46 / 126
第二章 生き別れの兄と白い狼
22 再会
しおりを挟む
コンコン
ガラスを叩く音がした。四人はそろって音がした窓の方を見る。
「ほらね」
リゼットが目をきらめかせて微笑んだ。
「エル、彼よ!」
リゼットにうながされてエルディアは窓に近づき、そして立ち尽くした。
目の前に自分がいる。
否、自分より背が高く、より男らしい体つきをしている。自分とは違って、長い銀の髪を後ろで束ねていた。
彼は窓枠の上下に手と足を掛け、その身体を支えている。
「ルフィ………?」
彼は窓の外からぱくぱくと口を動かしている。窓を開けろと言っているようだ。鍵を外して開くと、ヒラリと中へ飛び込んで来た。
彼の後ろから大きな白い狼も、ヒョイと入ってくる。
どうしてエルフェルムがここにいるのか。
彼の隣には、真っ白い狼が彼にすり寄るように寄り添っている。
「フェン?」
狼はエルディアを見ると、嬉しそうに尻尾を振った。
「本当に、ルフィ?」
本物のエルフェルムはエルディアに近寄ると、その右手をとって頬に寄せた。
「会いたかった。僕の片割れ」
彼はエルディアより頭ひとつ背が高かった。
少し彼の顔を見上げて、エルディアはもう片方の震える手で彼の頬を撫でた。
温かい。
本当に生きている。
戦場で垣間見た、生きた兄が自分の前にいる。
ポロリと緑の瞳から涙がこぼれた。
「ルフィ………僕も会いたかった」
離れ離れになってもう九年になる。死んでしまったと絶望した。
生きているかもしれないとわかってから、何度も会いたいと夢見ていた。
やっと、今、その願いが叶った。
「おい、感動の再会のところ邪魔するが、どうやって窓まで来たんだ?」
リアムが驚きのあまり口をぽかんと開けて尋ねる。
「下からだよ。見つからないように壁を登るのは、ちょっと大変だったけどね」
エルフェルムは何でもないことのように答えた。
「マジかよ………」
何回階段を折り返して登って来たのか、思い出しながらリアムは指折り数えてみる。
「フェンがいるから簡単なんだ」
隣の狼の背をするりと撫でる。
「その狼は君の?」
カルシードが尋ねると、エルフェルムは『ん』と軽く頷いた。
「僕の相棒だ。賢くて、強い」
狼の肉球でどうやって登って来たんだろう?カルシードは首を傾げた。
その顔を見て、エルフェルムは笑う。
「普通の狼じゃないんだ。魔獣だから」
「ええっ?」
フェンは彼の手をペロリと舐める。とても魔獣にはみえない。
「フェンは特別なんだ」
内緒だよ、と唇に人差し指を立てる。その姿はとても綺麗で、カルシードは頬が赤くなるのを感じた。この兄弟は男のくせに、そろいもそろって何でこんなに人を惑わせるんだ。
「ルフィ、一緒に帰ろう。父様も待ってる」
エルディアがエルフェルムを誘う。だが、彼は静かに首を横に振った。
「僕は崖から落ちた後、イエラザームの第一皇子・ヴェルワーン殿下に拾われた。倒れていたところを、帰国途中だった殿下が助けてくれたんだ」
ユグラル砦の戦いで会った、あの黒騎士はヴェルワーンと名乗っていた。まさか皇子だったとは。
「でも、ルフィはエディーサの人間だよ?助けてもらったからって、帰れないわけじゃないでしょう?逃げてしまえばいいじゃない!」
何か弱みでも握られているのか。そうエルディアが詰め寄ると、エルフェルムは理由があるんだよ、と微笑んだ。
「あのね、この国の第一皇妃は宰相の娘である侯爵令嬢だったんだ。殿下はその子供、第一皇子だ。彼が生まれた時、本当は母親である皇妃が皇后になるはずだった。だけど、その時すでに身籠っていたトルポント王国出身の第二皇妃によって、彼女は暗殺された」
エルフェルムは淡々と説明する。
「おかしいでしょ?皇帝はその事を知っている。なのに第二皇妃を皇后にして、その子供を皇太子に据えたんだ。エディーサ王国を手に入れるために」
「エディーサ王国を手に入れる?」
「そうだよ。イエラザーム皇国は元々五つの国を併合した巨大な帝国だ。皇帝はそこに六つ目の国として、エディーサ王国を加えようとしているんだ。トルポント王国を利用してね」
