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第三章 風の神獣の契約者
20 最初の魔獣
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魔獣が出現した港は、皇都から馬で走ればすぐだ。ヴェルワーンが派遣した討伐隊と共に、アストラルドの護衛についてきたエディーサ王国の近衛騎士団も向かった。エルディア達はもちろん、エルフェルムとフェンもエディーサ王国の騎士達の中に混ざって馬を走らせていた。
フェンは自分で走らず、エルフェルムの操る馬の首にちゃっかりしがみついて乗っている。
「おい、それ落ちないのかよ」
「大丈夫、慣れてるから」
リアムの心配に、エルフェルムが笑って答えた。大きな狼にしがみつかれた馬はかなり迷惑そうだったが、エルフェルムの操作が上手いせいか暴れる事なく走る。
程なくして目的の港が見えてきた。かつてリゼットを取り戻しに来た時に船が着いた港町、その見覚えのある風景が無惨にも炎に焼かれ燃え落ちている。
「ひどいな」
町の中を抜けて進みながらエルディアは呟いた。
人々はもう避難しているのだろう。家々に人の気配はない。海に近づくにつれ、建物にまだ火がつき燃えているところが多くなる。
リヴァイアサンは海に棲み、鋭い牙を持つ巨大な蛇のような姿をしている。その性質は獰猛冷酷で、口から火を吐き、巨体で波を起こして船を沈める。
普段は海中を泳ぎ船を襲う事が多いが、稀に陸に近づき海辺の町を襲うことがあるのだ。
皇都レオフォードは外海からは大分内陸に入った場所に位置するが、内海と外海を結ぶ広い海峡沿いにこの町はある。この個体は内海に入り込み棲みついたものだろう。
そして、リヴァイアサンは魔獣の中でも上級クラスだ。
エディーサ王国では上級クラスの魔獣の討伐には、手練れの騎士と魔術師が二百人は必要と言われている。イエラザーム皇国の討伐隊は、既に到着していた者も含めてざっと数えても三百はいるが魔術師はいない。水魔法を持つアーヴァインがいれば、海中の魔獣に攻撃を加えることも出来るのだが。
イエラザーム皇国の騎士達は、町中の人々の救出と避難に走るもの以外は港でかたまって海を見ている。やはり海の中の魔獣に対して手が出せずにいるようだった。
「奴は水の中にいる。どうやって引きずり出す?」
ロイゼルドがイエラザームの指揮官に聞く。シェインという名のまだ比較的若い騎士団長は、海岸を睨みながら答える。
「奴はまた街に向けて襲ってくる。その時を狙う」
港にたくさんあったはずの船は、魔獣によって沈められてしまっている。横向きに半分沈んだ船が並び、その向こうに渦巻く波が見えた。黒く光る、数十メートルはあるであろう背びれが海面をゆっくりと泳いでいる。
イエラザームの騎士達が走り、鎖のついた槍が幾本も港に準備された。
「エディーサ王国には魔術師がいるというが、奴の吐く炎をどうにか出来るのか?」
「エル、ふせげるか?」
「この範囲なら僕とルフィで十分ふせげると思う。フェンもいるから大丈夫だよ」
金髪の美少女が軍服を着て『僕』というので、シェインが戸惑ったような素振りを見せる。ロイゼルドは苦笑して説明した。
「彼女が魔術師だ。騎士団にも所属しているので、男言葉が抜けないんだ」
エルフェルムがフェンを連れて来た。
「ルディ、僕等はどう動く?」
「ルフィ、結界を張って奴の炎をふせいで。ねえ、聞いたことなかったけど、攻撃は得意?」
エルディアには使えない治癒魔法を、エルフェルムは使えるという。
反対に彼には出来ないものがあるのではと思った。
