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第四章 終焉の神
5 御前試合
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試合は訓練場を左右二つに分けて、二会場で行われることになった。出場者は予めくじ引きで対戦相手が決められ、トーナメント方式で勝者が決まる。
バルコニーから第一試合を見ていたエルディアは、わくわくするのを抑えられなかった。
「凄い!どっちも強い」
黒竜騎士団のライネルが、白狼騎士団のレアルーダと対戦している。レアルーダはカルシードが従騎士として師事していた長兄だ。
あのカルシードを鍛えただけあって、体捌きも剣捌きも一級だった。
「これは一回戦には勿体ない対戦だな」
アストラルドも頷いている。
黒竜きっての剣の使い手が苦戦していた。
無駄のないシャープな動きのライネルが斬り込むと、その動きを読んでいたレアルーダが素早くかわして死角から突き込む。ライネルは苦々しい顔でそれを剣で弾き、さらに踏み込んで斬り込むと、相手はサッと飛び退ってかわした。
「シードのお兄様?」
「そうだよ」
「ライネル様大丈夫かしら。負けたらお父様がうるさいのに」
「ヴィンセントもこの試合を見ていたら文句は言わないよ。これはどっちも凄い」
重い斬り込みをひらりとかわし、更に隙を狙って反撃の突きを入れる。すかさず横から剣をひいて逸らし、返す刃で攻撃する。息をつかせぬ攻防は観客の目を釘付けにしていた。
これだけ激しい戦いなのに、二人とも全く息があがる様子がない。淡々と戦い続ける体力とその胆力に、ただただ感嘆の溜息をつく。
「素晴らしいわ」
リュシエラ王女も目をキラキラさせて見ている。リゼットは彼女を見て少し驚いた。
戦いなど野蛮だと嫌う令嬢も多いと言うのに、この淑女の中の淑女はまるで少女のように喜んでいる。リゼットの視線に気がついたのか、リュシエラ王女は彼女を見てクスリと笑った。
「驚かないで。わたくしこういうの大好きなんですわ。エルの訓練もちょくちょく見に行っていましたの」
「あ、わたくしも騎士団の訓練をよく覗いていました。格好いいですよね」
リゼットはロイ様が、という言葉はこっそり飲み込んだ。
男前が真剣に戦う姿は見ているだけでうっとりしてしまう。ライネルもレアルーダもなかなかのイケメンだ。この試合もなかなかに乙女心をきゅんきゅんさせてくれる。
(小説だとやっぱりここは、負けたら勝者の言う事を聞かされるのかしら。この二人は絵になるわね。あ、でもライネル様恋人が出来たって言ってたわ)
BL本の読みすぎだろう。そんな事を考えていると、隣から視線を感じた。
エルディアがちろりと半眼で自分を見ている。
「何?ルディ」
「ん………いや、リズがまた変な想像してないかと思っただけ」
鋭いわと思いつつ、リゼットはやあね、と言って誤魔化した。
そうこうしているうちに決着がついたようだ。
一瞬の隙をついたレアルーダの剣が、ライネルの剣を弾き飛ばした。嗚呼、という観客の悲鳴があがり、勝負はレアルーダの勝利で終わった。
二人が王に一礼して下がると、割れんばかりの歓声が二人を見送る。
「あ、ウィード」
エルディアが次の対戦者を見て弾んだ声を出した。荒々しい姿の傭兵と共に並んだのはウィードだった。
決して細身ではないウィードの太腿位ある腕をした傭兵は、武器も巨大な両手剣を携えていた。
「凄い剣だな。私では到底扱えない」
「大丈夫かしら」
あんな大きな剣で斬られたら、甲冑を着ていてもひとたまりもないだろう。
二人が向かい合って試合開始の合図が送られた。
観客の心配を他所に、ウィードは恐れる様子もなく飄々と剣も構えず立っている。
「何故構えないのかしら?」
不思議そうなリゼットに、エルディアは楽しそうに答える。
「正面から打ち合う気がないからだよ」
「え?どうするんですの?」
「見ていて。この勝負はウィードが勝つよ」
エルディアはふふふと小さく笑った。
切先を下げたままのウィードの姿に、馬鹿にされたと思ったのか、傭兵は大きく身体をしならせて剣を振り上げた。走り込みながら重い剣をブンと横に振る。
激しい斬り込みが胴に打ち込まれたと思った瞬間、ウィードの身体が一瞬沈んだように見え、それから二人の身体はピタリと時を止めたかのように固まった。
「え………?」
「ほらね」
二人はすれ違う程の距離で止まっている。
巨大な傭兵の剣は、真っ直ぐ彼の前方に延ばされている。
真っ青な顔色の彼の首筋には、すぐ横に立つウィードの剣がピタリと当てられていた。
「今、何がどうなったんですの?」
「一瞬でかわして相手の動きを止めたな」
「あの程度ならウィードなら簡単だよ」
初めて試合した時から、彼の剣はとても速くて鋭かった。この試合も一瞬ではあったが、無駄な動きが一切なかった。
この三年で更に鍛え上げられているのだろう。
「残念だな。ウィードと戦ってみたかった」
試合場から下がるウィードを見ながらポツリと口からこぼれた言葉に、リゼットがぎょっとして隣を見る。
「ルディ、貴女自分が女性だってわかってる?」
「ん?わかってるよ。こうして女の姿に戻ったし」
いや、かなりわかっていないとリゼットは思った。
アストラルドが可笑しそうに笑ってエルディアに尋く。
「そういえばどうして出なかったんだい?」
「ロイに止められました。危ないからって」
「ふふ、他の男達が危ないのではなくて?」
「魔法禁止はさすがに、だそうです。大丈夫なのに」
「心配性だねえ」
「お兄様、いくらルディが強くても、女の子でロイゼルド様の婚約者ですわ。止めるのは当たり前でしょう」
リュシエラ王女の言葉にアストラルドは肩をすくめた。
バルコニーから第一試合を見ていたエルディアは、わくわくするのを抑えられなかった。
「凄い!どっちも強い」
黒竜騎士団のライネルが、白狼騎士団のレアルーダと対戦している。レアルーダはカルシードが従騎士として師事していた長兄だ。
あのカルシードを鍛えただけあって、体捌きも剣捌きも一級だった。
「これは一回戦には勿体ない対戦だな」
アストラルドも頷いている。
黒竜きっての剣の使い手が苦戦していた。
無駄のないシャープな動きのライネルが斬り込むと、その動きを読んでいたレアルーダが素早くかわして死角から突き込む。ライネルは苦々しい顔でそれを剣で弾き、さらに踏み込んで斬り込むと、相手はサッと飛び退ってかわした。
「シードのお兄様?」
「そうだよ」
「ライネル様大丈夫かしら。負けたらお父様がうるさいのに」
「ヴィンセントもこの試合を見ていたら文句は言わないよ。これはどっちも凄い」
重い斬り込みをひらりとかわし、更に隙を狙って反撃の突きを入れる。すかさず横から剣をひいて逸らし、返す刃で攻撃する。息をつかせぬ攻防は観客の目を釘付けにしていた。
これだけ激しい戦いなのに、二人とも全く息があがる様子がない。淡々と戦い続ける体力とその胆力に、ただただ感嘆の溜息をつく。
「素晴らしいわ」
リュシエラ王女も目をキラキラさせて見ている。リゼットは彼女を見て少し驚いた。
戦いなど野蛮だと嫌う令嬢も多いと言うのに、この淑女の中の淑女はまるで少女のように喜んでいる。リゼットの視線に気がついたのか、リュシエラ王女は彼女を見てクスリと笑った。
「驚かないで。わたくしこういうの大好きなんですわ。エルの訓練もちょくちょく見に行っていましたの」