「今も?」
「『今から』ね。だからエディーサに対抗するために魔術師を手に入れようとしている」
アーヴァインを狙ったのは初めから予定されていたことだったのだ。
エルディアはエルフェルムの話に背中がぞわりとするのを感じた。
「僕は殿下と約束したんだ。殿下は古くから友好国であるエディーサ王国には手を出さない。その代わり、僕は彼が皇帝になるまでそばで手伝うと」
エルフェルムは他の三人を見渡す。彼等も言葉を失い、じっとエルフェルムの話す内容を聞いていた。
「イエラザームはこのままではシャーザラーン皇子が次の皇帝になる。彼が皇帝になれば、エディーサ王国はこれまで以上に戦いを強いられることになるだろう」
僕はそれを阻止したいんだ。エルフェルムはそう強い言葉で伝えた。
「僕は僕のやり方でエディーサを守る。まだ僕は戻れないんだ。もう少し待っていて」
ルディ、と最後は唇の動きだけで名を呼ぶ。
彼もまた、九年間、戦って来たのだろう。
一人で………と思ったとき、エルディアの足もとに白い狼がやってきて、クンクンと鼻を鳴らした。
「フェンも一緒にいたんだね」
頭を撫でてやると、尻尾を振ってペロペロと手を舐める。
「フェンは喋れないの?」
フェンリルは話していたが、フェンは話せないのだろうか?
エルフェルムを見ると、笑って首をすくめる。
「たまに片言で喋る時もあるけど、まだ無理みたい。でも、こっちの話は理解しているよ」
「刻印のことは知ってる?」
「ああ。僕も右腕にある。崖から落ちる時に、フェンがつけたと教えてくれたんだ」
「消えることはあるのかな?」
フェンが死ぬ以外に、と聞いてみると、エルフェルムは首を横に振った。
「血の契約だから無理みたいだよ。本当は一人としか契約できないんだけど、フェンは特別らしくて僕等二人を守護してくれる」
この子、変わっているらしいね、と言いながら、エルフェルムもフェンの頭を撫でた。フェンは二人に撫でられてパタパタと尻尾を振って喜んでいる。
フェンリルの言っていた、『異端の獣』とはそういうことなのだろうか?
エルディアは膝をついてフェンの首を両腕で抱く。
白い毛並みは柔らかくて気持ちいい。かすかに日向《ひなた》の草むらの匂いがした。
「フェン、ルフィを守ってくれてありがとう。まだしばらく、兄様を頼むね」
フェンはなんとなく胸を張って、任せてください、といったふうにキリリと背中を伸ばした。それを見たエルフェルムがクスクス笑う。
「あんまり張り切るとヘマするから、程々でお願い」
そういった途端、ジロリと不満気にエルフェルムの方を見る。本当に理解しているようだ。
「さあ、ここから脱出しよう」
エルフェルムは四人に向けて明るく言った。
ガラスを叩く音がした。四人はそろって音がした窓の方を見る。
「ほらね」
リゼットが目をきらめかせて微笑んだ。
「エル、彼よ!」
リゼットにうながされてエルディアは窓に近づき、そして立ち尽くした。
目の前に自分がいる。
否、自分より背が高く、より男らしい体つきをしている。自分とは違って、長い銀の髪を後ろで束ねていた。
彼は窓枠の上下に手と足を掛け、その身体を支えている。
「ルフィ………?」
彼は窓の外からぱくぱくと口を動かしている。窓を開けろと言っているようだ。鍵を外して開くと、ヒラリと中へ飛び込んで来た。
彼の後ろから大きな白い狼も、ヒョイと入ってくる。
どうしてエルフェルムがここにいるのか。
彼の隣には、真っ白い狼が彼にすり寄るように寄り添っている。
「フェン?」
狼はエルディアを見ると、嬉しそうに尻尾を振った。
「本当に、ルフィ?」
本物のエルフェルムはエルディアに近寄ると、その右手をとって頬に寄せた。
「会いたかった。僕の片割れ」
彼はエルディアより頭ひとつ背が高かった。
少し彼の顔を見上げて、エルディアはもう片方の震える手で彼の頬を撫でた。
温かい。
本当に生きている。
戦場で垣間見た、生きた兄が自分の前にいる。
