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第一章 魔獣の刻印
18 討伐
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魔獣討伐の準備は瞬く間に行われた。
魔獣がいると思われるのは城下の街のすぐ北の森。近頃魔獣の出没が減っていたのは、強大な魔獣フェンリルが住み着いたのが原因だったのだろう。
数日で王都より魔力の強い魔術師達が十数名送り込まれ、騎士団につく者と城に残り受傷者の受け入れに回る者とに分けられた。
アーヴァインは後日王都の残りの魔術師達と、医師団の準備をしてから来るという。
彼がいてくれるとありがたいのだが、そういうわけにはいかない。
代わりに大量の魔石が届いた。治癒魔法を封じ込めた小さな魔石だ。柔らかく、手で砕くと魔法が弾けるようになっている。
騎士団の各自に配られた。これでだいぶん心強い。
エルディアも準備を整えて後は出発を待つのみ。フェンリルとまみえることができると聞いて、なんとも言えない感慨があった。
八年間、追い続けた仇にようやく会える。そう考えると身体がふるえる気がした。
王女とアーヴァインがくれたダガーには、どうやら刺すと魔力を吸い取る魔石が嵌め込まれているらしい。魔獣退治にはうってつけだ。エルディアはダガーを挿したホルダーを右の太腿に添わせて付けた。
そして、腰の後ろのポケットにいくつかアーヴァインのくれたアイテムを忍ばせる。軍靴のサイドにもそれぞれナイフを嵌め込んだ。
最後に腰に剣を吊るして革手袋をはめる。
コンコン、とノックの音がして部屋の扉が開いた。
「エル、準備は出来たか?」
同じく準備を整えたロイゼルドが立っていた。
「はい。出来ました」
迷いも恐れもない。
思ったよりも自分は冷静だった。
エルディアを見るロイゼルドの目が一瞬眩しそうに細められる。しかし彼女が気付く間もなく、その表情はすぐに静かな笑顔に戻った。
「行こう」
「はい」
北の森は深い。
果てはヴァンダル山脈の最高峰、神山ホルクスまで続いている。
フェンリルの行方を探るために、ヴィンセントは隊を二十人ずつに分けて森へ入らせた。
馬は使えないので徒歩で探るしかない。どこかの隊が遭遇すれば合図の狼煙が上がることになっている。
エルディアとロイゼルドは今回は同じ隊に組まれていた。
慎重に森を進む。
森の中は静かだった。ただ騎士達が草を踏み締める音だけが聞こえる。普段なら虫や動物達の鳴く声が聞こえてくるはず。
しかし、まるで何の気配もない。
(近いな………)
ロイゼルドは警戒した。
無意識にエルディアの肩を引き寄せる。
エルディアも異常を感じているようだった。
「結界を張ります」
小さくロイゼルドに告げた。
仄かな風の感触が隊全体を包み込む。
パアン!
突然乾いた音がして振り返ると、向こうの木々の上に赤い煙が上がっている。
合図の狼煙だ。
あの方向にはライネルが指揮している隊がいる。
「急げ!」
ライネル達が魔獣と遭遇した。
他の騎士達も一斉に駆けつけるはずだ。
ロイゼルド達も走って向かう。
木々の間をすり抜けて道なき道を走りながら、エルディアは全身が総毛立つような感覚に襲われていた。
銀髪の襟足にチリチリと強い魔力を感じる。
間違いない。アイツがいる。
母と兄を殺した黒銀の狼が、すぐそこに。
程なく駆けつけたロイゼルド達が見たものは、人の背丈より遥かに大きくその黒い毛並を艶やかに光らせた、禍々しくも美しい獣の姿だった。
「これがフェンリルか………」
魔獣フェンリル。
かつて神の子と呼ばれ、白銀の毛並を持ち太陽の女神を守護していた高貴な獣。
闇に堕ち黒銀の身体と血の瞳に変じ、憎悪を持って人々を喰らうようになったその魔獣がここにいる。
グルルルル
低い唸り声は風を呼ぶ。
ワウォーン
一声吠えると嵐のように竜巻がライネル配下の騎士達を襲う。
「避けろ!」
ロイゼルドが叫ぶと同時にナイフを魔獣に投げつける。フェンリルは軽く首を振ってナイフを落とした。
エルディアが竜巻の攻撃を風の盾で受け止める。竜巻が弾き返され、フェンリルの後ろの木々が足元からベリベリと倒れていった。
フェンリルが頭を向けてエルディアを見る。
赤い瞳と緑の瞳が正面から向き合った。
エルディアの魔法は呪文を必要としない。
ただ身体の奥から湧き出る力を思うままに操るだけだ。その力を全身に這わせて強化する。
ダンッと地を蹴り跳び上がった。
剣を抜き、フェンリル目掛けて襲いかかる。