「風の攻撃魔法は使える。でも、肉弾戦は苦手だな」
強化魔法は出来ないらしい。
「フェンは?」
『フェンリルとおなじだよ』
白い獣はそう言ってエルディアに鼻先をすりすりする。
「フェン、リヴァイアサンと戦った事ある?」
『ないけど、よわいよ』
フフン、と鼻を鳴らしてフェンはペロリと舌なめずりした。
「弱い?」
『なみをおこして、ひをはくだけ。からだはかたいけど、かぜできりさける。よわい』
フェンはそう言って海を見た。漆黒の瞳が剣呑に光る。
エルディアは首を捻った。
「上級魔獣のはずなんだけどな」
「フェンリルは神獣の中でもあんまり強いから神の子と呼ばれただろう?フェンも同じだから」
エルフェルムがくすりと笑う。
「僕等は人前で魔法を見せないようにしていたから、フェンを実際に戦わせたことはないけど、きっと強いよ。どんな魔獣よりも」
確かにフェンリルは不死の身体を持ち異常なまでに強かった。
『くるっていないけものはつよいんだよ。まかせて、ルディはぼくがまもる』
狂っていない獣……
魔獣に堕ちる前の獣の事だろうか。
神々が姿を消す前、かつて神獣だった獣。
かつて『光』と呼ばれた無数の獣達。
神の獣達はそれぞれの主となる神に仕え守護していた。
主を失った獣達は闇に堕ち魔獣となる。
『太陽』は地に堕ちた。
そのせいでフェンリルもまた闇に落ち、魔獣となった。
黒銀の狼となったフェンリルは、風の刃と鋭い爪、即座に治癒する身体を持ち、不死に近い強さを持っていた。
それでも神獣であった頃に比べれば、弱かったというのだろうか。
確かに、フェンはまだ身体は普通の狼並みに小さいながらも、かつてのフェンリルの姿と同じだ。
白銀の身体、漆黒の瞳。神話のままのフェンリルと同じ………
ならばフェンは、かつて戦った黒銀のフェンリルの上を行く強さを持っているというのか。
フェンは何者だ?
「フェン………貴方は魔獣じゃないの?」
エルディアがおそるおそる尋ねる。
『ぼくは、さいしょのまじゅうだよ』
そう答えたフェンの声は、何処となく悲しげに聞こえた。
フェンは自分で走らず、エルフェルムの操る馬の首にちゃっかりしがみついて乗っている。
「おい、それ落ちないのかよ」
「大丈夫、慣れてるから」
リアムの心配に、エルフェルムが笑って答えた。大きな狼にしがみつかれた馬はかなり迷惑そうだったが、エルフェルムの操作が上手いせいか暴れる事なく走る。
程なくして目的の港が見えてきた。かつてリゼットを取り戻しに来た時に船が着いた港町、その見覚えのある風景が無惨にも炎に焼かれ燃え落ちている。
「ひどいな」
町の中を抜けて進みながらエルディアは呟いた。
人々はもう避難しているのだろう。家々に人の気配はない。海に近づくにつれ、建物にまだ火がつき燃えているところが多くなる。
リヴァイアサンは海に棲み、鋭い牙を持つ巨大な蛇のような姿をしている。その性質は獰猛冷酷で、口から火を吐き、巨体で波を起こして船を沈める。
普段は海中を泳ぎ船を襲う事が多いが、稀に陸に近づき海辺の町を襲うことがあるのだ。
皇都レオフォードは外海からは大分内陸に入った場所に位置するが、内海と外海を結ぶ広い海峡沿いにこの町はある。この個体は内海に入り込み棲みついたものだろう。
そして、リヴァイアサンは魔獣の中でも上級クラスだ。
エディーサ王国では上級クラスの魔獣の討伐には、手練れの騎士と魔術師が二百人は必要と言われている。イエラザーム皇国の討伐隊は、既に到着していた者も含めてざっと数えても三百はいるが魔術師はいない。水魔法を持つアーヴァインがいれば、海中の魔獣に攻撃を加えることも出来るのだが。
