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第二章 生き別れの兄と白い狼
14 祝宴
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エルフェルムの姿が見えなくなってすぐ、エルディアは急いで階下へ走り降りた。
アーヴァインの魔術によって撤退してゆく敵兵を見ながら、味方の兵士達が歓声を上げている。見たこともない強大な攻撃魔法を目の前で見て、興奮冷めやらぬ様子だ。それらを横目に見て、エルディアは指揮官の部屋へ急ぐ。
彼女はエルガルフを探していた。
「父様……将軍!」
しまった、と言い直す。
エルガルフは副将と共に、戦況がどう転ぶかの相談をしていたようだった。
幸い、西のシュバルツ領の戦いも優勢に進んでおり、そうかからずして終われそうだとの報告が来ている。
「エル、どうした」
慌てた様子のエルディアを見たエルガルフが、要件を言うよう促す。
「イエラザーム皇国軍に結界を張れる魔術師がいました」
エルガルフの目が少し疑うように細められる。
「ルフィだと思います」
「何だと?」
常に冷静沈着な父が明らかに狼狽えている。
エルディアは重ねて報告した。
「遠目でしたが、間違い無いと思います。あれは普通の魔術師の結界ではありません。間違いなくルフィも刻印を持っています」
「なぜイエラザームに………」
「それがわかりません。以前、ヴィンセント団長の御令嬢が、レンブルの森でルフィらしき人物を目撃しています。その時には一人だったらしいのですが」
イエラザーム皇国はエディーサ王国の西方に位置している。東のレンブル領で行方不明になった彼が、どうして西に?トルポント軍にいて、偶然イエラザーム軍に加わっていた?
いや、あの様子、きっと黒騎士は自分の顔を知っていたのだ。
エルフェルムの名前も。
結界を張っていた時のあの様子では、ルフィは黒騎士の配下にあると見て良いだろう。
「ルフィが名乗り出てこないのには何か理由があると思っていたが、まさか敵国に加担しているとはな」
エルガルフが目を伏せて腕を組んだ。何やら考えている。
「今はあいつが何を考えているのかわからない。様子を見るしか無いな」
生きていただけでも良かったが、と小さく呟いた。エルディアはそれに同意した。しかし、不安は残る。
エルフェルムを手中に置いているという事は、イエラザーム皇国は刻印の秘密を知っているに違いない。そのことがこの先どういう事態に進むのか。エルディアには予想もできなかった。
次の日の夜、ユグラル砦の周囲からトルポント・イエラザーム両軍は撤退した。
大地を焼き尽くした攻撃魔法により、攻城兵器を失い多数の負傷者を出した。兵の士気はどうしようもなく下がっていた。指揮官の目を盗んで逃亡する兵士達も多数出ていた。
業炎の悪夢は彼等の心に、消しようの無い恐怖を植え付けたのだ。
エディーサ王国の魔術師団の常識では計りきれない恐ろしさを実感した彼等は、本国に戻って報告するだろう。
魔術師に護られた王国の、不可侵の伝説は真実であったと。
*********
それから三日後、荒れ果てた戦場の後片付けを終えて、騎士団はそれぞれの本拠地へ戻ることになった。
その前日の夜、砦の中では祝勝の宴が行われた。
広間、厨房、城壁の上、様々な場所で、生き残った者達が酒を酌み交わして喜んでいる。
広間ではレインスレンドが弟のカルシードの無事を祝っていた。
その隣でリアムはヴィンセントに捕まり、長々と話を聞かされてげんなりしている。
アーヴァインはこの戦の最たる功労者ではあったが、宴会など興味がないと言って別室に籠り、魔石の効果の実験結果を書き綴っている。
魔術師達は怪我人達の寝かされている病室で、治療をしている兵士達と無事を祝い合っているようだった。
エルガルフは各所を廻りながら、激戦をくぐり抜けた兵士達をねぎらっている。
一方エルディアは、ロイゼルドを探して砦内をうろうろしていた。
いつもこういう時には、人に囲まれているはずの師の姿がない。一緒に喜び合いたかったのにどこへ行ってしまったのか。
おかしいな、と首を傾げていると、ビールを片手に肩を組んで歩いて来た二人の騎士がエルディアに声をかけた。
「おーい、エル、ロイゼルド副団長が呼んでたぞ」
「え?どこにいました?」
「中庭に来いって」
「中庭?なんでそんなところに」
祝宴会場は屋内だ。人のいない中庭で何をしているのだろうか。
不思議に思いながら、エルディアは階段を一番下まで降りて中庭へ向かう。
着いてみたが誰もいないように見えた。
「いないじゃん」
きょろきょろしながら中庭の隅まで来てエルディアが呟いた時、不意に腕を引かれた。
「エル」
木の影に引き込まれて、背後から肩を掴まれる。
「ロイ?」
すぐに師と気付いて名前を呼んだ。返答はない。その代わりにくすりと笑ったような気配がした。
「ロイ、びっくりした。ねえ、こんなところで何の用事?」
「お前は全く………疑いもせずに」
あきれたような溜息と共に、軽く抱きすくめられた。
「俺に何か言うことがあるだろう?エル」
「え………?」
何か怒られるような事やらかしたっけ?