同時にロイゼルド達も八方から魔獣に斬りかかった。
ガウッ
フェンリルが吠えると、かまいたちのように周囲に風の刃が放たれる。
「無駄だ!」
エルディアの結界がそれらを全て霧散させた。
魔獣を取り囲んだ騎士達の剣が、獣の身体を斬り刻む。
と、次の瞬間、盾のように光る毛皮が剣の攻撃を全て弾き返した。
「なんて硬いんだ!」
「背中はダメだ!腹側を狙え!」
フェンリルがゆらりと動いた。
自身を取り囲む人間達をゆっくりと睨みつけている。
剣を構えるエルディアを見て、少し考えるように首を傾けた。
ガルルルル
一声唸るとタンッと地面を蹴って、近くにいた三人の騎士を同時に爪で引き裂く。
「グアッ」
真っ赤な血が吹き上がり、騎士達が地面に倒れ込んだ。
魔法が効かない事を悟ったらしい。頭が良い。
「こっちか!」
「魔獣はどこだ!」
周辺から騎士達が続々と駆けつけて来ている。
ロイゼルドは叫んだ。
「不用意に近づくな!固まらないようにしろ!」
その言葉が終わらないうちに獣の身体が跳ね上がり、鋭い爪で次々に騎士達を襲い始める。
「うわああ!」
「ギャア!」
物理攻撃は防ぐ術がない。
エルディアはチッと小さく舌打ちをして、剣を構えて走り込んだ。
途中魔法で更に速度を増幅し、別の騎士に食らいつこうとしていたフェンリルの腹の下に滑り込む。
そして剣を腹に突き立て、一気に力を込めて切り裂いた。
ギャン!
よろける巨大な獣から素早く距離をとるエルディアの剣が赤く濡れている。
「やったか!」
歓喜にわく騎士達の目前で、魔獣の身体からブワッと風が噴き上がった。
エルディアが斬りつけたはずの傷口が、みるみるうちに塞がってゆく。
「駄目だ!すぐに治ってしまう!」
なんて事だ………
この化け物を倒すことなど出来るのだろうか。
慄《おのの》く騎士達の間で、エルディアは冷静に考えていた。
こいつは自分と同じだ。刻印を受けた時、自分はこの魔獣と同じモノとなったのか。
抑えようのない怒りが全身を支配していた。
魔獣がいると思われるのは城下の街のすぐ北の森。近頃魔獣の出没が減っていたのは、強大な魔獣フェンリルが住み着いたのが原因だったのだろう。
数日で王都より魔力の強い魔術師達が十数名送り込まれ、騎士団につく者と城に残り受傷者の受け入れに回る者とに分けられた。
アーヴァインは後日王都の残りの魔術師達と、医師団の準備をしてから来るという。
彼がいてくれるとありがたいのだが、そういうわけにはいかない。
代わりに大量の魔石が届いた。治癒魔法を封じ込めた小さな魔石だ。柔らかく、手で砕くと魔法が弾けるようになっている。
騎士団の各自に配られた。これでだいぶん心強い。
エルディアも準備を整えて後は出発を待つのみ。フェンリルとまみえることができると聞いて、なんとも言えない感慨があった。
八年間、追い続けた仇にようやく会える。そう考えると身体がふるえる気がした。
王女とアーヴァインがくれたダガーには、どうやら刺すと魔力を吸い取る魔石が嵌め込まれているらしい。魔獣退治にはうってつけだ。エルディアはダガーを挿したホルダーを右の太腿に添わせて付けた。
そして、腰の後ろのポケットにいくつかアーヴァインのくれたアイテムを忍ばせる。軍靴のサイドにもそれぞれナイフを嵌め込んだ。
最後に腰に剣を吊るして革手袋をはめる。
コンコン、とノックの音がして部屋の扉が開いた。
「エル、準備は出来たか?」
同じく準備を整えたロイゼルドが立っていた。
「はい。出来ました」
迷いも恐れもない。
思ったよりも自分は冷静だった。
エルディアを見るロイゼルドの目が一瞬眩しそうに細められる。しかし彼女が気付く間もなく、その表情はすぐに静かな笑顔に戻った。
「行こう」
「はい」
北の森は深い。
果てはヴァンダル山脈の最高峰、神山ホルクスまで続いている。
フェンリルの行方を探るために、ヴィンセントは隊を二十人ずつに分けて森へ入らせた。
馬は使えないので徒歩で探るしかない。どこかの隊が遭遇すれば合図の狼煙が上がることになっている。
エルディアとロイゼルドは今回は同じ隊に組まれていた。
慎重に森を進む。
森の中は静かだった。ただ騎士達が草を踏み締める音だけが聞こえる。普段なら虫や動物達の鳴く声が聞こえてくるはず。
しかし、まるで何の気配もない。
(近いな………)
ロイゼルドは警戒した。
無意識にエルディアの肩を引き寄せる。
エルディアも異常を感じているようだった。
「結界を張ります」
小さくロイゼルドに告げた。
仄かな風の感触が隊全体を包み込む。
パアン!
