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第一章 魔獣の刻印

13 侵攻

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 ロイゼルドとエルディア達がレンブル領に入ってから二ヶ月が経った。
 王都にいた時のように毎日訓練は欠かさないが、まだ魔獣も盗賊も出ないようで討伐依頼は無い。
 
 休憩時間に二人は城壁の上からレンブルの街を眺めていた。
城を取り囲むように街があり、こじんまりとはしているが王都にも引けをとらない賑わいを見せている。道ゆく人々も身なりの良い人が多く活気がある。
 それは辺境をイメージしていたエルディアにとって少し驚きだった。
 領主の腕が良いのだろう。街の道路や水路の整備も王都並みに整っていた。
 

「魔獣がよく出ると聞いていたのに、思ったより平和ですね」
 

 隣に立つロイゼルドに言うと、彼はクスリと笑って頷いた。
 

「街の中は安全だ。魔獣避けの結界を敷いてあるからな」

「結界?」

「魔術師団長の発明品だ」
 

 アーヴァインが何年か前に発明したらしい。魔獣から取り出した魔石に魔力を込めて、街を囲むように配置してあるという。
 ただ、相当に高価なものらしく、材料となる魔石の数も少ないらしい。
 

「あの人、色々すごいものを作ってますね」
 

 そういえば、彼はエルディアに魔石をとってこいと依頼することがよくあった。

 王都で王女の小姓をしていた時、たまに郊外の森で魔獣を探しては狩っていた。
 王都の周辺に出る魔獣は一人でも倒せるような小物ばかりではあったが、フェンリルとの戦闘の訓練になると思ってのことだ。
 それを知ったアーヴァインがこれ幸いと言ってきたのだった。

 魔石は魔獣の心臓から獲れる。
 強い魔獣ほど大きく力の強い魔石を持っている。
 アーヴァインは研究に使うと言っていたが、そんなものも作っていたのか。


「街の外の村は、たまに魔獣に襲われることがある。そのうち呼び出されるぞ」
 

 大丈夫か、と笑われた。
 エルディアは勿論、と返す。
 

「黒竜騎士団の名に恥じないように頑張ります」

「良い心がけだな」
 

 背後から低い声がして振りかえると、ヴィンセントが歩いてくるところだった。
 

「団長」

「休憩か、二人とも。俺も混ぜてくれ」
 

 仕事が多くて敵わん、と愚痴をこぼす。
 城を開けていたツケで、この二ヶ月ほとんど休みがないらしい。
 ドッカリと城壁の端に腰掛けた。
 

「俺の所に来る報告書では、このところ国境の砦の付近で魔獣出現の報告が多いな。砦の騎士だけで討伐できる程度の雑魚ザコばかりで助かっているが」
 

 エルディアは眉を僅かにひそめた。
 もしかしたら自分の刻印に引き寄せられているのかも、そう思うと気が重くなる。
 しかし、同時に例の魔獣が嗅ぎつけてくる可能性も大きいことを考えると嫌とは言えない。
 
 エルディアの目的はフェンリルなのだ。
 

「エルは早く討伐に行きたいようだな」
 

 ヴィンセントがエルディアの顔を見て言った。
 そんなに表情に出ていただろうか?
 

「魔獣なんて出ないに越したことはないです。でも、こんなに出ないと逆に不安で」 
 

 街の外の警備の為に馬で巡回する時や休みの時は、遠くまで行ってみたりもしていたが、まだ魔獣には遭遇したことはない。
 王都の周辺より出現率が少ないのでは無いだろうか。
 まだ二ヶ月しか経っていないが、全く出会わないのが不思議だった。
 国境の森に集まって行っているのだろうか?
 

「今日はリズはどうしているんですか?」
 

 そういえば、と思い出してヴィンセントに尋ねると、
 

「嫌々だが淑女教育に励んでいるぞ。エルのおかげで大人しくなって助かっている」

「僕ははっちゃけてるリズの方が好きなんですが」

「お前に習った化粧も部屋で練習しているそうだ」
 
 
 友達になってから時々一緒にお茶を飲みながら、王宮侍女が得意とする流行の化粧方法を教えたりしているのだ。
 小姓として王宮に長くいたので、エルディアにはお手の物である。
 自分には必要ないのでやらないのだが、リゼットは素材がいいのでびっくりするくらい可愛くなって楽しい。

 
「元が良いのでやりがいがあります。僕も街のことを色々教えてもらってますし、助かってます」

 
 着飾ったリゼットに街を案内してもらったりして、エルディアもレンブルに馴染めるようになった。
 

「年が近い友人ができてよかったな」

 
 ロイゼルドの言葉ににっこり頷いた。
 
 ロイゼルドも気付いていたが、エルディアはリゼットをかなり気に入っている。
 彼女は少し行動がぶっ飛んだ所もあるが、根はとても素直で明るい。
 リゼットといるとエルディアもよく笑うのだ。
 エルディアも女の子としては非常に変わった部類に入るので、似たもの同士なのかもしれないとロイゼルドは思う。
 何にせよ、この人外の美貌を持つエルディアに臆せず普通に付き合える女性は貴重だ。
 エルディアがリゼットと一緒にいる事で、ロイゼルドの被害もかなり減ったので感謝していた。
 
 

 
「団長!」
 

 ヴィンセントを探す声がして、ライネルが姿を現した。
 

「何だ、仕事はしているぞ。ちょっと休憩だ」
 

 執務室から逃亡したのを咎められたと思ったヴィンセントが、言い訳しながら手を振る。
 

「違います!国境の砦から至急の伝令です」

「何だ、また魔獣か?」

 
 ライネルは首を横に振った。

 
「トルポント軍の侵攻です。援軍を!」

「何だと!」

 
 ヴィンセントは飛ぶように立ち上がってライネルを近くに呼ぶ。
 

「早馬がつい先程到着しました。昨日早朝、国境のユグラル砦から国境の森前方に展開する軍を発見しました。旗印からトルポント軍と認識します。数は騎兵歩兵合わせて数千」

「多いな………」

 
 東の隣国トルポントはエディーサ侵攻を度々行っている。
 しかし国王が変わってここ十数年かは落ち着いており、戦になることは少なかった。
 ちょっとした小競り合い程度の戦闘はあっても、大きな動きはなかったのだが。
 この兵の数は国として軍を動かしているだろう。砦を落しに来ている。
 
 トルポント王国は最近、西の隣国イエラザーム皇国と親交が深まっているという報告もある。
 きな臭いな、とロイゼルドも眉をひそめた。
 

「王都へ伝令を出せ。西の守りを強めるようにと。援軍も必要だ。城の騎士団を広間に集めろ。至急軍を派遣する」

 
 ヴィンセントの指示にライネルは身を翻して走っていった。
 砦を落とされる前に軍を到着させねばならない。一刻を争う。
 ヴィンセントは頭の中で隊の編成を練りつつ、急ぎ広間に向かう。
 ロイゼルドは城の倉庫へ、準備をするよう命令しに向かう。
 エルディアはロイゼルドの後を追いながら、はじめての大軍での戦場に心がざわめくのを止められなかった。
 
  
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