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五章

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 ぱちり、と目を開けると、見覚えのある真っ白な世界が広がっていた。

 何度か見たことのある景色は、すぐに死後の世界だと分かった。


 「未蘭。お疲れさまでした」
 
 私の顔を覗き込むと、優しく笑ったのは柊。
 柊の顔を見たらなぜか泣きたくなった。
 
 わたしはルール違反をたくさんしてしまった。
 仮死状態の自分に戻ることは、もうできないだろう。
 不思議とそんな予感がした。
 
 でも自分のしてきたことに後悔は何1つしていない。
 覚悟もできていた。

 ここで、一番大事なことを思い出した。

「あ、飛鳥先輩は! 死亡予定者リストから消えてる!?」

 私は我を忘れて、柊につめよる。

「お、おちつけよ……」
「落ち着けないよ!」

 苦笑いを浮かべて、どこか迷惑そう。
 だけどそんなこと気にしていられない!

「ねぇ、教えてよ!」

「私が教えるわよ……」

 背後から声がして振り返ると。
 ゆっくりこちらに歩いてくる楓さん。

 手には死亡予定者リストを持っている。



 私をじっと見つめる楓さん。
 緊張が全身をかけまわる。


「死亡予定者リストから……無事消えたわよ」

「ほ、ほんとうですか!? よ、よかったぁ」
 
 晴れ晴れとした声になる。
 本当によかった。
 
 わたしでも人の役に立てた。
 大好きな人を助けることが出来た。
 そう思うと、心は穏やかで弾んでいた。


 そして、私は覚悟しなければいけないことがある。

 
「わたしルール違反の罰をうけます」

 楓さんをじっとみつめて、ゆっくりと伝えた。
 怖くないわけじゃやない。
 だけど、飛鳥先輩を助けられたなら、もう後悔はないから。

「じゃあ、お別れの挨拶をしないとね」

 やっぱり。私はこのまま死亡手続きするんだ。
 それはそうだ。何度もルール違反したんだもん。

 私がわたしでいられなくなると思ったら、悲しくてたまらない。
 瞬きをすると、ポロリと涙が零れ落ちた。

「……こんな不思議な体験を、死ぬ前にできて良かったです」

 声は震えていたと思う。
 笑顔を張り付けて顔を上げると、思いがけない表情をしている人が二人。

 楓さんと柊は、きょとんと目を丸くさせている。
 え、私変なこと言った?


「ふふっ、もしかして勘違いしてない? 未蘭ちゃんはこれから自分の身体に戻るのよ?」
「えっ、だって……私はたくさんのルール違反をしました。だから死後の世界に強制連行されるんじゃ……」

 楓さんはゆっくりと頭を横に振る。

「たしかに、こんなにルール違反をする守護霊代行はいなかった。だけどね……」

 周りをきょろきょろ見渡すと、そっと近づいてきた楓さん。
 私の耳元でささやいた。

「あのとき。未蘭ちゃんが声を出した時。上層部はダンスタイムで踊ってたから見ていないの」

 そういって、私に目配せをする。

「だっ、ダンスタイム⁉︎」

 思わず吹き出しそうになる。
 ダンスタイムがあるなんて、予想できないよ……。

 口をぽかんとあけて固まっていると。
 楓さんはくすっと笑って続ける。

「もちろん。死後の世界にダンスタイムなんてないよ? 柊が機転を利かせて、危ないタイミングでその場を作ってくれたの」
「柊が……?」

 つまり、柊がダンスタイムをつくってくれたおかげで、私の正体を知らない人がいる前で、声をあげてしまったけど。
 ルール違反のカウントがされてないっていうこと。


 とたんに、感情が込み上げてきて、目が潤んできた。

「しゅう~~」
「な、なんだよ」
 
 私は柊にぎゅっと抱き着いた。
 
「早くこんなところから、戻った方がいいよ?」
 

 照れ隠しなのか、抱きつく私をすぐに離そうとする。

「そうね……ここに長居はできないのよ」

 優しく笑う楓さん。
 2人とのお別れが近づいてきていることがわかった。


 楓さんが腕を上げて、パチンと指を鳴らすと。
 目の前のモヤの中から、見覚えのある大きな扉が姿を現した。

 
 初めて死後の世界に来た時に見たもの。
 死後の世界と現世をつなぐ扉だ。

 柊と楓さんとの、別れが目の前まできていることを実感すると。泣きたくなった。
 
 泣きたくなる気持ちを、グッとしまいこんだ。
 笑顔でさよならしたい。そう思ったんだ。

 
「柊! 楓さん! 本当にありがとうございました。……出会えてよかったです」
 
 わたしの投げかけた言葉に返事をするように、二人は大きく手を振った。
 二人に押されて、足を一歩進める。


 私は力強く踏み出した。
 自分に戻る一歩を。

 





 
「あ、言うの忘れちゃった!!」
「え、なんですか?」
「記憶スイッチのこと言うの忘れたのよ……」
「えー。だったら、未蘭は……」

 未蘭を見送る二人は、しどろもどろに会話をしていた。
 だけど、この言葉は彼女には届いていない……。
  
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