イエラザーム皇国の騎士達は、町中の人々の救出と避難に走るもの以外は港でかたまって海を見ている。やはり海の中の魔獣に対して手が出せずにいるようだった。
「奴は水の中にいる。どうやって引きずり出す?」
ロイゼルドがイエラザームの指揮官に聞く。シェインという名のまだ比較的若い騎士団長は、海岸を睨みながら答える。
「奴はまた街に向けて襲ってくる。その時を狙う」
港にたくさんあったはずの船は、魔獣によって沈められてしまっている。横向きに半分沈んだ船が並び、その向こうに渦巻く波が見えた。黒く光る、数十メートルはあるであろう背びれが海面をゆっくりと泳いでいる。
イエラザームの騎士達が走り、鎖のついた槍が幾本も港に準備された。
「エディーサ王国には魔術師がいるというが、奴の吐く炎をどうにか出来るのか?」
「エル、ふせげるか?」
「この範囲なら僕とルフィで十分ふせげると思う。フェンもいるから大丈夫だよ」
金髪の美少女が軍服を着て『僕』というので、シェインが戸惑ったような素振りを見せる。ロイゼルドは苦笑して説明した。
「彼女が魔術師だ。騎士団にも所属しているので、男言葉が抜けないんだ」
エルフェルムがフェンを連れて来た。
「ルディ、僕等はどう動く?」
「ルフィ、結界を張って奴の炎をふせいで。ねえ、聞いたことなかったけど、攻撃は得意?」
エルディアには使えない治癒魔法を、エルフェルムは使えるという。
反対に彼には出来ないものがあるのではと思った。
「風の攻撃魔法は使える。でも、肉弾戦は苦手だな」
強化魔法は出来ないらしい。
「フェンは?」
『フェンリルとおなじだよ』
白い獣はそう言ってエルディアに鼻先をすりすりする。
「フェン、リヴァイアサンと戦った事ある?」
『ないけど、よわいよ』
フフン、と鼻を鳴らしてフェンはペロリと舌なめずりした。
「弱い?」
『なみをおこして、ひをはくだけ。からだはかたいけど、かぜできりさける。よわい』
フェンはそう言って海を見た。漆黒の瞳が剣呑に光る。
エルディアは首を捻った。
「上級魔獣のはずなんだけどな」
「フェンリルは神獣の中でもあんまり強いから神の子と呼ばれただろう?フェンも同じだから」
エルフェルムがくすりと笑う。
「僕等は人前で魔法を見せないようにしていたから、フェンを実際に戦わせたことはないけど、きっと強いよ。どんな魔獣よりも」
確かにフェンリルは不死の身体を持ち異常なまでに強かった。
『くるっていないけものはつよいんだよ。まかせて、ルディはぼくがまもる』
狂っていない獣……
魔獣に堕ちる前の獣の事だろうか。
神々が姿を消す前、かつて神獣だった獣。
かつて『光』と呼ばれた無数の獣達。
神の獣達はそれぞれの主となる神に仕え守護していた。
主を失った獣達は闇に堕ち魔獣となる。
『太陽』は地に堕ちた。
そのせいでフェンリルもまた闇に落ち、魔獣となった。
黒銀の狼となったフェンリルは、風の刃と鋭い爪、即座に治癒する身体を持ち、不死に近い強さを持っていた。
それでも神獣であった頃に比べれば、弱かったというのだろうか。
確かに、フェンはまだ身体は普通の狼並みに小さいながらも、かつてのフェンリルの姿と同じだ。
白銀の身体、漆黒の瞳。神話のままのフェンリルと同じ………
ならばフェンは、かつて戦った黒銀のフェンリルの上を行く強さを持っているというのか。
フェンは何者だ?
「フェン………貴方は魔獣じゃないの?」
エルディアがおそるおそる尋ねる。
『ぼくは、さいしょのまじゅうだよ』
そう答えたフェンの声は、何処となく悲しげに聞こえた。
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