突然乾いた音がして振り返ると、向こうの木々の上に赤い煙が上がっている。
合図の狼煙だ。
あの方向にはライネルが指揮している隊がいる。
「急げ!」
ライネル達が魔獣と遭遇した。
他の騎士達も一斉に駆けつけるはずだ。
ロイゼルド達も走って向かう。
木々の間をすり抜けて道なき道を走りながら、エルディアは全身が総毛立つような感覚に襲われていた。
銀髪の襟足にチリチリと強い魔力を感じる。
間違いない。アイツがいる。
母と兄を殺した黒銀の狼が、すぐそこに。
程なく駆けつけたロイゼルド達が見たものは、人の背丈より遥かに大きくその黒い毛並を艶やかに光らせた、禍々しくも美しい獣の姿だった。
「これがフェンリルか………」
魔獣フェンリル。
かつて神の子と呼ばれ、白銀の毛並を持ち太陽の女神を守護していた高貴な獣。
闇に堕ち黒銀の身体と血の瞳に変じ、憎悪を持って人々を喰らうようになったその魔獣がここにいる。
グルルルル
低い唸り声は風を呼ぶ。
ワウォーン
一声吠えると嵐のように竜巻がライネル配下の騎士達を襲う。
「避けろ!」
ロイゼルドが叫ぶと同時にナイフを魔獣に投げつける。フェンリルは軽く首を振ってナイフを落とした。
エルディアが竜巻の攻撃を風の盾で受け止める。竜巻が弾き返され、フェンリルの後ろの木々が足元からベリベリと倒れていった。
フェンリルが頭を向けてエルディアを見る。
赤い瞳と緑の瞳が正面から向き合った。
エルディアの魔法は呪文を必要としない。
ただ身体の奥から湧き出る力を思うままに操るだけだ。その力を全身に這わせて強化する。
ダンッと地を蹴り跳び上がった。
剣を抜き、フェンリル目掛けて襲いかかる。
同時にロイゼルド達も八方から魔獣に斬りかかった。
ガウッ
フェンリルが吠えると、かまいたちのように周囲に風の刃が放たれる。
「無駄だ!」
エルディアの結界がそれらを全て霧散させた。
魔獣を取り囲んだ騎士達の剣が、獣の身体を斬り刻む。
と、次の瞬間、盾のように光る毛皮が剣の攻撃を全て弾き返した。
「なんて硬いんだ!」
「背中はダメだ!腹側を狙え!」
フェンリルがゆらりと動いた。
自身を取り囲む人間達をゆっくりと睨みつけている。
剣を構えるエルディアを見て、少し考えるように首を傾けた。
ガルルルル
一声唸るとタンッと地面を蹴って、近くにいた三人の騎士を同時に爪で引き裂く。
「グアッ」
真っ赤な血が吹き上がり、騎士達が地面に倒れ込んだ。
魔法が効かない事を悟ったらしい。頭が良い。
「こっちか!」
「魔獣はどこだ!」
周辺から騎士達が続々と駆けつけて来ている。
ロイゼルドは叫んだ。
「不用意に近づくな!固まらないようにしろ!」
その言葉が終わらないうちに獣の身体が跳ね上がり、鋭い爪で次々に騎士達を襲い始める。
「うわああ!」
「ギャア!」
物理攻撃は防ぐ術がない。
エルディアはチッと小さく舌打ちをして、剣を構えて走り込んだ。
途中魔法で更に速度を増幅し、別の騎士に食らいつこうとしていたフェンリルの腹の下に滑り込む。
そして剣を腹に突き立て、一気に力を込めて切り裂いた。
ギャン!
よろける巨大な獣から素早く距離をとるエルディアの剣が赤く濡れている。
「やったか!」
歓喜にわく騎士達の目前で、魔獣の身体からブワッと風が噴き上がった。
エルディアが斬りつけたはずの傷口が、みるみるうちに塞がってゆく。
「駄目だ!すぐに治ってしまう!」
なんて事だ………
この化け物を倒すことなど出来るのだろうか。
慄《おのの》く騎士達の間で、エルディアは冷静に考えていた。
こいつは自分と同じだ。刻印を受けた時、自分はこの魔獣と同じモノとなったのか。
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