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五章
5-8
しおりを挟むぱちり、と目を開けると、見覚えのある真っ白な世界が広がっていた。
何度か見たことのある景色は、すぐに死後の世界だと分かった。
「未蘭。お疲れさまでした」
私の顔を覗き込むと、優しく笑ったのは柊。
柊の顔を見たらなぜか泣きたくなった。
わたしはルール違反をたくさんしてしまった。
仮死状態の自分に戻ることは、もうできないだろう。
不思議とそんな予感がした。
でも自分のしてきたことに後悔は何1つしていない。
覚悟もできていた。
ここで、一番大事なことを思い出した。
「あ、飛鳥先輩は! 死亡予定者リストから消えてる!?」
私は我を忘れて、柊につめよる。
「お、おちつけよ……」
「落ち着けないよ!」
苦笑いを浮かべて、どこか迷惑そう。
だけどそんなこと気にしていられない!
「ねぇ、教えてよ!」
「私が教えるわよ……」
背後から声がして振り返ると。
ゆっくりこちらに歩いてくる楓さん。
手には死亡予定者リストを持っている。
私をじっと見つめる楓さん。
緊張が全身をかけまわる。
「死亡予定者リストから……無事消えたわよ」
「ほ、ほんとうですか!? よ、よかったぁ」
晴れ晴れとした声になる。
本当によかった。
わたしでも人の役に立てた。
大好きな人を助けることが出来た。
そう思うと、心は穏やかで弾んでいた。
そして、私は覚悟しなければいけないことがある。
「わたしルール違反の罰をうけます」
楓さんをじっとみつめて、ゆっくりと伝えた。
怖くないわけじゃやない。
だけど、飛鳥先輩を助けられたなら、もう後悔はないから。
「じゃあ、お別れの挨拶をしないとね」
やっぱり。私はこのまま死亡手続きするんだ。
それはそうだ。何度もルール違反したんだもん。
私がわたしでいられなくなると思ったら、悲しくてたまらない。
瞬きをすると、ポロリと涙が零れ落ちた。
「……こんな不思議な体験を、死ぬ前にできて良かったです」
声は震えていたと思う。
笑顔を張り付けて顔を上げると、思いがけない表情をしている人が二人。
楓さんと柊は、きょとんと目を丸くさせている。
え、私変なこと言った?
「ふふっ、もしかして勘違いしてない? 未蘭ちゃんはこれから自分の身体に戻るのよ?」
「えっ、だって……私はたくさんのルール違反をしました。だから死後の世界に強制連行されるんじゃ……」
楓さんはゆっくりと頭を横に振る。
「たしかに、こんなにルール違反をする守護霊代行はいなかった。だけどね……」
周りをきょろきょろ見渡すと、そっと近づいてきた楓さん。
私の耳元でささやいた。
「あのとき。未蘭ちゃんが声を出した時。上層部はダンスタイムで踊ってたから見ていないの」
そういって、私に目配せをする。
「だっ、ダンスタイム⁉︎」
思わず吹き出しそうになる。
ダンスタイムがあるなんて、予想できないよ……。
口をぽかんとあけて固まっていると。
楓さんはくすっと笑って続ける。
「もちろん。死後の世界にダンスタイムなんてないよ? 柊が機転を利かせて、危ないタイミングでその場を作ってくれたの」
「柊が……?」
つまり、柊がダンスタイムをつくってくれたおかげで、私の正体を知らない人がいる前で、声をあげてしまったけど。
ルール違反のカウントがされてないっていうこと。
とたんに、感情が込み上げてきて、目が潤んできた。
「しゅう~~」
「な、なんだよ」
私は柊にぎゅっと抱き着いた。
「早くこんなところから、戻った方がいいよ?」
照れ隠しなのか、抱きつく私をすぐに離そうとする。
「そうね……ここに長居はできないのよ」
優しく笑う楓さん。
2人とのお別れが近づいてきていることがわかった。
楓さんが腕を上げて、パチンと指を鳴らすと。
目の前のモヤの中から、見覚えのある大きな扉が姿を現した。
初めて死後の世界に来た時に見たもの。
死後の世界と現世をつなぐ扉だ。
柊と楓さんとの、別れが目の前まできていることを実感すると。泣きたくなった。
泣きたくなる気持ちを、グッとしまいこんだ。
笑顔でさよならしたい。そう思ったんだ。
「柊! 楓さん! 本当にありがとうございました。……出会えてよかったです」
わたしの投げかけた言葉に返事をするように、二人は大きく手を振った。
二人に押されて、足を一歩進める。
私は力強く踏み出した。
自分に戻る一歩を。
「あ、言うの忘れちゃった!!」
「え、なんですか?」
「記憶スイッチのこと言うの忘れたのよ……」
「えー。だったら、未蘭は……」
未蘭を見送る二人は、しどろもどろに会話をしていた。
だけど、この言葉は彼女には届いていない……。
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