反省をうながすような台詞に、エルディアは首を傾げる。
「そばを離れて勝手に敵軍に飛び込んだ奴には、無茶をしないようにお仕置きが必要だと思わないか?」
(そのことか!)
身をすくめたエルディアの頬に、ロイゼルドの栗茶色の髪が触れる。首筋に温かい感触と、チクリとした刺激を感じてエルディアの心臓が跳ね上がった。
「ロ、ロイ………?」
エルディアの白く細い首筋にキスを落として、顔を上げたロイゼルドが艶然とした笑みを見せる。
「このくらいでは暴走しなくなったな」
エルディアは真っ赤になって、ロイゼルドの腕を振り解こうと身を捩る。
一瞬緩んだ隙に逃げようとして、今度は正面から腰をがっちり抱き締められた。艶を含んだ瞳に見つめられ、エルディアは正視できずに目を逸らす。
「つれないな」
拗ねたように言って、エルディアの頬に唇を寄せる。
耳朶《みみたぶ》を軽く噛まれてエルディアは小さく悲鳴をあげた。
「ちょっ………」
これまでこんなふうに触れられたことはほとんどない。
からかわれたのかと思うようなことはあったが、それでも軽く触れるくらいのものだ。
「どこまでいけるか試してみようか?」
甘く耳元で響く声にくらくらしながら、エルディアは必死で首を横に振る。
「僕、今、男だし!」
ロイゼルドはくすくす笑ってエルディアの顎を持ち上げると、関係ないよと囁いて唇を塞いだ。目を白黒させるエルディアをゆっくり堪能して、ロイゼルドはようやくその腕を緩めた。
驚愕で腰がくだけそうになりながら、エルディアは木にしがみつく。
「案外大丈夫そうだな」
面白そうに見ているロイゼルドに、慌てて叫ぶ。
「無理!」
このままではもっと何かされそうだ、と本能的に危険を感じる。
これ以上は心臓がもたない。
「からかうのもいい加減にしてよ!」
そう抗議すると、おや?とロイゼルドは首を傾げた。
「わかっていなかったのか?はっきり言わなくても知っているかと思ったのに」
残念そうに言って、再びエルディアの腰を引き寄せ、その顔を自分に向けさせる。
「好きだ、エルディア。もうずっと前から」
「!」
エルディアは嬉しいのが半分、怖いのが半分、ぐるぐる混乱する頭でただロイゼルドを見つめる。
戸惑う彼女に、彼は見惚れるような魅惑的な笑顔で再び接吻する。この紫紺の瞳をした狼に喰われてしまいそうだ。
(男の格好なのに!)