ポロリと緑の瞳から涙がこぼれた。
「ルフィ………僕も会いたかった」
離れ離れになってもう九年になる。死んでしまったと絶望した。
生きているかもしれないとわかってから、何度も会いたいと夢見ていた。
やっと、今、その願いが叶った。
「おい、感動の再会のところ邪魔するが、どうやって窓まで来たんだ?」
リアムが驚きのあまり口をぽかんと開けて尋ねる。
「下からだよ。見つからないように壁を登るのは、ちょっと大変だったけどね」
エルフェルムは何でもないことのように答えた。
「マジかよ………」
何回階段を折り返して登って来たのか、思い出しながらリアムは指折り数えてみる。
「フェンがいるから簡単なんだ」
隣の狼の背をするりと撫でる。
「その狼は君の?」
カルシードが尋ねると、エルフェルムは『ん』と軽く頷いた。
「僕の相棒だ。賢くて、強い」
狼の肉球でどうやって登って来たんだろう?カルシードは首を傾げた。
その顔を見て、エルフェルムは笑う。
「普通の狼じゃないんだ。魔獣だから」
「ええっ?」
フェンは彼の手をペロリと舐める。とても魔獣にはみえない。
「フェンは特別なんだ」
内緒だよ、と唇に人差し指を立てる。その姿はとても綺麗で、カルシードは頬が赤くなるのを感じた。この兄弟は男のくせに、そろいもそろって何でこんなに人を惑わせるんだ。
「ルフィ、一緒に帰ろう。父様も待ってる」
エルディアがエルフェルムを誘う。だが、彼は静かに首を横に振った。
「僕は崖から落ちた後、イエラザームの第一皇子・ヴェルワーン殿下に拾われた。倒れていたところを、帰国途中だった殿下が助けてくれたんだ」
ユグラル砦の戦いで会った、あの黒騎士はヴェルワーンと名乗っていた。まさか皇子だったとは。
「でも、ルフィはエディーサの人間だよ?助けてもらったからって、帰れないわけじゃないでしょう?逃げてしまえばいいじゃない!」
何か弱みでも握られているのか。そうエルディアが詰め寄ると、エルフェルムは理由があるんだよ、と微笑んだ。
「あのね、この国の第一皇妃は宰相の娘である侯爵令嬢だったんだ。殿下はその子供、第一皇子だ。彼が生まれた時、本当は母親である皇妃が皇后になるはずだった。だけど、その時すでに身籠っていたトルポント王国出身の第二皇妃によって、彼女は暗殺された」
エルフェルムは淡々と説明する。
「おかしいでしょ?皇帝はその事を知っている。なのに第二皇妃を皇后にして、その子供を皇太子に据えたんだ。エディーサ王国を手に入れるために」
「エディーサ王国を手に入れる?」
「そうだよ。イエラザーム皇国は元々五つの国を併合した巨大な帝国だ。皇帝はそこに六つ目の国として、エディーサ王国を加えようとしているんだ。トルポント王国を利用してね」
「今も?」
「『今から』ね。だからエディーサに対抗するために魔術師を手に入れようとしている」
アーヴァインを狙ったのは初めから予定されていたことだったのだ。
エルディアはエルフェルムの話に背中がぞわりとするのを感じた。
「僕は殿下と約束したんだ。殿下は古くから友好国であるエディーサ王国には手を出さない。その代わり、僕は彼が皇帝になるまでそばで手伝うと」
エルフェルムは他の三人を見渡す。彼等も言葉を失い、じっとエルフェルムの話す内容を聞いていた。
「イエラザームはこのままではシャーザラーン皇子が次の皇帝になる。彼が皇帝になれば、エディーサ王国はこれまで以上に戦いを強いられることになるだろう」
僕はそれを阻止したいんだ。エルフェルムはそう強い言葉で伝えた。
「僕は僕のやり方でエディーサを守る。まだ僕は戻れないんだ。もう少し待っていて」
ルディ、と最後は唇の動きだけで名を呼ぶ。
彼もまた、九年間、戦って来たのだろう。
一人で………と思ったとき、エルディアの足もとに白い狼がやってきて、クンクンと鼻を鳴らした。
「フェンも一緒にいたんだね」
頭を撫でてやると、尻尾を振ってペロペロと手を舐める。
「フェンは喋れないの?」
フェンリルは話していたが、フェンは話せないのだろうか?