「あ、わたくしも騎士団の訓練をよく覗いていました。格好いいですよね」
リゼットはロイ様が、という言葉はこっそり飲み込んだ。
男前が真剣に戦う姿は見ているだけでうっとりしてしまう。ライネルもレアルーダもなかなかのイケメンだ。この試合もなかなかに乙女心をきゅんきゅんさせてくれる。
(小説だとやっぱりここは、負けたら勝者の言う事を聞かされるのかしら。この二人は絵になるわね。あ、でもライネル様恋人が出来たって言ってたわ)
BL本の読みすぎだろう。そんな事を考えていると、隣から視線を感じた。
エルディアがちろりと半眼で自分を見ている。
「何?ルディ」
「ん………いや、リズがまた変な想像してないかと思っただけ」
鋭いわと思いつつ、リゼットはやあね、と言って誤魔化した。
そうこうしているうちに決着がついたようだ。
一瞬の隙をついたレアルーダの剣が、ライネルの剣を弾き飛ばした。嗚呼、という観客の悲鳴があがり、勝負はレアルーダの勝利で終わった。
二人が王に一礼して下がると、割れんばかりの歓声が二人を見送る。
「あ、ウィード」
エルディアが次の対戦者を見て弾んだ声を出した。荒々しい姿の傭兵と共に並んだのはウィードだった。
決して細身ではないウィードの太腿位ある腕をした傭兵は、武器も巨大な両手剣を携えていた。
「凄い剣だな。私では到底扱えない」
「大丈夫かしら」
あんな大きな剣で斬られたら、甲冑を着ていてもひとたまりもないだろう。
二人が向かい合って試合開始の合図が送られた。
観客の心配を他所に、ウィードは恐れる様子もなく飄々と剣も構えず立っている。
「何故構えないのかしら?」
不思議そうなリゼットに、エルディアは楽しそうに答える。
「正面から打ち合う気がないからだよ」
「え?どうするんですの?」
「見ていて。この勝負はウィードが勝つよ」
エルディアはふふふと小さく笑った。
切先を下げたままのウィードの姿に、馬鹿にされたと思ったのか、傭兵は大きく身体をしならせて剣を振り上げた。走り込みながら重い剣をブンと横に振る。
激しい斬り込みが胴に打ち込まれたと思った瞬間、ウィードの身体が一瞬沈んだように見え、それから二人の身体はピタリと時を止めたかのように固まった。
「え………?」
「ほらね」
二人はすれ違う程の距離で止まっている。
巨大な傭兵の剣は、真っ直ぐ彼の前方に延ばされている。
真っ青な顔色の彼の首筋には、すぐ横に立つウィードの剣がピタリと当てられていた。
「今、何がどうなったんですの?」
「一瞬でかわして相手の動きを止めたな」
「あの程度ならウィードなら簡単だよ」
初めて試合した時から、彼の剣はとても速くて鋭かった。この試合も一瞬ではあったが、無駄な動きが一切なかった。
この三年で更に鍛え上げられているのだろう。
「残念だな。ウィードと戦ってみたかった」
試合場から下がるウィードを見ながらポツリと口からこぼれた言葉に、リゼットがぎょっとして隣を見る。
「ルディ、貴女自分が女性だってわかってる?」
「ん?わかってるよ。こうして女の姿に戻ったし」
いや、かなりわかっていないとリゼットは思った。
アストラルドが可笑しそうに笑ってエルディアに尋く。
「そういえばどうして出なかったんだい?」
「ロイに止められました。危ないからって」
「ふふ、他の男達が危ないのではなくて?」
「魔法禁止はさすがに、だそうです。大丈夫なのに」
「心配性だねえ」
「お兄様、いくらルディが強くても、女の子でロイゼルド様の婚約者ですわ。止めるのは当たり前でしょう」
リュシエラ王女の言葉にアストラルドは肩をすくめた。
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