ロイゼルドにとってはどうでもいいようだが、こういうのは女性の時の自分として欲しい。ああ、でも、魔道具がないととてもじゃないが魔力が暴走しそうだ。
男二人で抱き合っているなんて、こんな倒錯的な場面を誰かに見られたらどうしよう。
その時リゼットのキラキラした顔がふと浮かんで、エルディアはなんとなく悔しくなった。
アーヴァインの魔術によって撤退してゆく敵兵を見ながら、味方の兵士達が歓声を上げている。見たこともない強大な攻撃魔法を目の前で見て、興奮冷めやらぬ様子だ。それらを横目に見て、エルディアは指揮官の部屋へ急ぐ。
彼女はエルガルフを探していた。
「父様……将軍!」
しまった、と言い直す。
エルガルフは副将と共に、戦況がどう転ぶかの相談をしていたようだった。
幸い、西のシュバルツ領の戦いも優勢に進んでおり、そうかからずして終われそうだとの報告が来ている。
「エル、どうした」
慌てた様子のエルディアを見たエルガルフが、要件を言うよう促す。
「イエラザーム皇国軍に結界を張れる魔術師がいました」
エルガルフの目が少し疑うように細められる。
「ルフィだと思います」
「何だと?」
常に冷静沈着な父が明らかに狼狽えている。
エルディアは重ねて報告した。
「遠目でしたが、間違い無いと思います。あれは普通の魔術師の結界ではありません。間違いなくルフィも刻印を持っています」
「なぜイエラザームに………」
「それがわかりません。以前、ヴィンセント団長の御令嬢が、レンブルの森でルフィらしき人物を目撃しています。その時には一人だったらしいのですが」
イエラザーム皇国はエディーサ王国の西方に位置している。東のレンブル領で行方不明になった彼が、どうして西に?トルポント軍にいて、偶然イエラザーム軍に加わっていた?
いや、あの様子、きっと黒騎士は自分の顔を知っていたのだ。
エルフェルムの名前も。
結界を張っていた時のあの様子では、ルフィは黒騎士の配下にあると見て良いだろう。
「ルフィが名乗り出てこないのには何か理由があると思っていたが、まさか敵国に加担しているとはな」
エルガルフが目を伏せて腕を組んだ。何やら考えている。
「今はあいつが何を考えているのかわからない。様子を見るしか無いな」
生きていただけでも良かったが、と小さく呟いた。エルディアはそれに同意した。しかし、不安は残る。
エルフェルムを手中に置いているという事は、イエラザーム皇国は刻印の秘密を知っているに違いない。そのことがこの先どういう事態に進むのか。エルディアには予想もできなかった。
次の日の夜、ユグラル砦の周囲からトルポント・イエラザーム両軍は撤退した。
大地を焼き尽くした攻撃魔法により、攻城兵器を失い多数の負傷者を出した。兵の士気はどうしようもなく下がっていた。指揮官の目を盗んで逃亡する兵士達も多数出ていた。
業炎の悪夢は彼等の心に、消しようの無い恐怖を植え付けたのだ。
エディーサ王国の魔術師団の常識では計りきれない恐ろしさを実感した彼等は、本国に戻って報告するだろう。
魔術師に護られた王国の、不可侵の伝説は真実であったと。
*********
それから三日後、荒れ果てた戦場の後片付けを終えて、騎士団はそれぞれの本拠地へ戻ることになった。
その前日の夜、砦の中では祝勝の宴が行われた。
広間、厨房、城壁の上、様々な場所で、生き残った者達が酒を酌み交わして喜んでいる。
広間ではレインスレンドが弟のカルシードの無事を祝っていた。
その隣でリアムはヴィンセントに捕まり、長々と話を聞かされてげんなりしている。
アーヴァインはこの戦の最たる功労者ではあったが、宴会など興味がないと言って別室に籠り、魔石の効果の実験結果を書き綴っている。
魔術師達は怪我人達の寝かされている病室で、治療をしている兵士達と無事を祝い合っているようだった。
エルガルフは各所を廻りながら、激戦をくぐり抜けた兵士達をねぎらっている。
一方エルディアは、ロイゼルドを探して砦内をうろうろしていた。
いつもこういう時には、人に囲まれているはずの師の姿がない。一緒に喜び合いたかったのにどこへ行ってしまったのか。
おかしいな、と首を傾げていると、ビールを片手に肩を組んで歩いて来た二人の騎士がエルディアに声をかけた。
「おーい、エル、ロイゼルド副団長が呼んでたぞ」
「え?どこにいました?」
「中庭に来いって」
「中庭?なんでそんなところに」
祝宴会場は屋内だ。人のいない中庭で何をしているのだろうか。
不思議に思いながら、エルディアは階段を一番下まで降りて中庭へ向かう。
着いてみたが誰もいないように見えた。
「いないじゃん」
きょろきょろしながら中庭の隅まで来てエルディアが呟いた時、不意に腕を引かれた。
「エル」
木の影に引き込まれて、背後から肩を掴まれる。
「ロイ?」
すぐに師と気付いて名前を呼んだ。返答はない。その代わりにくすりと笑ったような気配がした。
「ロイ、びっくりした。ねえ、こんなところで何の用事?」
「お前は全く………疑いもせずに」
あきれたような溜息と共に、軽く抱きすくめられた。
「俺に何か言うことがあるだろう?エル」
「え………?」
何か怒られるような事やらかしたっけ?
反省をうながすような台詞に、エルディアは首を傾げる。
「そばを離れて勝手に敵軍に飛び込んだ奴には、無茶をしないようにお仕置きが必要だと思わないか?」
(そのことか!)
身をすくめたエルディアの頬に、ロイゼルドの栗茶色の髪が触れる。首筋に温かい感触と、チクリとした刺激を感じてエルディアの心臓が跳ね上がった。
「ロ、ロイ………?」
エルディアの白く細い首筋にキスを落として、顔を上げたロイゼルドが艶然とした笑みを見せる。
「このくらいでは暴走しなくなったな」
エルディアは真っ赤になって、ロイゼルドの腕を振り解こうと身を捩る。
一瞬緩んだ隙に逃げようとして、今度は正面から腰をがっちり抱き締められた。艶を含んだ瞳に見つめられ、エルディアは正視できずに目を逸らす。
「つれないな」
拗ねたように言って、エルディアの頬に唇を寄せる。
耳朶《みみたぶ》を軽く噛まれてエルディアは小さく悲鳴をあげた。
「ちょっ………」
これまでこんなふうに触れられたことはほとんどない。
からかわれたのかと思うようなことはあったが、それでも軽く触れるくらいのものだ。
「どこまでいけるか試してみようか?」
甘く耳元で響く声にくらくらしながら、エルディアは必死で首を横に振る。
「僕、今、男だし!」
ロイゼルドはくすくす笑ってエルディアの顎を持ち上げると、関係ないよと囁いて唇を塞いだ。目を白黒させるエルディアをゆっくり堪能して、ロイゼルドはようやくその腕を緩めた。
驚愕で腰がくだけそうになりながら、エルディアは木にしがみつく。
「案外大丈夫そうだな」
面白そうに見ているロイゼルドに、慌てて叫ぶ。
「無理!」
このままではもっと何かされそうだ、と本能的に危険を感じる。
これ以上は心臓がもたない。
「からかうのもいい加減にしてよ!」
そう抗議すると、おや?とロイゼルドは首を傾げた。
「わかっていなかったのか?はっきり言わなくても知っているかと思ったのに」
残念そうに言って、再びエルディアの腰を引き寄せ、その顔を自分に向けさせる。
「好きだ、エルディア。もうずっと前から」
「!」
エルディアは嬉しいのが半分、怖いのが半分、ぐるぐる混乱する頭でただロイゼルドを見つめる。
戸惑う彼女に、彼は見惚れるような魅惑的な笑顔で再び接吻する。この紫紺の瞳をした狼に喰われてしまいそうだ。
(男の格好なのに!)
ロイゼルドにとってはどうでもいいようだが、こういうのは女性の時の自分として欲しい。ああ、でも、魔道具がないととてもじゃないが魔力が暴走しそうだ。
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