エルフェルムを見ると、笑って首をすくめる。
「たまに片言で喋る時もあるけど、まだ無理みたい。でも、こっちの話は理解しているよ」
「刻印のことは知ってる?」
「ああ。僕も右腕にある。崖から落ちる時に、フェンがつけたと教えてくれたんだ」
「消えることはあるのかな?」
フェンが死ぬ以外に、と聞いてみると、エルフェルムは首を横に振った。
「血の契約だから無理みたいだよ。本当は一人としか契約できないんだけど、フェンは特別らしくて僕等二人を守護してくれる」
この子、変わっているらしいね、と言いながら、エルフェルムもフェンの頭を撫でた。フェンは二人に撫でられてパタパタと尻尾を振って喜んでいる。
フェンリルの言っていた、『異端の獣』とはそういうことなのだろうか?
エルディアは膝をついてフェンの首を両腕で抱く。
白い毛並みは柔らかくて気持ちいい。かすかに日向《ひなた》の草むらの匂いがした。
「フェン、ルフィを守ってくれてありがとう。まだしばらく、兄様を頼むね」
フェンはなんとなく胸を張って、任せてください、といったふうにキリリと背中を伸ばした。それを見たエルフェルムがクスクス笑う。
「あんまり張り切るとヘマするから、程々でお願い」
そういった途端、ジロリと不満気にエルフェルムの方を見る。本当に理解しているようだ。
「さあ、ここから脱出しよう」
エルフェルムは四人に向けて明るく言った。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
――貧乏だから不幸せ❓ いいえ、求めているのは寄り添ってくれる『誰か』。
◆
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリア。
両親も既に事故で亡くなっており帰る場所もない彼女は、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていた。
しかし目的地も希望も生きる理由さえ見失いかけた時、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
10歳前後に見える彼らにとっては、親がいない事も、日々食べるものに困る事も、雨に降られる事だって、すべて日常なのだという。
そんな彼らの瞳に宿る強い生命力に感化された彼女は、気が付いたら声をかけていた。
「ねぇ君たち、お腹空いてない?」
まるで野良犬のような彼らと、貴族の素性を隠したフィーリアの三人共同生活。
平民の勝手が分からない彼女は、二人や親切な街の人達に助けられながら、自分の生き方やあり方を見つけて『自分』を取り戻していく。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
灰色の冒険者
水室二人
ファンタジー
異世界にに召喚された主人公達、
1年間過ごす間に、色々と教えて欲しいと頼まれ、特に危険は無いと思いそのまま異世界に。
だが、次々と消えていく異世界人。
1年後、のこったのは二人だけ。
刈谷正義(かりやまさよし)は、残った一人だったが、最後の最後で殺されてしまう。
ただ、彼は、1年過ごすその裏で、殺されないための準備をしていた。
正義と言う名前だけど正義は、嫌い。
そんな彼の、異世界での物語り。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
元聖女だった少女は我が道を往く
春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。
彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。
「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。
その言葉は取り返しのつかない事態を招く。
でも、もうわたしには関係ない。
だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。
わたしが聖女となることもない。
─── それは誓約だったから
☆これは聖女物ではありません
☆他社でも公開はじめました
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる