気付いてたの?」

「動きが変わったからな」


 彼には何でも見透されてしまう。


「魔力がなくても戦える事を彼に教えたかったんだ。ちょっと魔力が強いだけで騎士を名乗るなと思われていたようだから」

「危険だろう」

「どうせ死なない。私は魔獣と同じだから」


 心配するなと言うつもりでそう答え、彼の顔を見上げてエルディアは後悔した。彼の顔は苦しげに曇っていた。


「覚えておくんだ、ルディ。お前は戦いの道具じゃない」


 傷つくな、無茶をするな、とロイゼルドには常々言われている。きっと彼には、自分がこの身体を疎ましく思っていることがばれているのだろう。

 試合を終えた会場の観客達が、自分に対して示した感情は『畏怖』だ。
 強すぎる力は人に畏れを抱かせる。女神などと崇める言葉を使っているが、所詮この力は人ならざるものだ。戦いでしか役に立たない。

 だが、戦いにおける利用価値は高い。だからこそアストラルドも鷲獅子騎士団に自分を入れたのだろう。


「私は道具だよ。でも、ロイが大事に思ってくれるなら、壊れないように上手に使って」


 エルディアは彼の手を取りぎゅっと握った。
 自分の心をいつも守ってくれる、彼を一番に守りたい。
 自分はその為の道具であるなら、この身体も受け入れられると思った。
 
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